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089 その錬金術師は拠点に手を施す

 開拓村に途中寄って、メルシーちゃんとその祖父に土産を渡して家に戻る。

 ――までは良かったものの、家に入る前に見た畑は、見事に様変わりしてしまっていた。


「こりゃ、明日だな……。」


 伸び放題に生えている雑草と薬草の中で、一際目立つのは立葵たちあおいと呼ばれる大きな株だ。別名、ホリホックとも呼ばれており、赤や白の花を咲かせる花だ。

 その大きさから、観賞用としても植えられる事があるものの、錬金術師の俺からするとそこまでの使い道が無い。

 元々、食用として植えておいた物なんだが、去年、うっかりと種の採取を忘れた株があったようで、そこから数を増やしてしまったのだ。

 そうしていま現在、そいつが更に増えてしまっていた。


「やべぇ。畑が占領される。」


 他の薬草を駆逐する勢いで増えてしまっている立葵。これ、どうにかして明日、間引かないとならないだろう。

 そんな畑を横切りつつ、家の方へ。

 中は春に出た時から余り変わらず、薄っすらと埃が積もっているだけだった。手近なところにある下駄箱の上を指先でなぞって、埃の積り具合を確認する。


「そこまで埃は積もってないし、荒らされたりもしていないか――まぁ、獣避けや対人向けの警告と罠も仕掛けておいたしなぁ。何かに引っかかってる奴でも居ない限り、大丈夫かそう。」


 王弟に呼ばれて何が困ったかって、そのまま王都まで連行された事である。

 おかげ様で、畑の世話も何も出来ずに、着の身着のままに連れて行かれてしまった。

 それまでで収穫出来た物は【空間庫】にある。とはいえ、夏場は全く採取も探索も出来ていないし、森の中にはまだまだ見つけていない物も沢山あるだろう。その時間を半年もロスしたのは、かなり痛いと言える。


「冬は越せるだろうが、今年は暇を持て余し兼ねないのがなぁ。」


 なにせ、ここはドカ雪で動けなくなる。動けない間は家に閉じ込められるので、その間、出来る事が無ければ無駄な時間を過ごす事になりかねないのだ。

 王都から戻ってくる旅の途中、行商人のおっちゃんに頼み込んだおかげで、それなりに買い集められた物はあるが、その多くが種とか錬金術に使われる素材ばかりだ。暇つぶしに使えそうなのは余り無い。

 それ以外で現状ある物で出来そうなのは、紙の作成とか染色とか――後は織物とか編み物だろうか?


「織物は機織り機がいるからなぁ。作ればいいんだろうが、流石に設計図なんて手に入らないだろうし、記憶にも無いからどこかから買い取るか、現物を見て一から起こさないと。後、編み物は編み棒はなんとかなっても、肝心の毛糸が無いな。」


