066 その錬金術師は生まれ持った性に戻る
恩赦?知らない単語ですね(すっとぼけ
上に着ていただけの白黒の侍女服は脱ぎ捨てて、目に嵌めていたカラーコンタクトと呼ばれる瞳の色を変える魔道具を外し、専用の容器へ入れて洗浄する。
鬱陶しい髪は一つに纏めたら片側に垂らして放置だ。脱色したせいで真っ白になっているものの、こればかりはどうにもならないだろう。当分、生え変わるまではずっとこのままになる。
靴も履き替えて男物へと戻し、暖かいどころか暑さを感じる程になった城内に合わせた夏用の装いへと戻す。
勿論、着替えた服で下に履いているのはズボンだ。決して、スカートでは無い。大事な事なのでもう一度言う、ス カ ー ト で は 無 い 。
その下の下着も女物から男物へととっくに変更済みで、ここまでくれば――まぁ、何をしているか分かる事だろう。
「いざ、戻りの時っ。」
そうして取り出したるは、怪しげな薬瓶。微妙に光沢のあるパールピンクな液体だが、それを一気に飲み干す!
「ううええええ、激マズ……。」
飲み干した液体の正体は性転換薬である。その名の通りに、性別を変更する為の魔法の薬だ。
これを飲んだ事で、一度女になっていた自分の身体を男へと戻すんだが――それに伴い、全身には火照るなんてレベルじゃない熱が一気に生まれる。
更には一部が痛む事痛む事。その激痛で、思わず床の上を転げ回った。
「アダダダダダダッ。」
主に痛いのは股間だ。男にとっては特に大事な部分である。もう、そこがむっちゃ痛い。痛すぎて辛い。
何せ今まさに生え直そうとしてるんだから当然だ。女になる際には逆に無くなった為にこちらもまた痛かったのだが、幸いかな、その時よりはまだマシである。
ただそれでもその痛みは尋常じゃ無く――板張りの床の上を何度も転げ回って行った。
「痛いなぁ、もう――マジでコレはヤバイわ……。」
大凡数分後。
床の上で伸びたままに、グッタリとして動けない俺が居たのは言うまでも無い。
それくらいは男にとっては急所となる部分なのだ。痛いのは当然、意識を手放さない方が不思議ってくらいには辛い変化である。
「はぁ――。」
溜息を一つ、疲労感と虚脱感に見舞われながらも、床に頬を押し付ける。
冷たさはすぐに失われていくものの、体中に発生した熱を逃がすには十分に役に立つ。あと、痛みは引いても一ヶ月で慣れつつあった感覚に、元に戻った事で股間への違和感を覚えた。
まぁ、無くなってしまった事でへし折れそうになっていた男としての尊厳が戻ってきたので、その違和感に嫌悪感など沸くはずもない。むしろ喜びが湧き上がってくるくらいだ。おかえりなさい、俺のムスコ。
(無くなるのがあそこまでショックだとは思わんかった。気絶するくらい痛いのもヤバイが、それ以上に無くなった時の喪失感は危険過ぎる。)
尚、そんな俺を見て王様は笑い転げたという……。
あの人本当に性格悪いよな!?
(これでもう笑われない。笑われる事は、もう、無いはず……。)
そのまま、転がり続けて熱の放出と体力の回復を待ちつつ思考を巡らせる。
思い起こすのはこの一月程の間にあったドタバタだ。
この広い城の中は、正直言って王弟が治めている領地の城よりも心休まらなかった。
何せ、客人として招かれておきながら暗殺されそうになったのだ。
その後には秘密の通路で兵士達と鬼ごっこである。
逃げ回っていたら、まさかの第二王妃様とコンニチワだぜ?しかも、そのまま出合い頭に背負投げされてパニックになったっつーの。格好もヤバかったし、思わず逃げ出したわ。
そこから先は王の企みに巻き込まれて王女の側使えにされたり、邪魔な奴らの排除に手を貸したり、トチ狂ってベッドに押し倒そうとした野郎共を氷像にしたりと大忙しだった。
(何で、こうも面倒事に巻き込まれてるかなぁ?)
一応俺、賓客って扱いだったよね?何でこんな利用されてんの?マジでおかしくない??
(酷くね?いや、マジでこの状況って、酷くね?)
