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083 その錬金術師は自宅を目指して旅をする③

 長閑のどかな村の景色の中で、朝露に濡れた作物をせっせと収穫する村人達。その中にはまだ幼い子供の姿もある。

 こういった村での役割は大体どこも決まっているものだが、誰も彼もが働き者だった。


「――精が出るなぁ。」


 早朝に目が覚めて、真っ先に開いた木製の窓の向こうに見えたのは、そんな一部の村人の姿と、朝餉あさげの支度で棚引く幾つものけむり達だ。

 空が白んできたばかりの頃からポツポツと出始めたそれは、着替え終えて眺めている内に全ての家から上りつつあって、微かな気配が伝わってきている。


 昔からそうだったが、女性が家の事を一手に引き受けるのは変わらない。男性は主に、外で働くのが一般的だ。故に、畑にいるのは男性陣である。

 子供達は幼い頃から性別に別れてそのどちらかを手伝い、成長するにつれてその技と知識を引きいでいく。

 だが、稀に奉公ほうこうに出たりして違う職へく事もあり、大抵は次男以降はそうして別の道を選ぶ傾向にある。


 そもそもこういった村等では、遊ぶような場所が存在していない。この為にか、遊び道具も無ければ大した暇も無かった。

 それ故にか、子供ですらもが働き者だ。

 元々、子は親の後を継ぐのが半ば当たり前と化しつつあるし、次男以降でも手伝うのは当然という流れだ。それは今も同じ事らしく、大人達の間に混ざって男児達は畑仕事へと精を出していた。


(本当は長めに寝かせた方が、子供の知能面を見るなら良いんだがなぁ。)


 残念ながらも、肝心の学校等が村規模では存在していないので、彼等が勉学に就く機会は早々に無いだろう。

 町ならあるようだが、それだって平民で通える者は少ないのが現状のようで、難しいと言わざるを得ない。

 なにせ貧乏だと、そのまま家の手伝い等に使われるからな。貧乏暇無しとはまさにこの事である。


(まぁ、なまけたら、それはそれで家の中でも村の中でも居場所が無くなるし、仕方が無いか。)


 子供を働き手にするのは、何も悪い事ばかりじゃない。

 小さい頃から実践形式での知識と技術が身に付けられるのだ。必要となる道具や素材も、親からタダで融通してもらえるし、人との接し方まで叩き込まれる。

 故に、別に全部が全部悪いというわけじゃない。簡単に職を斡旋してもらえない現状では、将来を考えるなら悪くは無い手法だろう。


(あとは、嫁探しとかでも役に立つか。家の乗っ取りとかは、今も昔も変わらずあるだろうしなぁ。)


 この為、村等は基本的に閉鎖的である。

 小さなコミュニティーでは、人との触れ合いは密になりやすいし、そんな中から結婚相手を見つけていくのは、集落を存続させるのにどうしても必要不可欠だ。この為、開拓時期から居ない余所者は省かれる。

 それに、幼い頃から将来の相手を決めておけば、後々になってから色恋沙汰で揉める事も少なく、村落の中でぎくしゃくし難いというのもある。


 ――まぁ、たまにそういった中からあぶれた者達が、村から飛び出したり追い出されたりするらしいが。

 これは自業自得だったり、自らの意志でそうするのだから、別に気にする事も無いだろう。


(まともな奴なら、冒険者とかの道があるしなぁ――それでも盗賊になるなら、それこそ小さな村では要らない人材だろ。)


 実際、村から追い出された者の中から、悪事に走る者が出るらしい。

 元々素行が悪くて追い出される村人程、盗賊等の悪党へと堕ちる可能性が高い。


 そもそもとして、他者に暴力を奮って何かを得ようとするのが問題なのだから、悪党になるのは当然の帰結なのだろう。

 更生させるにもそんな余裕は小さな村程度では余り無く、親がさじを投げれば大抵そこまでだ。

 後は、村から追い出されて野垂れ死ぬか、悪党共の仲間入りである。


(ただの村人から盗賊や野盗に転職しても、どのみち待ってるのは死だろうが、どうでもいい事だな。)


 多少生き延びる期間が長引くかどうかってところだろう、きっと。

 そんな事を思いつつ窓からの景色を眺めていると、


「ルークさん、そろそろ行きますよっ。」


 朝から弾んだ声が扉越しにかかってきて、俺は部屋を横切りドアノブを回して引いた。

 そこに居たのは、昨日この村まで一緒にやって来た、行商人のおっちゃんだ。一応、朝の挨拶を返しておく。


「おはようございます。」


 昨夜の内に村での買い出しに付き合う事を約束していたのだが、護衛も兼ねて彼の仕事を手伝う事になってしまったのだ。

 相場を教えてもらう代わりに【空間庫】のスペースを多少融通する事で話を付けようとしたのだが、ついでに護衛もと頼まれてしまった。

 荷馬車のスペースには限りがあるし、重い物なんかは馬が疲れやすいので、重さを気にしなくていい【空間庫】は諸手を挙げて歓迎されたのだが、普段は冒険者の誰かが付き添いをするらしく、それが無くなった冒険者達からも朝早くから起きなくて済むも喜ばれた。

