096 その錬金術師と薬毒~体力回復薬編~
ヒヤリと頬にかかる冷気に、目が覚める。
羽毛をたっぷりと詰めた布団と毛布の中は暖かく、抜け出したくないんだが、窓にかけたカーテンの隙間から溢れる陽の光は明るくて、既に夜が明けているのが分かって上体を起こす。
伸びをすれば、途端に冷え切った空気が暖気を追いやり、無理矢理覚醒を促すようにして体を包み込んできた。
「朝かー……。」
昨夜は魔力回復薬を成功させようと躍起になって、ついつい夜更かししてしまった。
結果、疲れが残っているのか全身が怠い。だからといって起きないわけにもいかず、ベッドから滑り降りて普段着へと着替える。
上は大抵シャツか襦袢なんだが、夏ならともかく寒くなってきた今の時期なら襦袢の方が暖かい。
何せ、シャツの多くは麻か綿麻混合の生地、つまりは夏向きなのだ。対する襦袢の方は、綿だけで作られた物が多い為に、厚手で丈夫。冬に着るのには、こちらが適していた。
どうにもこの辺りは和洋混合して衣類が売られている。そのおかげで、買い込む際に組み合わせで随分と悩まされたものである。
そんな襦袢に合わせる下はズボンか袴なんだが、袴は着脱がし難いしトイレの際面倒になりやすい。この為にいつもズボンを履いていて、足元はロングブーツで固める事が常だ。
「――ふあっ。」
着替えてる最中に漏れ出た欠伸を噛み殺しつつ、手早く身に付けていく。
秋も過ぎ去り、何時、雪が降り出してもおかしくはない寒さだ。
「朝飯は何にするかなぁ。」
そんな寒さの中、上から厚手のコートを身につけ、部屋を出て台所へ。
適当に卵と小麦粉、それに開拓村で仕入れた牛乳を取り出して並べていく。
昼になったらまたあのペンギン妖精――リルクルが訪れて来るはずだ。どうせだし、朝食も兼ねられる物にしとこう――その方が手間が少ないし。
「材料的には、クレープあたりでいいか。」
卵と小麦粉と牛乳とくれば、包む物を変えるだけで軽食にも菓子にもなるクレープが簡単で丁度良い。
材料全部をボウルで混ぜて、薄く焼くだけで生地が出来るからな。冷めてても美味しいし、適当なジュースで軽く煮て暖かくしても良いから、その日中に食してしまえるなら作り置きするのにも適している。
「何巻こう。」
そうして、植物の種を絞って採れた油で焼き終えてから、中に巻くものについて頭を悩ませる。
朝は眠い。眠いからどうにも思考が纏まらない。
うんうん唸りつつ【空間庫】を開いて中を覗き込んだ。
「材料は一杯あるんだが――。」
これはこれで目移りしてしまう。どれにするか余計悩みそうだ。
「今朝のお茶は、柿の葉でいいか。」
柿の葉には冷え症の改善効果がある。寒くなってきたし、血流を良くして温まる飲み物は、今朝から感じるこの怠さにも多少は効果があるだろう。
昼以降やって来るリルクルに出す分は、当人の希望に合わせて選べばいいとして、今朝の朝食分をどうするかと考える。
同じように菓子にしてしまうのも手だが、どうせならサラダ巻きにしてしまいたい。そうすればビタミン類も一緒に取れるし、適当なハムあたりでも加えれば、蛋白質も一緒に摂れるからな。
「葉物は溝蕎麦と浅葱にしよう――ハムは買ってきてあるし、後は何入れるかな?」
味付けはマヨネーズにするとして、何か疲れを吹き飛ばす物が欲しい。
しかし、朝から大量に食べるタイプでもないので、量が増えすぎるのは考えものだ。残すのはもっと考えものである。
「うーん。」
あれこれと頭を悩ませた結果、どうせだしと魔法薬辺りで代用する事に決めた。
そうして出来たサラダクレープと、柿の葉の薬草茶を食卓まで運んで、口へと運んでいく。
「――これ、可もなく不可もなくってところだな。」
味の感想としては、特別美味しいってわけでもなければ、不味いってわけでもない至って普通の物。
しかし、暖かいお茶と共に胃に流し込めば、内側から温まってきて血流が良くなり、頭も働いてくる。
浅葱の辛味はマヨネーズで和らいでいるのか、とても食べやすくなっていた。そこにハムの旨味が加わり、溝蕎麦の癖の無い味が混ざって、全体的にバランスが取れている感じだ。
悪くは無い。決して悪くは無いんだが、やはり特別美味いってわけでもない。何か、もう一つ欲しいところだな。
「ちょっと、いまいちか。今度から、溝蕎麦は別の物にするかねぇ。」
試した物をレシピとしてメモに記しておいて、洗い物を済ませた後に次に取り掛かる。
作るのは体力を回復させる魔法薬だ。主に疲労回復の効果を持たせたもので、筋肉疲労とか傷ついた筋繊維の修復とか、内側から効果が出る魔法薬である。
材料は鳩麦等の薬草と、蜂蜜を採る際に得られる王乳、下処理を済ませたスライムの油脂に幾つかの果実の絞り汁等、とにかく種類が多岐に渡る。
それらを水魔法で出した水を沸騰させて煮出したり、冷ましてから溶かし出したり、混ざるまで撹拌したりと、あれこれと手を加えて混ぜ合わせて行く。
出来上がりは濾して火にかけて、60℃程の熱で時間をかけて殺菌していく。終わったら時間停止の魔術が刻まれた硝子瓶に移し、コルクで蓋をしたら完成だ。
「よし、出来た。」
幾つかの試験管とフラスコへ入れて量産し、一つを残したら【空間庫】へと仕舞う。
硝子瓶の中の液体は、どれもが真っ赤な色に染まっており、材料となった果汁の色が特に色濃く出ていた。
「まずは一本っと。」
怠さから解消されようと、残しておいた体力回復薬を飲み干す。
瞬間、体内から熱がじわりと広がり、眠気や疲れが薄まり、徐々に消えていった。
ただ、
「不味い……。」
その味は激マズ過ぎて辛い。甘くて酸っぱくて苦くて、ほんのりと辛いのだ。そして渋くなる。
味覚の見本市かというくらい、怒涛のラッシュでそれらの味が押し寄せてくるので、口直しは必須だった。
「ぐううっ。」
こうして、体力が回復して早々唸り声を漏らし、残っていた薬草茶を口にして、床に手を付いてしばらく悶絶する俺の姿があった。
ファンタジーでよく出てくるポーション。味ってどんなの?って思ったら、どう考えても不味いよねっていう。
良薬は口に苦しといいますし、ましてやそれに色々と材料が加われば、相乗効果が悪い方へと働いて悲惨な事になると思われます。薬草茶であるハーブティーも、リアルでは好みが別れますし。
作中では、結果的にとはいえ激マズポーションが完成しています。それを飲む主人公、余り馴染みが無くて悶絶するという。
RPG風に言うなら、HPが回復してMPにダメージが入ったといった感じでしょうか。魔法使い系でそれ致命的じゃ?って思いますが、魔力量(MP)は豊富なので、多分痛くも痒くも無いでしょうね、味以外は。
2018/11/10 加筆修正を加えました。鯵→味の間違い。読み難いと思われる感じに振り仮名も追加。怠いとか濾してとか。漢検持ってると読めるけど、学生さんだとまだ習ってない漢字が多いわ、この作品。




