086 その錬金術師は自宅を目指して旅をする⑥
馬車と馬の扱いは一月半の移動共々さっくりカット。
作者は馬に乗った事も無ければ世話をした事もありません。全く知らない事は描写しようが無いという理由からのカットです。
動物は全般的に好きなんですけどね……場所柄、機会に恵まれないという。
綺羅びやかな布や、色とりどりの果物達。年代物の陶器の数々に、そこかしこで飛び交うのは、喧騒の山。
そんな市場通りとなる場所の奥、メインストリートからもやや外れた位置に立つ小さなその店は、こじんまりとしながらもどこか居心地の良い空間だった。
木の温もりに満たされた、柔らかな色彩の小物達。その多くは、行商人のおっちゃんが買い付けてきた品々である。
そんな中で、
「また来年も頼むよ。」
がっちりと、二人の人物が握手を交わしていた。
交わしているのは、行商人のおっちゃんと、冒険者達を率いていたリーダー、ロドルフである。
「こちらこそ、またよろしく頼みます。」
手渡された一枚の書類を受け取ったロドルフは、手を離して羊皮紙であるそれを丸めていく。
一月半の移動の末、ようやく王弟が治める領地にまで戻ってきた俺達は、そのまま貿易都市内にある、おっちゃんの息子が店主をしているという店までやってきていた。
荷降ろしされた品と、俺の【空間庫】から取り出された大量の荷物を見て、おっちゃんの息子らしい人物が目を丸くしてたのがつい先程の事。
今はそれを家族総出で仕分けし、整理している真っ最中で、店の奥は慌ただしい雰囲気に包まれている。
「では、これが護衛の依頼達成の印だ――。」
「はい、確かに。」
それを他所にして、おっちゃんとロドルフとの会話が進んで行く。
その様子を視界に收めながらも、俺は店内の一点をじっと見つめていた。
雑貨を扱うというだけあってか、おっちゃんの店には木製の皿や匙に箸、木箱の他に香木の類と、木製品がずらりと並んでいた。中には可愛らしい色のリボンなんかもあり、この辺りは奥さんの趣味でも入っているのだろう。
ただその中で、珍しくも並んでいる透明な硝子瓶に入ったポーション。
これだけは、若干異様だ。
「――売るのは良いんだが、偽物を掴まされたって、難癖つけられないようにだけは気を付けてくれな?」
「ああ、勿論だ。そこは任せてくれ。」
自分の胸を叩いて太鼓判を出すおっちゃんに、俺はもうこれ以上言う事も無いかと、口を噤む。
おっちゃんの店に並ぶ事になったポーションは、馬車と馬を扱うのを教えてもらうにあたって、俺が報酬として渡した品だ。
しかし、そんなポーションを作れる錬金術師が現代では皆無なのは、ほぼ確定である。
王城に居た時ですら、王宮錬金術師はおろか、ただの錬金術師すら聞いた事が無かったからな。この辺り、早急に何とかしないとならないだろう。
(どこかで技術が継承されずに途絶えてるっぽいし、マジで復興させないとなぁ。)
そうでないと、このままでは錬金術師が詐欺師として終わってしまう。それは凄く嫌だ。
だがしかし、現代で作れる者が居ると知られれば、厄介事が舞い込みやすくなるのは確実。
さて、どうするか。
「もしも来年、暇があったら、お前さんにも依頼を受けて欲しいんだが――。」
「あー、どうだろうなぁ?」
おっちゃんに護衛を頼まれたものの、俺としても来年どうなっているかなんてさっぱりだ。
既に王城に連れて行かれるなんて事態が発生しているし、この先、更に面倒事が舞い込んでくる可能性は、決して低くは無いだろう。
それに対応するだけで、多分大変だと思われる。
(何よりも、師匠の残したメッセージがあるしな。)
ダンジョンに来いとか、頭が痛い事ばっかりだ。
「ま、余裕があればな。」
俺は苦笑いを浮かべつつ、そう返しておく。
これに、駄目元で頼んだのだろう、はっきりと断られなかった状況に、おっちゃんが目を輝かせた。
「そう言ってくれるだけでも助かる!是非、その際には頼むよ。」
「ああ、まぁ、余り期待はしないでおいてくれ――。」
苦笑いを浮かべたままで、ロドルフと共におっちゃんの店を後にする。
割りと人が良いように思えるんだが、商売を教えるにあたっては情け容赦無い人だった。まるで人が変わったように怒鳴り散らす事もあって、思わず狼狽えたくらいである。
それでも、彼から教わった事は、この先役に立つ事が多いだろう。特に相場に関しては、生きていく上での強みにはなるはずだ。
「さて、行こうか。」
「おう。」
そんな商売人としての師とも言えるおっちゃんの店を後にして、ロドルフと共に次の目的地へと向かう。
向かう場所は冒険者組合だ。
護衛依頼を終えた彼に頼んで、連れて行ってもらう約束をしていたのである。
(錬金術師専用の組合とか、無いしなぁ。)
