齟齬
「いい加減、魂胆を話してくれてもいいんじゃない?」
佐東さんは僕を見て言った。彼女の家に転がり込んで、一週間が経とうとしていた。
「ねえ、聞いてるの?というか、諦めなって。猫にお箸は持てないよ」
僕は箸をできるかぎり上品に机に置いた。
「見て分かると思うけど、僕は悪い猫じゃないよ」
彼女はうーんと言いながら首を傾げる。僕の人相は悪いのだろうか、それとも猫であるからにはどう足掻こうとも意地悪に見えるのだろうか。
「じゃあ言うよ。なんでここに来たのかを」
僕は椅子から降りて、彼女の正面に座る。大切なことを伝えるとき、目を見るのが人間の習わしだからだ。
「僕は人間に憧れてる。人間になりたいんだ」
しばしの間を置いて、彼女は言った。
「それでなんで私の家に?」
「佐東さん、あなたが優れた人間だからだ」
彼女の表情は瞬く間に不信を伝える。
「あなたは僕の仲間を助けたとき、震えていた。あの男に対峙するのを恐れていた。しかし、あなたは恐怖に耐え戦う道を選んだ。大した報酬もないのに」
ゆっくりと真剣に僕の言葉に耳を傾けていた彼女は、それを聞いてくすりと笑った。僕には何が面白いのか分からない。
「確かに怖かったけど、報酬ならあったわ。あの猫ちゃんを助けられたこと。誰かのためなら普段以上の力が出るものよ」
「あの猫が助かって、なぜあなたが得をする?」
「損得じゃなくてね、こんな自分でも誰かの役に立てるなら、それは嬉しいことじゃないかな」
「君はそう思わないの?」
それがあたかも当然のようにペラペラと話す彼女を見て、僕は羨ましく思った。あなたは人間として生まれることができたから、そんな高等な感情が芽生えるのだ。僕だって人間に生まれていればおそらくそう思えたし、逆に彼女が猫として生まれていれば、そういった心の動きを想像することさえできないだろう。
僕は質問に答えずに言った。
「散歩に出るよ。少し話し疲れた」
彼女はふーんと言って、窓を開けた。僕は軽やかにそこから飛び出していく。背中に、彼女が愚痴をこぼしたのが聞こえた。
「勝手なんだから」