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廃洋館でハイドアンドシーク

作者: 若松ユウ

 われわれ月刊オペラグラスの取材班は、現在では無人島となっている大洋の孤島へと船を進めている。……こう書くと壮大な冒険(たん)のように聞こえるかもしれねえが、実際は三文雑誌のカメラ小僧として、傲慢な編集長の命令に従って嫌々ボートを()がされているだけだ。

 

「もっとオールを引く力を込めたまえ、フレッドくん。このノットでは、島へ上陸する前に日が暮れてしまうぞ」

「へいへい。編集長の仰せのままに」


 オールが一組しかないのは仕方ないとして、交代もせずに口ばかり動かしやがるのは、まったく腹が立つぜ。そうやって重労働を押し付けてばかりだから、みんなすぐに辞めてくんだぞ、このセイウチ野郎め。……とまあ、牡蠣(かき)を横取りされた大工と同じ苦渋を味わっているうちに、なんとか目的の島へと上陸することが出来た。この時点で太陽は南中をはるかに過ぎていたから、四時間近くボートを()いでいたことになる。


「ターゲットの洋館は、その昔に豪商が遺したとされるものであるからして、さぞかし絢爛(けんらん)豪華な建物であろう。いやはや、発見するのが楽しみだな、フレッドくん」

「そうっすね、編集長」


 持って来たハンバーガーを平らげたあと、ステッキ一つだけ持って意気揚々と探索を始めた編集長の背後を、俺はハンディカメラや寝袋なんかを詰め込んだバックパックを背負って追いかけた。

 地図で見る限りでは、それほど広い島に思えなかったのだが、実際に歩いてみると、足元に石や鉄(くず)が転がってたり、ところどころ泥濘(ぬかるみ)が出来てたり、草木が生え放題になってたりするせいもあって、イライラするほど先へ進めなかった。


「やれやれ、やっとたどり着いた。見たまえ、フレッドくん。どうやら、僕の勘は正しかったようだよ」

「へえ、これが金持ちの屋敷なんすね」


 編集長の思い付きに振り回され、肩ひもが食い込み、足が棒になるほど歩かされた挙句に発見したのは、ガラスが割れ、ペンキも剥げ、外壁の大半を茨やツタで覆われたカビ臭そうな廃(きょ)だった。唯一、屋根の端で厳めしく俺たちを睥睨(へいげい)しているガーゴイルだけが、往時の栄華を物語っていた。この時点で、俺は本能的にヤバイ場所に来ちまったと直感してたんだけど、ドンガメ編集長のアンテナは何も受信しなかったようで、ステッキの持ち手でドアだったものをノックすると、観音開きの隙間を指し示しながら平然とのたまった。


「先に入ってカメラを回してくれたまえ。僕が屋敷を来訪する瞬間を収めるのだ」

「はいよ」


 ドアの隙間を抜けてエントランスへ足を踏み入れ、バックパックからカメラを用意して合図を送ると、編集長が澄ました顔で屋敷の中へやってきた。しかし、老朽化した木材は脂肪の塊を支えきれなかったようで、編集長はメリメリという嫌な音と共に床下へ落下した。俺は、その一部始終をカメラに収め、内心でざまあみろと毒吐きながらも、両手を貸して編集長を引き上げた。編集長は、落ちた拍子にジャケットのボタンと革靴のひもが千切れたことを気にしていた。しかし、それどころではないことが続いて起こった。

 

『あらあら、にぎやかなおきゃくさんだこと。どちらからいらしたの? おなまえは?』

「おや、これは失敬。その声から察するに、お嬢様か、お若い奥方かな。僕は、とある月刊誌の編集長をしている者だ。ちょっとばかり、この豪邸について調べたいことがありまして、こうしてお伺いした次第で。こちらは、カメラ係のフレッドくん。さあ、君も挨拶したまえ」

「待ってください、編集長。これは返事したらマズイ奴っすよ」

『まあまあ、わざわざしゅざいにおこしくださったのね。それじゃあ、きじになりそうなイベントをしなきゃいけないわね。……そうだわ! こんなのはどうかしら?』


 姿は見えないのに、声だけが聞こえるという不自然きわまりない状況であるにも関わらず、編集長が話しかけてしまったばかりに、俺はポルターガイストに巻き込まれてしまった。具体的に言えば、さっきまで開いていたはずのドアも含め、人ひとりが通り抜けられそうな出入口がすべて固く封鎖されてしまい、幽霊と強制的にかくれんぼさせられる羽目になってしまったのだ。日が差し込まなくなった洋館には、(しょく)台や松明を置くためのくぼみに青白い炎が灯され、自分の影さえ不気味に感じるほどおどろおどろしい雰囲気に包まれている。

 

『あさがくるまでかくれられたらかちで、よるのあいだにわたしにみつかったらまけよ。ひとつのばしょにこもりつづけてもいいし、とちゅうでいどうするのもわるくないかもね。それじゃあ、カウントダウンするわ。じゅー、きゅー、はち、なな、……』


 ただでさえ図体がデカくて見つかりやすいトドと行動するのは御免だったので、ついて来ようとする編集長を振り切って別行動させてもらった。きしむ階段を駆け上がると、廊下を挟んで四つの部屋があったので、ひとまず一番階段に近い部屋に隠れることにした。この歳になって何故こんなガキくせえことをしないといけねえんだと思わなくもなかったが、負けたら何されるか分からない恐怖の方が羞恥心に勝っていたのだから仕方ない。……で、入った部屋は子供部屋だったようで、ボロボロのベッドの上に中綿の飛び出したぬいぐるみが置いてあった。俺は、ドアが閉まらなくなっているクローゼットから高そうなドレスやコートをベッドの周りに投げ捨てると、わざとバタンと大きな音を立ててドアを閉め、急いでベッドの下に潜った。

