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082 その錬金術師は自宅を目指して旅をする②

 口の中で転がす氷に暑さを忘れて、狭い御者台に男と相乗り状態のまま街道を進む、一台の荷馬車の上で揺られ続ける。

 冒険者達がそんな荷馬車の後ろから、まるで追いかけるようにして着いてきているが、彼等は護衛だ。

 護衛の冒険者達が乗っているのは、飼いならした魔物だという大きな蜥蜴トカゲ。二足歩行で走るそれは、遥か昔に存在したと言われるような、恐竜を思わせる姿をしていた。


(世界は進化したのか退化したのか、良く分からんなぁ。)


 そう思ってしまうのは、冒険者達の乗っているその蜥蜴が、太古の昔に存在していた生き物と同じ骨格をしているからだ。

 普通の蜥蜴と骨格が一緒なら、二足歩行で長時間は走っていられないし、それを常とするとか無理にも程がある。

 そんな恐竜みたいな彼等だが、その見た目とは裏腹に、実は草食だというのだから驚きだった。

 好物は主に木の実らしい。それ以外だと、その辺の雑草とか花とかを勝手にモシャって食べるらしく、しつけが必要だと休憩時に教えてもらった。

 飼いならすと猫みたいに懐くようで、擦り寄って来たりと案外可愛い面もある。ただ、その凶悪な面構つらがまえだけは、どうしようもないんだが。


「しかし、この氷はいいですなぁ。暑さが和らぎます。」


 そんな事をつらつらと思う俺の横で、口の中で転がしていた氷が溶けきったのか、やや名残惜しそうにして荷馬車を操っている持ち主が口を開いた。

 氷は俺が作ってはあげているものだ。夏場は暑いので、冷たい物は特に喜ばれる。


 そんな氷を渡している御者は、行商人をしているという人物だ。見た目は、四十かそのくらいだろうか。体力的にもきついだろうに、街の外は危険だからと、店を息子へ任せっきりにしているらしい。

 良い父ちゃんだとは思うが、自身を矢面に立たせて馬を操るのはどうかと思う。せめて、先行させる奴くらいは用意しておくべきだろうと突っ込んだところで、乗せてもらう代わりに護衛としてスカウトされた。


「よろしければ、もう一つどうぞ。」

「おお、これはご丁寧にどうも。」


 そんな行商人の彼に、隣で魔法によって水を生み出すと、食べやすい大きさにだけ【凍結】してから手渡す。

 夏だろうと関係なくたっぷりの生地をその身に纏うのは、何も貴族だけではない。

 行商人の類も、身を護る為にその生地の下に様々な仕込みをしている為、夏でも厚着なのだ。故に滅茶苦茶暑い。


 まず、頭はターバンと呼ばれる状態になっており、布が幾重にも巻かれている。それが解けないよう、しっかりと金属製の輪で頭部の布を留めている状態だ。

 首から下、身に付けている衣類の方は長袖長ズボンだし、首周りまでもがしっかりと防護されている。更にはそこに、両の手に手袋までもが着けられていて、肌の露出は極端なまでに少なかった。

 そんな中で肌が晒されているのは、唯一顔だけという格好なのだが、これらの生地には、実は二種類がある。


 普通の布と、金属の細い糸によって織られている金属性の布だ。


 後者は滅茶苦茶重い布なんだが、斬撃と刺突に対して中々の防御力を持つ防具である為に、身を護る術を保たない者が好んで着込む傾向にある素材だ。

 その見た目とは違って、遥かに丈夫な中着になる生地な為、別に戦士系でなくとも、多少体力に自信のある者なら鎧代わりにでも身に着けていられる品である。


 俺はどうかって?

 ――無理に決まってる。

 魔法使い系は、大抵ガリっ子なんだよ。俺も同じでな!


「いやぁ、思いがけない幸運ですな。」

「それはこちらも同じですね。歩いて帰るしかないかと、思っていたところでしたし。」


 王都から馬なり馬車なり借りるという手もあったかもしれないが、生憎と俺は乗馬をした事も御者をした事も無い。

 それ故、徒歩で帰宅しようとしていたのだが、そこに偶々盗賊がやってきて、それを潰したところで偶々馬車が通りかかり、馬車の持ち主である行商人に偶々スカウトされたわけである。

 偶然って凄い。


「馬達も暑さにバテずに済みますし、とても助かりますよ。」

「なんのなんの。乗せて頂けるならこのくらい、お安い御用です。」

「いやはや、頼もしい限りですなぁ。」


 利害が一致してお互いにニッコリな俺達。

 尚、氷は蜥蜴達には不評で、せいぜいが温くなった水を冷やす程度に使われるくらいだった。

 冒険者達は途中からは喜んでくれたが、その前に凍り付いた盗賊の撤去を手伝わされた為に、若干引きっていたのは言うまでも無いだろう。

 魔法や魔術は怖がられる。最近俺が学んだ事である。


「おや、見えて来ましたな。」

「思ったよりも早かったですね。」


 その後も特に何の問題も無く、街道を進む事大凡半日。

 見えてきた丸太の柵の長さに、これもう村っていうより町じゃないだろうかと思いつつも、俺は期待に胸を膨らませていた。


「あそこが宿を取る村ですか。」

「ええ、スープが絶品なんですよ。いやぁ、楽しみだぁ。」


 行商人が言うには、この村での食事は当たりらしい。野菜ときのこの旨味が溶け出していて美味い上、値段の割りには具沢山でもある為にとても人気なのだとか。

 そんな村での食事に思いを馳せているらしく、笑みを浮かべる行商人に「よろしければご一緒に」と誘われて快諾する。


(美味い飯に安全快適な環境。更には移動も御者の上とはいえ馬車だ。これが護衛に加わって、指示に従ってるだけで良いとかマジ気楽だな!)


 そんな事を思うこの日の移動は、盗賊に絡まれたくらいで特に特筆する事もなく、無事に終えたのだった。


 実は王都へ向かう最中、全く観光も出来ずに宿か馬車に缶詰にされていた主人公。

 この為に、行きは全くといって良い程に書くような事態が無く、あったのは盗賊を凍らせたくらいでした。

 帰りでも盗賊が出てきていますが、主人公が生まれ育った頃よりも強い魔物は余り出て来ない為に、割りと彼等は数多く存在している状況です。

 実際には盗賊=生まれ育った故郷から追放された者の集団。それが街道等で待ち伏せし、一か八かの強盗をしているだけ。

 ようするに、数が多いだけのゴロツキが彼等ですね。そんな連中、腕のある冒険者からすると、何の脅威にもならないという非情な現実が実はあったりします。


 2018/11/01 加筆修正を加えました。村での食事を次回に持ち越すか悩みましたが、そこまで記載するものでもないかとこちらに少しだけ出すのに留めました。

 2018/11/02 更に加筆修正を加えました。食事に関してが流石に少し過ぎた……。


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