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093 その錬金術師と薬毒~基剤編~

 この回から、錬金術師らしい生産内容が出てきます。

 また、ファンタジーらしい素材もこの回からです。


 錬金術と言えば魔法薬ポーションってくらいには昔は名が知れていたんだが、今じゃそれは見る影も無くなっている。

 元々国家資格だったのもあってか、数が少なかったからな。魔法が使えるのが前提条件にあったし、狭き門だった。

 加えて、多くの錬金術師達は仮死の魔術陣を使ったらしい。そのせいで、違う時代にそれぞれが目覚めてしまっていた。

 蘇生に成功した後は、国の復興へ力を注いだせいか、技術はほとんど継承されていない。大半が、逸失してしまっているようで、現代では残っているものは非常に少ない傾向にある。


「極一部が、魔女達に残されているだけなのが問題なんだよなぁ。今も昔も女性の地位は低いし、下手に錬金術を広めると彼女達の飯の種を奪いかねないし――。」


 悩みどころだが、どうにかして接点を作る方法を考えないとならないだろう。

 商売敵と見なされて、争いになるのは避けておきたい。現状の薬草の効果に一番精通しているのは、多分彼女達だろうからな。敵対するのは悪手だ。


「うーん――難しい。」


 だがしかし、そんな魔女達と友好関係を築くのは生半可な事じゃ無い為に、頭を悩ませる。

 伝手が無い者は門前払いどころか、下手をすると殺されるらしいからだ。

 過激に思えるかもしれないが、彼女達は少数派だ。小さな集落を作って暮らしているらしく、その集落で暮らしているのも女だけで、男は居ないのである。


 これだけで舐めて掛かる奴は確実に出るのは、予想出来る事だろう。


 女しかいないなら、制圧するのは簡単だろう――そんな理由で、実際に過去何度か、襲撃を受けているらしい。


「過去にいた馬鹿男共に制裁を加えたい。マジで加えたい。面倒な事しやがって。」


 民族紛争の多くが泥沼化する。何せ、根底にあるのは『区別』と『差別』だからな。間違っても『同族』とは見なせないのだ。

 結果的に、舐めてかかった奴らは魔女である彼女達の逆鱗に触れ、貴族であろうと関係なく血祭りに挙げられてきた歴史があるようだった。

 そういった事情のせいか、魔女達の集落はかなり閉鎖的らしい。更には、男は絶対に入れなくなっているという記述もある。女であっても、余所者の場合は一度入ると外へ出られなくなるらしい。


「これは、興味を引いてあっちから訪れるのを待つしか無いかねぇ?」


 それ、どれだけ時間がかかるんだ――って話になるが、現状ではそれくらいしか方法が思いつかないのでしょうがない。

 下手に性転換薬を飲んで、後々男だとバレて怒りを買うのも怖いしな。何時、殺害されるかも分からなくなるし、それ以前に性転換薬はもう二度と飲みたく無い。王都で飲んだ時は、変わる時も戻る時も辛かったのだ。

 とにかく、技術の継承先としては、彼女達魔女が筆頭にあがるだろう。現状の薬草への情報提供も含めて、何とかして興味を持ってもらうように動くしかない。


「他にも継承出来る奴も探さないとかなぁ。」


 何度も言うが、女性の地位は低い。低いから舐められるし、搾取されやすくなるんだ。

 なら、男にも同じ仕事をやらせればいいと思うんだが、女性への偏見とか無い奴で水魔法が使える奴となると、こっちは早々見つからないだろう。

 根本的な女性軽視を何とかするのは難しいものがあるし、色々と前途多難だ。


「ああ、止めだ止め!考えてもらちかない!」


 技術継承に関する事は一旦取り止めにしておいて、今朝捕らえて来たばかりの生物を取り出そうと、大きなかめを抱えて来る。

 中に入ってるのは川から汲んだ水と、そこからぽっこりと盛り上がっている饅頭型をした生物だけ。

 この生物は、上流から流れてきたところを水流を操作する魔法で捕まえたものだ。


「よっこいしょ。」


 それを以前作ったばかりの紙作りの為の場所へと流し込み、水を切ってしまう。

 すぐに無色透明な姿が現れた。


「水しか吸ってないみたいだし、こいつはラッキーだったな。」


 現れたのは、一匹のスライム。主に戦士や弓使い達が嫌う、森の掃除屋とか呼ばれる魔物だ。

 プルプルと震えているが、ブラッディー・スライムのように人を襲う気配は今のところ無い。生まれたてなせいか、現状の把握も何も出来ていないのだろう。

 そんなスライムを前にして、俺は次々に魔術を行使していく。

 目の前のスライムは魔物。魔物といえば、人間の敵。そして、現状は素材だ。


「【凍結】【水分蒸発】。」


 情け容赦無く使ったのは、お馴染みの氷魔術と水魔術だった。

 後から使った【水分蒸発】とは、その名の通りに水分を蒸発させて、乾かす為の魔法である。


 スライムの身体は、油脂分と水分とが混ざりあった身体で構成されている。丁度、潤滑油みたいなとろみがある液体が、皮膜の中へ沢山詰まっている状態だ。

 そこから水だけをがっつり抜き取ると、残るのは身体を形成している皮膜部分と油脂分だけ。

 どちらも錬金術では使い勝手が良い代物で、特に油脂分は魔法薬の基剤にもなる。薬草の効果を高める働きもある為に、確保出来るなら確保しておいた方が良い素材だった。


「皮膜は後でいいか。先に、油脂分の抽出と加工をしておこう。」


 水分が抜けて、大分スカスカになってしまっているスライムの【凍結】を中途半端に解いて、皮膜へ解体用の短刀を使い切り込みを入れていく。

 皮膜部分は薄い為、切断するのは簡単な作業だ。生まれたばかりのスライムは手の平サイズと小さいのもあってか、大して力を入れずとも、サックリと切断し終えて二等分へと切り分けられた。

