漆黒の妖艶者からの挑戦状
いつものようにPCの上につけたカメラを調節する。画面に映る自分の顔は元の顔から立ち絵とシンプルな笑顔のキャラに変わっている。動作確認を終えたらマイクのチェックをする。声も少しだけ変えたもの。しかし毎日やっているとこっちの世界がホントではないのかなんて疑念もわいてくるだろう。
「はーい今日もやってきたいと思います、本日はみんなから勧められたこのバウヴァウやっていこうと思います。ぽーんといれたから怖いとかわからないけどホラゲーだったらオコだからね?」
もちろんホラゲーなのは知っている。だが知らないふりをしたほうが受けるというものだ。チャット欄には『やばWWWWWそれSS級』や『音注意ね!』といったゲームに関することと心配の言葉が投げかけられていた。
「はは、みんな冗談がきついよー!まさかホラーなんてことないでしょ?パッケージみてよ、可愛い女の子ついてるでしょ」
無論これも嘘だ。不思議な世界、偽る程売れる。だが偽りの代償が大きかった。それに気づくのは……
「うひょーかわいい子じゃん!だれかこの子と私のファンアート描いてよ。あ、投げ銭ありがとー!いっつもくれるよね漆黒の妖艶者さん。えっとこの度あなたには制限をかけ?なにこれもしかしてゲームネタ?」
いっつも応援してくれてる人から突然方向性のかわったチャットに困惑する。周りも一回なんのことだ?!と荒れるがネタかもしれないと落ち着いてきた。
「えっとまぁ少しスタートがぐだりましゅ……」
もちろんこの噛みも仕組まれたものだ。『また噛んでるWWW』や『かわええ』といったコメントでチャット欄が埋まっていく。噛み噛みショートなんて作られるほど噛みを挟む。これは最初の実況で噛んだ時の受けが良かったからだ。キャラ作りと言われればそうだがそんなこと言う奴らは見ない。仮に見て発言しても囲いから猛攻撃を受けるだろう。
「スタート、ふむふむ。まずは名前の設定からか。いつも道りにスパイスドロップキックでと。あら、入らない」
10文字制限に11文字、ギリギリ入らない。勿論入らないことは知ってる。だが敢えて試すことでみんなの気持ちがヤッパリに向く。チャット欄も期待していた道理の略『キタドウ』で埋まっている。こうユーザー同士の気持ち共有ができるタイミングを作ると定着する人も増えるのだ。
「略してスパイドックでいいかな。他に案が無ければこれで行くよー」
『おkこれ』『おkおk』みんなの同意を得てスパイドックと入力しスタートした。
明るい広間、招待された客。主人公はその一人だった。
「よーし、始めるよ」
2010年に建てられた旧式の洋館に招かれた10人の年齢性別すべてバラバラな人達。
支配人:皆様、本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。
と、ありきたりな始まりが展開される。チャット欄はだいぶ落ち着いている。みんなも作品に魅入ってるのだろう。
「私の部屋は109号室か、住んでる部屋と一緒で307が良かったなー。ってお前ら?!特定するなよ??」
チャット欄は『特定』と『特定乙』で埋まっている。会話的に地域は絞れるがそこで終わってしまう。だが部屋番号はマズイ、なぜならn階建て以上部屋数7以上という限定的情報を与えてしまうからだ。ここまでくればバカの一角だ。しかしこれも仕組みである。実際は104で地域も祖父の家が近いからそっち方面を話している。簡単に住所をばらすバカな人を演じると失言した配信者で乗せられやすい。こうして少しの可能性すら逃さないのだ。私は自分を、自分という配信者、実況者といわれるネットのインフルエンサーを作り上げているのだ。
「あれ?ここの部屋のタンスあかないみたいだね」
なんだかんだゲームを進めていく。BGMが怖い物へと変わっていく。チャット欄は『そろそろ』『来たぞ来たぞ』『そのメモ持ったままタンス行けば開くよ』と、攻略のコツや不穏な雰囲気を想定させる言葉が飛び交う。
「じゃぁ、開けるよー。少し怖いな……じゃぁ行くよ!ギョェェェェェ!!!」
『イヤホン注意』というガチ勢の忠告も虚しく『耳がぁぁ』『鼓膜死んだ』と荒れ狂うチャット欄
「はぁはぁ……言ってよねーはぁはぁ、怖いのだめって言ったよね?!」
怖くはない。無を通り越したからこそ出来るリアクションだ。
「みんなごめんねー耳壊れた?ごめんごめん。でも私も怖かったよ……うぅ」
怖いの苦手アピールをここぞとばかりに決め込んだ。効果は抜群だ『僕が君を守るよ¥5000』『一人だけ先にはいかせんぞ!!¥20000』と。三大SNSの方も#耳破壊の称号を貰うほどに伸びていた。
「みんなありがとー!私もっと頑張れる気がする!ホラー苦手だけど見ててね♪」
一週間ぶりの配信だったが同時視聴率10%を突破し過去最高の2%を塗り替える事になった。
「ふぅー、2時間配信で合計視聴率30万の同時視聴者3万人って快挙だね!っていっても祝うほどじゃ」
