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065 閑話 その錬金術師は痕を残す④

※この閑話まで、直接的な人死にがあります。

 苦手な方は飛ばしてお読み下さい。


 朝早くから謁見の間へと正式に呼び出されたのは、四人の人間だった。

 ここ一月の間に起きた出来事へ、最早表情を取り繕う事も出来ずに不安を隠そうともしていない彼らは、しかしそれでも現状を正確に把握出来ていない。

 それを眺める国の最高権力者たる王は、冷え切った眼差しを向けて玉座へと腰掛けていた。


 その場に佇んでいるのは三人で、呼び出した人数とは数が合わない。

 それに溜息を吐き出すも――王が来る前に一人が逃亡したという知らせはあった為に、急遽別のところで捕縛作戦が行われているのを知っていた。

 多少予定が狂っているが、どうせ連行されてくるのだからと判断して本題へと入っていく。


「一人足りぬが、呼ばれた理由は勿論分かっておるな?」


 王の言葉に、固く口を引き結んで何も言わない三人。

 言えば言う程に、現状は追い詰められるから当然だろう。

 そんな彼らは、現公爵家当主と、第一王妃の位を持つ女性、そして、その実の娘たる第一王女だった。


 いずれも憔悴しきっており、この一ヶ月の間に城で起きた諸々は、かなり彼らを追い詰めたらしい。


 まず、公爵家を中心とした第一王妃派と呼ばれる者達の相次ぐ失脚と変死事件。

 それが起こる度に何度も重要参考人として呼ばれ、尋問を受けた公爵は、内も外も評価はもとより、家だってボロボロだった。


 現当主がそんな感じである上、その娘と孫娘の立場である王妃と王女も、非常に危ういところにある。

 特に、孫娘である王女は、王がわざわざ招いた客人を危険に晒したとして、一時的な謹慎処分が長く下されていた程だった。

 王女の良からぬ行動が判明する際等、大臣の位を持っている現公爵家当主による指示があった事がバレており、祖父と孫の間で長い事言い争いになっている。

 これには末代までの『王家の恥』だとして貴族の間では広く広まってしまっている事態だ。

 そこに加えて、王の客人を勝手に呼び出し、危険に晒すような王女に育て上げたとして、母親である第一王妃への咎める声も大きく上がってきている。


 取り潰されないのが不思議と言うよりも、彼らに関わった者が尽く不幸に見舞われている中、五体満足で居る事へ最早疑惑の目が集まっている状況。

 その現状は、彼らにとっては最悪でしか無いだろう。


「何も答えぬか――。」


 故にか、誰もが口を開かない。


 大体、王の客を殺そうとして失敗した挙げ句、その事も早くに露見してしまっている。

 更には、姿を眩ませた被害者であるその客人から、おそらくはずっと、命を付け狙われ続けている状況だ。

 じわじわと外堀からも攻撃されており、手駒としていた者達を失って動く事すらままならない。

 それでも事は更なる広がりを見せており――それに後手後手の対応を続けていた彼らには、最早次の一手なんてものは無いだろう。


「仕方が無い。次の本題といこう。」


 そんな三人を眺めながら、王はタイミングを計って口を開く。


「――行方の知れなかった客人だが、今朝方保護されたぞ。」

「「!?」」

「お前達にとっては、都合の悪い事だろうがな。」

「そ、れは――。」


 今まで黙り込んでいた三人だったが、件の『行方不明』だった『客人』が見つかったという発言があってからは別だった。

 何せ、その人物こそ殺そうとして失敗してしまった者だ。自業自得であるのだが、彼らから見たら元凶だと思い込みたい相手であるらしい。

 故に、勝手に不満を膨らませて、非難を次々に口にしていった。


「今更そんな話をしてどうするの!?さっさと捨てればいいじゃない!」

「その者が元凶なのでしょう?今直ぐにでも始末するべきです。」

「現状は危険であると認識しておりますぞ。陛下には、早い解決を望みます。」


 それは、次に凍るのは誰になるのかと――ただただ怯えて口にしているだけだろう。


 本音は、怖いのだ。


 何せ、氷像と化した騎士も、地下で死んでいた暗殺者も、手を出したのは件の客人で間違いが無い。

