その二
「なろう小説」の読者は比較的読解力が低いために、現実対応能力が乏しい傾向にあり、安易な願望充足的な作品を好むのではないか、という論のもと短い文章を書いた。
例えば、あなたは小学校や中学校のころ教科書はきちんと読めていただろうか?
こんな挑戦的な物言いに嫌悪を抱く方が多数いることも承知である。
もちろん、そうでない例も多々あるし、私が全くの見当違いをしていることもあるだろう。
しかし、以前『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(新井紀子, 東洋経済新報社, 2018)という本で、子供に限らず、大人の多くも教科書の読解に要求される基礎的な力が欠如していることが明らかになった。(※6)
仮に私やあなたに基礎的な読解力が不足していたとしても、特に驚くことはないのだ。割合としては全体の数十パーセントでも、自分と同じ程度の読解力の持ち主はたくさんいる。
(※6)新井紀子、「AI vs. 教科書が読めない子どもたち(Kindle版)」、東洋経済新報社、2018、p139付近
試しに読解力を測るテストがいくつか掲載されてあるので、『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』や続編の『AIに負けない子どもを育てる』(新井紀子, 東洋経済新報社, 2019)を読んでみてはいかがだろうか?
今私が述べた仮説には反するが『AI vs. 教科書が読めない子どもたち 』の中には、読書習慣や好む読書ジャンルによって読解力に差がない、ということが書かれている。(※7)(しかし、私は「なろう小説」については例外なのではないかとにらんでいる)
もっと本格的に調べたければRSTと呼ばれる、上の二冊の著者である新井紀子が作成したリーディングテストを受験することを検討してもいい。(※8)
似たような問題はネットで探してもいくつか見つけられるかもしれない。
(※7)新井紀子、前掲書、p189付近
(※8)『一般社団法人 教育のための科学研究所』、『リーディングスキルテストについて』、最終アクセス2022年3月06日、 https://www.s4e.jp/about-rst
テストをやってみて、あまり出来が良くなかった方。もしくは思い当たる節がある方。
なぜ、「なろう小説」を求めるのだろうか?
あなたは、自分があまり楽しむことのできなかった小説というジャンルで、初めて楽しむことができる作品を見つけたのかもしれない。
でも、それは決して世の中にある、いわゆる「フツーの小説」ではないのだ。
それはきっといい面もあったのだろう。普段文字を追わないあなたに、文字を読む習慣を生んだのかもしれない。
もう少しだけ視野を広げてみないだろうか? 世の中には色々な考え方があり、多種多様な営みがある。
小説でも物語の面白さをほとんど追及しないジャンルもある。
難解な表現を駆使して、難解なことを伝えようとする書物もある。
いずれにせよ、「なろう小説」だけを殊更に追及し、持ち上げる態度にだけは、心のどこかで疑問符を持ってほしい。
そして、あなたが何かしらつらい思いをしていたなら、あなたが直接悪いというよりかは、読解力が関係しているかもしれない。
そのことを周りと相談してみてはいかがだろうか。
抱えている問題がわかれば、解決まであと半分だ。問題がわかれば、少しずつでも改善していってほしい。
苦手な文章を丁寧に読むことで読解力は鍛えられるそうだ。(※1参照)
そんなあなたが、どこの馬の骨だかわからない人間の文章をここまで読んでくれたことがうれしい。ありがとう。
もしあなたがテストをして、問題がなければそれはそれでいいことだ。
絶対に自分は大丈夫だという人もいるだろう。
しかし、なぜあなたはそうまでして「なろう小説」を読むのだろうか?
『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』によると、読解力というのは、機械が人間になかなか勝ることのできない能力であると記されている。(※9)
新井氏によれば近年のAIの進化を考慮してもなかなか、一定以上の人間の読解力にはかないそうもない。(※10)
すこし考えれば、万が一AIが小説をうまく書けるとしたら、「なろう小説」のような簡素な文章構造、マンネリな物語構造をもつものになるのではないか、と思い至る。パターンが単純であれば、AIが利用する教師データの水増しなども比較的容易なのではないか? (実際にまねできるかどうかはここではおいておこう。流行りすたりもあるから、そう一概に言えるものでもないだろう。)
もし、仮にAIが「なろう小説」を書いてきたら、その小説にはどれほどの意味があるのだろう? 読み手書き手にはどんな意味があるのだろうか。
(※9)新井紀子、前掲書、p66付近
(※10)新井 紀子、『東洋経済オンライン』、『AIに読解力があると思う人に知ってほしい現実』、2020年8月26日 5:50、最終アクセス2022年3月06日、 https://toyokeizai.net/articles/-/370228
もし、あなたが何か問題から逃げるために小説を読んでいるのならば、現実に向き合うための書物もあることを知ってほしい。
一冊だけその本を上げさせてほしい。(ただし日本のアマゾンレビューでは読みづらいと評判悪い。)
『レジリエンスの教科書: 逆境をはね返す世界最強トレーニング』(カレン・ライビッチ,アンドリュー・シャテ―、宇野カオリ(訳)、2015)
この本の中では、物事をいろいろな角度からみるトレーニングが記載されている。ぜひ、実践してみてほしい。いわゆる自己肯定感を無意味に上げることは推奨せず、地道に現実に対処していくことによって自己効用感(自分が役に立っている感覚)を養うことを目標としている本であるところが、私は気に入っている。
仕事がきついなら、転職するなり、上司と相談して働く時間をセーブする。
家庭が冷ややかなものならお互いに歩み寄れるところを探す。
面倒だが当たり前のことを少しずつやっていくしかないのではないのか。