056 その錬金術師は本に埋もれる
「ふぉおおおおおっ。」
流石は城。流石は王の住まう場所。
書庫として城の一角に案内されたそこには、見るからに知識が詰まっていた。宝庫だ。宝庫だよ!
壁には天井まで届く本棚に、ぎっしりと本が詰まっている。勿論、部屋の中央にも棚が取り付けられており、そこにも大量の本が収まっている状態だ。
見れば見る程に引き寄せられる。これが魅了か!?
いや、違うんだろうけどさ。でも、それくらいには惹き付けられて止まないんだよ、ここはっ。
「こっちは薬草図鑑。こっちのは鉱石か。おお、魔物前巻なんてのもある!中巻・末巻はどこだ!?」
「こちらに。」
「おおおおお!有難う!」
何ここ天国?見た事無い本がいっぱいなんですけど!?
そこまで思って、はたと気付いた。
あれ、この人誰?
「あー、えっと。」
「ここの司書として働いております。ご入用の物がございましたら、何時でもお申し付け下さい。」
司書を名乗った人物は、細身の老人だった。
上品な佇まいに、執事達が身につけるようなタキシード姿で一礼して見せる。
それに、俺も慌てて遅れて返した。
「これはご丁寧にどうも。あ、こちらの本、有難うございます。」
「いえいえ、お望みの本を見つけるのも私共の仕事ですから。どうぞ、ごゆっくりとなさって行って下さい。」
「はい、有難うございます。」
幾分落ち着きを取り戻したところで、再度本の探索だ。
探すのは、師や兄弟子達が残したであろう手記の類や、貴族の名と紋様が記された辞書の類。
後者は知らなくても良いと思ったが、どうにも面倒事を持ち込む輩が多そうに思える。王弟が締めたとはいえ、懲りるとは到底思えなかった。
(がめつい奴の一人や二人、絶対いるからな。何かやらかす前に、こちらで事前策はいろいろ講じられるようになっておきたい。)
その為には、まず家紋と名前を知っておく必要性がある。これは暗記するしかないが、幸い俺はそういった方面は得意だ。時間をかければ覚えられるだろう。
そして、現状の知識との認識の差異を埋めねば、この先錬金術師としてもやっていけなくなる。知識の上書きは、現状では最早必須だった。
(それが出来る環境。しかもタダ!使わない手は無い!)
特に、魔物なんかは種類も数も増えている事だろう、きっと。
俺がいた港町を襲った名も知らぬヤバそうな魔物――あれの名前や特性くらいは、知っておいて損は無いはずだ。
(あれがまだ生き残っているなら、対処方法は知っておかないと、いざって時に命を落としかねんからな。)
竜種程ではなくとも、魔物の多くはあの時代ではまだ知らない事ばかりだった。
しかし、あれから時が流れ、魔導文明が滅んでから大凡千年以上の時が経つという。
ならば、何かしら情報があってもおかしくはない。
(ええと、巨人種、巨人種――っと。あった、これか。)
見つけた巨人種の項目は、中巻にあった。
どうやら、あれで中型種に分類されるらしい。
(町の外壁、余裕で越してたよな?)
そのせいで凄く目立ったのだ。しかも、目が一つしかない異形というのもあって、当時はビビったもんである。
そんな一つ目玉の魔物の情報がこちらだ。
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名称:サイクロプス
種別:巨人種/中型
弱点:単眼、頭部
備考:一つ目の巨人種であり人を喰らう性質を持つ巨人族の亜種。
極めて好戦的で野蛮な上、肉食性な為か貪欲で執拗である。
顔のほぼ中央に位置する一つだけの目玉は急所として知られている。
そこを貫く事で脳の破壊を容易なものとしている事も有名。
反面、弱点はあっても巨人種由来の怪力と体力、移動速度を持つ為に討伐は困難。
その上、周囲の物を投げて遠隔攻撃をしてくる事も確認されている。
人間では逃走すら難しい。
過去、出現した場所は大陸の西北西。近くには港町であったルビスが存在していた。
だが、この巨人が出現した後、該当の場所は既に廃墟と化していたと言われている。
今日までに討伐済みで、新たな個体の確認はされていない。
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――ひとまず、問題は無さそうだ、と。
記載されている内容の中、ルビスという港町は俺が居た場所だ。運が良いのか――多分、悪いんだろうな。
住民がどうなったかまではこの中には記載されていない。しかし、わざわざ町の名を記載してるんだから、少なからず生存者が居たんだろう、きっと。
「討伐済み、か。」
今なら遠隔で一方的に【凍結】食らわせて倒せるか?
