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058 その錬金術師は暗号に惑う

 師匠や兄弟子達の手記は割りと簡単に見つかった。


「賢者レクツィッツ氏とお弟子さん達の遺した物ですか?ええありますよ。」


 王城に勤める司書さん、マジ優秀。

 収められている蔵書の全てを網羅しており、理解までは出来なくとも、どんな内容だったかは把握しているそうだ。


「こちらが全部そうですね。」


 そうして案内されたのは、書庫の中でもとりわけ古い冊子が立ち並ぶ区画だった。

 背表紙なんてものもない、どうやら羊皮紙を束ねただけのものらしい。

 それを表紙だけ見て片端から運んでいく。


「どれどれ――。」


 幾つか古びた手帳もあったが、ほとんどが冊子のそれらを書庫の机の上に広げていく。

 古臭い紙の匂いと、インクの独特な香りが鼻をつくが、どうやら余り読まれる事がなかったようだ。

 最悪、千年が過ぎている可能性を考えてみても、状態は悪く無い。これなら、文字の抜け等は無いだろう。


「ほとんどが古代文字ですが、大丈夫ですか?」

「ええ、むしろこちらの方が見慣れているので読みやすいですね。」

「お若いのに素晴らしい――もし、通訳がご入用になりましたら、何時でも仰られて下さい。私はいつもの場所におりますので。」

「有難うございます。」


 さて、師と兄弟子の遺した書物は、全部で百を超える。

 一つ一つに目を通すのは時間がかかるので、一気に速読してしまおう。


(流石に、今現在使われてる文字だと、元の文字に脳内変換してからでないと読めなかったからな。)


 尚、師匠や兄弟子、俺なんかが使ってる言語は古代文字として扱われているらしく、現代では一般的ではないそうだ。

 今の文字からすると、古代文字とされている文字はかなり画数が多い。対する今の文字は、それを単純化した傾向にあるようだ。


「漢字って、そんなに難しいかね?」


 ふと漏れたのは独り言。

 ちょっとした疑問でしか無かったのだが、


「数が多いですし、何よりも平民では平仮名ひらがなすらまともに使えない者が多いですよ。自分の名前を片仮名カタカナで表記するのが精一杯でしょう。」

「そういうものですか。」


 どうやら、静かな場所というのもあって聞こえてしまったらしい。

 他に利用者が居ないので「お気になさらず」と何時も返されるので、ついつい甘えてしまうのだ。


 しかし――どうにも、文字の普及は進んでいないようだな。

 この辺りは千年程度じゃ如何ともし難いって事なんだろう、きっと。


(まぁ、平民なら簡単な足し算と引き算さえ出来れば、後は自分の名前だけで生きていけるしな。)


 魔導文明時代からこれは変わらない。

 労働力として期待されている下級層に、高い教養はむしろ国の根幹を揺るがしかねないのだ。

 例えば、奴隷に高い教養を積ませるとしよう。そうすると、彼らは自己の地位向上の為に頭を働かせ、自らの売り込みを始めかねない。

 奴隷が売れて奴隷商が喜ぶかといえば、残念な事にとても困った事になる。

 何せ、奴隷というのは体の良い使い捨ての駒だ。それが自分で考える脳みそを持ってしまうと、商品として彼らを扱う奴隷商は、それよりも賢く無ければならない。勿論、買う側もそれは同様だ。

 そんな奴隷が『使い捨て』で買われると知り、買われよう等と思うだろうか?

 ――まず、大半がそうは思わないはずだ。

 でなければ、どこかで寝首をかかれたり、店自体の経営が立ちいかないように奴隷同士で結託するだろう。

 当然、そんな事にもなれば、商売だって続かない。買い手だって命を危険に晒してまで奴隷を求めよう等とは思わないからな。

 そういった理由もあってか、一定の教養を積むにはそれなりの出自でないと難しいものがあるのだ。


(俺は母さんから教われたからな――元々、何処かの貴族の家にでも勤めてたみたいで、教養は積んでいたみたいだし。)