 その後も続々と死者や怪我人が出ており、しかも第一王妃派の者ばかりなのだから、彼らが内心で怯えるのも当然の事だっただろう。


 とは言え、騎士と暗殺者はともかく、他は客人とは何ら接点が無く、顔も知らないはずの者まで含まれている。

 動機も生まれない相手であるはずにも関わらず、それらの因果関係は普通は知らないはずだ。故に、結びつけるのは些か無理があると思うのが常識だろうか。

 しかし、そういった矛盾に彼らは気付けていない。結局は、その事へ思考が及ぶ事は無かった。


 何せ、それ程までに、思考能力が低下していたのである。

 この為に、


「少し、黙りません?」

「――っ。」


 突然に這い寄ってきた冷気にも、遅れて気付く事となったのだった。





 それは、あっと言う間の出来事だった。


 氷の世界。

 純白の中に薄青の氷が美しく、幻想的な光景を広げた冷たい空間。

 氷の薔薇がそこかしこで咲き誇り、幾つもの茨の鞭を伸ばして、その鋭い切っ先を覗かせている。

 出入り口となる扉には、その茨の棘が触れる者を拒むようにして切っ先を向けていた。もし、不用心に触れれば、容易くその身を切り刻む事だろう。

 例え氷で出来ていても、その鋭さは侮れないものがあり、固く尖っていて見るからに危ない。


「な、な、な――。」


 そんな、シンシンと冷え込んだ謁見の間には、今まで以上に寒い冷気が漂っていた。

 そこでは、多くの者が身動きすら阻害されて、震えだす程の極寒の地だ。

 特に、甲冑を身に着けていた騎士達は、まともに動く事すら出来ないままに、金属の擦れる音を小刻みに出している。

 これでは、腰に佩いた剣等抜けるはずもなく、揃って震えるばかりだろう。


「ああ、悪いね。少しだけ、そのままでいてくれ。」

「ゆ、許して下さい――。」


 そんな中を冷気を従えて入ってきた人物の手には、この招集を聞いた直後に、城を抜け出そうとしていた者の姿があった。

 しかし、逃亡叶わずに連れて来られたその人物は引きずられ、あちこちに擦り傷を作りながらも地面の上を擦って運ばれて来る。

 そんな身体の一部には、凍り付いたままに手足の自由を奪う、大きな氷。それは、逃亡防止にしてもかなり過剰な措置である。


「うん、逃げようとしてたから、捕まえて来たよ。これで、主役は一応揃ったかな?」


 四人の内の最後の一人。逃亡を企てた人物は、冷たい氷の床の上を滑るようにして、血の繋がった家族の下へと辿り着く。

 その姿は、満身創痍だろうか。

 巻き付いた氷の茨が肌に食い込んで、血を滴らせている。だが、血が滴り落ちていく前に冷えて固まるくらいには、現状はとても冷え込んでいて流れる傍から固まっていっていた。

 青いローブはボロボロになっており、ところどころに降りた白い霜が、彼の見た目を白っぽく見せていて見るからに寒々しい。

 長い事その状態なのか、顔は引きつっていて涙さえ凍ってしまっている。元は傲慢だっただろう性質は鳴りを潜めており、その顔にはただ怯えだけが浮かんでいた。


「な――っ。」

「兄上!?」


 それを見て、血の繋がる家族である者達が、一気に顔を青褪めて顔を引きつらせる。


 何せ、遅まきながらに身の危険に気付いたからだ。


 ――否、そうせざるを得なかった、というべきだろうか。

 何せ、ここに至るまでにも、散々冷気に晒されてきている。勿論、何故そうなったのかも、もう言い逃れも出来ない状況だ。

 そこに加えて、生存すら難しそうな程の冷気に晒され続けて、血の繋がる者の変わり果てた様子を見てしまった事で、彼らは自分達の末路を悟ったらしい。

 揃って、血の気を失っていった。


「あ、ぁ、あ――。」


 そんな三人の元へと、乱雑に放り込まれてきた顔を良く見れば、何も言わずとも、その場に居合わせた三人と良く似ていると誰もが気付く。

 可哀想なのは、とばっちりを受けて蹲る騎士達だ。後は、この断罪の場を整え、見届ける必要がある王その人に、付き添いで立つ王弟だろうか。

 しかし、誰も乱入者を止める者は居ない。


 何せ、その乱入してきた者こそ、件の客人だからだ。


 閉まった扉ごと室内を凍り付かせ、佇む白髪の麗人。

 その周囲では、凍てつく氷の破片が幾つも浮かんでは、危険過ぎる音を奏でていた。もしも近付こうものなら――ずたずたに切り裂かれるか、あるいは氷像へと変えられてしまうだろう。