 麻糸や綿糸で春先以降のカーディガンとかは編める。だが、こういうのは大抵が女性向けだ。野郎で着るのには向かないし、しかもお洒落重視な為に機能性は皆無に等しい。

 開拓村ではまず、丈夫な物が好まれる傾向にある。これは、繰り返し長く使うのが前提であるからだ。薄手の生地なんかは、洗ってる間に擦れて使い物にならなくなってしまう。

 その上で、あちこち引っかかりやすい網目な上に、防寒性等も低い衣類なんて、売りに出しても早々売れないだろう。まだ、絹糸でレースでも作っていた方がマシだと思える。


「絹糸は、かいこが手に入らないんだよなぁ。」


 蚕とは、絹糸の原料となるまゆを形成する生物である。

 人間が飼育し、長年、品種改良を続けてきたが、この為に人間とは共存関係にあり、人の手を離れて野生化する事はまず滅多に無い。それくらいには、か弱い生き物なのだ。

 故に、野生の蚕を見つけようとしても、まず見つかる事は無いと思った方が良い。

 買い求めるにしても、絹は貴族達がこぞって買い漁るので、現状ではその原料を生み出す生物を入手するのは不可能に近いだろう。


「他だと、何があるっけ――?」


 家の中の床を掃いて、固く絞った雑巾で拭きながら考える。

 蚕の代わりなんて贅沢は言わないから、何か時間を潰せて、かつ利用法のある物は無いものか。


「うーん。」


 悩む俺の目に映るのは、姿見として作られた大きな鏡だった。脱色してまだ戻らない白髪はそのままに、俺の姿が映っている。


「鏡か――。」


 鏡の原料といえば、川底を浚って手に入る砂。更にはそれを熱して作るいた硝子がらすだ。

 しかし、幾らでも手に入るとはいえ、無色透明にしようとすると、他の材料がネックになる。

 何せ、硝子の材料の一つ、炭酸ナトリウムが海辺まで行かないと手に入らないし、割りと危険である為に死活問題になってくるからだ。


硝子瓶がらすびんを作るにも、一々海辺まで採取しに行かないとだからなぁ。」


 炭酸ナトリウムは海藻の灰から取れる。

 しかし、だからといって、毎回その為に移動するのも大変だ。

 何よりも、海には大型の魔物が多数生息している。それらと下手に遭遇でもしたら――冗談抜きに、人生が終わりかねなかった。


「海の魔物は凶悪過ぎるからな……。」


 かつて港町に住んでいたからこそ分かる、恐ろしさ。

 奴らが出没すると、海岸付近は大抵瓦礫の山と化していたので、出来れば遭遇する可能性は排除してしまいたい。


 何せ、海の魔物は大抵が食欲旺盛で、そして凶暴かつ巨体なのだ。

 討伐するにしても、当時の腕利き達ですら命を落す事は珍しく無かった。

 それ程には危険生物だった為、陸の魔物なんて目じゃないってくらいには恐ろしい。


「うん、鏡は止めておこう。硝子はただでさえ、ポーションの容器に大量に使うしな。命を天秤にかけてまで、暇潰しにするもんじゃない。」


 流石にそれをやってしまったら、正気の沙汰じゃないだろう。完全に、自殺願望者か狂人の類だ。

 俺は早々に考えを放棄して、他の事に頭を悩ませた。現状で手を出せるとなると、紙が一番だろうか?


「原料は大丈夫だし、綺麗な水も豊富にあるしな。最悪、魔法で生み出せばいいし――。」


 水を絞る重しは、木の板に石でも乗せればいいだろう。

 後は、作る場所を作るだけか?


「よし、畑の手入れが済んだら、紙を作る場所を作ってしまおう!」


 思い立ったら吉日。

 翌日から畑の雑草抜きと、立葵の間引きを行って、幾つかの薬草を乾燥させたりしつつ【空間庫】へと突っ込む。

 数日かけてそれらを済ませると、水を引き込んでいる場所を確認して、家の一階にある石を積み上げて作った一角を切り取り、扉を設置した。


「少し掘り下げた方がいいか――。」


 紙を作る場合、大量の清水が必要になる。

 それを流し込む為の場所を作る場合、既に作ってる水回りである台所やトイレ、風呂とは別にしておいた方が良い。

 前者は既に台所のシンクが独立して作られており、風呂の水はトイレへと流れ込む作りにもなっているのだ。余り、崩したくは無かった。


「プライベートな空間と、作業用の空間は別の方が使い勝手が良くなるだろうしなぁ。下手に混在させると、管理がし難くなるし手入れし難い。」


 水の浄化は、プラクトン等の異常発生を防ぐ上でも重要だ。

 何も考えずに垂れ流すと、色々と問題を起こしやすい。


「よし、後で水車小屋も建てよう。」


 小さい水車なら既に取り付けてあるが、こちらは主に台所等へ水を取り込む為の物で、それ以外の用途が無い。

 それとは別に、大きな水車を小屋付きで建ててしまえば、その中で小麦を粉に挽いたり、労力を減らすことが出来る。


「小麦粉を作る為に大体水車は作られるけど、薬草を磨り潰したりするのにも使えるからなぁ。」


 磨り潰す作業は、割りと重労働だ。

 この為に、今まで余りポーション類を作れていなかったが、そこを水車で代用してしまえば、かなり手間が省けて楽にもなる。

 量産体制を築く上でも必要だし、この機会についでに作ってしまおう。


「でも、先に紙を作る為の場所からだな。」


 土魔術でおなじみのゴーレムを生み出して、地面へぽっかりと穴を空けたそこに、焼いたレンガを敷き詰めていく。

 水を流し込む場所はシンクのような作りだ。横に長く、奥行きもある作りにして、水漏れしないようにタイル張りにする。

 相変わらず出来上がりは歪だが、補強は確りとさせてあるので、早々崩れはしないだろう。


「で、次に水車っと。」


 家の改築に二日程かかったが、水車小屋はもっと時間がかかった。

 一週間掛けて調整も加えながら作り、粉挽き場も拵える。

 冬になると川が凍結して動かなくなるが、そこはそれ。使う時期は別に他の季節で良いので、作れる時に作るだけで構わない。


「よし、完成したな。」


 森も更に切り開いて、畑だけでなく庭も作ってみた。

 庭の一角には水車小屋があり、近くには東屋を建てる予定地も作ってある。

 建設自体は魔法と魔術を組み合わせる為、魔力の消費量が大きいのがネックだが、全て手作業でやってしまうよりも時間も労力もかからない。

 おかげでサクサクと作業は進み、冬になる前に何とか間に合った俺は、雪がちらつくまでの少ない日数を、森の探索と採取に向けられたのだった。


 次から~〇〇編~に突入します。所謂日常回です。

 メルシーちゃんとか妖精っ子とかちびっ子が多数登場予定。

 王都編が陰謀渦巻くシリアス(?)回だったので、冒険編に入るまで、ほのぼのが入ります。


 2019/02/17 報告頂いた誤字修正しました。教えてくれて有難う御座います(*・v・人)

 流石にそれをやったてしまっら→流石にそれをやってしまったら。


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