085 その錬金術師は自宅を目指して旅をする⑤
行商人とその護衛である冒険者達と共に目指す、王弟が治める貿易都市までの旅は概ね順調だった。
盗賊や野盗の類は、軒並み俺の魔術で先に発見されて凍り付く事になるし、それは弱い魔物も同様である。
そんな旅路の中で何が有り難いかというと、護衛の冒険者達の腕と判断だろう。
彼等は戦闘中、主に盗賊と馬車との間に入って守りに徹してくれている。攻撃役は俺と弓を扱うリーダー、それにスリングと呼ばれる投石機を扱う若手だけだが、これでも十分な殲滅力があった。
この配置を選んだのは何でも無い、乱戦を防ぎ、攻撃役が誤射をしてしまい、味方を攻撃する可能性を減らす為だ。
他にも、この方法には守り役をしている者達の負担を減らして、無理をして倒さずとも良くなるという利点があった。更には、怪我の確率を下げる事にも繋がっており、最前線に居る者達からは好評である。
結果的に、お互いが何が得手で何が不得手なのかも良く分かるようになって、今では連携だってこなせるようになってきていた。
そのおかげで、移動の合間に起こる戦闘は時間がかからず、剥ぎ取る素材を持つような魔物も居ない為に、アンデッドの対策だけで良くサクサク進んで来られている。
「――いやはや、ここまで好調なのは初めてだ。」
そんな旅はまだ半月程しか経っておらず、少なくとも、後一月半は貿易都市までかかる予定だった。
俺達護衛役としてはこのまま順調であるのが望ましい。だが、その事へ頭を悩ませる人物も居る。
行商人のおっちゃんだ。
どうやら彼には早く進みすぎると問題があるらしく、昼食の時間に一度全員を呼び寄せると、食事を取りつつの話し合いの席を設けて口を開いた。
「これなら、予定よりも早い日数で辿り着けるんだがな?」
それだと困るとばかりに、浮かない顔をするおっちゃん。
だが、冒険者達は仕事が早く終わると知ってか、笑みを浮かべていて温度差が酷い。
「おお、それは本当か!?」
「ラッキ―じゃん。何か問題でもあるの?」
そんな中で、唯一配慮して見せたのか、疑問を口にする冒険者に向けて、
「ある。」
と、困ったように溜息を吐いたおっちゃんは、どうやら商人ならではの悩みがあるらしく、手元の手帳を睨めっこを始めていた。
「へー。」
そんな中で、冒険者の一部は話にも加わらずに、昼食用のサンドイッチに塩をかけたりスープに浸したりと、手を加える事に頭を悩ませている。
何せ、味気ない。誰が作ったのか知らないが、味付けがされていないので、全く味がしないのだ。
俺もそれに習いつつ、サンドイッチへスープの中に入っていたベーコンをせっせと詰めていく。これに「その手があったか!」とばかりに、他の冒険者達も真似し始めた。
そんな俺達を眺めながら、
「お前達は良いだろうがなぁ――俺には仕入れがあるんだよ。」
困った様子のおっちゃんは、若干、億劫そうにしながらも、スープの中の具をサンドイッチに挟み始めた。
どうやら彼も味気ないと感じたらしい。担当だったのだろう、冒険者の一人は気まずそうだが、味付けに失敗しているのは気付いているのか、何も口を挟まなかった。
それを横目にしながら、俺はだからかと頷いて返しておいた。
「ああ、時期物だとズレるもんな。」
「そう、それなんだよ。一体どうしたもんか。」
おっちゃんが悩んでいるのは、時期物に関してだ。
時期ものというのは、渡り鳥とか特定の季節によって採れる物の事である。そういった物は割りと多く、時期を外すと品質が落ちたりそもそも手に入らなかったりするせいで、希少価値が高い事が多い。
行商での利点はこういった物をいち早く入荷して、売り捌けるというところにあるので、その機会を逃すのは悪手だろう。
何の事は無い。行商人のおっちゃんは、合間の仕入れに影響があると頭を抱えていたのだ。
(後、目当てにしてる村なんかからすると、何時もと違う時に来られるのも困るかもな。)
小さい村や集落からすると、行商人というのは無くてはならない存在である。
歩いて辿り着ける場所に町があったとしても、個人が一々売りになんて行けるわけもないので、定期的にやって来てくれる行商人は一種の生命線でもあった。
(あれ、これって良い機会じゃね?)
