078 閑話 その錬金術師は扱いを困られる
とある近衛騎士達の会話です。日常回。
城を凍り付かせ、真冬の如き冷気を持ってしてその怒りを示した王の賓客。
本来ならば如何に客人とは言え罰せられるべきものだったが、罰する事が出来る程の力量を持つ者が、果たしてどれだけいるだろうという話だ。
例え権力を振り翳すにしても、招いた王自らがそれを禁じている状況にある。そうなれば文官達は元より、有力貴族達ですら口を挟めない事だろう。
何よりも、その冷気が向けられた先が、普段から煙たがられていた元公爵家一派だったというのだから、誰も同情すらしない話だった。
「とは言え、冷凍された遺体が度々出る事態には、ギョッとしたな。」
「ああ、言えてる。あれには度肝を抜かれたぜ。」
お互いに語るのは、件の賓客に関してである。
同僚の近衛騎士とは、シフトが合えば、こうしてよく共に昼食を摂る間柄だ。
しかし、これが元第一王妃周辺だったら――まぁ、不味い飯になるのは現状では分かりきった事なので、絶対共にはしなかった事だろう。
何せ周囲には兵士達も居る。彼等は一般市民から兵役に着いた者や、志願した者達の集まりだ。
プライドだけしかない『お貴族様』を引きずっている連中とは、水と油程に相性が悪く、下手に同席しようものなら、美味い物も冷めた挙げ句に不味くなるばかりだろう、きっと。
――まぁ、騎士って時点で、私達も敵視する視線を向けられてはいるがな。
「でも、驚いたのは最初だけだぜ、俺は。」
そんな中、おどけて見せた同僚に向かって、私も意図を察して話を合わせていった。
「何を言うか、お前、毎回顔色を悪くしていただろう。」
軽く返してやれば、
「いやいや、そういうお前だって、毎回悲鳴を上げていただろう?」
そう言って返してくる。
阿吽の呼吸とも言えるくらいには、冗談を言い合える仲なので、つるむ事が多かった。
「私は最初だけだな。」
「俺だって最初だけだったぜ?」
そこまでいって、お互いに笑い出す。
「――フッ。」
「ハハハッ。」
笑いながら向かう先は食堂。
醜態を晒しておけば、他の貴族ぶる騎士達との違いを知らせられる。その為の演技だが、上手く伝わる事を祈るとしよう。
「――で、件の人物を止める場合、お前ならどうする?」
配膳の為の流れに乗りながらも、会話の流れの方を変えようとしてか、ニヤリと笑う相手に向けて、私も口の端を吊り上げて見せた。
「まず、無理だと判断して降参を口にするな。どうせなら土下座もセットにしておく。」
「土下座か!それは良い!無抵抗なのを知らせる事が出来る。」
盾である騎士が、ましてや王の護衛たる近衛騎士が降参を宣言するなど、あってはならないものだ。
しかし、状況によってはそれが上手く行く事もある。少なくとも、あの人物に関してだけなら、全く効果が無いとは言えないだろう。
とはいえ、これは私の推測でしかない。案の定というか、同僚からは追及の声がかかった。
「でもそれだと、王はどうするんだ?首を差し出せと言われたら、完全に反逆罪が成立してしまうぜ?」
それに、肩を竦めて返す私は、別に貴族としての位には興味が無い。
故に、プライドで護るべきものを護れないのならば、いっそ捨て去って道化でも何でも演じる所存だ。
誇りというのは自己を護る為に持つのではなく、他者の為に持つものだと思うのが、私の持論だからな。
「何、そこはみっともなく縋るさ。どうか、どうかそれだけはご勘弁を~ってな。」
「アッハハハハ!」
笑う同僚に、俺はしてやったりとした笑みへと変えてやる。
気付けば、面白いくらいに周囲の空気は変わっていた。
「それで許してもらえりゃ、話は簡単でいいんだがなぁ。」
「そうだなぁ。」
席に着いてからも話題となるのは、髪を脱色してまで城内に潜伏し、更にはどうやったのか分からないものの、性別まで変えて侍女として振る舞っていた賓客の事である。
稀に氷像と化した者が発見される事もあったが、それを成したのが、その賓客だったというのだから笑えない話だ。
「本当にあの御仁は、男なのかねぇ?」
同僚の疑問に、私も相槌を打ちつつ同意しておく。
「私も時々疑問に思うよ――ついてるのかついていないのか、な。」
