067 その錬金術師は第二王妃に使われる
クッション(?)回。
次回に断罪の場面が出るので、苦手な方は飛ばして下さい。
その次に庭師(♂)とのキャッキャウフフ(植物談義)が始まります(ほのぼのはこっち)。
凍り付いていた王城だったが、今やその頃が懐かしく思われるくらいには暑い。
季節は夏。蝉の声が煩いくらいに合唱しており、時折、吹き抜けて行く風が木の葉を揺らすも、余り涼しさは感じられない。それどころか、じんわりとした汗が浮かんでくるような暑さだ。
そんな暑い風に目を細めて、さざめく音色を背景にしながらも、俺に現状を楽しむ余裕等なんて無い。
東屋に引きずり込まれて現在進行系で作業をさせられているからだ。
何をしているかといえば、どうしてだか氷の大量生産である。
――いや、何でかは分かる。分かるんだけども、解せないんだよ、この状況はっ。
「涼しいですわぁ。」
「本当ですわね。」
「氷菓もまた美味しゅうございます事。」
そんな俺を他所にして、扇で口元を隠しながらも楽しげに談笑しているのは女性達だ。
何の事は無い、やり過ぎたが故の弊害をこうして緩和させようという王の計らいが、今の状況である。
その為だけに、王城の庭はガーデンティーパーティーの真っ最中だった。
そこを歩き回るのは、色とりどりの薄い生地で作られたドレス姿の女性達。
口々に言葉を交わす彼女達が数としては多いが、よく見ればちらほらと男性の姿も混ざって見えている。
それを眺めつつも作業する俺はといえば、笑みを張り付けたままで長時間氷の製造を行っている。命令なんだぜ?これ。
――理不尽過ぎるだろう。
「如何ですか?調子の程は。」
内心で不満タラタラに作業していれば、音も無くやって来た元凶その1が声を掛けてきた。
誰かと言えば、第二王妃から繰り上がったばかりの女性であり、北にあるという小国出身の姫君様だ。つい最近では、正妃となった御方でもある。
何の事は無い、今回の主催者その人だった。
俺はそんな主催者様にこき使われている状況で、王の命令(元凶その2)で今はここに居るわけである。
「評判は上々ですね――なので、そろそろ解放していただけません?」
「なりません。」
きっぱりはっきりと仰る正妃様。
バッサリ切りやがったよ、この人。鬼か!?チクショウ!
「……。」
「これは罰ですもの。しっかりと働きなさい。」
「ハーイ。」
「返事は伸ばさなくて結構ですのよ?」
「ハイ。」
一応はこの人、お姫様のはずである。その見た目はとにかくとして、影が薄いのが大問題だった。
どのくらい薄いかというと、存在感そのものが薄すぎて、下手したら居るのに気付かないくらいなのだ。
そんな隠密にとても長けていらっしゃる方なんだが、だからって気付かないと怒られる。それはそれは、とても理不尽な事に、だ。
(面倒だ、マジで面倒だ……。)
そう思ってしまうのは、この女性、見た目はともかくとして俺が凄く苦手な人種だからである。
どういう事かと言うと、今行われているこのパーティーに巻き込んだ際に、物理的に従わされたからだよ。
そう、冗談抜きに『物理的に』だ。
正直言ってめっちゃ怖い。怖すぎて笑顔が引きつるくらい怖い。
だから、
「盛況ですのよ?ですから『とても』嬉しゅうございましょう?」
「ア、ハイ、ソーデスネ。」
こんな含みのある言い方されても、従うしかないわけである。
中身はアレである。見事なまでの毒舌家である。
下手な事を言おうものなら、こちらの精神がグサグサ来るような事を羅列して下さる。それはもう、言動共に怖い方なのだ。
(いや、もう本当、勘弁してくれ――さっさと解放してくれよ。)
悲しきかな、氷菓の材料となっている氷は、純粋に俺の魔力によって生み出された物だけが使われている状況だ。つまり、飽きられない限りは逃げ出せるはずもない。
何せ、今の季節は夏だからな。氷なんて物が早々あるわけもない。
そんな俺が生み出した氷は、ただいま絶賛好評なんだよ!嬉しく無い事にさ!