 そんな人物はこの極寒の中で、唯一人問題無いと言いたげに壮絶なまでの笑みを浮かべていた。


「ああ、死にたくなかったら、大人しくしておいた方がいいですからね。これ、見た目よりも冷たいですし、人間なんてすぐに凍り付きますから。」


 これと指したのは、周囲を飛び交うようにして鋭い音を立てて動いている氷の破片だ。

 群れとなっているそれが直ぐ近くまで飛んで来た事へ、王女から引きつった悲鳴が上がった。


「きゃ!?な、なんであんたが――っ。」

「え?それを貴方が言います?」


 王女の言葉に小首を傾げて、笑みを引っ込めながらも、現状を支配している客人が、周囲を見渡して「えー?」と苦笑いを浮かべてクツクツと喉を鳴らす。

 余裕のある様子で確認の為に視線が向けられた先は、王と王弟の居場所。彼らは玉座のある上段に居る。そこまで辿り着けるだけの者は、現状では居ないと見て良いだろう。

 何せ、王を護るべき騎士達が行動不能に陥っているのだ。この為に辿り着ける者は一人として居ない。

 ただ、これは致し方ない措置である。


 何せ、彼らが公爵家の手の者である可能性が高いからだ。


 そのせいで、現状では騎士になってる者の多くは信用が出来ないでいる。王を護るはずの騎士が、あろう事か剣を向け兼ねないのだ。

 最悪、後先無くなって最後の手段を講じようとする可能性だってあるだろう。それを潰す為にも、事前に騎士達には動きを停止してもらわざるを得ず、このような極寒の地獄が広がる事になってしまっていた。

