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062 閑話 その錬金術師は痕を残す①

※直接的な人死にがあります。

 苦手な方は飛ばしてお読み下さい。


 薄暗い地下の一室。響く絶叫に、幾度となく空を切る音が混ざる。

 それとは別に、歯が打ち鳴らされ、幾度となく呟かれるうわ言。


「寒い、痛い、寒い、痛い――。」


 霜が降りて、極寒と呼べる程の冷気に晒されているそこは、城の中でも特に冷え切った場所だった。

 えた匂いすらもが凍りつきそうな、寒々しい場所。所謂、囚人達を収める為の場所である。

 牢獄であるそこに集められた者達は、いずれもが許されざる極悪人達ばかりで、数日後には処刑台に上がるか、ここで拷問の末の死を迎えるのが彼らの未来だっただろう。


 だがしかし――状況はそれよりも緊迫していた。


 彼らの死は、もうすぐそこまでに来ていたのだ。

 故にか、彼らは叫ぶ。ただ、死にたくは無いのだと言うように、生にしがみつこうとして。


「ああ、寒い。凍える、死ぬ――。」

「毛布を。毛布をくれ!」

「頼む、白湯さゆでもいい、何か、温まる物を!」


 自分達の境遇さえ省みれずに、みっともない姿で叫ぶ彼ら。

 王の客人を暗殺しようとして返り討ちにあったというのに、それでも死から逃れようと生き足掻いていた。

 滑稽な程に醜態を晒す彼らには、正常な思考等もうほとんど無い。一部に至っては、冷たい床の上に蹲ったままに意味不明な言葉を漏らしてさえいる。


「はっ、嫌なこった。」


 それを一瞬だけ見て、すぐに視線を逸したのは、その場を見張っている番人ただ一人だった。

 牢屋番をしている彼は、凍える程の寒さの中で、一人度数の高い酒を口にして、嘲るようにして鼻で嗤う。


「お前らはどうせ死ぬんだ。そんなの俺が、手間暇かけるのは無駄っつーもんだろう?なぁ。」


 そう言って、ゲラゲラと笑い出す。

 嘲る番人に、追い縋る男達はしかし必死である。その中には牢の中を這ってまで、鉄格子へと近付いて行く者まで居た。


「そ、そんな事を言わないでくれ!」

「頼む、毛布を――何か、身を包む物をっ。」

「少しでいい。少しでいいんだ。」

「その、今飲んでいる酒でも良い。何か、何か身体を温める物を――。」


 ギョロリと、番人の血走った目が牢に向けられる。そうして放たれたのは――非情な一言だった。


「嫌なこった。」

「――貴様ぁああああ!」


 取り合わない番人に、罵詈雑言が投げられていく。


「はっ、面倒臭ぇ。」


 それを鬱陶しそうに片手で払う仕草を見せながらも、番人は手の中の酒を呷って、満足げな笑みを浮かべて見せた。

 まるでそれは、牢の中の罪人達に見せつけるかのような笑顔。そこにあるのは、弱者を甚振いたぶる事に愉悦を感じる余裕と、歪んだ感情だった。


「ああ、美味うめぇなぁ――クズ共が死にく様を見ながら飲む酒はぁ。」

「「――っ!」」

「ははは!」


 膨れ上がる殺気に、臆した様子も無く嗤う番人。

 どちらが上かなど、誰の目にも明らかだろう。

 牢獄に入れられている罪人の男達は、その手足の先が失われている。故に、立つ事も何かを掴む事ももう出来無いし、逃亡しようがどうしようが番人は逆恨みを恐れる心配も無い。

 仮に凄腕の暗殺者だったとしても、手足が無い時点で取るに足らない存在へと成り果ててしまっているのだ。

 この時点で、番人に罪人達を恐れる必要性は無かった。


「お前ぇら、毛布をやっても、自分で被る事すら出来やしないだろ?白湯に至っては、持つ為の手も無ぇもんなぁ。それで、どうやって俺から貰った毛布や白湯を掴むんだ?ん?」

「――くっ。」


 牢へと連行する前、更にはそのもっと前の戦闘で、大半の者が手足を凍り付かされて無力化されている。

 慌てて毒を飲もうとしても、一部は気絶してる間に回収され、飲み込んだ者も多くが解毒薬にて中和されてしまっており、ほとんど無駄となっていた。

 唯一死ねたのは一番最初に毒を飲んだ者だけだろう。他は、生かさず殺さずといった状況で、しばらく放置されたのだ。

 尚、凍り付かされた手足は色が変わっており、既に壊死してしまっている為、更に切断する必要性がある。

 それを何の手当ても無しに放置されている現状では、最早死ぬのも時間の問題だろうと、上機嫌に番人は語り続けた。


「王のお客人に手ぇ出すなんざ、ガキでもしねぇぞ?それをやっちまう辺り、お前さんらは馬鹿ってこったな。」


 酔いが回ってきたのか、幾分眠そうな様子を見せる。

 良い気分で饒舌に語っていた番人だったが、暖かそうな毛布を二重にして自らの身体に巻き付けると、瓶の中の液体を飲み干してしゃっくりを一つ、口にした。


「ウィーック。」


 そして、ようやく静かになった牢を一瞥いちべつすると、再び鼻を鳴らして身を震わせて見せた。


「おお、寒い寒い。こりゃ、明日のお天道様はこいつらにゃ望めないなぁ。」


 その前に、壊死した手足による損傷で命を落すかもしれないが――。

 そう思いつつも、番人は冷え切った牢獄の中、自らを包み込む毛布の温もりに、酔いも合わさってうつらうつらとふねぎ出す。

 彼は気付かない。

 そこはもう、しもでは済まない、完全にてついた白い光景が広がりつつあった事に。


 果たして、そんな中ではいくつもの氷像が生まれていた。


 何かにすがり付くようにして、牢の外へと手を伸ばして凍っている者。

 怯えた表情のままに固まってしまっている者。

 胎児のように丸まったままで凍てついた者。

 巨大な氷の中に閉じ込められたかのようにして、ただ目を見開いたままで在る者。


 いずれも命を落としているが、泥酔してその事に気付けなかった番人には、眠りから覚めるまで知る由もない。

 更には、暗がりからじっと見つめていた視線があった事にも気付かずに、しばらくしてからいびきを立て始めた。


「――このくらいでいいか。」


 冷たい地下で呟かれた言葉と共に、番人へと向けられていた視線が、フッと外れる。

 途端に、凍り付いていた地下室は元の姿を取り戻した。


 ただ、凍結したままに、命を失った者達を暗い牢獄の中に収めたままで――。


 事は、王位継承権にも関わる話。

 暗殺に使われるような下っ端からでは、大した情報が得られないのは当然でしょう。

 それにより、早々に見切りを付けられた彼らは、処刑台に上る事も無闇に生き長らえさせられて苦痛に苦しめられる事も無いままに命を摘み取られました。


 まだまだ軽い表現です。この程度で重いと感じた方は、次からの閑話は飛ばすのをお勧めします。


 2018/10/20 加筆修正加えました。


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