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063 閑話 その錬金術師は痕を残す②

※前話同様に、直接的な人死にがあります。

 苦手な方は飛ばしてお読み下さい。


 証拠不十分だとして、数日の拷問の末に解放されたのは、一人の騎士だった。

 解放させたのは彼を雇い入れるよう、手を回していた大臣である。ひいては、第一妃の父親であり公爵その人だ。

 治療魔法と呼ばれる傷を癒やす魔法をかけられて、すぐに仕事に復帰した彼だったが、しかし、辞退すべきだったと後になって後悔した事だろう、きっと。

 何せ、


「何故、貴様が――。」


 絶対に顔を合わせてはならないだろう相手と、人気の無い通路で遭遇してしまったからだ。


 最初に見かけた時に黒かった髪は、どういうわけか白くなっていた、その人物。

 王の客人だとされ、男装の麗人のように見えたが、紛う事無き男性だと知って驚いたのは、果たして何時の事だっただろう。

 しかし――今の彼には、まるで匂い立つような女の色香がある。むしろこれでは、男だという情報の方が誤りでは無かったのかと思えてくる程だ。

 白い面の中で特に目立つのは、唇に塗られている赤い口紅だろうか。整った美貌の中に、青い瞳がそれとは真逆なまでに清廉な雰囲気を醸し出している。

 それは、まるで宝石のように美しく煌めいていた。


「どうかなさいましたか?」


 声をかけられるや、艶っぽくも鮮やかな口の端を吊り上げて、ニコリと微笑む姿は見るからに麗しく魅力的だ。

 だがしかし――それと同時に、その整いすぎた美貌が、かえって騎士へと寒気を覚えさせていた。

 なぜならば、


「き、貴様、行方知れずでは無かったのか!?」

「一体何の事でございましょう?騎士様。」


 叫んだ騎士の言う通りに、件の人物は今現在においても、行方不明として捜索がされているはずだからである。

 更には、王女の命で暗殺に加わろうとして、しかも失敗した相手だ。

 それなのに何故、ここに居るのかと彼は混乱して、口を開閉させては戸惑った。


(公爵様に、嵌められたのか――?)


 そうは思っても、切り捨てられた等とは思いたくもない彼は、自身のプライドに縋りつこうとする。


(いや、私程の者をそう易々とは切り捨てられないはずだ。ましてや、平民ならばいざ知らず、我が生家は伯爵家。切り捨てるには些か問題も多い。)


 そんな事を考える彼だったが、これがどういった状況なのかまでは、未だ気付けていない。

 件の人物はただただにこやかな笑みを浮かべ続けているだけ。まるで、この状況を愉しむかのようだった。

 その事がひたすらに不気味で――騎士の口からは暴言が飛び出していく。

 最早、王の客人だという事は、騎士の脳裏から吹き飛んでしまっていた。

 

「かなり薄気味の悪い奴だな!?」

「いきなり失礼ですね?」


 小首を傾げて、頬に片手を当てて軽く小指を立てるその姿は下手をしなくても美しい。まるで、艶然とした『女』のように錯覚してしまう程なのだ。

 だがそれでも、思わず暴言を吐いてしまうのは当然の事だろう。


 何せ、相手は男でありながらも女物を身に着けているのだ。


 白と黒で統一された侍女の服は、所謂エプロンドレスと呼ばれるものだ。更にはスカートをまるで当然のようにして履いていて、しかも全くもって違和感が無い。

 立っている姿も女性としての品格を感じさせる凛としたもので、そこに艶然とした笑みを浮かべて見せる様なんて、最早質の悪い冗談にしか見えないのだが、これがまた似合ってしまっている。

 まるで、下手な女性よりも女性らしくさえ見える、堂々たる姿。

 そこに得体の知れない何かを感じて、思わずといった様子で、騎士の足が一歩後退った。


「何故、平然と城の中を彷徨いている!?それに、何だその格好は!?」

「別に、禁じられておりませんので。」


 何を言われてもシレッとして答えてみせる相手に、騎士が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 その顔に浮かんでいる感情は、間違いようのない苛立ちだろう。露わにしているそれは、完全に後ろめたい事があると言っているようなものなのだが、当人だけが気付いていない。