 その事を事前に知らされていた王と王弟だが、何時も以上に着込んでいても顔色が悪いところを見るに、見込みが甘かったのか、寒さを感じてしまっている様子だ。

 それを何の感情も浮かばないのか、無表情になった顔で、乱入してきた客人は口を開いた。


「まぁ、暗殺しようとしてきたんですから当然でしょう?もしかして、頭沸いてるんですか?」

「な、何を突然わけのわからない事を言っているのです!?」

「不敬だぞ!侍女の分際で!」

「不敬?ああ――。」


 冷気を従えて入ってきた客人だったが、その姿は現在は『白髪の背が高い侍女』である。

 その身に着けられているのは、黒と白のツートンカラーであるエプロンドレスで、城の中では見慣れた姿だ。

 ただ、下にはズボンが履かれており、何時もは纏められていた髪も全て下ろしてあった。

 それでも、彼女が王女の側仕えとしてここ最近働いていた者で間違いは無いだろう。


「この格好が原因ですか。実は、変装させていただいておりました。本当の名をルークと申します。」


 よろしくはしたくないので、握手などは結構ですよ――と侍女服のスカート部分を摘まずに、男性的な礼を一つしてみせる白い麗人。

 そうして客人であり侍女として働いていた『彼』は、口の端を再び吊り上げると再び笑みを浮かべてみせた。


「身を護る為にも、行方不明という事にして、しばらく潜伏させていただいたんです。どうです?この格好、似合っています?」

「お、お前は女だったはずだぞ!?」

「ええ、そうですね。ただ――。」


 朗らかな笑みを浮かべたままで、予想だにしていなかった言葉を口にした。

 大凡、この時代には考えられない事だった。


「性転換薬を飲みましたからね。男から女に変わって皆さんの前に姿を現していましたよ、ずぅっと。それも、陛下の命令でね。」

「は?」


 理解がまだ及ばないのか、先に謁見の間に居た三人が、揃ってポカンとした表情を浮かべる。

 運び込まれた者だけが、ジワジワと死へと向かう恐怖に慄き、ガチガチと歯の根の合わない様子で歯を鳴らしていた。

 そんな中で、クスクスと笑って暴露していく客人に、王も王弟も口を挟まない。完全に、予定調和だった。


「ですが、今はまた飲み直して男に戻っていますので、今は男です。勿論、男なのが本来の性別ですよ。」


 ニッコリと、ある意味残酷なまでの事実を告げる女装姿の『男』。

 その裏に真っ先に気付いたのは、王妃だった。


「それ、じゃ……。」

「ええ、王女様は女の振りをした男に着替えから入浴まで全部任せていたって事ですねぇ。」


 淑女としてはあるまじき事。

 この事が広まれば、王女としては勿論、女性としても致命的な傷になる。

 それを分かった上で命じた実の父親であるはずの国王に、実行に移した女装姿の男。

 完全に、王女の未来は詰んでしまっていた。


「いやぁ、随分とはしたない事で。将来、大丈夫ですかぁ?」


 愉しげに、それこそ甚振るようにして告げられる言葉。

 理解した残りの者も、一瞬にして顔色を変えた。


「ふ、ふざけるなああああ!」

「嫌ああああああああああっ!?」

「な、なんて事を……。」


 大声を上げる公爵に、生理的嫌悪感から悲鳴を上げて後退る幼い王女、そして、顔を青褪めて口元を抑えた第一王妃。

 それを嘲笑って見せる相手は、まさしく悪魔のようだった。

 場違いな格好で佇みながらも、コロコロと笑って見せる。


「別に、私に幼女趣味はありませんけどね?しかし、それを知ったとして、外野がどう思うかなんて、それこそ人それぞれというものですし。」


 これから大変ですね、と同情心の欠片も無く言葉を投げかける。

 何せ、侍女だと思っていた者が男で、側に仕えていたのだ。

 しかも、王の推薦で働き始め、疑いを掛けられて尚、性別を確認された上で切り抜けられてしまっている。


 更にはその人物が、まさかの行方不明だった客人なのだ。

 白い侍女という姿は、その変装姿であり、彼女だった彼の事は城で働いている者の多くが知っている。

 それなのに、ここにきてのまさかの男だというカミングアウト。

 これはもう、政略結婚の道具となるはずの王族で、女の身では最悪の展開だろう。


「そ、そんな事、あるわけがないわっ。」


 故に、最後の抵抗を試みる。

 しかし、それに対する答えは非情だった。


「あるんですよねぇ、こうして、実際に。」


 侍女の服装のままに嗤ってみせている人物は、純白の髪を冷たい風に巻き上げられるままに、実に愉快そうに嘲笑っていた。


「先に申し上げると、私が件の『行方不明だった客人』だというのは、陛下が認めていらっしゃいますからね。今更それに異議を申し立てても、意味が無いですよ?あと、男なのも術に確認済みですから。」

