093 その錬金術師と薬毒~便秘薬編~
下の話が入ります。エロではなくて下です。
本筋には影響ありませんので、苦手な方は飛ばしてお読み下さい。
「便秘薬なぁ。あるにはあるんだが――。」
開拓村で予想通りな展開が起きたその直後、別の予想外な展開が繰り広げられて遠い目をしていたところに、声をかけられて俺はそう返していた。
「処方していただけませんか?」
「うーん。」
深刻そうな顔で、頼み込んできたのは開拓村に住む一人の若い女性。
予想外の温湿布争奪戦が繰り広げられているお隣では、ご老人達が激しい奪い合いを行っている。その顔は輝き、目は爛々(らんらん)としていて、まさしくハッスルしていらっしゃる状態だ。
それを横目にして、俺は難しい表情を浮かべ唸り声を上げていた。
温度差が激しい気がするが、隣とは違って目の前の人物は一応患者だ。国王から医療従事者としての権利はもぎ取って来ているので、対応する事は出来る。
ただなぁ、
「そもそも、自分で便の状態を確かめたりはしたか?」
「――え?」
こんな風に、何言い出すんだこいつ、みたいな視線を向けられてしまうのが、この手の問題なのである。
俺はそっと、溜息を吐き出して「面倒」と呟いてしまった。
女性の多くがそうなんだが、下に関わる事となると、途端に難色示したりするんだよ。面倒臭い事にさ。
医療上、どうしても必要な情報を引き出すのに尋ねるしかないわけなんだが、それがセクハラだと騒がれる事もあるのだ。
なので、出来ればこういった下に関わる悩みは、歳がいったおばちゃんか、男性が来て欲しい。切実に。
(若い女性とか、地雷原みたいなもんだぜ――?勘弁してくれよ。)
凄くやり辛い。そう思いつつも、一応は尋ねて返し、対応する。
もしもこれで駄目なら、対処療法だけ伝えて放置するしかないだろうなんて思いながら。
「知らないかもしれんが、便秘になるのは幾つかの原因がある。それを手っ取り早く調べるのに適してるのが、大便の状態なんだよ。全く出ないのか、おならだけなのか、それともコロコロしたのが出るのか、どれだ?」
「……。」
尋ねてみても、沈黙で返されてしまう。
やっぱりこの手の話は駄目だな――と思ったところで、微かに声が聞こえてきた。
「――ぉです。」
「あ?」
「コロコロです、状態!」
「あ、ああ。」
どうも、自棄糞になったらしい。いきなり叫ばれて驚いた。
顔を真っ赤にして涙目になっている女性を前にして、俺はやや困りながらも頭を掻いた。
隣のご老人達はといえば、それでも争奪戦を繰り広げていて、奪い合い中だ。ただし、一瞬だけチラリとこちらを見たのが見えた。
「んあー、それなら――。」
そんなご老人達の様子に、放置して逃げるのは後々噂になると予感して口を開く。
とりあえずは、この顔真っ赤にしている女性に、これ以上の質問は辛いだろうと【空間庫】を開いて中を漁った。
少ししか聞けていないが、分かった範囲だけでも、十分対処は可能になるからな。
とりあえずは、コロコロしてるなら固いって事だ。固くなりすぎて出にくくなっているわけである。
それなら、いっそ、柔らかくしてしまえばいい。具体的に言うと、便の水分量を増やしたり、腸が水分を吸収するのを防ぐのだ。
これに丁度良い薬ってなると、種類も限られてくるので、そこから更に選んで引っ張り出した。
「大黄甘草湯を出しておこうか。とりあえずは、これで様子見だな。」
「粉薬?」
女性がマジマジと見つめるのは、藁半紙に包んで入れている黄褐色の顆粒剤。
独特な匂いと味がする物だが、苦くて飲めたものじゃない薬湯なんかよりはずっとマシだろう。
「粉じゃなくて顆粒な。毎食後、食前か食間に水と一緒に一包を飲んでくれ。効かないからって、一度に何個も飲んだりするなよ?」
「う、うん。」
そうして手渡すのは、生薬の一種。魔法薬の類は効果が高い反面、癖がついたりすると一生治らない事があるので、出来るだけこうした自然由来の物が良い。
今回処方したこの大黄甘草湯に使われている素材は、大黄と甘草の二種類だけである。
ただそれだけでも十分効果は期待出来るし、彼女の症状からしてこれが適切だろう。
「普段から水分をこまめにとって、根菜類や胡瓜なんかのウリ科の野菜を食べるようにするのも良いけどな。薬に頼らず、体質から改善出来るようになるから。」
これに、女性から疑問の声が上がってきた。
「根菜――って何?」
そこからか。そこからなのか!?
「玉葱とか大根とか、土の中に埋まってる部分を食べる野菜だよ。」
「ああ、そういう事。」
納得してもらえたところで、諸注意を加えていく。
便秘で注意すべきなのは、その症状がいかにして起きたか、である。
例えば、トイレの我慢をしすぎて起こったなら、腸内の活動が低下していて起こる現象になる。この場合は、そもそもとして便が出てこなかったり、時間がかかる傾向にある。
そうではなく、彼女のように普段の食生活からくる水分量や食物繊維の不足なら、腸内環境の悪化から起こるものなわけだ。こちらは普段の食事内容を見直したりするのが重要になってくるので、前者とはそもそも違うものになる。
こういった理由を背景に、処方する薬も変わってくるのを伝えていく。
「――て事で、理解してくれたか?」
最初に尋ねた便の状態。実はとても大事な情報源なのだ。
それに気付いてもらえたのか、トゲトゲしい雰囲気が収まり、女性は幾分落ち着きを取り戻していた。
「あ、うん。ごめんなさい、変に疑ってしまって。」
そうして頭を下げられて、俺はホッと息を吐き出した。
今後、変態だと呼ばれるような事態は避けられたらしい。分かってもらえて助かるというものだ。
「まぁ、気持ちは分かるから、理解出来たならいいさ。」
そうして話を切り上げたところに、
「この湿布、もっと無いかのう?」
「わしゃ、後百枚は欲しいぞい。」
「売ってくれぇ。もっと、売ってくれぇ。」
「……。」
争奪戦を終えたのか、足りないと強請るご老人達に張り付かれて無言になる俺がいた。
開拓村のご老人達の間で温湿布が大流行!
2018/11/07 加筆修正を加えました。サブタイトルに一字抜け発見。『編』をこっそり入れときました。
2018/11/09 更に加筆修正。読みやすくなるようにした、つもり。




