071 その錬金術師はスラムに行く
「重要なのは、最初の接触。そこで暴動にならない範囲で、無理矢理にでも食わせる事っ。」
「「おう!」」
上がる声は兵士達からだ。初日からコケたら意味が無いので、幾つかの注意事項を伝えてようやく移動を開始する。
その際に運ばれる荷台にあるのは、スラムで配る食事ばかりだった。
中身は塩茹でして炒めた野草に、野草のスープ、薬草のサラダである。どれもが結構な量があるので、多分足りるだろう。
有志から集まった食材も入っているので、少量ではあるが肉とか魚とかも混ざっている。これで多少は満足感が上がったはずだ。
そんな漂う香りに釣られてか、城を出発した時から通りの人々の視線がチラチラと飛んできた。
中には空腹を抱えているのか、幼い子供なんかは釘付けだ。フラフラと後を追おうとして、慌てた様子で母親に止められている。
まぁその気持ちは分からないでもない。何せ、荷台へ乗せられた幾つもの品からは、実に良い香りが漂って来ているからな。
(まさに飯テロ。昼前っていうのもまた、効果覿面なんだろうが……。)
そんな匂いを振りまきつつ、一路、裏路地を突き進んで廃墟感漂うスラム街へ。
そこは、見事に荒廃した空間だった。
環境としては劣悪だろう。ありあわせで作ったようなテントの中で、身を寄せ合う子供達の姿が見える。
痩せこけていて、最初に見た時のメルシーちゃんよりも酷い。ほとんどが骨と皮だ。その癖、頭部だけはやたらと大きくて、見るからに億劫そうな様子だというのに、目だけがギラギラとしていた。
(流石に兵士がいると略奪は起きないかな?これなら、多少動いても良さそうだ。)
少し開けた場所で荷車を止めて、兵達と共にテーブルを並べていく。
上に乗せるのは、勿論ここまで運んで来た食事だ。取り皿には予め薪を加工しておいた木製の深皿をどんどん使っていく。
鍋の中のスープや炒め物、サラダなんかを入れて、注いではテーブルの上に配置するだけにしておく。
ただそれでも――誰も取りには来なかった。
物欲しげに眺めてはいるものの、どうにも警戒しているらしい。
声を掛けたりもしたが、誰一人として来る様子が無かった。
(かといって、無差別に食事を配り始めたらそのまま盗んで行く奴も出そうなんだよなぁ)
後、奪い合いとか始めかねない。出来れば、並ばせてしまいたい状況だ。
「どうしようか。」
「どうします?」
尋ねたのに尋ね返される。兵士も丸投げかっ。
仕方が無いので、兵士達と段取りを見直して、行動を開始する。
まずは手近な者に食わせるところからだろう。一口実際に自分達の口で食べて見せてから、毒等入っていない事を分からせる。
その上で、毎日昼食の時間にこうして炊き出しをする事、スラムの住民であれば無償で受けられる事、勿論金を取ったり後から請求するような事も無いと丁寧に説明する。
中には裏があるんじゃないかと警戒し続ける者もいたが、別に全員が全員そうではない。特に子供なんかは欲望に負けやすいので、簡単に手に取ってくれた。
「ほら、食べないなら俺が全部食べちゃうぞ?いいのか?折角タダで美味い飯にありつけるのに、食われちまうぞ?」
「あ、あ、食べる。食べるぅ!」
慌てた様子で受け取ったのは、まだまだ小さな幼児。
同じくらいの子供が多いが、見た所、五歳かそこらだな。
「おい!やめろ!後で何かあったらどうすんだよ!?」
そんな幼児が食べようとするのを躍起になって止めようとしているのは、十歳位の少年だった。
年少組のお守り役とかそんなところなんだろう。小さい子達から取り上げようとしてるのを見て、後ろから羽交い締めにしてその行動を封じ込める。
すぐに、腕の中で藻掻き始めた。
「な!?は、離せ!離せよ!」
「えー?お前だって腹減ってるんだろ?だからこんなに苛々してんじゃん。」
「苛々してねぇ!別に、腹も減ってねぇ!」
そう言って叫んで、尚暴れようと藻掻いていたが、いかんせん相手は子供。体格の差は歴然だ。
その上、普段まともに食ってないからか力が弱い。暴れてる間に軽く触診してみたが、見事に服の下は肋が浮く程のガリガリだった。
思わず溜息が出ていく。
「お前、大分長い事まともな飯を食って無ぇだろ?」
そう尋ねれば、
「へ、変態!」
「変態違うわっ。俺に少年趣味は無ぇ!」
まさかの変態扱いを受けた。
どっかで受けたクソガキと同じ扱いだな、おい。切れるぞ?