そんな中で思いついた、一つの案。
ものは試しにと、口を開いて尋ねてみる。
「――なぁ、ちょっといいか?」
「どうした?」
「よければ、その短縮される時間を使って、馬と馬車の扱いを教えてもらえないか?」
「――馬と馬車?」
一部の冒険者がポカーンとしたが、そこまでおかしい事でも無いだろう、きっと。
旅をする上での馬も馬車も、何かと使い勝手が良いのは経験済みだ。荷物を運ぶのは勿論、人を運ぶのにも使えるし、馬車なら野営が必要な時には寝場所としても使えて便利である。
となれば、これらの操縦方法を覚えておいて決して損は無いだろう。むしろ、進んで覚えておく方が良いとさえ言える。
「構わないが、その見返りは何になるのかね?」
これに質問を返して来たのは、勿論行商人のおっちゃんだった。
流石商人、ただでは動かない。馬も馬車も彼の持ち物だし、まぁ当然なんだが。
ただそこに、
「えーっ。」
「早く着くなら、そっちの方が俺達としては良いんだがなぁ。」
冒険者達の方からは、早くも不満の声が上がってきた。
確かに彼等からすれば、早く目的地まで辿り着けた方がいいのだろう。雪で移動に難が出る冬になる前に、少しでも多くの依頼をこなして備えた方が良いだろうしな。それは分かる。
ただ、一応そこも考えてはあるのだ。
ようは、デメリットをメリットに変えてしまえばいい。例えばこの場合、報酬であっさりひっくり返すとかだ。
「見返りは、ポーションなんてどう?」
故に提示するのは、俺の飯の種。
現代では錬金術師そのものが詐欺扱いされてて辛いところだが、そういった悪いイメージを払拭していく上でもこの提案は悪く無いはずだ。
勿論、偽物と思われないようどうするかも、予め考えてある。
「ポ、ポーション!?」
「ポーションって、あれか!?遺跡から出るっていう――。」
「そう、それ。」
ただ、この提示には、予想以上の反応が返ってきた。
サリナって名前の土魔法使いは虎の子だったらしいし、高額だろうなというのは予想はしていた。
だが、おっちゃんを含めてほぼ全員が騒然としだすとか、流石に騒ぎすぎだろうと、若干こっちが引くくらいだった。
「えーっと、出せるポーションは傷を塞いで怪我を治す物な。勿論、冒険者達にも一人一本を提供するぜ?」
「お、俺らももらえんの!?」
「マジかよ!?」
尚もガヤガヤと騒いだ彼等は顔を見合わせて、相談を始める。
その間に俺は【空間庫】の中から現物を取り出して来て見せた。
「ほら、このフラスコ型が怪我用な。」
「「おお!」」
怪我に効くポーションは、量がそれなりに多くなる。
なにせ、傷口に直接掛ける必要があるのだ。怪我が大きければ大きい程に量が必要になるのは当たり前だし、必然的に容器も大きめの物になる。
ただこれだと持ち運びには向かないので、嵩張るのもあって俺は試験管型の物を腰のポーチに入れ、複数ストックしているが。
「とりあえずは実演するから見てろ。」
注目を集めたところで告げて、フラスコの封を切りコルク栓を引き抜く。
それから腰に刺していた解体用のナイフを鞘から抜き取ると、自分の手の甲を傷付けた。
「お、おい!?」
「何やってんだよ!?」
これにギョッとした顔をされるが、滴り落ちていく血液をそのままに話を進めていく。
「まぁ落ち着けって。実際に効果を見せてやるから。」
ポーションの類には、良く色水を入れただけの紛い物を掴まされるなんて話も多かった。
こういった偽物を掴まされると、下手をしなくても命に関わる為に実演販売は必須である。信用出来ない奴からは買わないというのは当然の措置だろう。
今回は売るわけじゃないものの、報酬として提示するわけだし、後々揉めないようにその効果の実証はやっておいた方がいい。