「な、なら、貴様が、貴様がアイツなのか!?」

「ええ、だから、そうだと先程から言ってるでしょう?それよりももっと――建設的な『お話』をしましょうよ?」


 氷の暴虐によって場を支配し続ける姿は、まさに白い悪魔。

 美しくも、しかし残忍な笑みを浮かべているその姿は、空恐ろしいまでの冷たさを孕んでいる。

 向けられる感情は殺意だ。ただ、それだけのものしかない純粋な、殺害意欲だけ。

 しかし、それでも口を挟んだ小さな存在は、現状を正確には把握しきれていなかったらしい。


「わ、私は王女なのよ!?」


 だから自身には責は無いとばかりに――堂々と自らの身分でもってしてこの場を切り抜けようとする。

 それは、黄金の髪をした幼女だ。

 当然、その場に居合わせた全員の視線が向かう。


「ハッ。」


 しかし、今更、何を言うのかと問たげに向けられた視線に「ヒッ!?」と小さく悲鳴を上げると、彼女は母親の影へと隠れてしまった。


「その王女としての地位を悪用して、暗殺しようとしてきた奴が何を言ってるんですかねぇ?死ねとも言っていましたし、最早情状酌量の余地はありませんよ?」

「わ、悪いのは大臣である現公爵の父です!娘は騙されただけですわ!」

「な!?私は関係無いぞ!そこの馬鹿が勝手にやった事だ!」


 娘の援護にとしゃしゃり出て来た母親に、その母親から売られて噛み付く祖父。そんな祖父へと、孫娘まで混ざって場は収拾がつかなくなっていった。


「嘘よ!お祖父様がそうすれば、城が汚れずに済むって言ったんじゃない!」


 嘘つき呼ばわりして、更に噛み付く孫娘の王女だが、その姿は王妃のドレスの影に隠れたままである。

 この為に、被害者である相手の怒りを更に買った事など気付いてもいない。

 スゥッと、青紫色の瞳が更に冷たく、凍えた色へと転じていく。


「勝手な事を申すな!私はそのような事は言っておらん!」

「嘘つき!お祖父様の、嘘つき!」


 それを止めたのは、ゴォッと音を立てて巻き起こった寒風。

 齎された冷気と、その存在感によって、彼らは揃って息を詰めた。


「――うるさいなぁ。」


 続けて投げられた言葉は、苛立ちも露わな声。

 吐き捨てるように、淡々と告げられていく。


「それがどうしたって言うのです?」

「え?」

「だから、それがどうしたと言うのですかと、聞いているのです。」


 訊ねるのは、未だ純白の髪を靡かせている女装姿の男だ。

 苛立たしげに目を据わらせている彼は、救いようのない馬鹿だと言いたげに、はっきりと責任の所在を口に述べていった。


「暗殺を企てた公爵家当主に、手を化したその嫡男。更には、公爵の口車に乗って殺人を平然と犯そうとする王女なんて、それこそいらないでしょう?陛下、違いますか?」


 四人を間に挟んだままに問いかけられる言葉。

 それに、沈黙していた王の唇が確りと動き出した。


「そうだな。そんな娘等、私の血が入っているのかそもそもとして疑問だな――本当に、私の子なのか、それは?」

「だ、そうですよ?」

「「へ、陛下!?」」

「何で!?お父様!?」


 母親に外見が100%というくらいに似てしまっている王女に、父親の面影は何処にも無い。

 神経質そうなのも母親そっくりで、少なくとも王のような落ち着きは全くもって存在していなかった。

 それでも、王からの援護が来るどころか、切り捨てようとしているように思える言葉に慌てだした三人は、口々にこの場を切り抜けようとして言葉を並べようとする。

 その様子に白い息を吐き出しつつ、嘆息した王である彼は告げた。


「そもそも、私は第一王妃へは子種を仕込んだ記憶は無い。何せ、中に出した事が一度として無いからな。それなのに娘だと言われても、こちらは信じられるはずも無かろうて?」