そう思ってたら、
グーッ。
腕の中から、腹の虫が合唱する音が聞こえてきた。
当人も気付いたらしくて、見る見る内に耳まで真っ赤になっていく。
「ふーん?」
思わず、ニマニマとした笑いが込み上げてくる。
こいつ、良いタイミングで腹が鳴ったな。
「今食わないと次食えるのは明日になるんだぜ?こーんなに美味しいのになぁ。しかもこの材料、その辺に一杯生えてるから幾らでも手に入るのになぁ。」
「そ、そんな都合の良い事あるわけないだろ!」
「そう思う?思っちゃう?」
必死に抵抗を試みてるが、相手はガキ。所詮ガキだ。
腕力だけじゃなく、知恵でも適うはずが無い。
そんなガキの思い込みを払拭すべく、一つ一つを丁寧に頭に叩き込んでいってやる。
「この緑色の葉っぱは大葉子って言ってな、湯がけばエグ味も取れて大分食いやすくなる。こっちの小さくて厚みのあるやつは滑莧で、このとろみを出すのに一役買ってて味も良いんだ。ほら、どっちもそこにも生えてるやつだぜ?」
そう言って地面を指させば、
「嘘だ!そんなの信じられるか!」
ますます必死になって否定しだした。
はっはっはー、面白いなーこーいーつー。
「実際に全部が同じ物だぜ?取り尽くさずに葉を数枚残しておけば、また生えてくるしな。こっちの薺なんかは一年中採れるし、七草粥なんかの材料の一つだ。」
春に食べられる事の多い七草粥は割りと有名だ。
しかも、その材料は大体どこでも見つかるし、体に良い事でも知られている。
実際、腕の中のガキも知っていたのか、突っ張るのは止めないものの、暴れるのがピタリと止まった。
「――本当?」
「本当、本当。」
訝しそうな様子に、だから食え、と匙も入った器を無理矢理持たせる。
これでようやく素直になったかと思ったんだが、それでも中々食おうとしない。
なので、顎を掴んで一口分を匙で無理矢理に突っ込んでやった。
「~~~~!?」
「はははっ、美味いだろう?」
目を白黒させてるガキを見て笑う俺。
その後も無理矢理全部食わせてやり、深皿の中は綺麗に無くなった。
うん、ちょっとスッキリしたな!
「意地張って無ぇで、国の施しならむしろ毟り取るくらいの気概で行けよ。じゃないと、大きくなれない内に命を落すぞ。」
「……。」
ガキがどう考えるかは知らんが、利用出来るものがあるなら利用しておくのは別に悪い事でも何でも無い。
恥ずかしがったり、変に意地張ってたらむしろ勿体無いだけだ。表面上だけでも有難がっておけば、大抵は相手の機嫌を損ねる事も無いのである。
「――て事で、今度からは並んで貰いに来いよ?」
拗ねたのか不貞腐れた様子を見せるガキに、そう言って他を当たりに移動する。
さて、後は誰が食って無いかなぁ?
「喜べ。食わない奴は俺が一口ずつ丁寧に食わせてやる。赤ちゃんプレイさせて欲しい奴は、別にそのまま食わなくて良いぞ?」
この言葉で、列が出来たのは果たして良かったのか悪かったのか。
「是非、お願いしやっす!」
「あっしにも頼んます!」
「おい、割り込むな!」
「……。」
並んで来たのは、まさかの野郎共だった。
多分、いや、間違いなくこれって勘違いなんだろう。
故に、
「先に言っておくが、俺は男だからな?」
「「――え?」」
この言葉で、一部の馬鹿野郎どもが凍り付いたのは、まぁ言うまでも無い。
2018/10/24 加筆修正を加えました。