 ――まぁ、確かに『ついで』で済むので、良いんだが。


「はい、おはようさんですっ。準備はよろしいですかな?」


 そんな俺に向けて、朝から元気なおっちゃん。

 本来の仕事というのもあってか、非常にやる気に満ちていて溌剌はつらつとしていた。


「ええ、何時でも大丈夫ですよ。」

「では、早速参りますかっ。」


 俺の返しに速攻で返してきたおっちゃんは、そのまま宿を出ようときびすを返す。

 そんな様子に目が覚めたのか、相部屋になっていた冒険者の一人がのそりと起き出してきた。


「――朝?」


 そのまま、ぼんやりとした様子でベッドに上半身だけを起こして動きを止める。

 部屋にはもう一人いるんだが、そっちは未だに夢の中らしくて身じろぎ一つしない。昨夜かなり遅くまで起きていたようなので、こっちは当分目を覚まさないだろう。

 起き出した方へと片手を振って、未だ時間がある為に留めておこうと口を開いた。


「もう少し寝てて大丈夫だ、今から仕入れだから――。」

「そう……。」


 最後まで言い終わる前に、今しがた起きてきた奴がパタリと後ろへとひっくり返ってしまった。

 そのまま、ベッドで大の字になったままにいびきをかき出した彼に、俺はしばし無言になって固まる。

 寝付きが良すぎるな、おい。


「……行きましょうか。」

「ええ。」


 その事に驚いたものの、気を取り直して宿を出る。厩で荷馬車の荷を馬車ごと移動させ、村の中央へ。

 丁度井戸のある傍だったが、大体こういうところが人が集まりやすいのだそうだ。

 そうして、そんな集まってきた人から、人伝で更なる客がやってくるのだと行商人が語りながら、テキパキと露天の準備を始めていく。


「――これでいいですかね。」

「そっちを引っ張って――ええ、そうですそうです。お上手ですよ。」


 場所取りも兼ねて広げられるのは、一枚の大判の厚生地だ。

 布というよりは幌みたいな厚さだったが、それだけに丈夫なそれは敷布として使われるものらしい。それを地面に敷いて、その上に見本となる商品を置いていく。


 村の人と取引を行うに当たって注意するのが、品物の展示の仕方なんだそうだ。

 余り高級な物や売りに出す場所にそぐわない物を出すと、そのまま村ごと盗賊に早変わり、なんて事もあるらしい。特に寂れている場所では、酷い時には通りすがろうとしただけで強奪すら起きるのだとか。

 そういった情報を事前に仕入れたりするのも、行商をやっていく上での必須事項だと語る彼は、それなりに苦労してきた様子が伺えた。


「我々商人は金と物を扱いますしなぁ。奪ってでもそれを欲しがる者は珍しく無いし、そういうのを防ぐ為にも信用出来て腕の立つ護衛は大歓迎なんですよ。」

「成る程ー。」


 そんな行商人の顔には、目立つ古傷がある。過去に襲われたりしたんだろう、きっと。

 そして、魔法使いや魔術師は恐れられる反面、需要自体は高いらしい。

 信頼関係さえ築けてしまえば後はどうとでもなるそうで、これらの職に対する現代での扱いは多少難しいものがあるようだが、概ね手が足りないというのが現状らしい。


(スラムに落ちたあの女魔法使いは、信頼関係を築くところでしくじったのかね?)


 かなり口が悪かった上、態度もツンツンしまくっていたサリナという女性の事である。

 土魔法が使えるようなので、固定砲台としての役割くらいならば、別に両足を失っていようと使えるだろうと思える。きっと、だが。

 そもそもとして、魔法使いも魔術師も体力には難があるので、行軍には耐えられない事も多い。足が無いからといって、そこに大差は余り無いと思うのだ。


(まぁ、作り上げた義足は届けるように伝えておいたし、それで十分かな?)


 面倒を見過ぎれば、そこから依存しだす奴も出るし、張り付かれても困る。そういうのは所謂『地雷』と呼ばれるタイプだ。

 義足と松葉杖もあれば、足を失ってしまっても移動が可能になるはずだ。俺がやれるのはそこまでだろう、きっと。

 なので、これ以上の事を考えるのを止めた俺は、せっせと手を動かす事に従事する事にしたのだった。


 ゴブリンにすら劣る一般人から、盗賊が生まれるまでの簡単な流れと背景について触れてみました。

 同じ荒くれ者でも、冒険者と彼等は違うのです。キーワードは『自主的に飛び出した』か『追い出された』か、です。そして、平民の多くが多産であるのが前提条件。

 事前に準備していれば、自主的に村を出られます。つまり、装備もある程度整えられるし、冒険者としてもやっていきやすい。結果的に、新たな職を得られやすいわけですね。

 逆に何の準備もしていなければ、厄介者はただ単に追い出されるだけでしょう。その場合は野垂れ死ぬか、同じような連中とつるんで犯罪に走ると。そして、どちらになるかはまさに運次第という事に。

 数さえ揃えば、開拓村の一般人でもゴブリン相手なら何とかなりますから、盗賊達は森の奥地には行かずに、主に街道付近で潜伏しているわけです。そうして、数を減らしたり補充したりしつつ、同じ事を繰り返している。

 減った分が死後どうなるかは、まぁお察しですね。所詮モブといえばそれまでなんですが、魔物が居る中でどうやって生存してるの?という疑問は、こういった背景がある、というお話でした。


 2018/11/02 加筆修正を加えました。女魔法使いのところで、後々再登場する予定のサリナの名前を追加。ただし、ヒロイン枠では無いと明言しておきます。


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