PCの明かりのみだった部屋は反響を確かめるために開いたスマホの光のみになっていた。薄暗く灯された部屋にゴミが映る。壁に掛けられた制服に溜まったほこりからは永いこと外界に触れてないことを示す。
「たまには外に出ても……いや、だめ。外堀が冷めるまでは」
反響を調べ愉悦に浸っていたが次第に睡魔が勝り気づけば夢に浸っていた。
「ワタシはシッテいる。キミは悪いが悪ではナイ。だから知ってもらう?いやなにを。知らない知ってる。ソレハソレハ」
「フカイ夢、刻と刻むときは。あの子だってあのこも……」
「は?!」
とても暗い夢を見た。目が覚めると汗、汗。そして目を眩むばかりの視界異常。
「はぁはぁ、暗い夢だったな……漆黒の妖艶者さんの謎の怪奇文章と久々にみた制服のせいかな」
あの記憶は忌々しい。思い返すにはとても苦痛を伴うものだ。時計は午後8時、配信が終わったのは午前4時だったから完全に昼夜逆転の道を歩んでいるような気分に陥った。だが昼夜逆転と普通の生活をループしている身からするとそこまで問題ではなかった。これは秋を告げる昼夜逆転だと、身に染みてわかるからだ。
「はぁー鬱だな……気分転換に実況の編集でもするかな。取り溜めた悪鬼シリーズが残ってるし。あーでも声入れ大変だしな……即席の配信がベターかな。もともとゲリラだったし」
昨日設定したセットに向かい合う。特にやることがなかったので結局雑談枠を配置した。
「ん?現在解放されてる言葉?」
ふと上を見ると配信画面のチャット欄上に固定分が配置されていた。
1.それでは始めます 2.そうだよねー 3.それはちがうかな 4.うん、それ
「なにこれ、まぁだれかの悪戯でしょ」
チャット欄も『お?スパイドックちゃん面白いこと考えたね』や『ん?言葉縛りで雑談か?』と大盛況。まぁ乗ってやろうじゃないかとマイクを入れて発声したはずだったが、声が出なかった。
「もしかして、いち!」投げやりに叫ぶと自分の声で「それでは始めます」と流れた。なんと悪趣味な。
『雑談ねー、なら質問!っても上ので返せるのだけか』と賢い人たちが乗ってくる。『ずばり!ラーメンが好き!』
「に!!!」「そうだよー」無機質な音声とかじゃないだけましなのか?と考える。
『昨日●×公園でブランコを漕いでた女の子ってもしかしてスパイドックちゃん?』
「ちがうよーっても無理か……さん」「それはちがうかな」
『外れたか―』『おまえ変質者だろ!w』『次、好きな人いる?前いないって言ってたけど』
「これはどうすべきか、あえての2!」「そうだよねー」
『絶対いるだろこれ?!俺か?俺か?』『いあやおれのどっくちゃぁぁぁんん!!!!!!!』
「さんだな」「それはちがうかな」
『Gすき?』『俺を愛してるって言ってくれ!!』『珍しく噛まない。これではスパイドックの名折れ』
「あー3と3と4」「それはちがうかな、それはちがうかな、うん、それ」
終始話している気がしないまま配信が終わった。だが今までに無いスタイルともあって同時視聴率8%と悪くはなかった。#噛まないスパイドック #しゃべらない雑談 で三大SNSを騒がしてるのもあるだろう。だがこのままではマンネリ化してしまうと、ハプニングを乗り越え逆に利用しようとしているのであった。
「長期化で私を苦しませるなら、ゲーム的での意図的なら!言語解放イベントとかあるんじゃないのかな」
ふとした思い付きからSNSを開くとDMであふれていた。その数1245件である。
「さばききらんな、いつもの人だけにするか。おっ漆黒の妖艶者さんだ。ふむふむ、って絶対この人じゃん」
『拝啓、スパイスドロップキックさん。私はあなたへ場違いな報復をします。これはきにしないでください。ワタシは……いえ、あなたは沢山の実狂をしてください。そうすれば言葉は戻ります。えぇ。それと不憫でしょう?新しい言葉と名前指定の許可を与えます。新しい言葉は実況ごとに4つ、配信毎に2つランダムにその実況で出た言葉、視聴者のコメントから抜粋します。最後にあなたは巻き込まれただけですが、巻き込まれる理由もあるのです、でもそれに関してあなたは悪くない。良心の招いた……』
「なんなのこれ……」
普通なら怖がるはずの事態を楽しんでいる自分が居た。確かに怖いしデメリットだ。だが久々に熱が入ったものを冷まされるのは気に食わない。逆に利用してやる。
漆黒の妖艶者のDMに「大丈夫だよ、そこまで気にしてないから!って漆黒の妖艶者さんも体調に気を付けてね」と送った。そこで気付いた。
「いや!文字は行けるのか!!!!オフだからか?いやにしても。ここだけはなぜかこう、やるせないな」
ともあれ、次の配信までに使える文字をと悪鬼シリーズを見たらフォルダーが破損していた。声入りで撮ったゲームはすべて使えないようだった。
「これは文字か使える言葉だけで実況しろって挑戦状なのか?!必死に演じたバカキャラが生かされない文字実況は……だが言葉の幅を増やすならしょうがないか」
自分で熱を冷ましていくスタイルをかましたが残り火で数少ない無音実況の編集を始めた。