「――は?」


 告げられた内容に、空気が固まるかのようにして、三人の周囲だけ時が静止したような硬直が起きていた。

 元々政略結婚だった第一王妃と王との婚姻。子供を作るのは王族としては当然の事だが、如何せん王の好みからは外れていたらしい。

 それでも寝所は共にした。それは義務だからだ。嫌々ながらもしていたと言う。


 しかし、共にしただけでは種は仕込めないのだ。


 ヤる事ヤらないとどうしようも無い話だろう。

 直前までは、王としても頑張ったものの、その先が続かない為に仕込みたくとも仕込めなかったらしい。

 下品な事を言えば――たないものはたないので、先にいけないのである。


「最初の頃は悩んだぞ?サイモンが口を挟んでくれなければ、それこそ一生気付けなかったかもしれん。」

「え?」

「私は平凡な容姿の女が好みらしい。所謂美女は好みから外れるのだよ。そこの第一王妃も同様だ。」

「ええ?」


 予想外の王の告白。

 固まっている三人に、更なる追い打ちがかかる。


「さ、断罪を始めるとしようか。」

「これ以上は時間の無駄ですし、騎士達も限界でしょうからね。」


 王女と第一王妃、そして公爵と嫡男へと、氷の破片が向けられる。

 全ては、身から出た錆を確りと認識させる為に。





 逃亡もこれ以上の発言も許さないとばかりに、突き付けられる氷の破片によって、三人の動きが止まる。

 勿論、連れて来られた嫡男とて同様の状況だ。もっとも、彼は大分前から動かなくなっていて久しいが。

 歯をガチガチと鳴らしているところを見るに、未だ生きてはいるようだが、そろそろ適切な処置を施すなりしなければ危険だろう。

 ――ただ、そう分かっていて尚、誰も助けようとはしないでいるが。


「まず、公爵家。」


 粛清である断罪の場は、粛々と進んでいく。

 彼らの全財産と領地は没収の上、貴族の席からは永久追放なのは確定事項だ。

 加えて、王位簒奪おういさんだつを企てた国賊こくぞくの疑いもあるとして、刑が軽いかに見えていた王妃の投獄が真っ先に決まった。


「わ、私は何も知りません!」

「では、そこにいる王女らしき存在は誰の子なのだ?」

「へ、陛下の子にございます!それは、それだけは間違いがありません!どうか、どうか信じて下さいまし。」

「では、後でそれも調べ上げるとしよう――丁度、それを調べる事の出来る者が招かれているからな。」

「え?」


 愕然とした第一王妃だったが、少なくとも結果が出るまでは幽閉扱いへと変わった。

 良いか悪いかと言えば、結果がどうあれ『既に決まっている事』なのだから、先延ばしになっただけと言える分、微妙だろうか。

 やって来た兵士によって引きずられて行く第一王妃を見届けて、しかし、誰も口を挟む事は無かった。


 未だ、公爵家に関わる者達は氷の切っ先が向けられたままなのだ。


 凍結していた謁見の間だけは、多少は元の姿を取り戻している。

 それは、最初から用意された舞台だからだろう、邪魔者等入る余地も無い。

 騎士達も極度の冷気に晒された為に、今では外へと連れ出されていて、誰一人として居なかった。

 その代わりに入ってきたのは、今まで虐げられてきた文官と、何かしら関係のある市井の者達。

 いずれもその瞳には冷たい色が湛えられており、憎悪や憤怒、蔑みが浮かんでいる。


「――わ、私は悪く無いもん。お祖父様が、そうしろって言ったんだもん。」


 そんな中で、幾分、勢いを失って口を開いたのは、幼い王女だった。

 涙を湛えているものの、それで情に流される程、一国の主は愚かでは無い。

 故に、その目に浮かんでいたのは、親愛の色でも無ければ同情でも無かった。

 例えこれが実の娘だと確信出来ていたとしても、それは変わらない事だっただろう。


「何?」


 そうして開かれた口から紡がれたのは、平素よりも低い声音。

 それに、王女はたじろいで突き付けられている氷の破片に刺さりかけた。


「わ、私は、私は――。」

「お前は、自身が何を成したかも分かっていないのか?」


 王の発言は重く、決めた事は早々覆せない。全ては治めている国に影響し、それは自らの地位のみならず、自身の生命に至るまで時に効果が及ぶからだ。

 それを重々理解していれば、幼子の言葉であろうと実子であろうと、国に悪影響を与えれば何一つとして許す事は出来ない事だろう。

 もしもそんな事をしてしまえば――悪しき前例として後の世に残してしまう事になる。

 最悪、そのせいで国が傾くかもしれないのだから、そのような愚かな前例等作れるはずも無かった。


「八歳にもなってその程度の知性か。」


 この為、王が王女へと向ける眼差しはどこまでも冷たい。

 あるのはただ、裁くべき罪人に向けるものだ。


「私がその位の年だった頃には、既に敵味方の区別くらいは叩き込まれていたぞ。お前は今まで一体何を学んでいたんだ?」

「だ、誰もそんなの教えてくれなかったもん!何時も遊んでいれば良いって言ってくれたもん!」

「教えてくれなかったのでは無く、お前が教わらないでいたのだろうが。遊んでいれば良いと言うのも、付けていた教師を尽くクビにし、勉学に励まず逃げ回っていたせいだろう。それを私が知らぬとでも思ったか?」