だって暑いもんね、仕方無いねっ。冷たい物は確かに受け入れられるだろう、束の間、暑さを忘れられるだろうしさ!
(俺も食いたいんだけど!?)
それでもやるのは氷製造。食べてる暇なんて全くもって無い。
まず、水魔法で水を生み出します。
水の中から空気を抜いて整形します。
これを瞬間的に氷魔法で【凍結】させれば真四角な氷の完成だ。
ただ、無色透明な氷を作る為の条件がある。重要になるのは空気を入れない事と、凍らせるのを外側からではなく内側からにするか、端から順に行っていくか、である。
凍らせると水は体積が増える。なので、テキトーに外側からすると割れる可能性があるのだ。
最悪、作ってる最中に爆発するので悲惨な目に遭う。この辺りを理解して、水から氷への整形は気を使わないとならない。
そんな作業をひたすらに何度も繰り返して、最早氷製造機と化している俺。現時点でかなりの魔力を使い続けているんだが、魔力が枯渇する様子は無い。
以前なら既にぶっ倒れてるところなんだが――余裕なんだよな。仮死状態からの復活によって、マジで化物レベルの魔力を得てしまっているらしい。
だからってそろそろこの状況からは解放して欲しい。大抵の者なら、そう思うのも当然だろう。精神的にこの状況は辛いんだよ!
何せ、このパーティー、既に開始してから一時間が以上が経っている。遅れてやって来る者が居るとはいえ、いい加減に解放して欲しい。マジで。
(面倒、ひたすらに面倒だ。)
楽しくも何ともないこの作業が、修行と言うよりも苦行としか思えない。てか、時間の無駄って感じもひしひしとするんだよな。
そんな俺の前から、ただただ運ばれて行く氷達。それらは別の場所にて細かく削られ、上から果物で作られたシロップをかけられ、出来上がったそれは氷菓と呼ばれる氷菓子として人々の手へと渡っていく。
手にした人達は概ね満足げな様子。笑みを浮かべて、色とりどりなそれを楽しんでいらっしゃる。
それ眺める現状にある中で、俺も食いたいなぁなんてちょっと現実逃避するくらい、いいだろ?
だって、この後にはメインイベントが残されているのだ。それに出席が決まってる俺なんて、最早逃亡すら許されていない現状である。少しくらいは休ませて欲しいよ……。
(それに、この王妃様、めっちゃ怖いしっ。)
大体にして、今も横にいらっしゃる正妃様、完全な俺の監視役である。逃亡を阻止する為だけに、王から派遣されてるようなものだ。酷いったらない。
何せ、ドレスを着ていようがバリッバリの戦闘系でいらっしゃるんだからな。それはそれは、俺の中では最早揺るがない事実として刻み込まれている事である。
自ら剣を持ち、弓まで扱いこなす戦闘民族の中でも特に腕が立つというんだからおかしい。おかしい上に、しかもそれが、俺との相性が最悪だったっていう。
――マジで辛いわ。
(怖い、めっちゃ怖いよ、この人っ。)
そんな人物がニッコリと笑って見せても、むしろ睨まれてる気がして非常に怖いっつーの。
もう、マジで逃げ出したい。蛇に睨まれた蛙状態だ。
そもそもとして、水や氷を扱う魔法使いや魔術師にとって何が相手し辛いかって、同じ遠距離攻撃持ちなんだよ。
その中でも、物理系の遠距離攻撃手段と近接攻撃を併せ持つ相手には滅法弱い。その滅法弱い相手が、まさかのこの正妃様だったんだ。
何で知ってるかって?