 相手は、殺そうとして、しかし失敗した存在である。


 その上、単に行方不明扱いになったせいで、つい先日まで騎士は投獄されていた。その際に、行方を吐かせようとした国王派の者により拷問を受けていたのは、未だ記憶にも新しい事だ。

 関わった事は疑いを晴らせてはおらず、出られたのは単に大臣の鶴の一声があったからだ。職場に復帰出来ただけの現状は、かなりよろしくないものだろう。


 それなのに、彼をそうなるよう陥れたかに思える相手が、こうして堂々たる姿で城の中を歩いている。

 一体それは、何故なのか――。

 見つかったのならば、知らされなかったという事になる。そして、それは理不尽だと騎士は思えた。


(私には、連絡すらまともに要らぬと言うのか!?)


 彼の中で、不満が怒りへと変換されていく。

 残るのは、明確なまでの悪感情だけ――それが、騎士の中で沸々として湧き上がっていった。


 騎士は兵士よりも上の位にある。

 それなのに、連絡の一つも寄越さず、下手をしなくても恥をかいたかもしれない現状に、彼は苛立たしげに舌打ちをした。


(クソがっ。)


 騎士というのは、大抵が貴族である。

 だが、その実態は嫡男にも選ばれなかった次男以降の、最早どうでもよくなった男子達の集団というのが実情だ。

 爵位も無ければ、場合によっては命を張らねばならないその職業は、どうせいらないならとばかりに捨て駒よろしく送り込まれる先でもある。

 それは、スペアとしての役割が不要となったが故の、あぶれた者達の中でも教養の足りない者が送り込まれる先なのだ。これで多少なりとも知恵があるならば、文官の道だってあったはずだが、そうじゃないからこその『掃き溜め』という認識が強い。

 何せ、何も無い彼らの唯一の特技と言えば、剣を振り回す事だけ。

 それさえもが、兵士よりも上の腕であるかと言えば、大半が否と否定されるお粗末さだった。


(どいつもこいつも私を馬鹿にしおって――!)


 そんなお飾りの武力集団。それが、現王国での騎士に対する評価だろう。

 それ故に、この場に居る騎士の自尊心を満たすようなものは何も無い。これまでだって今後だって、きっと、それは変わらない事だろう。

 そこに来ての、連絡の不備。

 鬱屈とした不満は日々の中に溜まりに溜まっており、更には王女が自身を見捨てて保身に走った為に、今や彼の中では爆発しそうな怒りとなって渦巻いていた。


(何故だ!?何故、連絡が無かった!?そこまで私を舐めているのか、あいつらは!?)


 兵士には腕が立つ者も少なくはない。そういった手合と試合をすると、確実に恥を見るのは騎士の方で、彼もまた過去に散々苦汁を舐めさせられた経験を持っていた。

 魔導王国と呼ばれた前身は滅んでいても、未だ、実力主義の風潮は根強いのだ。

 故に、手を抜くなど、それこそ相手に失礼とばかりに、全力で叩き潰される事もしばしばだ。

 何せ、家のコネでねじ込まれてきただけで、彼ら兵士達の上司になる騎士というの職業は――誰もが尊敬出来ないものだったのだから、仕方が無いだろう。


(あいつら――後で絶対、目にものを見せてやる!)


