090 その錬金術師と薬毒~膏薬編~
捕捉:サブタイトルの『膏薬』は『こうやく』と読みます。
傷薬として使われる物の多くは、止血作用の他に、抗菌・殺菌作用が重視されている。
これは、傷口から侵入する雑菌の繁殖を防ぐと共に、病にまでかかってしまう確率を減らす為だ。
既に血が流れ出た後は体力だけでなく、体温すら低下している。そこに傷口から雑菌が侵入してしまえば、容易く繁殖を許してしまい、最悪、熱が引かずにそのまま死亡するケースだってある。
それを防ぐ為にも、抗菌・殺菌作用は重要視されているわけなんだが――他まで掘り下げると、壊死組織の除去作用とか、肉芽形成・上皮化作用なんて医学的な難しい話まで出てくるから割愛しとく。
「金創膏とまでとはいかずとも、簡単な傷薬くらいは備蓄しておきたいからなぁ。」
今あげた金創膏というのは、七種類の生薬を混ぜ合わせて作る膏薬の事だ。主に刀傷等に効くと言われている。
しかしながらも、別にそこまでの種類を混ぜなくとも、似たような軟膏くらいなら量産出来そうというのが現状だった。
何せ、夏にも使ったし、幾らあっても困るものではないので、あかぎれ対策としても常備しておいた方がいいだろうしな。
「材料は――大黄と赤矢地黄、後は芍薬でいいか。」
去年の夏に使った時よりも、素材は豊富にある。
王都から自宅に戻ってくるまでの間に、報酬で貰った金を使い込み、大量に買い込んでおいたので【空間庫】の中には薬草が一杯だった。
最初に取り出した大黄の根茎には、外用すると消炎・止血作用がある。
これは、その次に取り出した赤矢地黄の根も同じで、似たような効果がある事が知られているので、相乗効果が期待されている。
芍薬の根も、まぁ似たようなものだが、こちらは主に鎮痛作用が目的だ。軟膏というだけあって、傷口に直接塗り込む事になるので、滲みて痛むのは何かと辛い。それを和らげる為に使うのだ。
これらを丹念に磨り潰して混ぜ合わせた後、
「油は――胡麻油でいいか。」
保管に適した物にする為に、新たに胡麻油も取り出した。
胡麻油には香りが薄いという利点もあるので、香り付けには別の何かを混ぜ合わせてもいい。
都度、様子を見ながら、香り別にして種類を増やしていこう。
「香りは何がいいかなぁ――橙とか檸檬なんかの柑橘類は豊富なんだが。」
そんな事を思いつつ、ひたすらに練り練り。
この練る作業も、水車小屋で出来るようにしてしまいたい。凄く大変だ。主に俺の腕が辛い。
「――よく考えたら、錬金術師って、大概体力が必要だよな?」
後は忍耐力とか手先の器用さとか。
勿論、レシピを覚えて手順通りにやるとか、頭も良くないと出来ないわけだが、研究職でもある割には身体が資本だ。
毒味とかも仕事の中にはあったし、危険な事も珍しく無い。
「――魔道具の調査中に、暴走とかもあったなぁ。結局、師匠が出張ってきて沈静化させてたが。」
思えば、学生時代も師匠に従事した頃も、危険と隣り合わせだった気がする。
「それ考えたら、ゴブリンぐらいどうって事無いな……。」
何せ弱いし。
見た目の小ささ通りに、あいつらって知能は高く無い上、腕力も敏捷性もそこまで無い。
「意外と冒険者もいける……?」
上のランク目指さずに、下のランクでフラフラするくらいなら何とかなりそうだ。
春になったら薬草の採取とか受けて見よう。
「でも、今は目の前の事だよな。」
なので、練る。ひたすらに練る。練って練って練りまくる!
「ぜーっ、ぜーっ。」
途中では精油なんかも混ぜて、香り付けもする。
ただ、その頃には既に息が上がってしまっていた。一気に大量に作ろうとしたせいか、かなり辛い。
「でも、今日中には、作り上げて、しまいたい、しな!」
なので、練る作業は止められない。
腕がプルプルしてきても、この作業が大切なんだよ。香り付けになる精油を入れた後に放置してしまうと、折角の香りが飛んでいってしまう。
故に、必死に混ぜ合わせて、薬効成分を含む生薬と胡麻油を練り込んだ軟膏へと混ぜていく。
「はぁ、はぁ――出来た。」
そうして出来上がった物を木製の小さな入れ物に詰め終えて、この日の俺は力尽きた。
作中に出てくる薬毒は試されないよう、ご注意下さい。
この作品、あくまでファンタジーです。実在する地球を舞台にしつつも、違う進化と歴史を遂げてきているので、ある意味別物となっています。
主人公の職業が錬金術師という時点で、どうかお察し下さい。現実に錬金術師を名乗る人はおりませんし、いても作中の主人公のように魔法や魔術は使えません。
くれぐれも現実と混合しないよう、ご注意下さいませ。