「わ、私は悪くない。悪くないぃ。」

「駄々を捏ねるな。事は国を揺るがす事態なのだ。そもそもとして、我が娘とは到底思えぬその思考回路、最早、王女としても相応しく無い。」

「お、お父様ぁ……。」

「――不愉快極まり無いな。」


 散々自分が悪く無いと騒ぐも、泣こうが喚こうが状況が変わるはずも無い。

 王族として生まれた時点で、国の汚点となる事は避けねばならないのだから、当然だろう。

 最初のきっかけしか関わっていなくとも、それを自ら成しておいて許される程、彼女の立場というのは決して甘くは無い。


「嫌あああああ!離してえええええ!」


 結局、幽閉ですらなく投獄が決まり、兵士の一人に抱えられて連れ出されていく。

 詳しい刑罰が決まるまで、彼女に関しては最初から牢屋入りが決まっていたので、これは予定通りの事だった。


「さて、次は公爵家嫡男。」


 王が次に裁くのは、公爵家の次期当主である嫡男。いては長子である。

 ビクリッと震えて未だ転がったままの男だったが、聞こえてきた声に、視線だけを彷徨わせて王の姿を見やる。

 その格好は、本来ならば不敬であろう。

 だがしかし、跪かせようにもその手足には重そうな氷の塊が嵌ってしまっている。

 それが邪魔になって、とてもではないが座る事すら難しそうで、周囲に浮かんでいる氷の切っ先もあって、誰も跪かせようとはしていなかった。


「ああああ、わわわ私、私ししししは――。」


 そんな彼は、何とか温情に縋ろうとしてか、口を開く。

 それを見た王は、顔色も変えずに嫡男へと告げていく。


「既に罰を受けているようにも見えるが、それは私の命に背いて逃亡を企てたからだからな。その分だけは不問としてやるが、他は許されぬぞ。」

「ももも申しわけけけけごごごごございぃまませせんんん。」


 未だ、身体の体温が上がらないのか、歯の根が合わない様子で吃る嫡男へ、王はそっと溜息を吐いた。


「公爵の指示に従って暗殺者の手引きを行う等、幾度となく不正を働いてきたその方の行いによる罪は、決して軽くは無い。しかし――これ以上は判決を下すにも先に死にかねんな。しばし、お前は牢の中にて過ごすが良い。」

「――では、枷を解除致しますか?」

「ああ、そうしてくれ。」

「あああ有難きききしし幸せええ。」


 申し出た白髪の人物の言葉に王が頷いた事で、ずっと蝕んでいた氷の枷が外され、その身を覆っていた霜が溶けて水分すら蒸発していく。

 それに、限界が丁度訪れたのか、公爵家の嫡男である彼は白目を剥いて気絶した。

 程なくしてやって来た兵士は、そんな彼を槍で突付いて、退出を促そうとして困った様子で王の方を伺う。


「――申し訳ございません。この者、動きそうにありません。このままで気絶しているようです。」

「構わん。そのまま運び出して牢に入れておけ。」

「は、ははっ。」


 気絶したままの嫡男が新たな兵によって運ばれて行き、残るは最後の一人となる。


「さぁ、最後だ。公爵家当主、財務大臣よ。」

「そなたの罪状を今から読み上げる。全ての証拠は出揃っている為、言い逃れは出来ぬと知れ。」


 王弟によって上げられていった公爵の罪状は、キリが無かった。


 まず、王が招いた客人を殺害しようとした殺人未遂は元より、その結果を第二王妃へ罪として擦り付けようと画策していた背任未遂が上げられる。

 この時点で、既に貴族の位が剥奪されるのは当然だったが、その上で更に上げられる罪状が他にもあった。


 まず、国の予算を着服していた横領罪が筆頭だろうか。

 横領する為だけに文官達へ圧力をかけ、脅迫罪や強要罪、暴行罪と傷害罪まで適用出来る範囲の内容も数が多く、その被害となっていた居合わせた文官達より証言が幾つも上がってくる。

