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061 その錬金術師は隠れ潜む

 右見てー。

 左見てー。


 ――よし、誰も居ないな。


 背後にあった扉を開いて、滑り込むようにして中へと入る。

 静かに扉を閉めてしまえば、そこはあまり使われた様子も無い倉庫だ。布が掛けられた家具なんかが積み上げられているだけで、カーテンも閉まっているから、外からも中の様子は伺えない。

 そんな一室に入り、直ぐ様ゴソゴソと動き始める。

 いやぁ、何が大変かって、この甲冑、重いし脱ぎ難いんだよ。兵士の皆さんは、良くこんなの一日中着ていられるよな、まったく。


(――やっぱ、俺には前衛は向かないなぁ。)


 そう再認識しつつも、そっと息を吐き出して伸びをする。

 ああ、背骨がボキボキいってる。痛くて気持ち良い!


 魔力が増えて重い物が身に付けられようが、俺は一生後衛止まりだろうなと思う。それくらいには、この甲冑を身に着けて動き回るのは大変だったのだ。

 そんな重い鎧をいそいそと外して、隠し通路の中へと隠しておく。

 この甲冑は予備なのか、城の倉庫っぽいところにいっぱいあった。そこから、一つだけ拝借してきたのである。

 その鎧を身に着けて、兵士というか、騎士の真似事をしていたんだが、どうにも城の中を彷徨くだけでも大変だったんだよな。

 なので、


(次はこっちだ。)


 新しく取り出したるは、黒い衣装。純白のエプロンが眩しい一張羅で、下はスッカスカだ。

 大事な事なのでもう一回。下はスッカスカである。

 それに合わせた靴も黒く、黒と白のみで統一されたこの衣装は、間違いなく侍女達が身に付けていたメイド服だ。

 屋上で干されてるのを見つけて、サイズが合いそうなのがあったので持ってきたんだが、ホワイトブリムまであったのには流石に驚いた。


(うん――女装だって、世の中に役立つ事もある、きっと。)


 それらを身に着けてみたら、まさかのピッタリのサイズ。

 違和感も無いしどうなってんだ?これ……。

 なんで、腕周りとか丁度良いんだよ。これ着てる侍女って、一体どんな奴!?


(女でも高身長なのが居るの?マジで居るのか?いやいや、罠って可能性も――。)


 こんな罠、張るとしたらあの国王くらいだよなぁ、きっと。


(可能性が有る。有り過ぎる。)


 そう思って、若干、遠い目しつつ、


(――いいや。それならそれで、乗ってやろう。)


 どのみち、甲冑は重すぎて辛かったし、トイレに行くのも大変だったからな。もういっそ、こっちに変更してしまえ。


(トイレは――女の場合は個室だけど、そっちを別に使わなくても客室なんかにもついてるしなぁ。そこでいいか。)


 城の見取り図を頭に広げつつ、黒い服を身に着けていく。

 メイド服と呼ばれるそれは下はロングスカートで、上は長袖のものだ。体型は上手く隠れるし、元々細身なので早々ばれないだろう、きっと。

 頭に着けるのは勿論ホワイトブリム。元は帽子だったのが、室内用に手を加えられていって出来上がった物である。

 それを着けて、更に結んで髪をアップにしていく。下ろしたりそのままは駄目だ。動きにくくなるからな。


(よし、とりあえず、着るだけ着れた。後はチェックして手直しをしとこう。)


 ここは家具が多く置かれている場所だけあってか、鏡台もあったし身だしなみを整えるのには最適だ。今後も活用しよう。

 後、実演指導とかしていたので、化粧関連は実はお手の物だったりする。

 そんな化粧品を空間庫から取り出しつつ、自分の匂いをチェック。

 臭くないよな?甲冑着けてたけど、籠もったりして汗の匂いがプンプンしてたりしないよな?


(大丈夫そうかな?)


 化粧道具は、いざって時の変装用として入れておいた物だ。

 こういった化粧道具も、実は錬金術師御用達の品だったりする。白粉おしろいとか口紅とか刷毛はけとか、結構生産するんだよ。

 そもそも、女性の美を追及する姿勢は凄まじいものがある。おかげで、全く手抜きが出来なくて、変に身に付いてしまったんだよな。


(まぁ、当時金になったからいいけどさ。)


 いらない事まで教えられたのは果たして良かったのだろうかとは思うが……。

 そんな化粧を自身へと施して、鏡の前で女っぽい練習を繰り返す。

 歩きは内股で、大股では歩かずに小股にし、立ち居振る舞いも少しナヨッとさせて、と。


(うん、我ながら恐ろしいくらいに完璧だ。)


 元々女顔な俺。母親似というのもあってか、身長の高ささえ目を瞑れば、完全に女で通る。この点は現代でも余り変わりが無い様子だ。

 何せ、盗賊に狙われたくらいだからな。勘違いって事も無いだろう、きっと。

 嬉しくは無い。


(しかし、解せないのはこれが干されていた事だよな。)


 国王のお茶目とかじゃなければ、間違いなくこれ、俺と同じ身長の女が居るって事になるだぜ?