 一応、俺が生まれ育った祖国では、奴隷以外の下級層でも望めば簡単な計算とかは教えて貰えたんだが、俺は父親の居ない家庭ってだけで追い出された口だ。

 女性だけで子供を育てている家庭は、不義理の子を持つ家庭として迫害の対象になりやすい。当時、生まれた国では女性の貞操は守って当然という風潮が根強かったからな。

 もしも母親が時間を作って教えてくれていなかったら、俺は国を出る事も出来ずに犯罪に走ってたかもしれない。


(母さんが死んだ後は誰にも頼れなかったし。祖父母も知らないから、あの国に俺の味方は何処にも居なかったからなぁ。)


 だからこそ、家も何もかもを売り払って国を飛び出して、その金で他国で国家資格を得る為に学校に入ったんだ。

 最初の頃は落ちこぼれ過ぎて馬鹿にされたりもしたが、猛勉強の末に主席で卒業するにまで至っている。

 師事した師匠からは、魔術師としては最弱でも錬金術師としてならやっていけると太鼓判だって貰ったんだ。

 別に魔術師になるつもりはなかったが、それでも錬金術師としてはやっていけるという評価を貰えたのは、素直に嬉しかったものである。


(その師匠の手記か――何か、暗号でも混ざってると考えた方がいいな。)


 兄弟子達も、そういう遊びは好む傾向にあったし、色々違う角度から読むべきだろう。

 きっと、後から読む者に向けた『メッセージ』なり、新たな『魔術』や『魔法』の記載があるはずだ。

 それは、魔力量が上がって苦手だった属性への適正値も上昇している現状では、俺にとってはとても心強いものだ。今後の身を守る為の術として、有効に活用していける事だろう。


(問題は、見つけられるかどうか、だが。)


 書かれている内容にざっと目を通して、縦読みや横読み、斜め読みと確認をしていく。単語を拾ったり、特定の母音を抜いて読むとか、逆さまにするなんかは当然だ。ほんの少しだけ水をつけたり、火で炙ったりもする。

 ただ、多くがその日その日の事を綴ったものばかりだ。時折、そこに新しい触媒の発見の記述や魔術についての考察があるくらいだろうか。現証拠ゲンノショウコに関する記述もあった。

 しかし、一つだけ、


「何だ、これ――。」


 意味は分かるが理解しがたいものがあった。

 俺はそれを何度も読み直し、間違いが無いか解いた暗号を二度、三度と解き直す。

 それでも結果は変わらなくて、俺は頭を抱え込んだ。


(ダンジョンに来いだって――?おいおい、どういう事だよ、一体。)


 見直してみれば、手記のほとんどはダンジョンへ向かったと思われる辺りからの記述から途切れている物が多い。

 兄弟子達に何があったのか、現状では知る由も無いが、それをさせたのは師匠だ。彼が何かしら関係してるのは間違い無いだろう。

 しかし、ダンジョンに向かった後、兄弟子達がどうなったかまではさっぱり分からない。


「うん、これ、どうするべきかね?」


 どうにも危険な匂いしかしない一文だ。

 師匠の手記の最も新しい――死の間際に書かれているのを見ても、不吉な実験結果しか書かれてないし。

 後年は精神でも病んでいたんだろうか?


「――『アンデッド化を人工的に為す魔術の開発に着手。死者の蘇生が可能であるならば、これもまた可能という理論に基づき、知性あるアンデッドの制作を敢行。結果は――』は?良好だって?」


 もうこれだけで、嫌ーな予感がひしひしとしてくるってもんだ。

 しかし、だからって読まないという選択肢は無い。何せこれが兄弟子達に一番関係してる内容のはずだからだ。

 師匠の言う通りにダンジョンへ行く前に、ここで調べるだけ調べておくべきだろう。


「『経過観察でも知能の衰えは見えない。人格の変質も無し。上々の結果とみる。』おい、何やってんだ、師匠。」


 思わず、普通に書かれてしまっている魔術の結果内容に突っ込みを入れてしまった。

 アンデッドの制作は、少なくとも魔導王国では禁止していただろ?なのに、後の世で何やらかしてんだ、あの人は!?

 いや、それ以前に、師匠とほぼ同じ時期に目を覚ました兄弟子達はどうなったんだよ?