 露呈を恐れて人質を取る等、悪質な行為を繰り返しているのも罪としては重いところだろう。


 この他にも略取した市井の女性達を屋敷の地下に監禁する等、誘拐や性的暴行、その隠蔽工作と、上げられる罪は多岐に渡っていて、極刑は既に免れない状態だ。

 その被害者達の救出を嘆願しようとすれば、村や集落を盗賊や魔物による襲撃に見せかけて滅ぼし、数多くの者が不幸に遭っている。

 最早、王に託された領地であるという認識すら無いその行為は、発言からも良く分かるものだった。


「憂さ晴らし、か。国に仕える貴族でありながら、国が管理を任せた領地にて、やりたい放題暴虐の限りを尽くし、それを憂さ晴らしと。」

「何度でも再生致しますよ――音声だけでも、動画としてでも。」


 証拠として提出されたのは、一つの魔道具。

 それは、巨大なスクリーンへと映し出される、とある日の公爵の姿を収めたものだった。

 氷で作られた真っ白なスクリーンの上で、繰り返し同じ発言を繰り返して動く公爵。相手をしているのは、今は亡きとある貴族である。

 その中で彼は、潰した村の事を「憂さ晴らし」と称していた。

 他にも悪意ある発言をしており、今や周囲の者達からは、掴みかからんばかりの形相を向けられている。


「よくもまぁ、これだけ罪を重ねてきたものだな。」

「空いた口が塞がりませんね。こんなのが貴族ですか。今直ぐ『早い解決』とやらをすべきでしょう。」

「どのみち城内をこれだけ危険に晒す行いをしたのだ。その責任は取らねばならぬ。文官達はもとより、民とて許しきれぬであろう。」

「では、判決を――。」


 国王が口にしようとしたところで、


「お、お待ち下さい!わたくしめの話を――ぎゃああああああああああ!?」


 遮った公爵が、その身へと突き刺さった氷の破片により、突如として絶叫を上げていた。

 振るったのは場を支配したままでいた白髪の麗人だ。

 白い悪魔と言える彼は、氷の破片を新しく生み出して、自身の力を公爵へと向ける。


「誰も喋って良いなんて、許可してませんよ?」


 冷たいまでのその視線は、周囲の者同様に公爵へと突き刺さる。

 うるさい口も不要だろうとばかりに、顎から鼻の下までを氷に覆うと、無理矢理に声を封じ込めてその身を張り付けへとしていった。

 

「ああっ、アアアアアッ。」

「さ、黙って最期の瞬間まで聞いていなさい。」

「ぐぅぅぅぅぅ!?」


 鋭い氷の切っ先は公爵の手足を貫いていて、背後の地面まで伸びている。

 それは、そのままに固定する為か、床の上で軽く広がると公爵の身体を支えてその場へと縫い付けていた。


「さぁ、これで少しはうるさい口も静かになりましたし、陛下、ご判決を。」

「うむ。」


 遮られた事に不快感を隠そうともせずに顔を歪めていたが、促されて、王たる人物はようやく、最後の一人へと判決を下した。


「大臣としての立場を悪用し、度重なる重罪を繰り返し、此度の事態を招いた元凶として、現公爵家当主を現時点での死刑とする!」


 その判決を受けてすぐに、王弟からの追加の言葉が場を震わせた。


「死刑執行人は賢者レクツィッツ氏が弟子、錬金術師ルーク殿にお頼み申す。」

「謹んで、お受け致します――。」


 告げて、生み出されるは氷の巨大な鎌。

 煌めく輝きは、目を見開く公爵へと見せつけるようにして振り翳された。


「――っ!」


 逃げる事も、避ける事も、嘆願も、何一つとして許されない【凍結】。

 それによって物理的にも固められた公爵の首が確かに跳ね上がると、その切り口から一気に彼の遺体が凍り付いていった。


「では、これにて閉幕とする!」

「「うおおおおおおおおおおおお!」」


 その死刑執行を見届けて告げられる、王弟の言葉。

 それに上がる叫び声の中で、氷の鎌が砕けて澄んだ音色を奏でた。

 前代未聞の裁判は、こうして平民も居合わせた断罪の場として、噂となり瞬く間に広がって行く事となる。


 一時的な断罪ここまで。長かったー。めっちゃ長かったー。そして持ち越しが居るー(ぉぃ


 ざまぁ成分が足りない方は、この後主人公視点を挟んでから、元凶の王女への話が閑話で入ります。そこまで入れて王都編は完了ですね。

 予定としてはかなりダークな展開になりますが、主人公がロリコンになる事は絶対にありません。エロ方面で期待してる人は少なくとも見ない方が良いです。


 第一王妃と嫡男に関しては、この後の主人公視点の中に出る事となりますね。

 この二人に関しては、ざまぁ入れるのはどうかなーという感じなので、事後報告みたいな形になります。


 まぁ、爵位も財産も領地も全てボッシュート済みなので、彼らの明日はどのみち無いのは確定。


 2018/10/20 加筆修正加えました。誤字脱字が減って少しは読みやすくなった、ハズ。


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