冒険者組合への加入を決めたのには、王城で片端から書物を漁って調べ上げた結果、錬金術師の組合が消滅してしまっていた事が大きい。
似たような仕事をしているものの中には、鍛冶や薬師専用の組合もあったものの、こちらは主に新商品の発表とか、既得権益を護る為にあるようなものらしい。
商売をするならば商人ギルドの認可が必要で、色々と俺が生まれた時代とは違う事が多く、軽くカルチャーショックを受けたものである。
そんな中で、今の俺の職業を定めるに当たって一番面倒が少なそうで何が良いかと言ったら、せいぜいが冒険者だけで、しかも魔法使いを名乗るくらいしか無かった。
(まぁ、それでも魔物退治や護衛だけが仕事じゃないしな。薬草採取とかもあるようだし、中にはただの雑用なんかも多いらしいし――。)
ロドルフ達、現冒険者から聞いた話を考えるに、最悪、加入だけしておいて半自給自足な暮らしでもいいかもしれない。
とにかく、錬金術師が名乗れない現状では、肩書だけでもいいので、魔法使いくらいは名乗れるようにしておくのが得策である。
前提条件といえる魔力量は現状では足りているだろうし、問題は無いはずだ。
そういった事を考えつつ、冒険者達の組合が運営している建物へと足を踏み入れた。
場所は、メインストリートの噴水広場前だ。
「――結構人が多いな。」
中に入ってすぐに目についたのは、巨大な立て看板だった。そこには藁半紙っぽいペラペラの紙が、幾つもの画鋲で貼り付けられていたが、その前に屯している連中が多く犇めいている。
入って数歩の距離の正面へはカウンター。それより少し手前の左右は待合室みたいな感じになっており、長椅子が幾つも置かれていて、待機中なのか幾人もが座っていた。
一部からは視線も飛んできて、睨むように鋭い視線を向けられて思わずたじたじになる。怖い。めっちゃ怖い。
「朝はこの比じゃないぞ、依頼の奪い合いになるからな。非常に混むんだ。」
「へ、へぇ。」
何とか返しつつも、後退るのだけは阻止した。
視線を向けてきた連中は、まぁ、何というか、誰も彼もが鋭い目をしていらっしゃる。人相が悪いというよりも、半端無く「俺は出来るぜ!」な見た目の方ばかりだ。
顔だけでなく、全身も筋骨隆々としていらっしゃるので、俺の場違い感だけが半端無かった。
「魔法使いは少ないからな――歓迎する。」
そんな俺に向けてそう言ってロドルフが振り返って来る。
生真面目な顔を崩して、一瞬、ニヤリと笑って見せるあたり、流石は慣れていらっしゃる。まさに余裕のある表情だった。
「あ、ははっ、そう言ってもらえると助かるな。」
若造でしかない俺からすれば、二倍程歳の離れた相手から「歓迎する」なんて言われるだけでも、気持ち的に楽になるってものだ。
そのまま、ロドルフの護衛依頼達成の報告を兼ねて列に並び、新規登録を申し込んだ。
「――大丈夫ですか?この仕事は、体力を特に消耗しやすく、いつも危険と隣り合わせですが。」
受付に座る若い女性からそう告げられて、俺は目を瞬かせる。
確かに冒険者という職業は体力を消耗しやすいだろうが、俺は魔法使いで登録するのだし、特に問題は無い気がするんだが――?
(何が問題何だ?)
そう思っていると、隣から助け舟が出され、頭部に被っていたフードを外されてしまった。
思わず「あ」なんて間の抜けた声が漏れていってしまう。
「こいつに関しては俺が保証する。王都から歩いてここまで戻ってくるつもりだったらしいからな。体力はあるだろうし、魔法が使えるから前線に立つ事も無い。」
「っは、はい!大丈夫ですね!失礼しました!」
「うん?」
一体、何が大丈夫なんだろうか……。
疑問を一つ残して、今しがた出来たという登録証を受け取り、列から離れる。
ロドルフは依頼の報告で残ったままだ。邪魔になるだろうからと、立て看板の方へと一人向かう。
「色々あるなぁ――。」
依頼の内容は、主に討伐、護衛、調査、採取、運搬、捜索、そして雑用だ。
最後の雑用だけはちょっと理解が出来ない。ペットの散歩とか、洗濯の手伝いとか、皿洗いとか、どこのバイトだよって突っ込みたくなる内容ばかりだからだ。
護衛はロドルフ達がやっていたようなもので、人や物、建物なんかの警備がこれに当たるだろう。請け負えるのは『Cランクから』と記載されていたので、少なくともロドルフ達はそのランクに達しているという事か。
後は――討伐は特定の場所で出没が確認された魔物を倒して、討伐の際に特定の部位を切り取って持って帰ってきてもらい、それで確認をするらしい。ランクはEランクから上はAランクと、かなり範囲が広かった。
(俺が出来そうなのは、採取と運搬、あとは調査と捜索がいけそうかね?)