 そこから、中に残っていた油脂分を木製のボウルに移し替えていき、ヘラで良く混ぜてから目の細かい網でしていく。


「不純物は――無さそうだな?」


 稀に植物の繊維とか、食べかけの動物の骨とかが見つかる事もあるが、このスライムはそのどちらも吸収していなかったらしい。

 見た目からして水みたいに色も濁りも無かったので心配はしていなかったが、かなり状態が良かったようで高品質の物が狙えそうだ。

 その事に思わず笑みが浮かぶが、作業はまだまだ途中。気を引き締め直して、続く工程へと移って行く。


「よしよし、次は中和剤、中和剤っと――。」


 取り出すのは、解毒薬であり毒消しとも呼ばれる魔法薬ポーションの一種で、中和剤と呼ばれる品だ。

 スライムは取り込んだ物を溶かして吸収する性質を持つが、これは主に水分の中に多く含まれている。しかし、油脂分にも多少残る為、それを可能とする溶解液の酸性を中性に変えて、無毒にしてやる必要性があった。

 そうしないと、触れたそばから徐々に溶けてしまうからな。これは危険以外の何ものでもない。その為の中和剤だ。

 ボウルの中に中和剤を投入し、よく掻き混ぜて混ぜ合わせる。


「次は――。」


 それからは、中性になったかどうかを判断するのに試験薬を取り出して、試験管に半量だけ注ぎ込むとスライム油脂で作ったばかりの基剤を入れてマドラーで混ぜた。

 試験薬は紫キャベツやブルーベリー、茄子ナスの皮で作っておいたものだ。紫色をしており、中性を表わしている。

 ここに入れた物で色が変わるなら、それは酸性、もしくはアルカリ性という事になり、毒性があるのが分かる。故の試験薬。

 しばらく掻き混ぜて、


「色の変化は――無いな。」


 何も入れてない試験薬と見比べてみて、結果を判断する。

 酸性は青、緑、黄色の順に強くなるので、試験薬より青みが強くなったりすれば危険だ。

 しかし、今回は色が変わらずに元の紫のままなので、完全に中和しきれたという事だろう。


「よし、こっちは完成だな。」


 そうして出来上がったスライム油脂は、傷薬や火傷に塗る軟膏なんこうなんかの材料になる。

 スライム自体が魔物である為に魔力を持っているのだが、それが丁度、水魔法で水を生み出した時のような効果があるのだ。

 この為、不純物が少ない生まれたてのスライムを使って作られる素材は、大抵が高品質の物に仕上がる。


「で、次は皮膜っと。」


 そこから先は、中和剤をかけたスライムの皮膜を小さく切り刻み、鍋で煮て溶かしていく作業になる。

 完全に溶け切った後の液体は、熱い内に平らな石板の上に均一に薄く伸ばして乾かし、ペラペラの板状へと加工していく。

 加工後の被膜はあちこちに貼り付きやすくて、そして剥がしやすい。水や空気も通さなくなるので、保管の道具としては最適なのだ。


「こいつがあれば、真空パックとかも作れるな。」


 ただし、数に限りがある。何せ、量が取れないし、作るのも手間がかかるからな。

 それでも、使い捨てせず何度も繰り返し使える厚みにすれば、使い回しには向く。これだけで、保管期間が更に伸びる事だろう。

 特に、魔法薬ポーションの類は保管に気を遣うからな。幾らコルクで閉めてるとはいえ、経年劣化や酸化は免れない。希少な薬草等を使った効果が高い物にはこぞって使うべきだ。

 そんな魔法薬ポーションの品質管理の為にも、スライムの皮膜を加工したこの素材は、以前も重宝していた品だった。


「普通に保管してたら、どんなに保っても百年がいいところだし――千年過ぎても産出した魔法薬ポーションの類が使われているあたり、魔物の素材と魔術で手を加えた物は遥かに保管能力が高いんだろうなぁ。」


 けれども、何時かはそれも劣化して使えなくなるのだ。

 そうなる前に少しでも早く、技術を継承してもらって流通量を増やしていかないとならないだろう。


「どこまでやれるかねぇ?」


 一応はプロとして働いていたが、錬金術そのものを人に教えた経験は無い。

 現状の自分でどこまでやれるかは未知数だが、過去のおさらいを兼ねながらも、俺は未来に思いを馳せていた。


 作中に出てくるスライムの皮膜は、加工した後はラップ等の石油製品になると考えていただけると分かりやすいかと思います。

 主に、ビニールの素材ですね。


 素材となった作中のスライムは無害じゃないか?と思うかもしれませんが、一度血の味を覚えれば、人間を含めた動物を好んで襲うようになるので結局は危険です。

 作中の魔物には魔力を持つものを特に好む傾向があります。これは、一見無害に思える生まれたばかりのスライムだろうと例外ではありません。

 最終的には人も襲うようになるのが魔物なので、討伐を兼ねて素材にするのがこの世界の現状では一般的です。動物愛護ならぬ魔物愛護なるものは存在していません。

 まぁ、現実世界でも『愛護』のはずが一部『愛誤』になってたりはしますが……。


 2018/11/09 加筆修正を加えました。


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