072 その錬金術師は社会へ奉仕する
スラムでの炊き出しを始めてから数日。
最初の頃の警戒心が薄れたのか、今では周囲が賑やかになってきていた。
「美味ぇ!この雑草って、こんなに美味かったのか!?」
「こっちのは生だと苦味があって食い辛い。でも、その辺でよく見かける雑草だし、年中生えてるから何時でも食えるか。」
「このスープ冷えてるのに美味しいよー?」
「美味しいねー。」
「「ねー。」」
概ね炊き出しは好評だ。一部には実際に自分で摘み取って、調理し始める者も出てきているらしい。
毒草と間違う事だけは無いように、似たような物との見分け方を確りと叩き込みつつ、注意事項を守って採取する事を教え込んでおく。
中にはこの炊き出しだけで食い繋いでいた者も居たようで、職の斡旋等を伝えると根掘り葉掘り聞いてきた。
それに予め用意しておいた場所へと誘導すると、良い感じにこちらの思惑通り事が運んで行く。
どうやら、炊き出しでスラムの住民を釣る作戦は、中々上手く行っているようだ。
そんな中で、
「――知り合いに持って行く?」
「ああ、動けない奴らもいるんだ。そういう奴に持っていってやりたくてさ。」
話を持ち込んできたのは、数名の浮浪者と子供達だ。
どうやら、実際に食べて問題無いと判断出来たのか、動けない者達へも食べさせたいという思いが生まれたらしい。
聞けば知り合いだという。勿論、こちらとしても否や等あるわけもなく、笑顔で対応する。
「ああ、いいぜ。何処に持っていくんだ?」
むしろ、そういった者の情報こそ、俺が欲しかったものだ。
「あっちー。」
「先にこっちだよっ。」
そんな俺の服の裾を掴んで、左右から引っ張る幼児達。
どっちが先か争って睨み合いを始めたので、上からポンポンと叩いてやる。上目遣いに見上げてきた二人に、叩くのから撫でるのに変えて声を掛けておいた。
「なーに、まだ沢山あるから焦らなくて良いんだぜ?食い損ねる事は無いからな。ただ、最近食べてないなって思える奴のところだけ、優先してやってくれるか?」
「「うん!」」
量もまだまだ残っているし、もう一杯振る舞うかと兵士達と話をしていたところなので、まだ食べ足りない者も含めて振る舞う事だって出来るのだ。
それでも優先すべきは、まだ口にしていない連中だろう。
不公平だと不満に繋がるし、スラムの住民同士での喧嘩にもなりかねない。そのままこっちに飛び火する可能性だってあるし、余裕があるなら先に対応しておくべき案件だろう。
「それで、何処に行けば良い?」
「「こっちー!」」
お盆に幾つか料理を乗せて、兵士二人と浮浪者達にも持って貰い、まずは子供に案内させつつ運んでいく。
怪我人とか病人で動けないって話なら、俺の出番だからな。その為の薬も包帯も揃えてきている。直接向かった方が手っ取り早いだろうし、一応護衛である兵士二人に着いてもらって向かう事にした。
最初に向かったのは、足が余計な方向へ折れた若者のところだった。
見るからに辛そうにしていたが、俺達の姿を見ると、途端に表情を消して訝しそうな振りをして見せる。
彼は元々スラムの出身らしく、日雇いの仕事の最中に誤って足を滑らせたらしい。で、そのまま足を折った、と。
幸いながらも折れてからはまだ日が経っておらず、中途半端にくっついたりはしてない様子。荒療治にはなるが、まぁ、このまま一生歩けなくなるよりはマシだろうし、方向を本来の向きに揃えて固定してしまう事にする。
「あー、パンパンに腫れてんなぁ。これ、大分痛いだろ?」
そう言って触診してみれば、
「このくらい、大丈夫だ。」
そっぽを向いて青年が答える。
痛みで食欲も沸かないのか、手渡した食事にも手をつけない有様だ。顔には脂汗が浮かんでいるし、大丈夫って事は無いだろう。完全に、ただのやせ我慢である。
ただ、それならそれで都合が良い。好きに解釈させてもらえるからな
「うん、それなら、元の位置に戻しても大丈夫だな。」
「へ――?」
やせ我慢をしている青年へと、兵士にも手伝ってもらって治療を開始する。
まずは地面の上に確りと抑えてもらって、口の中に布を詰め込んで舌を噛まないように保護。
そこからは、一気に足の向きを正しい方向へと戻させてもらった。
「むぐぅうううううううううう!?」
くぐもった悲鳴が聞こえた気がしたが、平気平気。
だって、このくらい大丈夫なんだもんな?きっと、耐えられる事だろう!
そういう事にしておいて、確りと元の位置に戻した後、折れてる足に添え木を添えて包帯で固定し、擦り傷は水で洗い流して軟膏を塗り込んでおく。
一応は痛み止めの薬と、熱が出た場合の解熱剤も合わせて処方した。経過観察は必要だが、まぁ無理しなければ大丈夫なはずだ。
とはいえ、流石にやりすぎたようで、治療してからずっと白目を剥いてる気がする。
――多分、気のせいだな。
うん、多分。
「さて、次はどこだ?」
「「ぴっ!?」」
そうして振り向けば、そこでは子供達が涙目になっていた。
ちょっとやりすぎたらしい。
そのまま、泣かれそうになって、内心で慌てたのは、余談である。
2018/10/24 加筆修正を加えました。
2018/10/29 更に加筆修正。