採取は俺の得意分野だし、元々の仕事内容とも被っている。
運搬は【空間庫】の出番だな。余りにも重すぎると、中に入れるのも出すのも出来なくなるから、そこは厄介だ。後は、生物が入らないって点も注意になるか。
調査と捜索は、探索魔法が出番になるだろう。広範囲探索による感知は大変だが、概ね、使い勝手はいいはずだ。
(しかし、一人でやるには無理がありそうなのばかりだな。)
特に討伐。
ワームとかオーガの退治依頼は、余りにも荷が重すぎる。どっちも手が負えない魔物だった。
「――おい。」
そんな事をつらつらと思っていたからではないだろうが、依頼を眺めていたら、スキンヘッドの男性から声を掛けられた。
「はい?」
こちらをガン見してらっしゃるので、別の誰かに声を掛けたというわけでもないだろう、きっと。
軽く首を傾げつつ返す。
「その辺りを新人が受けるのはやめとけ。命を落すぞ。」
「あ、ああ、そうですね。」
どうやら、忠告してくれたらしい。
素直に頷いて返しておいた。
相手はこの道何年というプロだし、別に新参の俺じゃなくとも、無理だというのは百も承知である。
ただ、相手は好意から教えてくれてるのだから、変に突っかかる事も無い。大人しく聞き入れて頷き返す。
「もとより、自分の腕ではとてもじゃないですが、討伐系は無理ですしねー。」
そうあっさりと返したのが良かったのか、幾分表情を緩めて、スキンヘッドな先輩は、討伐系以外が張り出されている掲示板の方を指して言った。
「分かってるんなら良いさ。最初は薬草の採取依頼で数をこなしとけ。それで装備を整えたら、Eランクになった辺りでゴブリンを相手にするといい。」
「ゴブリンかぁ。」
確かに初心者向けかもしれない。元は妖精種だが、揃って食人鬼に変わり果ててるみたいだしな。
ただ、あいつら、何も素材にならないんだよなぁ。
つまり、大して金にはならないので、旨味が無いのである。
「んー。ゴブリン狙うよりは、スライムを狙った方がお得かねぇ。生まれたばかりのスライムなら、素材にもなるし――。」
そんな事をブツブツと呟いていたら、周囲から総ツッコミが入ってきた。
どうやら見た目によらず、ここに居る方々はお優しいらしい。見た目で損してるタイプだな、絶対。
「スライムは何でも溶かすぞ?」
「下手に斬りかかると、装備を失うしな。」
「弓矢でも、矢を溶かされて終わりだよ――絶対にやるなよ?」
「ですよねー。」
ウンウンと頷きながらも、考える事は別の事。
俺は戦士系でもなければ、弓使いでもない。従って、装備そのものがほとんど身に付けられないのだ。故に溶かされるようなのとなると、防具代わりの衣服くらいだろう。
なにせ、魔術師であって、今で言うところの魔法使いなのだ。
非力なんてもんじゃない。武器を振ろうとすれば、自分が振り回されるのがオチである。
「一応魔法使いなんで、スライム相手なら大丈夫なんですよ。【凍結】は得意ですしね。」
そう告げれば、納得した様子でどんどん離れていった。
「ああ、それなら別に大丈夫か。」
「氷魔法使いはスライム相手には滅法強いもんなぁ。羨ましいぜ、全く。」
どうやら本当に新人への忠告だったらしい。
どんだけ優しんだよ、この人達。
「まぁそれも、岩とか鉱石系じゃなければだけどな――しかし、魔法使いとは珍しい。機会があれば是非組もうじゃないか。」
「あはは。」
最初に声をかけられたスキンヘッドな先輩にそう言われて、俺は愛想笑いを浮かべておく。
この筋骨隆々とした男性と共に組む場面とか、どう頑張っても思いつかない。足を引っ張る場面の方が遥かに思いつきそうだ。
「その際にはご教授の程、よろしくお願いします。」
一応、そう返答しておいて、片手を上げるロドルフと合流しておいた。
討伐は当分いらないし、別にいいや。殺伐とした戦闘とか俺は好みじゃないしな。
正直、言われた話はどうでも良かったが、親切で教えてくれたものなので、邪険にも出来ない。なので、切り上げるとしたらこんなところだっただろう。
「よし、行くか。」
「おう。」
そうして少しばかりロドルフを待たせて、次に向かったのは宴会場だった。
冒険者というのは、何でも一仕事終わったらパーッとやるものらしい。
そのパーッとが主に飲み食いなところが、まさに体育会系って感じなのだが、郷に入っては郷に従えの精神で、俺もその席には喜んで混ざらせて貰う事にしたのだった。
サブタイトルで同じものが続いていますが、旅編みたいなものだと思って下さい。この旅が終わると、ようやく拠点での生産編になります。なので、錬金術師らしくなる予定です(前のはほぼ採取編だった)。
魔法とか魔術とかファンタジー特有な素材とかが多く出てるし、イメージとしては○○のアトリエみたいな感じに、プラスアルファで畑がくっついてくるものになるかと思われます。
その為の下準備がこの旅編と王都編にはあり、どうしても削れなかったというどうでもいい裏話でした。
2018/11/05 加筆修正を加えました。安定の誤字発見。しかも今回は今までで一番多かったorz