――兵士との追いかけっこの中に突然乱入してきたんだよ、この人。
魔法や魔術には発動までのタイムラグがあるというのに、ガンガン矢を放ってきてくれたんだ。しかも速射でさ。
弓矢は構えてさえあれば何時でも発射が出来る。この辺りで既にハンデが存在しているのだが、そこに速射まで加わるともう一方的な戦況になる。
中でもクロス・ボウの類は堪ったものじゃないんだよ。威力も速度も生身では避けきれないから。そのせいで何度死にかけた事かっ。
(かといって、水も氷も防ぐのには向かないしなぁ。)
俺が持つ属性の欠点。それが、攻撃を防いだり躱したりするのに全くもって向かないって点だろう。
それを補う為に、仮に肉弾戦に持ち込んだとしても、魔法使いや魔術師の類は元々近接は余り得意ではない。そして、それは俺も同様だ。
この為に、相手に武術の心得が多少あるというだけでも、物凄く不利になる事が多いんだ。
その不利な条件をよりにもよって正妃様がとてもお得意でいらっしゃるというね!
(いくら氷魔術が得意でも、苦手な相手だと手も足も出ないんだよなぁ。)
故の氷製造機である。
ガチで武装派のお姫様は容赦がありませんでした。
――うん、睨みをきかされて、隠し通路で鬼ごっこになったのは若干トラウマだな。
何せ、彼女が産んだばかりの王子をほんの僅かではあるものの、危険に晒した為に睨まれたのだからどうしようもない。
殺る気で追い回された。あれは非常に怖かったし殺されるかと思った。
詳しく言うならば、元王女に隠し通路へと押し込まれて、その内部を凍結させたあの時の事件が原因である。
あれで急激な冷え込みと、その直後に暖めた熱で件の王子が体調を崩したらしく、第二王妃が武装して地下通路にまで乗り込んで来る事になった。
尚、ガチで追われた俺は早々に降参したとも。そのくらいにはこの女性には逆らえないし、理由も納得が行くものだったので、全力で土下座させて頂いた。
それをお遊び気分で追ってきた王と王弟に見られて、あっさりと捕獲されたのは余談である。
更に余談として、暗殺しようとした元公爵家とその腰巾着共を排除したのは、つい最近の事だった。
「――さぁ、そろそろ出番のようですわ。」
「お知らせ頂き、有難うございます。」
とにもかくにも、この女性へ俺が逆らうという選択肢は取れない。ガチで。
もしそんな選択肢を取ろうものなら――取ったその時点で夜叉に変わられるので、俺としては穏便に事を済ませるだけだ。
誰だって怒り狂って武器振り回してくるような相手の機嫌を損ねたりはしたくないのである。
「では、確りと、あの者達へトドメをさして来て下さいませね?」
「ハイ――。」
彼女の言う『あの者達』とは、元第一王妃だった元公爵令嬢と、その娘で元王女である幼女の二人である。
未だ元王女が『元』である事は知られていないものの、それも今日で暴かれる。お集まりの人々はその為の証人の付き添いとかだ。
その付き添いの方々のお持て成し側として配備される――これをこき使われるといわずして何と言うのか。
「失敗しましたら――許しませんからね。」
ただ、凄まれたその顔に、
「分かってます、分かってますからっ。」
と言いながらも退散するしかない俺。
ガチで怖いんだよ、この人。
微笑んでるのに全然目が笑って無いんだ!それどころか据わってらっしゃるからな!?
(下手打ったら殺されるっ。)
そんな思いを胸に抱えつつ、俺は新たな舞台となる会場へと足を運ぶしか無いのだった。
主人公<正妃(元第二王妃)という構図。
実は兵との追いかけっこに混ざる正妃様、兵士達にすらビビられていたという余談があったりなかったり。
尚、正妃の出身である国は『力こそ全て』というお国柄。強くなかったら王族だろうと余裕で寝首掻きにきます。ヤバイです。
2018/11/14 ご指摘いただいた脱字の修正をしました。