 それでも、貴族というプライドに縋りつこうとする彼は、現状を受け入れる事は出来なかった。

 更には、今置かれてる立場を正確に把握する事さえもが出来ない。

 ただ自らの言動を省みる事も無く、どこまでも高いプライドでもってして、生家の威光を振り翳す決意を固めるだけである。


 それは、ただの八つ当たりだ。


 完全に身勝手な意志でもってして、目の前の存在を睨めつけるくらいには、愚かな立ち居振る舞いそのものだった。

 傲慢と誇りを履き違えた、愚者の姿である。


「何で、貴様が――。」


 そうして、今にも爆発しそうになっていた怒りを兵士ではなく目の前の相手へぶつけようとして熱り立ち、見事に流されてしまう。


「さぁ?」


 流す相手はといえば、ニコリとした笑みを向けたままだ。

 白い麗人は、騎士を前にしても一向に怯まず――その眼差しを徐々に冷めたものへと転じていくだけだった。


「結局は、阿呆は阿呆のままでしたし、何も知らなくても当然ではありませんか?」

「な、んだと――!?」


 まさしくそれは、嘲(Azake)りを含んだ言葉だろう。

 騎士を馬鹿にした、上から目線のもので間違いは無い。


「そもそもとして、貴方は何時でも切り捨てられるだけの駒だ。別に驚く事は無いでしょう?」

「き、貴様――っ。」


 微笑みながらも告げられる言葉に含まれているのは、間違いようもない侮蔑。

 当然、平民に侮辱されたと思った騎士が更に怒り狂わないはずもない。


「良い度胸だ――。」


 実際、彼は感情の赴くままに怒鳴り散らそうともした。

 だが、それよりもと――思わず出かけた足が一歩後退って、脇で固めた拳がゆっくりと後ろへと引かれる。

 それは、どう見ても殴り掛かる体勢だった。


(こいつは、一発ぶん殴る――っ!?)


 そう思って踏み込もうとしてみれば、意思に反してその場に縫い留められたままの身体。

 その事へ、彼は遅れて驚愕に目を見開いた。


(――な、何だ!?)

「やれやれですね。」

「貴様、一体何をした!?」


 流れるように殴りかかろうとして、だがしかし、構えたままに動かない身体。

 必死に動こうと藻掻くその姿に、完全に冷めきった青い瞳が、凍てついた氷のようにして温度を失っていった。


「ここまで阿呆だと、本当に大したものも持って無さそうだ。」

「何?何を言っている――。」


 怒鳴るよりも一撃入れて黙らせようとしたのを封じられ、更には身動き一つ取れなくなってしまった騎士へと、冷え切った視線を白い麗人が向けていた。

 そこにあるのは絶対零度の冷たさ。

 孕む冷気に、ようやく騎士の中で不安が渦巻き始める。


「まだ、分かりませんか?」


 そう言って近付いてくる相手に、騎士は何も返せない。

 何せ、時、既に遅く。

 ――騎士の頬を冷たい冷気が吹き抜けていたのだ。


「単純に、生かしている価値も無かったと告げているのですよ。」

「――っ。」


 青い瞳が、騎士を貫くようにして据わっていく。

 それでも動こうと藻掻いていた彼は、やがて、自身の身に何が起きたのかを身をもってして悟る事となる。

 ピキピキと鳴り響く音色。ひやりとしていた空気は、更に急激に冷え込んでしまい寒い。

 しかし、寒いと思えていたのも束の間、それは痛覚へと転じていった。

 くぐもった悲鳴が周囲に微かに響いては、彼の表情を歪めていく。


「ぐうううっ!?」

「さぁ、ゆっくりと、逝って下さい。せめてもの価値を与えてあげますから。」


 全く動けないのは、当然の事だった。


 氷が、彼の鎧の表面を完全に覆い尽くしていたのだ。


 間抜けにもそのせいで動けなくなった彼は、投獄される前にも同じ目に遭わされていたというのに、同様の状況に陥ってしまっている。

 こうなると彼には抜け出せる術等無く、そのまま、じわじわと浸透してくる冷気によって、熱を奪われて起きた痛みにただ悶絶するしかなかった。


「――っ、ぁ、ア゛ッ。」

「冷たいですか?」


 尚も音を立てながら、騎士自らの身を覆っていく氷は分厚くて、とても冷え切っている。

 逃亡も許されずに立ち尽くしていたままで、彼の鎧は表面だけでなく、ゆっくりと、ひたすらにゆっくりと、内部に至るまでもが徐々に凍らされていった。


 そんな中で、騎士の脳裏に思い浮かんだのは、牢へと連行される前に見た光景だ。

 一瞬にして凍り付き、霜と透明な氷で覆われた秘密の隠し扉。幻覚でも何でも無く、身が震えだす程の冷気は、あの時確かに彼の身までもを包み込んだのである。

 何せ、隠し扉が凍り付くと同時に、身体の一部が巻き込まれて凍結してしまい、動けなくなってしまったのだ。


 ――その時こそ、生涯最悪の事態だったと、騎士は思っていた。


 何せ、王女は彼を見捨てて逃げ出すし、言い訳も出来ない状況でたった一人、兵達に見つかってしまったのだ。

 そうして、客人を誘拐した罪で数日間もの投獄の憂き目に遭い、拷問に耐え続けた。


(なん、で――。)


