084 その錬金術師は自宅を目指して旅をする④
「いやぁ、助かりました。予想以上の成果ですよ!」
村のお嬢様方の相手を俺がした事により、かなりの売上になったらしい行商人のおっちゃんが、ホクホク顔で肩を叩いてくる。
お嬢様方の年齢は、下は少女くらいから上はご年配のお年寄りまでとよりどりみどりだ。ただ、その相手をした俺はといえば、余りにも食いつきが良すぎて、村を脱する頃には大分グッタリとしていた。
主に精神的な疲労感が半端無くて、村での商いは滅茶苦茶疲れるものだったのだ。誤算である。
「売上に少しでも貢献出来たのでしたら、幸いデス……。」
それでも、自分から頼み込んだ事な為にそう返しておく。
村での商いを終えた後は、次の行商予定地へ向けて出発するだけ。
起き出してきた冒険者達と合流も果たして、荷馬車の御者席に上ると、俺は背後の荷物に凭れるようにしてズルズルと座り込んでしまった。
(疲れた。マジで疲れた。)
というのも、予想以上に遠慮容赦ない女性陣に揉みくちゃにされて、凄く大変だったのだ。
右に左にと引っ張られ、一度に複数人から声を掛けられる。ただこれを聞いただけなら、羨ましい状況かもしれない。
実際に、女性に囲まれただけだった最初なんかは、村の男性陣から睨まれたりもしていた。
――だが、その視線が徐々に哀れみに変わっていたのは、決して俺の気の所為ではないだろう。
「はっはっは!モテるのも大変ですなぁ!」
そんな俺の横で「どっこいしょ」と言いながら、御者席に相乗りになってくるおっちゃん。
彼が接客したのは、女性陣に比べると遥かに少ない人数の男性陣と、せいぜいが色恋沙汰に全く興味の無いお年頃のお嬢様(幼女とも言う)だけである。
この為か、出発前から疲れ切ってしまっている俺とは違って、彼は苦もなく鞭を手に手綱を引いていた。
「はっ、ほっ――よしよし。」
そうして、彼の手によってガラガラと音を立て動き出す荷馬車。
その音は、昨日よりも軽やかで、そして早いものだった。
なにせ、交渉した通りに重い荷物は俺が【空間庫】へ入れてあるからな。馬車は昨日よりも、やや早い速度を出して走り出している。
通り過ぎる風は心地良いが、それでも気分は晴れない。疲労感と共に受けた精神的ダメージが、俺の胸をグッサリと刺したままだった。
「はぁ――まさか、あそこまで群がられるとは思わなかった。」
村を出てからしばらく、ようやく空を見上げてぼやいてみせた俺に、
「いやいや、それでもこちらは助かりました。出来たら是非ともまたお願いしたいものだ。」
「うっ――ぜ、善処します。」
裏の無い笑顔で、にこやかに接客を頼み込まれてしまっては中々断り難い。俺は曖昧に濁して視線を逸した。
そのまま、動き出した馬車の上で、しばしぐたーっとしたままで過ごす。
そんな左右から、俺の様子を見かねたのか「なんだなんだ?」と、護衛についている冒険者達が蜥蜴に騎乗したままでやって来た。
「あの村で何かあったのか?」
「やけに疲れてるな。どうした?」
「あー……。」
どう答えるべきか考えてると、
「先程の村で、思った以上に女性達が食いついたんですよ、彼に。それで揉みくちゃに遭ってねぇ――いやぁ、あれは凄かった。」
「成る程。」
隣から、行商人のおっちゃんが暴露をしてくれて、冒険者側から突き刺さるような視線が投げられて来る。
冒険者という仕事は、今も昔も変わらず危険と隣り合わせの職業だ。死亡率も高い。
この為に、中々結婚が出来ない者が多いらしい。何とかこぎ着けられても、大抵は晩婚のようで、どうやらここにいる彼等も同様の悩みを持つらしかった。
「モテモテだったんですね。」
「モテモテか。」
「いいなぁ、俺も異性にモッテモテになりたいー。」
恨めしそうに言うのは、まだ年若い男性達。おそらくは、十代後半から二十歳くらいだろう。
そんな中で、
「秘訣でもあったら、教えてもらいたいもんだな。」
苦笑いしつつも口を挟んだのは、冒険者達を率いているリーダーその人だった。
壮年の彼にも、諦観の念が浮かんでしまっている。どうやらこちらも独り身らしく、その目は『羨ましい』と『恨めしい』が混在しているようだった。
だが、
「話も聞いてもらえずに左右から引っ張られまくった挙げ句、村の男性陣から睨まれる中でプライバシーに関する事を根堀葉掘り聞かれるのがそんなに良いのかそうかそうか。」
俺としてはあんなのは二度と御免だ。
流石に肉食獣の中に放り込まれた草食獣の気分だったんだぜ。
そんな俺としては、当然物申したいものがあって、立て板に水とばかりに一気に言葉を返していた。
「ベッドでの回数やら股間のブツの長さに至るまでもが小さい子供達の前でも延々と繰り返し聞かれるわけだが、そんな公開処刑が望ましいんだなあんたら?」
「うっ。」
「しかもそこから『旦那が居ない時にでも』とか『旦那と一緒に』とか言われて喜べるわけか、うわぁ凄いなぁ是非とも俺と代わって欲しかったわー。」
飢えてるのか何なのか知らないが、旦那が見ているかもしれない中で「不倫は文化よ!」とまで叫ばれてしまった俺としては、全力でお断りしたい状況だったのだ。
それを羨まれても、嬉しくも何ともない。しかも、引っ張られまくって滅茶苦茶痛かった。
女でも全力で引っ張り合いすれば、間で綱引きの縄代わりにされた俺なんてあちこちが痛むっての。腕とか痣になってるし、服だってもうヨレヨレだ。解放された後は、本気でホッとした。
「――いや、それは、ちょっと。」
「流石に御免こうむるな。」
「だろ?」
そんな俺の思いが通じたのか、揃って冒険者達が及び腰になる。
あの状況を喜ぶ奴がいたとしたら、それはそれで頭の病気を疑う話だ。それくらいには、彼女達の発言には理解出来ないものが多かったし、恥も外聞もあったもんじゃなかった。
「マジであれは公開処刑もいいところだった……‥。」
そうして会話を切り上げた俺は、再び背後の荷物に背中を預けて、深々と息を吐き出す。
突き刺さっていた視線の類が『嫉妬』から『同情』へと変わったのは言うまでも無く、隣で暴露してくれた行商人のおっちゃんは、再び俺の肩を軽く叩いた。
「何事も経験さ。きっと、これから役に立つ日がある。」
浮かんでる笑顔は、これまでとは違う、どこか嘘臭いもの。
それに、俺は思わず半眼になって返してしまった。
「――それ、本気で言ってます?」
これに、
「半分本気、半分冗談。」
「……。」
おっちゃんはにやりとした笑顔を浮かべると「はいよー!」と掛け声を上げて、馬車の速度を早めたのだった。
その道中で俺が不貞腐れていたのは、言うまでも無い。
モテるのは傍目から見ると羨ましい!ってなりますが、実際問題としてそれが日常だと面倒でしかないというお話。
ヒートアップした女性陣の取り合いとなった主人公は、村を出発した時にはもうヨレヨレのボロボロです。更にはズケズケと突っ込んでくる女性陣の質問で精神的にもボロボロに。
こういった事態のせいで、主人公にはモテる自覚はあっても、恋愛方面には全く興味が無いままに結婚適齢期に入ってます。
若干「女って怖い」という認識もあるので、彼が女性に恋するのはかなり難しいでしょうね……。




