007 その錬金術師は魔物と戦闘になる
戦闘が少し入ります。魔物の特徴についても少し触れます。でもそれだけだと現状では言える。
スッと。
空気が変わる。
なんというか、冷たくなったというか、張り詰めたというべきか。
何にしろ、それは緊張感を孕むもので、ピリピリとした空気だった。
(――敵!)
そう認識した瞬間には、勢い良く前へと勝手に身体が跳躍していた。
そして、空中で身体を捻って背後を見る。
「スライム――。」
それは、普通なら余り遭遇したくない類の魔物だろう。
その身は主に強酸の類だ。体液だけで何でも溶かせるのだから、下手に近接を挑めば大火傷を負うのである。中には、金属すらも溶かせる程のものまでいるし、その身が鋼鉄のように固いものまで実に様々だった。
厄介なところは、環境への適応力が魔物の中どころか生物中随一を誇っている事で知られているという点か。正直、この点がある為に、進化や突然変異の多い種としても知られていて厄介極まりない。
「ったく、未知のスライムだと対処が困難なんだが。」
距離を置いて様子を見やる。
観察による鑑定結果は、ブラッディースライムの系統だと思われた。動きは鈍い。尺取り虫みたいに這って近付いてくるだけだ。
「おっと。」
ある程度近寄ってきたところで、ビヨーンと伸びて飛びかかってくる。
見た目は毒々しい赤色。血の色と言って良い。動きの間延びした感じとは違って、見るからに危険性の高さを伺わせた。
しかし――、
「こいつは肉食だし、身体が血の色だから動物を溶かすのに特化してるんだろ?それなら、金属並の固さも温度への耐性も無いはずだ!」
大抵、肉食の魔物というのは基本的には脆い身体をしている。それは、人間に比べれば固くとも、金属の固さには到底叶わないし、環境が極寒の地や灼熱の大地でもなければ、基本的に熱でも冷気でも通じる相手である事を示しているのだ。
反面、攻撃力だけは異様なまでに高い。爪や牙があれば金属鎧ですら簡単に貫き通す。今回はスライムだが、その攻撃力の高さは先に上げた通り、金属すらも溶かすところにある。
故に、対処としてはここで討伐が妥当だ。間違っても、見逃すのは無いし逃走もまた有り得ない選択肢だった。
「戦士にとっての鬼門のスライムとはね。」
一応は俺だって魔法使いの端くれなのだ。錬金術師でもあり魔術師でもあるのに、後衛たる自分を守る前衛職である戦士は命綱といって良い。
最も危険と隣り合わせな彼らは、スライム相手では為す術も無い。なのに放置すれば犠牲が出る可能性があるのがこのスライムという魔物だ。
戦士の多くは肉体労働であり、探索とかも請け負う事の多い職業である。もし、そういう仕事を引き受けてこのスライムと遭遇したら――後はお察し。冗談抜きにお断り願いたい事態になるだろう。
「何気に、戦士職は死亡率が高いからなぁ。」
錬金術師というのは医療にも携わる職業である。俺の店は特に回復薬を専門としていたのもあってか、彼らとの関わり合いが深かった。
そんな彼らが殺される可能性を放置して、ここで見逃すなんて選択肢をするなんてまさしく有り得ないだろう。スライムというのは、魔法攻撃が効果あるのならば、余裕のある場合は魔法使いや魔術師が倒したほうがいいのだから、当然だ。
だって、戦士系が相手にしたらマジで何も出来ずに殺されかねないんだからな。魔法を使える奴が駆除すべきだろう?少なくとも俺はそう思ってる。
「対処しきれないってわけでもないし、討伐しておくか――ってことで、喰らいやがれ!【凍結】!」
そうして使った魔法がこれ。凍結とはその名の通り、物質を凍らせる氷魔法である。本来は食べ物の冷凍や氷の作成に使われる他、薬草等を凍らせてから粉末にする為にも用いられる便利魔法だった。
ただ、それ故に錬金術師として働いてきた俺からすれば、最も使い慣れた水魔法の次には使用頻度の高い魔法だと言えるだろう。広範囲だろうと極点照射だろうと今じゃお手の物だ。
「よしよし、上手くいったな。」
そうして、放たれた魔法により、あっさりとスライムだったものが霜の下りた固形へと成り果てて、その動きを止めていた。
コロンコロンと転がったそれを近くで拾った枝でツンツンと突付く。
もう動く様子も無ければ、溶け出しそうな気配も無い。カッチカチに固まってて中まで凍りついているようだ。スライムの氷漬け一丁上がりである。
「幸いかな、コレは俺の敵じゃなかったようだ。」
実際、スライムくらいなら俺でも対処が可能だ。うん、割とマジでそうなのである。
しかし、これが動きの素早い肉食獣とかだと、今度は途端に対処し難くくなる。当てる為だけに広範囲が凍りつく事になるんだ。動く的というのは、それくらい当て辛い。
だからと言って、行動範囲を狭めるのに有効だからと、間違っても火は使いたくなかった。そんな事をしたら一気に火事になって自分が死ねるだろう。森の中には燃えやすい木というのもあり、それが燃えだすと他まで引火ちしまう。結果、自分も揃って丸焼けだ。
「自分を上手に焼けましたーはしたくないからな。スライムで良かったよ。」
この程度の魔物なら俺でもなんとかなるっぽい。ならば、このまま先を進んでいけるだろう。とりあえず、こいつらの生息域を突っ切るのが一番安全だ、多分。
悲しいのは、今更スライムに利用価値なんて無い事だな。ましてや、肉食で血の色に染まったスライムとか、ブラッディー・スライムでほぼ確定なんだ。こんなの、突然変異だろうがなんだろうが、研究材料にもなりはしない。
こいつらは獲物を溶かしてから喰らう性質があるので、素材としても全く使えないのである。何処の誰がいろんな血が混ざってるスライムを欲しがるというのか。そんなのがいたら、合成獣作りに取り憑かれたマッドサイエンティストくらいだ。そしてそれは違法であるし協力してしまったら犯罪の共犯者になる。
故に、俺からすればスライムはただの害獣。倒すにしても、取り付かれるまでが勝負でしかない。
「遠距離攻撃さえ無ければ、大抵は何とかなるなる。」
無駄に固いとか動きが速いとかじゃなければ、近接系の魔物は魔術が使える俺の敵ではないというのが本音である。
まぁ、スライムからすれば、相手が剣士なんかじゃないという時点で不利だろう。それはもう、可哀想なくらいに勝負が分かりきっている戦いとなるのだから当然だ。
「出来ればこういうスライムだけ――いやいや、ブラッディー・スライムオンリーとかだと嬉しいなぁ。」
そんな楽観的希望を口にしつつ、森の中を川沿いに、上流へ向けて更に進む。
ただ、
「――多いな。」
昨日とは違い何故かどんどん遭遇するブラッディー・スライム。
群れと言える程の数は、巣にしても異様に遭遇頻度が高いように感じる。
「【凍結】。【凍結】。もいっちょ【凍結】――。」
それらを全部氷漬けにしながら、俺はようやく森を抜けて草原へと辿り着く事となるのだが、その事へは当分、気付いていなかった。
主人公の攻撃手段は主に氷属性です。他の属性も使えますが、一番確実に効果を期待出来るのは氷でしょう。何せ使い慣れてますので、誤発動もありません。
一番得意な水は単体の攻撃には向いていませんので、一定の条件が揃わないと使う事もありません。環境をぶち壊した挙げ句丸ごと全部押し流してしまいますから。
環境にも配慮する錬金術師である彼では、まず用いる事は今後も無いかと思われます。