なので、
「こうやって、薬を傷口にかけると――。」
フラスコの中の液体を、切り付けた手の甲へと見えるようにして掛けていく。
薬液が傷口に触れると、途端に滴っていた血が止まり、切れてしまった血管同士を繋いで、裂けた皮膚や筋組織までもをあっという間に修復していった。
見た目は逆再生されたように見えるものだが、一つだけ注意点がある。
流れ出た血液はこれだけでは元には戻らないという事だ。
まぁ、これは当然だろう。本当に時を巻き戻したわけではないのだから、失った血液までもは取り戻せないのは当たり前の事だ。
出血が酷くて顔色が悪い場合は、レバー等の鉄分を多く含む食材を摂るか、鉄分を補ってくれる薬を飲む必要がある事を伝えておく。
こういった注意点を踏まえて、更には詐欺に合わないよう確りと念押しし、一度封を切ると効果が徐々に薄まったり変質するので使い切るように教えておく。
「あとな、持ち運びが大変なら、細長いだけの試験管型の物もある。」
取り出したのは、俺の腰のポーチに常備してある物である。
それを出して見せると、行商のおっちゃんから質問が飛んできた。
「量はどうなるんだ?」
「そうだなぁ。」
作った時の材料を思い出しつつ、分量で割り出していく。
「フラスコ一本に対して、この試験管なら大体十本ってところだな。フラスコ一本にするか、試験管十本にするかは判断に任せるよ。軽い切り傷なら試験管、大怪我ならフラスコ一本ってところだな。」
「ふむ――。」
考え込む連中を前にして、これなら話が付きやすそうだと俺は最後のダメ押しをしておく。
「御者として俺が馬車を扱えるようになれば、今後は依頼人は御者席じゃなくて荷台で待機していればいいから、護衛もしやくなるぞ?」
これは冒険者達に向けての発言だった。
ポーションで大分気持ちが傾いていた彼等は、これで決定的になったらしい。
リーダーをしている壮年の男性が、納得のいく顔を浮かべて首を縦に振ったのが見えた。
「成る程。確かにそれなら、護衛対象が最初から馬車の中にいる分、やりやすくはあるな――俺達はその案に乗らせてもらう。」
「じゃぁ、後はおっちゃんだけか。」
悩んでいるのは行商人のおっちゃん唯一人。悪くない話のはずなんだが、何に悩む必要があるというのだろう。
そういや、冒険者達を率いているリーダーの彼の名前は、確かロドルフと言ったか。リーダーで覚えていたが、これを機に名前できちんと覚えておくかね。
(今後も取り引き出来そうだしなぁ。)
そんな事を思っている内に決断したらしいおっちゃんが、ようやく「よし!」と口を開くのが見えた。
誤算だったのは、この後のおっちゃんの発言である。
彼は意気揚々と、そして何かを決意するかのような顔で曰ったのだ。
「今からお前さんを俺の弟子って事で扱うぞ!」
「――はい?」
それは、本当にただ一つだけの誤算。
変な方向に焚き付けてしまったらしい彼に、がっしりと腕を掴まれて引きずられた俺は、困惑も露わにしてるとこに聞こえてきた言葉に絶叫していた。
「喜べ、馬の世話から何から全部叩き込んでやる。みっちりと教えてやるぞ!」
「うえええ!?」
提示した報酬と釣り合わないからと、何やらおっちゃんの中で何かが弾けてしまった様子。
それ以外は、多分、概ね順調な旅だったはずである……。
行商人のおっちゃん、ポーション十本という破格の報酬(?)に暴走する。
主人公はまだポーションの価値が正確に把握出来ていない為に起きた事態でした。
2018/11/04 加筆修正を加えました。
2018/11/14 ご指摘いただいた脱字の修正をしました。