殺そうとしてきた連中の返り討ちを狙ってたはずが、事は大きくなり過ぎて最早俺の理解の範疇を超えてる。
国を揺るがす事態にまでなっているようなので、何だかなぁという感じだ。
(しかもまだ問題が控えてるっていう。)
第一王妃の生んだ王女、現国王の血が入っていなかった。
やっぱりというかなんというか、これは色々と揉める話である。
王族と偽れば当然極刑ものだ。バレたら処刑台コース一直線だ。これは子供でも分かる事なので、元王女が謀るって線は薄いだろう。
何せ八歳だしな。加えて、あのオツムだ。我儘っぷりを間近で観察したから分かるが、あれは演技とは思えないし、素の言動だったと思う。まず間違いなく、当人は自分が王女だと思っていたはずだ。
(でなければ、あれだけ我儘放題に好き勝手出来ないだろうからな。)
何よりも、不用意に口にしてしまいかねないお子様が知ってる事情だとは、到底考えられない事なんだよ。
背後で仕組んだ者だって、事が漏れる可能性のある子供になんて普通は教えないだろう。下手すれば芋蔓式だからな。知らせるのは危険過ぎる。
となれば当然、父親は誰かって話になるんだが――これは、元第一王妃の浮気が疑われる事なので、そこから情報を引きずり出すしか無いだろう。
何せ、元公爵は既に処刑済みだ。後知っていそうなのは彼女以外だと側使えだった者達くらいである。人数が多すぎるし、絞り込むまでも時間がかかるはずだ。
(やっぱり面倒……。)
王からの依頼とはいえ、確実に俺厄介事に巻き込まれてる。
さて、親子間での血の繋がりがあるかどうかだが、調べるには両親とその子供の遺伝子から調べ上げる事が出来る。
材料は毛根がついてる髪の毛、あるいは血液か。口の中に綿棒突っ込んで細胞を採取してもいいな。
子供は親の遺伝子を半分ずつ必ず受け継いで生まれてくるので、三人の遺伝子を見比べれば一目瞭然になる。
何せ、子供は両親の『平均値』となるはずだからな。その『値』から大きく外れれば、血縁からさえも外れるって事になる。
そもそも王女はこの『平均値』が大きく外れていたので、王と元第一王妃との間の子としては到底認められない。
更には元第一王妃が産んだ子であるのは明確なので、今回の場合だと『父親である王との血の繋がりだけが認められない』わけである。
まさしくお先真っ暗な元公爵家。
事は、親族に至るまで波及し、悪影響として長い事続く事になるだろう。
(まぁ、そこは俺の知った事では無いが。)
しかし、
(元王女の父親って、誰かねぇ?)
元公爵の腐りっぷりは相当だったようなので、実の娘に手を出すとかも、もしかしたらあったのかもしれない。
例えば、睡眠薬を盛られて意識を失ったりした間に、種を仕込んだりとか。
――いやいや、そこまで外道じゃないのを祈る。
(まぁ、何にしろ俺にはもう関係無いか。)
後はこの調査結果を王に報告して、元第一王妃と、元王女へ伝えたら、城内での騒ぎも一段落といったところになるだろう。
元公爵家の嫡男に関しては、当人の望みもあったらしく安楽死が既に与えられてる。
今度生まれ変わる事があったら、是非今回の事を反省に生かしてまっとうな人生を歩んで欲しいもんだ。
血の繋がりの有無はどうしようかと思いましたが、流れ的にはこっちの方が説得力もあるだろうって事でこちらにしました。
性転換薬についてはMMOではたまに見かけるアイテムですね。薄い本等でも出てくる事があります。←
しかし、実際に使うとしたらこういう描写があっても不思議では無いと思って書いて見ました。男性だと失神くらいしそうだなぁなんて思って。
2010/10/21 加筆修正を加えました。今後の話の予防線として、元公爵家関係者についての文章を追加挿入しました。
当作品のファンタジー=優しいグリム童話では無いので、この点にだけはご注意下さい。
残虐な描写(本当は残酷なグリム童話)が含まれるシーンは閑話の方に出ます。それ以外は比較的軽めの表現ですが、『処刑』という文字くらいは普通に出てきます。人間でも盗賊くらいならバタバタ死にます。
この為、人が亡くなる事そのものが耐えられないという方は当作品は不向きです。重ねて、ご注意下さい。




