Sランク冒険者アヤネ
「ボクの名前はアヤネ。ジョブは見ての通り魔法使い。ほら、Sランク冒険者だよ。気軽にアヤネって呼んでほしいな」
Sランク冒険者用の証明書を出して、そう言った。
「Sランク………?」
Sランクは、数ある冒険者の中でも一握りの存在。SSランク以上がほとんどいない現在、Sランクは比喩なく頂点と言えるだろう。まあ、Sランクにもピンからキリまでバラつきは大きいが。
にわかには信じられないが、あの威力の魔法を撃つ実力は本物ではある。それに、Sランクの証明書は、元Sランクのサグノアおじさんに見せてもらった事があるが、これと同じものだった。
取り敢えず、敵ではない。それが分かればまずは———、
「クエイク!」
倒れ伏すクエイクに駆け寄り、身体を仰向けにし、状態を確認する。身体の至る所に、打撲や擦り傷がある。ハイオーガの一撃を受けた部分は重傷だ。骨も折れているかもしれない。だが、幸い、呼吸はしている。咄嗟に防御していたのかもしれない。
「………大丈夫だな」
そういいながら、俺は回復のポーションを取り出す。このポーションを振りかければ、治すとまではいかないが、少なくとも、窮地は脱するはずだ。
この男にはさっき助けられた借りがある。これでチャラだ。
「ちょっと待ってよ」
回復ポーションをクエイクに振りかける前に、彼女に呼び止められた。
「…何?」
「ポーションよりボクの回復魔法の方が、早く治せると思うよ?」
「回復魔法、使えるのか?」
「少しだけ、だけどね」
回復魔法は、基本魔法である火属性魔法と違い、簡単に扱えるものではない。回復魔法専用の魔法陣を覚えなければならないし、魔力の制御も難しい。それこそ簡単に扱えるのなんて、『回復』のスキル持ちくらいだ。
ポーションは、回復魔法を使わなくても傷を癒せる反面、効果の出が遅く、効き目が良い訳でもない、回復魔法の下位互換だ。回復術士が居るなら、基本的には要らない。
万全を期すなら…、
「…頼む」
「おっけー」
アヤネの左手に魔力が満たされ、魔法陣が描かれ、展開する。魔法陣が淡く発光し、その光が、クエイクを包み込む。10秒程度輝き続けると、光は次第に収まっていく。
「はーい。しゅーりょー」
「終わったのか?」
「うん。次はキミだよ」
「ん?」
「ん?じゃないよ。キミの方がこの人より酷いんだから」
「いや、俺はい………っ」
そう言えば、身体中がボロボロな上に、2体目のハイオーガを倒すために左腕まで折ったのだった。自覚すると、痛みが一気に押し寄せてきた。
「はいはーい。拒否権はないから~」
そのまま彼女が手をかざすと、また同じ光が現れ、俺に向かって来る。光に触れた箇所から痛みが少しずつ引いていき、代わりにじんわりとした温かさが広がっていく。身体全体に温かさが広がっていって、しばらくして収まった。体力まで回復した訳ではないが、身体の傷はほとんどなくなった。重症の部位の完治は流石にしてないが、痛みは相当抑えられた。
「凄いもんだな」
「まあ、Sランクだからね」
そう言って、彼女は笑みをこぼす。そして、
「そ~れ~よ~り~、何かボクに言うことがあるんじゃあないかなあ?ほら、お礼とか!」
ニッコォという効果音が付きそうないい笑顔に、俺は顔をしかめる。これほどお礼したくなくなったのは初めてだ。
「……Sランク冒険者の君が何故ここに?」
秘技、話を逸らす。さっきも使った気がする。




