074 その錬金術師は真っ裸になる
主人公が変態にクラスチェンジする話ではないのであしからず。
頭が痛い。
後、なんか凄い涼しいっていうか寒いし冷たい。
その違和感から意識が浮上してきて目を開けば――何だこれ?
(どこだ?ここ。)
最初に見えた天井は、完全に岩だった。まるで、手で掘削したようなゴツゴツとしたもので、慣らしてすらいない。
左右に視線を転じれば、ここが建物の中というよりも完全に地下なのが分かる。それも、地面をただ堀り抜いただけの一室だ。
周囲には――特に何も無い。
その代わりに見えるのは、余り見慣れないもの。
扉の代わりに鉄格子が嵌っている現実である。
(あー、気絶させられて、連れて来られたってところか、これ。)
遠く見えるそれに、俺はそっと息を吐き出して溜息を吐く。
どうも捕まった後っぽいな。
(どのくらい時間が経ったのかは分からんが、まぁ余り経過してないだろ、きっと。)
何せ頭が痛い。ズキズキする。
牢の中へ放り込まれてぶつけたとかなら、その瞬間に目が覚めてるだろうし、そうでないなら殴られたのはここに連れ込まれる前だ。それも、サリナさんとか呼ばれていた女性の家に入った直後で間違いは無いだろう。
気絶した瞬間までは流石に分からないものの、直前に空気が動いた事は覚えてる。多分だが、その時が殴られた瞬間なんだろうな。
そっと、痛む頭部に手をやって、探ってみる。
(血は出てないみたいだけど――少しタンコブが出来てるか?)
指先に血が付着する気配は無い。乾いた後のようなガサつきも感じられないし、どうやら大した怪我はしていないようだ。
しかし、だ。
――裸って一体どういう事だよ!?
(俺の服、どこいった……?)
呆然としつつも、現状を再確認。
室内を照らしてるのは、牢の外から入ってくるほんの僅かな明かりだけ。薄っすらと見えている中を目で探って見ても、衣類はおろか毛布らしきものすらどこにも無い。
思わず、全身に意識を向けてみて――頭部の痛みと寒さ以外に感じられない事へ、ホッと息を吐き出して身を起こした。
(やられてはいないな。拘束もされてないし、閉じ込められただけか。)
しかし、衣類を剥ぎ取るとか、俺に裸族にでもなれってか?嫌がらせにも程があるだろう、これっ。
そんな現状に不満を抱きつつ、これからどうするかを考える。
(まずは服だな。服を着たい。切実に。)
このまま出られても、絶対、変態扱いされてしまうし、それは避けたいところだ。
何せ、つい最近にその変態を見つけてしまったのだから当然だ。あれとご同類にされるのは何が何でも回避したい。
出来る事ならば、適当なところででも空間庫から服を取り出して、着替えてから脱出してしまいたい。
(魔法も魔術も得意なの以外は、無詠唱で使えないからなぁ。声を出したら絶対にバレるし。)
俺が得意なのは水と氷。故に、空間庫は無詠唱では使えない。
見つかる可能性を考えるなら、まだしばらくは裸でいるしかないだろう。どうせなら、まだ目が覚めてないと思わせておいた方が得だ。
探索魔法だけは詠唱無しに発動出来るので、こちらは使っておくが。
(周囲に気配は――格子向こうの扉の先に一人、隣の部屋らしきところにも一人か。後は上が三人と、四人か?全部敵とは限らないのが、また面倒なところだなぁ。)
探索魔法の欠点は、大まかにしか分からない、ってところだろう。
例えば、人型なのは分かっても、それが知り合いかどうかまでは分からない。この為に、遠隔操作で感知出来た相手を片端から凍らせるという手法は、この状況では悪手だと言えた。
そもそも感知出来るのは、魔力と大雑把な形だけだ。そこから推測も混ぜて考えるものだから、精度としては余り高くは無いものなのだ。
誤射する可能性もあるので、明確に敵だと分かる魔物とかでも無い限りは、実際に目で見て確認する必要性があった。
(んー、動きがあるのは上の三人だけか。他は――全く動きが無いなぁ。)
扉の先は見張りか何かだろう、きっと。隣の部屋は、同じような牢か何かかね?後は倉庫って可能性もあるのか?
