第十幕 内裏・飛香舎(夜)
御簾の向こうに中宮、手前に村上天皇が座っている。
村上天皇「いいなあ、あいつら。楽しそうだったな……」
中宮 「どうされたのですか?」
村上天皇「いや、なぜか寂しさを覚えてな。安子という美しい妻がいるにもかかわらず、私はダメな夫だな」
中宮 「いえ……。帝がこうして合いにきてくださる。それだけで私は幸せでございます」
妖3・声「それは、本当か?」
中宮 「え?」
村上天皇「どうした?」
中宮 「……いえ、なんでもありません。それよりも帝、芦屋道満の評判はいかがでしょうか?」
村上天皇「素晴らしい陰陽術の使い手だが、人としてはあまり良い評判は聞かないな。その点、安倍晴明は陰陽術に関して道満と差異がない。それに加えて民から晴明に助けてもらったという声は多い。占術の腕も確かで、外れたことがほとんどないと聞く」
中宮 「そんなにすごいのですか?」
村上天皇「ああ」
中宮 「恨めしい……。安倍晴明……」
妖3・声「そうだ。もっと、呪え。憎め……」
中宮 「うっ……」
中宮が頭を抑える。
村上天皇「安子? どうした? 体の具合が悪いのか?」
中宮 「大丈夫でございます。成明様、私は貴方を愛しております。そのお心が民に向いても、都のことへ向いても、私は帝だからと耐えてきました。しかし、同性といえどたった一人にお心を向けるのでしたら、私は耐えることができません」
村上天皇「安子?」
妖3・声「壊せ、内側から。陰陽師、に……絶望を……。人間に、恐怖を……」
中宮 「壊せ、内側から……? 陰陽師、人間……を! あ、ああ! きゃあああ!」
村上天皇「どうした!? 何があった!?」
村上天皇が御簾をどかして中宮に駆け寄る。
村上天皇「安子!? 誰か、誰かおらぬか!? 匙、匙を呼べ!」
女房2が登場する。
女房2 「帝、お呼びで……中宮様!?」
村上天皇「いいから早く匙を連れてこい!」
女房2 「ただいま!」
女房2が走って捌ける。入れ替わりで右大臣、左大臣が登場する。
左大臣 「帝、この騒ぎは何事ですか?」
右大臣 「安子……? 安子! どうしたのだ!」
左大臣 「これはまるで、鬼ではないか……。鬼? そうか、陰陽師を、安倍晴明をここへ!」
右大臣 「あんな妖混ざりに娘を診せてなるか! 芦屋道満を呼ぶのだ!」
道満が登場する。
道満 「誰か俺を呼んだか?」
左大臣 「相変わらず呼べば出てくる便利なやつめ」
道満 「妖を退治して東奔西走。多分、この舞台で俺が一番忙しい!」
村上天皇「忙しいのはわかった! しかしそんなことより道満! 安子の様子がおかしいのだ!」
右大臣 「即刻この場で中宮を……我が娘を治せ! させればお前の評判は安倍晴明をことごとく凌駕するぞ!」
村上天皇「評判なぞどうでも今は良いことだ! 早く安子を治せ!」
道満 「あいつ探知使えないし、すでに俺の方が優秀だと思うけど。まあ、いいや。……失礼します」
道満、安子の傍に座る。
道満 「これは……先ほど逃した妖怪の仕業か?」
村上天皇「安子の容体は!? どうなのだ!?」
道満 「……妖が、憑いています」
右大臣 「妖が憑いてるだと!?」
村上天皇「それは祓えるのか?!」
道満 「もちろんです」
祓魔の儀式。
中央に中宮が寝ている。
道満、刀と梛の葉を持っている。中宮の周りをゆっくりと周りながら刀と梛の葉を振る。
村上天皇、右大臣、左大臣が端で見守っている。
道満 「のうまく さんまんだ ばざら だん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん」
中宮 「ウゥ……。がぁ……ああ、あああ! 壊す! 壊せ! 壊れろ!」
道満 「のうまく さんまんだ ばざら だん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん」
中宮 「ぎゃあああ!」
中宮がのたうち回る。
村上天皇「道満! 本当に大丈夫なのか? とても苦しがっているではないか」
左大臣 「帝、やはり安倍晴明を呼んだ方がいいのではないでしょうか?」
村上天皇「うーむ」
右大臣 「それはなりませぬ!」
右大臣、村上天皇の前に立ちはだかる。
右大臣 「帝がこの場を離れることこそ、我が娘に対する冒涜でござります!」
村上天皇「しかし……」
中宮 「うあああ! 滅びろ! 滅びろぉ!」
村上天皇「くそっ! 道満! もうやめてくれ! これ以上安子の苦しむ姿を見てられん!」
村上天皇、右大臣を退かして道満に手をかけるが、後ろへ吹き飛び倒れる。
村上天皇「うっ……」
左大臣 「帝! 無事でございますか?」
左大臣が村上天皇に駆け寄る。
道満 「帝!? ちっ、術が途中で切れたか……。これだと術の再開ができないな」
村上天皇「術が途切れたとはどういうことだ! 安子は治らんのか!? 安子を苦しめずに治す方法は?!」
道満 「ない、とは言い切れませんが……」
村上天皇「晴明なら知っておるのだな?」
道満、無言で渋々と頷く。
村上天皇「誰か! 急いで安倍晴明を連れて参れ!」
右大臣 「安子……。なら私が、連れてきましょう」
左大臣 「右大臣殿が行かれるなら、私もお供します」
村上天皇「うむ。誰ぞ! 牛車の用意を!」
右大臣、左大臣が早足で捌ける。
村上天皇「道満、お前も探してきてくれ。人手は、なるべく多い方が良い」
道満 「承知しました。……治癒喚起・オオクニヌシ。弐式・スクナヒコナ。これで、少しの間は悪化はしないでしょう」
道満が捌ける。
村上天皇「頼んだぞ、皆の者」