出会い
水面には丸い顔をした猫が映っていた。これが僕だ。僕は猫として生まれたが、何よりも猫が嫌いだった。そして、人間に憧れていた。
住み処に戻るとあのバカがいた。典型的なトラ猫で、なぜだか僕をつけ回す。僕は自分のことも嫌いだったが、彼のことも好きではなかった。人間に憧れる僕にとって、猫からの友情など虫酸が走る。僕を見つけてその瞳は明るくなり、同時に心配の色が浮かぶのも分かった。猫が僕に構うな、その一心で僕は駆け出した。純粋なスピードでは彼がまさっているが、僕はその分、頭がはたらく。
そのときだった。近くで猫の悲鳴が聞こえた。さっと立ち止まり、後ろを振り向く。彼ではない。僕たちは声のする方へと近づいた。
そこには一人の男がいた。おそらくひどく酔っていて、加えて何かに腹を立てているらしい。八つ当たりの相手として選ばれたのが、そこに転がっている白猫だった。
トラ猫は僕に噛みつき、逃げようと促してくる。僕の身体は動かない。
「あ、あの…」
女の声がした。男は猫をいじめるのをやめて振り返る。男は思い切り息を吸い込む。怒鳴り声が響き渡ろうとした瞬間、女は言った。
「警察、呼びますよ」
彼女の足は震えていた。自分よりも大きな相手の前に恐れをなしていた。それなのに、彼女は勇気を振り絞り、戦う道を選んだのだ。助けたところで礼をしてくれる訳でもない、愚かな白猫のためだけに。
男はしばし悩んでから、舌打ちをして去った。女は勝ったのだ。彼女は安堵の表情でため息をつき、白猫に近づいた。
「猫ちゃん、大丈夫?」
白猫は救い主である彼女に対して威嚇をし、そのままものすごい勢いで闇夜に消えていった。僕は千載一遇のチャンスだと思った。ふと振り向くと、トラ猫はもういない。やはり猫とは臆病なものだ。理性などまるでない。わずかながらの優越感が、僕の背中を押した。そして僕は言ったのだ。
「仲間を助けてくれて、ありがとう」
女は僕を見て、尻餅をついた。おかしなことだとは思わない。むしろ当然の反応だろうと思った。
だって、猫はふつう喋らない。