 

『このおへやかしら? あらあら、おようふくがちらばってるわ。きっとクローゼットにいるのね。うふふ。みーつけた! ……あら、ちがうみたいね。ほかをさがしてみましょう』


 声と気配が遠のいたところで、俺はベッドの下から抜け出した。カメラの暗視モードで部屋の中を撮影すると、天井の一部に大穴が空いてることが分かったので、下から階段状に引き出しを開けたチェストを踏み台にして、屋根裏へと潜り込んだ。

 引き続き暗視モードで柱や(はり)の位置を確かめつつ、蜘蛛(くも)の巣だらけでネズミがマーチングバンドを結成していてもおかしくない不浄不潔空間を移動していると、下から編集長の声が聞こえてきた。どうやら真下は廊下で、向こうも二階へ上がって来たらしい。板の隙間から様子をのぞいていると、編集長は子供部屋のすぐ隣の部屋へ入って行った。編集長の様子も気になるが、俺は廊下を挟んで反対側にある部屋がある方向へ移動した。すると、またしても天井の一部に穴が開いていたので、そこから真下のソファーらしきレザー調の家具の上へダイブした。ボフッとほこりが舞い上がり、思わず()き込みそうになったのを何とか堪えていると、向かいの部屋から大きなクシャミが聞こえた。


『あらまあ、おかぜをひいたのかしら? おねつがないかみてあげるから、でてらっしゃ~い、なんてね。みーつけた!』


 ズタズタのラグを頭から被り、ソファーと壁の隙間でジッと息を潜めていると、そんな声が聞こえてきた。ああ、編集長は見つかってしまったのか。そのうち、こちらも探しに来るかもしれない。そう思うと俺は居ても立っても居られなくなり、どこか安全な場所は無いかとレンズを四方八方へ向けてみた結果、馬にまたがる貴婦人が描かれた一号キャンバスの向こう側に暖炉があるのに気付いたため、助走をつけて飛び越えた。そして、よく見ると暖炉の中に清掃員が入るためのスペースがあり、これはどこかへつながっているかもしれないと感じた俺は、すすだらけになりながら煙突の内側にある凹凸に手足を引っ掛けてよじ登りはじめた。しかし、朝からボートを()ぎ続けたことと、この洋館の捜索に非効率なほど歩き回ったこととが重なり、腕も脚も限界に近かった俺は、途中で横穴のような小さな空間にたどり着いた途端、その場に身体を横たえ、胎児のように膝を抱えて目を閉じた。

 俺の記憶は、そこから煙突の上から朝日が差し込んで来ているのに気付くまでゴッソリ抜け落ちている。


「財宝の一つでも秘匿されているかと思ったが、何も収穫が無くて残念だよ。まあ、命が無事だっただけ有難いと思うとしようか。どれ、記念に一枚撮ってくれ」

「へいへい。はい、チーズ」


 朝になると、謎の令嬢の声は聞こえなくなり、ドアも窓も夕方に発見した当初のままに戻っていた。俺が寝ぼけ眼で階段を降り、カメラを詰めたバックパックを背負い直してエントランスから外へ出ると、すでに編集長が待っていた。そして、今のように記念写真を要求してきたので、俺は再びバックパックを下ろして一眼レフを取り出し、件の洋館をバックにして小憎らしい表情をしている編集長を撮った。ここまではいつもと変わらなかったのだが、そこから少し違和感があった。

 

「一晩寝て考え直したのだが、どうも僕は、君に面倒事を押し付け過ぎてしまっているきらいがある。帰りはゆっくり休みたまえ」


 そう言って、編集長は俺の手からバックパックを奪い取ると、よっこいせという掛け声で背負い、ステッキを支えにしながらサクサク歩き出した。来た道を覚えていたのか、ボートを係留している場所まで迷うことなく到着し、しかも、帰りは編集長自らオールを()いで行くと言い出した。

 俺は、その編集長の突然の気遣いを邪推して、ひょっとしたら取材の失敗の責任を押し付けられて解雇されるのかもしれないと覚悟していたのだが、雑誌社に戻ってから数日経っても首を切られる気配は無かったので、今回の経験で思うところあって改心したのだと勝手に納得することにした。


 ただ、一つだけ()に落ちないことというか、あえて考えないようにしていることがある。それは、のちのちに調べて分かったあの孤島に関する都市伝説で、あの島へ訪れた者は皆、まるで別人のように性格が変わってしまうというものだ。しかも、その(ひょう)変のメカニズムとしてまことしやかにうわさされてるのが、あの廃洋館の中に閉じ込められているゴーストと霊魂が入れ替わっているという説だ。……信じるか信じないかはあんたたち次第だが、最後に伝説の証拠になりそうな情報を一つだけ挙げておこう。俺が島を離れる直前に撮った写真には、編集長の身体は写っているが、その足元に影は写っていない。

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[良い点] ∀・)奇妙な体験談って雰囲気の御話でしたね。ですが「かくれんぼ」っていう遊びを他にない形でやっていて、しかもちゃんとホラーをしているのが面白かったです。はい、明らかに怖いって作風じゃないん…
[一言] 怖いけれど、なんだか家主さんのことを憎めない面白いお話でした。 廃墟や廃屋への侵入は、家主さんから見れば無礼千万ですよね。悪いことをしたらお説教ということから考えると、勝手に家に上がり込む…
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