 そこからようやく解放されたと思えば、今度はその時よりも最悪な事態が目の前で広がっている。

 氷が、少しずつ、少しずつと身体を蝕んでいき、眠る事すら許されない冷気による激痛と、死への恐怖が絶え間なく騎士を襲っていた。

 その様子を眺めながらも、氷像へと変わっていく騎士に向けられるのは、憐憫の欠片も無い冷めきった青の瞳。

 まるで悪魔のように、冷たさを湛えたその存在は、残酷なまでに騎士の精神までもを追い詰めにかかる。


「今度は表面だけじゃなく、中身まで凍らせて差し上げます――ああ、勿論、骨の髄まで確りと、全身をですよ?」


 まるでそれは、本当に質の悪い冗談のような――だがしかし、本気で敢行されている私刑だった。

 青く見えた青紫色の瞳は冷たい眼差しをたたえたままに、しかし底の方にくらい炎を宿して赤く揺れていておぞましい。

 その様は、まるで氷の底で燃え盛る、地獄の業火のようだった。


「――っ!!!」


 そこに籠められた殺意が、狙い違わず騎士にだけ注がれている。

 その事に今更ながらに気付いて、思わず助けを求めようとした騎士の喉が震えた。


 ――しかしその声が発せられる事も無ければ、願いが誰かへ届く事も無く。

 ただ愕然とした表情を浮かべた騎士に向けて、艶然とした微笑みを浮かべる白い悪魔が、その命を刈り取るべく言葉を重ねていった。


「まだ、何とかなるなんて思っていたのですか?貴方は此処で死ぬんですよ。手を出すべきじゃなかったのに、生きる価値が無いにも関わらず、手を出したのですから。」


 殺そうとすれば殺されるなんて、当たり前の事でしょう、と――。


 告げられた言葉に、状況に、騎士は絶望を覚えた。

 既に喉まで凍結しかけたその身は、限界を超えた苦痛の中で、断末魔の叫びを上げようとしてか最後の抵抗を試みる。


「――っ!――っ!」


 だが、それすらも叶わずに、ただ引きつった表情を浮かべたそこへ、無慈悲な冷たい声は投げつけられていった。


「さぁ、自身がなそうとした罪をその身と魂へ確りと刻み込み、罰として死んで逝って下さい。」


 冷たさを通り越して、痛みに苛まれた身体が。

 皮膚が。

 脂肪が。

 血液が。

 筋肉が。

 内臓が。

 骨が。

 全てを冷やして凍らせて、彼を完全な虚ろへと転じさせる。

 ピキリと一際甲高い音色で鳴った中に、程なくして出来上がったのは、冷たい空気を纏う、冷えて固まった一つの死体だった。


「――完成、しましたかね?」


 それは、地下で出来た氷像よりも惨たらしくて、時間をかけてゆっくりと作られた氷のオブジェ。

 真っ白な中には、唯一凍り付いていない頭部だけが、最後の感情を痛ましくも物語りながら、苦悶の表情を浮かべていて被害者の断末魔の瞬間を物語る。

 その氷のオブジェは、やがて、ぽつんと人気の無い廊下にて放置されると『偶々』通りかかった者達によって、発見される事となる。


あとがき


 王女とグルだった騎士(主人公は兵士だと思っていた)の末路としてはこんなものかと。

 実行犯の一人だからね、仕方無いね。最悪、お尋ね者となってでも、私刑路線は主人公の中で決定事項です。

 死への行進はまだ続きますが、苦手な方は閑話を飛ばしましょう。サラッと流れます。

 ざまぁをお望みの方はどうぞこのまま読み進めて下さい。一応、次の閑話で終わりのはずです。


 2018/10/20 加筆修正を加えました。


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