 

「まさか、実験体になんてされてないよな――?」


 手記を遡って記述を見つけてみても、ダンジョンに向かった後に関する記述が何処にも無い。一切無い。


「はぁ?何だよこれ。」


 その代わりに、兄弟子の手記の中に『王国歴823年、マイトの葬式を執り行った』という記述があった。約百年前の事である。

 このマイト氏は、俺と同期の弟子だった人物だ。かつて俺に驚いた挙げ句、寮を燃やしてしまって退学となった奴である。兄弟子達から吊し上げを食らったというのは噂で聞いた。

 そんなマイトの葬式を吊し上げに加わった兄弟子本人が執り行ったというのもちょっと引っかかるが、長い時を生きる間にかつての情でも移ったのかもしれない。何にしろ、彼はこの場合どうでもよさそうだ。


(んー。アンデッド制作に手を出したのは手記の中でも一番新しい物――つまり、師が死ぬ直前だよな?その後に目覚めた兄弟子達は師匠の手記から暗号を解いて、ダンジョンに向かったんだろうし。マイトは向かわなかったみたいだが。)


 しかしそうなると、最初の被験体にされたのは誰だ?となる。

 あの人の事だ、良く知りもしない人間を使う事はしないだろう。それでは、きちんとした情報データが取れない。

 第一に、他の兄弟子達が師匠の(多分、だが)没後に、行方不明というのは謎過ぎる。

 師匠の死がどの段階かまでも不明だが、全員揃ってダンジョンに向かった――というのが答えなんだろうか?


(うーん、考えれば考える程に恐ろしい。)


 仮に、知能も人格も保持したままのアンデッドと化した師匠が、ダンジョンを拠点に存在し続けているとしよう。

 では、それは何の為に?アンデッドでは、人前に姿を現すのはまず無理だろう。そんな事をしようものなら、それこそ阿鼻叫喚の地獄絵図である。勇者召喚がどうのと警鐘を鳴らす以前の話だ。誰も聞いちゃくれない。

 ならば、アンデッド化した後に兄弟子達に依頼をしていた?その為に呼び出す暗号を遺しておいた?


(いやいや、それなら、兄弟子達の手記にダンジョンから先の記述が無いのがおかしい。どう考えても辻褄が合わないんだよな。)


 誰か一人くらい、


「死んだはずの師匠がアンデッド化してて依頼してきた。なにこれうける。」


 とか笑い混じりに書いてる事だろう、きっと。

 基本的に、会話が可能ならとことん話を試みてみようとする変人・奇人の集まりだったし、錬金術師の中でも師匠に師事していた者は多かれ少なかれ「変人の中の変人」と専ら評判だったのだ。

 それなのに、マイト氏の没後、ダンジョンに向かった兄弟子達の手記は更新されていない。これは、何かあったと見るべきだ。


(残された手記にその辺りが分かる記述があればいいんだが――。)


 読めば読む程に、狂ってたんじゃないかと思えてくるんだから、薄ら寒くなってくる。

 アンデッド化した際の痛覚の有無、血液を全て失わせた際にどうなるか、熱や冷気への感覚は、骨だけになっても動けるか。

 ――どれもが狂気以外のなにものでもない記述だ。人体実験にも程があるだろう、これ。

 その中でも驚いたのが、


「『勇者の半アンデッド化による弊害、その他呪いと思われる症状へは、完全にアンデッド化させても何ら効果無し。死後蘇生してもそれは変わらなかったが、この実験も勇者には効果が無いものと判断する。おそらくは、魂そのものの変質、あるいは邪神による干渉が原因と思われる。』」


 これだ。

 勇者の討伐くらい参加する事へは全く疑いも何も無かった。

 だがしかし、その勇者をまさかの実験材料にしていたとは――。


「俺、この人の事だけはやっぱり良く分からねぇや、うん。」


 広げていた手記を棚へと戻す。

 暗号の解き方は別段、難しくも何とも無いし、そもそもとして師と弟子で共通の物を使っていた。これは流派みたいなもんである。

 ただ、何を持ってしてこの暗号使ってまで「ダンジョンに来い」と書いたのかまでは、全くもって理解出来なかったが。


 師匠の狂いっぷりが凄い。マッドサイエンティスト並に凄い。

 そうなったのには勿論理由がありますが、それは後程。


 2018/10/17 ちょっと加筆修正。暗号を解く方法を良くある物含めて色々ぶっ込んでみた。流派とは一体(遠い目)。

 2019/03/23 ご指摘頂いた誤字を修正しました。上場→上々。教えてくれた方有難うございます。


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