下世話な話だが、生まれつきはついていなかったのでは?というのが最近の私達近衛騎士の間での認識だった。
何せ、最初の氷像が発見された時より先の者の遺体達は、余りにも格好が悪かったのだ。
例えば、下半身が剥き出しだったり、下卑た笑みを浮かべて股間が膨らんでいたり。他には何に使うのか、卑猥な形をした魔道具を手にしていた者まで居た。
男としては晒したくない死に方の一つだろう。
それをあえてしてしまう辺り、あの御仁には男性としての価値観があるのか甚だ疑問だ。
勿論、それらは完全に言い逃れも出来ない状況下で発見されている。
この為に、殺されてるとはいえ、その後その一族がどうなったか等、推して知るべしである。
「抑えるってなると、何が効果ありそうなんだろうな?」
それでも彼の人を好きにはさせていられないとばかりに、表面上では危機感を募らせた様子で、同僚共々に対処法を考えるのが最近の流行りだった。
対処法と言いつつも、他力本願な発言ばかりな時点でプライドも何もあったものではないのだが、それでも現状を憂いているつもりといったところである。
体裁だけは整えるが、こういった事を考えるのは本来上の役目だ。隊長クラスでもなければ、例え近衛騎士だろうと下っ端である我々の自己判断等、最初からあってないようなものである。
「効果、効果か――。」
故に、考える振りはしつつも、内心ではこの話題に一定の楽しみを見出していた。
何せ、王が招いた賓客は脅威ではあるものの、一定の倫理観も併せ持っている為に、危険性になると言えば手を出した時だけなのだ。
少なくとも、暴力に訴え出て好き勝手振る舞う人物ではない。城を城壁まで丸ごと凍結させておいて、それを一ヶ月もの間続けていたのに、被害にあったのは元公爵家一族と一部の変態だけ。
ならば、この判断は間違いでは無いだろうと思う。
「――西に居るというSランク冒険者なら、どうだ?」」
悩む私に、同僚が見かねたのか、自分から振っておきながら案を出してくる。
頭の固い私とは違い、彼は柔軟な思考の持ち主だ。故に、回転も早い。
ただ、
「いや、あれは駄目だろう?剣士系という話だったし、魔法使い相手では対処しきれないと思うぞ。」
同僚が口にしたSランク冒険者というのは、現状の冒険者の中ではトップクラスの強さを誇るとされる人物ではあっても、相性という意味においては最悪だった。
近接物理を得意とする者は、搦め手等を使う魔法使い相手には、とことん弱いのだ。
西に居るらしい件の冒険者は剣を扱うタイプなので、この近接物理を得手とする職になる為に、現状での抑止力は見込めないだろう。
「あー、そういやそんな話だったな。」
この為、私のツッコミに彼も思い出したらしく、あっさりと引き下がった。
どうせなら、同じ魔法使い同士ででも相手になればと思うのだが、我が国の魔法師団は完全に及び腰で役に立ちそうも無い。
ただ、同業者からさえ一目おかれるだけの強さを誇る魔法使いでありながらも、彼の人は正妃様には全く対応しきれていないらしい。
それは救いと言えば救いなのだろうが、
「だからって、正妃様に頼るのも、なぁ?」
「それは護衛する者としてどうかと思うしな。」
「うむ。」
根本的に、正妃様が対応するのは何かが違うと、揃って「無い」という判断に至っていた。
正妃様が強いとか弱いとかそういう問題じゃなく、あの方は護られるべき地位におられる方なのだから当然だ。
護られるはずの人物が危険に立ち向かう等、それでは我らの立場があってないようなものである。
「穀潰しにだけは、なりたくないな。」
「ああ、同感だ。」
元々、騎士に志願する者の多くが嫡男のスペアだ。スペアとしての役目を終えれば、後は利用価値も無い。
それに気付いて早々に見切りを付けるタイプと、貴族としての地位に縋るタイプが騎士には居るが、後者はここ一月の間にごっそりと数を減らしていた。
「話は戻るんだが――。」
同僚と対策を考えつつ、食事をトレイに移していく。
献立はミルクを使ったシチューに、やけに固いパン、野菜の和え物と、焼かれた鶏肉、それに生の野菜――ではなくて、ハーブだろうか?花を使ったサラダだった。