とりあえずは、ここから抜け出すのが先決だろうな。
(得意な水と氷は、この現状を抜け出すのに使うには余り現実的じゃないな。火や風も同じだし、破壊系になるから音がデカイくてバレやすい――となると、後使えそうなのは土しかないか?)
幸い、この場所はくり抜いただけの地下だ。多少穴が空いても問題は無いはずである。
少なくとも、後で壊したとかって請求書が来る事は無いだろう。多分、きっとだが。
(来たら来たで人を攫う方が悪いんだし、そんな人攫いへ家を貸す方も悪いって事で片が付けられるかな?)
場合によってはそのまま人攫い達の一味扱いになるので、こちらを気にかけている余裕も無いだろう。
それでも賠償しろってうるさいのなら、トンズラしてしまえば良い。一応、国の保護対象になってるもんな、俺。
大体、手でくり抜いただけの地下に牢を作ったりと、どう見ても違法行為だろう、これ。現代法でもこの辺りは厳しいようだし、違法者なら相手するだけ無駄だ。
(最悪、国を相手取る事になるんだし、沈黙するか処分されるかのどっちかかね。)
そのどっちになるかは知らないが、現状の俺には余り関係も無い事だろう、きっと。後顧の憂いも大して感じられないので、このままサクッとやってしまおうと思う。
まずは、右側に人の気配があるので、音が出ないよう注意しつつ行動する。
裸足なのでソロソロと左側に寄って行き、鉄格子まで辿り着いたら、今度は周囲の音の確認だ。ジッと、ただ耳を澄ませていく。
(――今のところ、特に気付かれた様子は無いな。大丈夫そうか?)
音を出さないようにゆっくりと、片方の手の平を空中へと向けて、予め補助の為の魔法を行使し水球を生み出していく。
出来上がった水球はそのまま空中にてキープだ。これで、魔術陣を描く為の原料が出来た。
(よし、次はこれを使って、と――。)
魔法で生み出した水には、ただの水とは違って微量の魔力が含まれているので、魔術を行使する為の触媒として利用しやすい。
そんな魔法の水で描く魔術陣は勿論、土属性である。
陣を精密に描きながら、氷魔法で冷やし固めてブレたりしないよう、地面の上に固定していく。
描き上げる陣の中に入れる文字は『消音』『石床』『掘削』『圧縮』等、多岐に渡るが、これらを入れておかないと暴発とかする事にもなるので慎重だ。
一体何故、こんな事をしてるかって?
――無詠唱での魔法の行使は、水と氷以外だと探索魔法だけしか使えないというのは、先に上げた通りだ。そして、それ以外は、全く習得出来ていないんだよ。
その点、魔術なら魔術陣の中に刻み込めばイメージがしやすくなる。この為に、水と氷以外は魔術陣を使った魔術頼りなのが現状だった。
(ぃよし、出来た!)
そうして出来上がった魔術陣へ魔力を流し込んで、鉄格子下の床を削っていく。
削れる度に左右へ除けて圧縮すれば、固まったところには人一人がなんとか通り抜けられるだけの隙間が生まれた。
そこを潜り抜けて鉄格子の向こう側、牢の外へと出る。
ちらりと視線を動かせば、自分が居た場所の隣も牢だったのが分かった。
(他にも捕まってるのが居るのか。兵士達って線は有り得ないだろうし、一体誰だ?)
罠の可能性も考えたが、それならそれで潰せるだろう、きっと。挟み撃ちとかも有り得るから、現状での確認は必須だ。
仮に何かあったとしても、牢の中に大人しく入ったままみたいだし、これなら何とかなりそうだというのもある。
そんな考えで静かに隣を覗き込んで見たんだが、
「っ!?」
危うく声が出そうになった俺は、慌てて中の人物の救助へと動き出していた。
2018/10/29 加筆修正を加えました。




