008 その錬金術師はとある集落を眺める
「おう、まさかの状況だった……。」
何も残ってないわけではない。なかったのが、ある意味残っていない方が良かったかもしれないのを俺は発見してしまった。
森を抜け、ようやく見えた場所。そこは、足元に緑と、頭上に青とがどこまでも広がる、果てしなく続く草原だった。
遠く見えるは木の柵で囲われたやけ原始的な集落が一つ。そこからは煙がモクモクと上がっている。それを見ると、間違いなく住民はいるのだろう。
ただな?問題となるのは、そのちらりと見えた住民らしき人物が、やけに緑色をしていて、やけに背が小さくて、やけに知性が低そうだ、という風に見えた点だ。文明レベル?そんなの、腰蓑着けている時点でお察しである。
「解せん――あれは人間じゃないのは間違い無いし有り得ない。てことはあれか、大昔に居たとか聞いたゴブリンとかって奴か。それなのか。」
出来ればそんなものが繁栄している時代になんて、目を覚ましたくはなかった。
ガックリときたものの、大抵の世というのは無情である。
「人間の集落の前に亜人の集落とはなぁ。しかも、人間を餌か苗床にしか見てないっていうキチガイ共じゃん?オークに並んで害獣レベルの奴がのさばってるとかマジなんなの?世の中終わってるの?」
ある意味詰んでるのより辛いわ、これ。
復興に失敗したのだろうか?もしかすると、人類はそのまま、衰退の一途を辿って絶滅でもしてしまったとか?
――うわぁ、割りと冗談に思えなーい、この現状だと。
「いやいや、それは困る。俺は今日こそは安心で快適なお布団で寝たいんだ。とりあえずは、この現状をどうするか考えて行動しよう、うん。」
目の前のゴブリンも魔物に分類された事はあるが、遺伝子的に解明されてからは、一応人族に分類出来ると判明している。故の亜人だ。
主にこういった人に近いけど魔物みたいなものは全部亜人として分類されている。ただ、あくまでも分類出来るという程度で、その本質は人間とは相容れないものな為、亜人にして良いのかどうかすら微妙だという議論が白熱して決着がついていなかったが。まぁ、それは今はどうでもいい事だろう。
「問題は目の前のこの状況だな。確か、野蛮人、蛮族、原始人――は違うがとにかく、話が通じない好戦的な性格なんだっけか?ゴブリンって、元は妖精族だったはずなのに――一体、どこで紛い物になったんだ?」
確か、人間の血が混ざった為に凶暴化したという説が濃厚だったんだっけか。
それって、人間ってどんだけ罪深い生物なの?
「やっぱり、マッドサイエンティストのせいか――?あいつら、マジで害悪な奴しかいねぇもんな。」
かつて遭遇したマッドサイエンティストは、生物という生物を切り刻みたい病に取り憑かれた犯罪者だった。あんなのがマジで余計な事をしでかすのである。
そういった事を思い起こしてはみたものの、目の前の存在は確かに好戦的で厄介な生物で合っていたはずである。つまりは、ブラッディー・スライム同様に害獣だ。
「こいつらも素材は何も得られないんだよなぁ。」
何せ、人型。その身を喰らうのは魔物か肉食獣くらいだ。皮や骨に至っては使い道も無い。勿論、奪える物も文明レベルからしてお察しだ。
例えそれは、進化してようが突然変異があろうが関係が無いだろう、きっと。
それに、こうして原始的な暮らしがそのままなあたり、まともな対応は期待出来ないと思われる。マジで餌扱いされかねんし、ファーストコンタクトの相手に選ぶとか無い。無いったら無い。
ただ、幸いと言えるのは、いかんせん今の俺とは関係が無いという点だ。奪われるとしても、手に持っている食料くらいなものだろう。後は身ぐるみ剥がされるとかか。
「よし、無視しよう。」
故に、俺は迂回する事を迷わず選んだ。
え?敵だろうって?馬鹿言っちゃいけない。魔物は幾らでもいるんだ。それなのに、いちいち相手にしていたら魔力が持たないって話だよ。ここに来るまでにも散々ブラッディー・スライムとやりあったからな。魔力は温存しておきたい。
それに、今の俺が求めてるのは殺戮でも無ければ破壊でも無いのだ。あくまで、安全で快適なお布団だ。木綿の詰まった敷布団とは、かくも偉大だったと昨日の今日で再認識したくらいである。
尚、以前再認識したのは、師匠とのサバイバルバトルの最中だった。あれはマジで辛かった。
「あー……サバイバルに慣れてるとはいえ、やっぱりきっついんだよなぁ。文化的な暮らしが、俺には一番だよ。」
ほとほとそう思う。
それなのに、見つけたのがゴブリンの集落とは――何とも幸先の悪い話だろう。
今見つけるべきは、ゴブリンの集落じゃなくて人間の集落だ。だというに、なんでこうなったんだか――現状、人の住んでいる場所を探すにも、ここから更に歩かないとならないという。マジで辛い話だ。
「少なくとも、人間の集落がゴブリンの集落の傍にあるはずもないしな。あったら、叩き潰してるか叩き潰されてるだろうし。見える範囲に見つかるのは期待も出来ないか。」
溜息しか出てこない。草原と言っても、背丈を超える草が生えていて、見通しが悪い。唯一森の木に登って見えたのがこれじゃ、幸先不安になるというものだ。
あと、ゴブリンが仮に進化していたとしても、人間とゴブリンの間に出来ていた憎悪は深くて大きいものだ。その溝を数百年経とうと埋めるには、きっと難しい事だろうと思える。下手すれば千年でも難しいかもしれん。
故に、俺は迂回を選択した。間違っても、どっかの正義感の馬鹿みたいに突っ込んではいかないし、お花畑よろしく「こんにちは~」なんて言いながら近付いたりもしない。
「なんつうか、そんな事をしてる場合ですらないしね。」
今の俺の装備は、襤褸のコートと襤褸の服と襤褸のズボンと襤褸のブーツである。全部が襤褸。錆び切っていてヤバイ短剣ならあるが、打ち合えば一発で折れるのは確定。つまり、丸腰同然なわけだ。
対するゴブリン共の装備ときたら、腰蓑と棍棒、もしくは多少錆びてそうな剣だった。もうこれだけでハンデがある。魔法が使えても、武器持ち確定な時点で飛び道具の所持を疑えるので、大した差が無くなったのだ。これはめっちゃ辛いだろう。
「人数が不明で圧倒的に不利な装備。それなのに、集落丸ごとと相対するのは馬鹿だけだろ?このままでは突っ込む気も失せるってもんだよ。」
あーぁ、なんて呟きながら、森の浅い所を隠れ蓑にして移動していく。
無駄に魔法を使って魔力を消費するなんて愚か以外の何ものでもない。そう思ってたんだが――そんな時期が、俺にもありました。っつか、過去形になった。
なぜなら、
「ん?あれは――?」
目を遠くに凝らして、ゴブリンの集落とは別に、ようやく見えた動くもの。
それは、緑色に抱えられた、肌色をした者の一部だった。
ここで主人公の言う「ゴブリンにとって人間は餌」の餌の部分は、略奪する相手という意味合いです。餌というよりも鴨ですね。
後になってそんまんま『餌』な事を知って愕然としますが、それは後程記載しています。
苗床という意味は、ファンタジー系では最近よく見かける単語でしょう。これについても後程、多少詳しく記載されています。