 一体それ、どんな確率だ?


(いやいや、やっぱり国王の陰謀の方向で。マジで俺と同じ身長がいるとか、切ないじゃん。)


 180cmくらいだと、男では低い方だからなぁ。甲冑着けてる騎士や兵士達は、軽く200cmは超えてるし。


(今も昔も前衛職はデカイか――。)


 うん、比べてもしょうがない。俺の成長期はもう終わってる。今更嘆いたとしても遅いだろう。

 ――まぁいいや、それよりも情報の収集を再開だ。


(っと、その前に、現状の再確認をしないとだな。)


 まず、未だ黒幕は尻尾を見せていない。

 その上で幾つか分かった事だが、どうもこの城の中には三つの勢力があるようだ。


 一つは、第一妃を中心とした大臣が幅をきかせている面倒な奴ら。俺を暗殺しようとした王女も、当然母親が第一妃なのでここに属している。

 この派閥は第一妃の父親である大臣の公爵家が中心だ。ほぼやりたい放題らしくて、城での評価は聞き及んだ範囲でも既に最悪である。王女の侍女達の入れ替わりも激しいらしく、愚痴もまた多く聞こえた。

 主な問題児はそんな王女を筆頭に、第一妃、大臣、そして大臣推薦で入った騎士共、だろうか。

 兵士かと思ったら、城で護衛に当たっているのは大抵が騎士らしい。近衛騎士といって、ちょっと普通の騎士とは違うとか何とか。

 魔導王国時代では、魔法使いや魔術師が武力の中心だったから、彼らの姿はちょっと新鮮ではある。


 次の勢力が、第二妃を中心として第一妃に対抗している派閥。彼らが語った言葉通りに言うならば、主に穏健派、らしい。あくまで『口では』だが。

 何せ、第一王子が生まれると同時に、第一妃と王女の振る舞いに離れていった連中が支持しているのが内情っぽいからな。

 更にもっと掘り下げてみれば「あちらに付くくらいならこちらの方がマシ」という見下し感情が見えてきた。ぶっちゃけ、ここも癌だろう。

 第一妃が失脚すれば、自分らが上に立てると勘違いした連中が王女を唆したっていう線はあるかもしれない。

 コウモリと呼ばれる複数の勢力を行ったり来たりしてる連中も多く混ざっていそうだった。あんまりこちらも良いとは言えない勢力だな。


 最後が王族派。これは国王を頂点とした勢力で、現状中立を取っている――ように見える。王弟もこのグループだな。

 王様がアレだしなぁ。何か企んでたとしてもおかしくは無いし、この状況を敢えて作ったと言われても俺は驚かん。

 利用しつつ試しているのかも?というのが、俺の抱いた王様への印象だ。とにかく、この人が黒幕なら絶対尻尾は出さないだろう。

 尚、他の支持している連中は、王弟含めて王の言いなり状態のようだ。それを良しとしてるんだから――彼らの性格、推して知るべし。王弟は口を挟んではいたが。


(うーん。どいつもこいつも、癖有り過ぎんだろ。そして、どの派閥も可能性が有り過ぎて絞り込むのが大変だっつーの。)


 それでも現状マークする人間は分かりきっている。

 王女様だ。

 彼女を唆した人間が黒幕と繋がってるんだから、そこを張ればいいのである。


 しかし、張っているだけでは黒幕は勿論、王女だって警戒したまま動かないだろう。

 なので、一手打ってきた。


(さぁさぁ、慌てふためけってねー。)


 俺の暗躍はまだ終わらないのである。


※注意:主人公を敵にまわしておいて野放しにしてはいけません。


 執念深いんです。そりゃもう、半端なく執念深いんです。

 まだまだ続きますが、この後の閑話で暗殺者達は元より騎士に至るまで末路が描かれる事になります。ざまぁ希望の方にお勧め。

 じわじわ嬲っていくので、そういうのが苦手という方は閑話を飛ばしてお読み下さい。王女とその血縁者だけで済みますので。


 2018/10/20 加筆修正を加えました。


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