いや、あいつら巨人種のしぶとさは有名だ。多分、手が出せないだろう。
何よりも【凍結】は凍りつかせるまでに時間がかかるという難点がある。
小型のゴブリンやスライムならいざしらず、軽く5mを超えている魔物相手には分が悪いだろう。
(敵討ちがしたいってわけでもないが、ある日突然遭遇してからの最悪な展開とかは無さそうだな。)
それを知れただけでも良しとしようじゃないか。別に、戦闘を望んでいるわけじゃないしな。
後、次の調べたい事はこっちである。
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名称:現証拠
分類:フウロソウ目フウロソウ科フウロソウ属
種別:薬草
効能:下痢止め、整腸作用
使用部位:根、茎、葉、花。
使用方法:干して煎じる。
備考:医者いらずの別名でも知られる薬草だが、近年タンニンの含有量が下がり、薬草としての効能が劇的に下がっていると言われている。
この為に現在では取引がされておらず、もともと猛毒で知られる鳥兜に似ている事から、採取そのものが禁じられるようになった国も多い。
飲みすぎても便秘を引き起こしたりしない優秀な整腸生薬だったものの、今では処方されている所も無く、薬師の記憶からも薄れてきて久しい事だろう。
尚、原因は魔素による変質だろうと言われているが、詳しい原因解明には至れていない。
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マ ジ か 。
この薬草、見分けが問題なくらいで、効果としては最高だったんだが……。
それに、原因が解明されてないってのも痛い。多分で魔素が原因じゃ、確認のしようも無いわ。
(タンニン、ああ、タンニン……。)
鞣し革は本当にどうするかね。いっそ、木の皮剥いで抽出するか?
(木皮は焚付に丁度良かったんだがなぁ。)
薪に火が付くのには時間がかかる。それを補助してくれるのが焚付だ。
乾いた雑草なんかをまず敷いて、その上に木の皮を置き、それから割った木材を薪として交互に乗せる事で、火が点きやすくなるんだが、乾いた雑草はすぐに火が移って燃えてなくなってしまう。
だからって木の皮や薪を直に炙ってもすぐには火が点かない。故に、まずは乾いた雑草で火が容易に移るようにし、その火で木の皮が燃えだすようにし、燃えだした木の皮で更に薪に火を移していくのだ。
その中間材が現状違う方面で活用する事になりそうである。これは余りよろしくない。
(やっぱり、他の代用品を見つけるべきかね?)
タンニンが含まれる植物って、他何があったかなぁ?
茶の木は雪のせいであの森では見つかるはずもないし、あるとしたら白膠木辺りか?となると、虫癭を使うのか、うわぁ。
(ある意味虫癭は虫の巣なんだが、この際仕方無い――んで、次は貴族全巻、と。)
そこまで大きなものじゃないが、貴族の家紋は覚えるのが大変だ。
一気にやらずに、師匠や兄弟子が残したかもしれない手記を探すのが良いだろうな。
(滞在出来る間に、詰め込めるだけ詰め込まないと。)
このまま森の拠点に戻っても、面倒事に巻き込まれて身動きが取れなくなるのがオチだろう、きっと。
最悪、交流を始めた開拓村が狙われて人質になんて展開も有り得る。
それを防ぐには、俺自身がもう少し上手く立ち回れるようにならないといけない。
(迷惑はかけられないしな。)
数日だったが、城の書庫に籠もる俺は、すっかり本の虫として知られる事となったのだった。
Q.知識欲に取り憑かれた人間が書庫を訪れるとどうなるか。
A.入り浸って本の虫と化す。
尚、作中には出ていないものの、必要に駆られない物まで読み漁った主人公につけられた評価は、きっと自業自得です。
2018/10/17 タンニンが含まれている植物について加筆しました。
白膠木は昔から良く使われてきた植物のようです。作者は見た事はあったけども名前までは知らなかったという。
尚「お前がタンニン含んどるんかい!」とリアルでなったのは余談です。鞣しまでは分からないわー。