それらを乗せながらも、話題に興じる。
「剣が得意な奴は多いが、弓を使う奴ってあんまり居ないよな?」
「クロス・ボウと呼ばれる変わった弓が、余り広まっていないからな。戦場ではただの弓は役に立たんし、武勲を立てようとするなら剣の方が手っ取り早い。」
「それもあるか。」
弓使いが増えないのはともかく、こういった職別には相性というものが存在している。
剣等を使う戦士系である近接物理職は、魔法使い相手には弱い。
魔法使いは同じ遠距離職である弓使い等を苦手とする。
弓使い系統は今度は戦士系に滅法弱いし、こういった三竦みと呼ばれる構図があるのだ。
そういう相性抜きにバランス良く強さを誇る者には『勇者』と呼ばれる者達がいる。だが、こちらは御しきれる存在ではなく、それどころか天災と人災を併せ持つ存在である為に危険だと言われている。
過去にはSランクに至った者もいるらしいが、そのほとんどが冒険者資格を剥奪されて死んでいると聞く。その理由も『勇者だったから』だし『人災を巻き起こした』からと言われている為、協力を仰ぐ等有り得ないだろう。
「偽善の塊みたいな勘違い勇者様じゃ、相手にはなっても抑止にはならないもんなぁ。」
勇者の言い伝えは、子供向けの絵本でも良く出てくる話だ。
主に、悪役という扱いが多いが、一部にはハーレム三昧だったというのもある。
嘘か真かは知らないが、その点だけは羨ましいかもしれない。
「一番良いのは、正妃様みたいな弓使いか――いっそ、狩人軍団とかはどうかい?」
「無い無い。それは無い。」
否定する私だが、過去に活躍した英雄や賢者でもお呼びしない限り、あの麗人を止める手立ては無いだろうと思っている。
「どうやって協力を取り付けるつもりだ?大体、我らの手に負えないからお願いしますじゃ、相手としても困るだろう、それは。」
「ああ、まぁ、そうなんだけどな。」
私の言い分に、元より深く掘り下げて話すつもりも無かったのだろう、同僚は再び、あっさりと身を引いていた。
配膳を終えて空いてる席に座り、手元の食事に手を付ける。
特に何も言わずに口に運び入れている彼に習って、私も食事を頂く事にした。
しばし、会話が途切れて、食器の触れ合う音や咀嚼音だけが響く。
「――美味いな。」
「だな。結構いける。」
元々、騎士と兵士の食堂は別だった。以前はフルコースで、貴族だった頃と変わらない食事が出ていたが、個人的には今の方が作法も気にしなくて良い分、疲れた時等を考えると気楽で良い気がする。
そんな事を思いつつ食事をするのは、思いの外、兵士達にとっては意外だったようだ。
今や彼等で溢れかえっている食堂は、賑わっているというよりも、変な緊張感が漂っていた感じが払拭されて、伺う程度にまで落ち着いていた。
「このシチュー、お代わりしてもいいんだよな?」
「ああ、基本的には食い放題らしいぞ?なんか、あっちで食べてた時よりも待遇が良くないか?」
「だよな。俺もそう思った。」
注いでくる、と言った同僚を見送りつつ、無作法で今まではしなかった事に挑戦してみる。
硬めのパンを千切り、それをシチューに浸し、程よく柔らかくなったところで口に運ぶのだ。
(――合う。これは、合うな!)
冒険者や兵士達がしているのを見よう見真似でしてみたのだが、これが思ったよりも美味い。
その後も、千切ったパンを浸して食べていると、ようやく戻ってきた同僚が目を丸くして尋ねてきた。
「それ、美味いのか?」
私はそれに、全力で頷きながらも返した。
「美味いぞ。そのまま食べるより、断然こちらを勧める。それくらいには美味い。」
「ほー。」
ただ、パンを浸して食べているだけというのに、何故こうも美味いのか。
最初は城に留まっている賓客の話だったのが、気付けばどうすればより美味く食べれるかについて話が移り変わっており、食堂を出た頃には、すっかりと対処法等頭から抜けてしまっていた午後だった。
次回の閑話二つに、元第一王妃と偽王女の末路が書かれます。
ざまぁっていうより処刑云々の話になるので、苦手な方は読み飛ばして下さい。
2018/10/29 加筆修正を加えました。




