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055 その錬金術師は呼び出される

 謁見して終了かと思ったか?んなわけない、ここからが本題だ、はっはー!


 何とも肩透かしな謁見の間での出来事があった後、控室に通されるかに思われた俺が王弟と共に通されたのは、先程別れたばかりの国王の執務室だった。


「すまぬな、二度手間を踏ませて。」


 そういってソファーに座る王様、一名。

 その対面に当然のようにして座るのは、王弟サイモン殿だ。

 俺はどうして良いのか分からず、ただオロオロとするだけである。


「ええと、それは良いのですが、何故?」

「うむ、あそこでは話せぬ事が何かと多くてな、こうして来てもらったのだ。」

「は、はぁ。」


 絶賛、俺 は 混 乱 し て い る 。

 確かに王城へ呼ばれるにしてはおかしいとは思った。思ったとも。

 だが、謁見の直後で控室に戻されるのかと思えば、そのまま執務室に通されるってどうなんだよ?防犯とか大丈夫なのか?今の俺、完全に得体の知れない輩のはずだよね?ねえ!?


「何、そなたが彼の賢者の弟子であるのは間違いがない。あの馬車は素晴らしいな。」

「何しれっと乗り付けてきた馬車を調べてるんですか、兄上。」


 王の発言に、突っ込む王弟。仲良いな。

 庶子出で見下されてるとかあるんじゃないかと思ってたんだが。


「別にそれくらい良いだろう?失われた技術をこの目で見るくらいは許される事のはずだ。何せ、技術の結晶が剥き出しだったからな。あれで自重しろという方が酷だ。」

「はぁ。」


 多分、サスペンダーの事だろう。あれは筐体はこたいの下に取り付けるので、上からカバーをかけるなりしないと丸見えになりかねない。

 しかし、


「ただ見るだけで終わらないのが貴方でしょうに。勝手に技術を盗まないで下さいな。」

「はっはっは――。」


 笑う王様に、苦笑いを浮かべる王弟。絶賛、俺だけが大パニックだ。

 そのまま突っ立っていると、優しく肩を押されて王弟の横に座らされた。

 ふと視線を上げると、こちらもまた苦笑いを浮かべる侍女メイドの姿。その後ろには執事バトラーらしき人物。

 一体、何時の間に入ってきたんだ……。


類稀たぐいまれな容姿を持つとは聞いていたが、確かにこれは賢者殿の残した記述通りだな。」

「妻が浮気うわきに走らないかと気が気でありませんよ。」

「何だ、お前は未だにネメアとギクシャクしているのか。」

「ギクシャクではありません。ただ、恋愛感情がお互いに無いだけです。」

「全く、そんな状態で第二夫人をめとる事になったらどうなる。もう少しだな――。」

「分かってます。分かっていますから。」


 何やら家庭の話に花を咲かせているが、俺にはついていけそうにもない。

 大体にして、今こうして席を共にしてるのは国のトップ1(ワン)、トップ2(ツー)である。平民には荷が重いわっ。


「しかし、技能面においては突出しているとはあったが、あの馬車は本当に素晴らしいな。」

「乗り心地も最高でしたよ――あれに慣れてしまうと、今までの馬車が苦痛で仕方無くなるでしょうな。」

「お前でもそう思う程か。うむ、これは売れる。」

「だから、盗まないで下さい!」

「あ、あの――。」


 漫才のようなやり取りをしているが、そうじゃない。

 そうじゃないだろう、ここは。


「何故、私も御同席する事となっているのでしょうか……?」

「そなたがそれを言うか?」


 すかさず入ってくる突っ込み。

 王様は突っ込み担当か、ボケ担当かと思ってたんだが。

 ――って、だからそうじゃない!


「完全に私は場違いでは?」


 この場に居るのは王だ。平民が共にしていいものではない。

 そう思って、恐る恐る口にする。

 しかし、


「呼び出させたのはお主の方だからな?こやつはついでだぞ。」

「は、はぁ。」


 あっさりと王弟をついで呼ばわりして、一国の主が本命は俺だと告げて来やがった。

 まだ何かあるって言うのかよ?勘弁してくれ……。


「あの場での会話は何かと不都合が多くてな。」

「大臣は知らなくても良い事も多いですからな。」


 二人揃って、何やら昏い笑み。何があった、この国。


「何より、そなたを利用しようとする愚か者は後を絶たん。それは、夜会の時に大分削ったはずなんだが?」


 気付いていないのかとは、暗に言われているのだと分かる。

 俺はげんなりとしつつも口を開いた。


「あの夜会にはそういった目的があったわけですか……。」

「うむ。夜中にそなたを呼び出そうとするような不届き者は、こちらで確りと叩き潰しておいたぞ。それらの資料も作ってあるので、どうかご安心めされよ。」

「はい。ご配慮、お気遣い、有難うございます。」

「うむ。」


 知らない内にどうやら助けられていたらしい。

 そういや、夜中に変な気配がして何度か目が覚めたな。あれは、そういう類のものだったのか。


「そもそもとして、古くから王家に仕えている貴族はともかく、新興貴族共は何も分かっておらんのだ。」

「領地を治めるというのは、その人物で何とかしないとならぬもの。事前にそういった能力を持つ者を据えますからな。能力が足りずにいるなら返上すれば良い――まぁ、私は例外になっておりますが。」

「サイモンは貴族としても王族としても育ってこなかったのだから仕方が無かろう?これは父上の判断ミスだ。勿論、十分お主は努力をしておるぞ。」

「そうは申されましても、難しい話でしょうに。余り父君をお責めになりますな。あと、私はまだまだ努力不足ですよ。」

「お前は本当に謙虚だな。あれの不手際が起こした事だろう、現状は。そう自分を責めるな、その内潰れるぞ?」

「潰れませんよ。こうして、兄上と共に国の為に生きられるだけ、私は幸せ者ですからね。」

「全く、欲がない奴だ。」


 なんつーか、話に入り辛い。そして、どうにも本題が切り出されない雰囲気を感じる。

 焦らされてるのか何なのか分からないが、付き合うしかないようだ。


「欲が無いと言えば、レクツィッツ殿もそうだな。見返りが全て勇者召喚を行わない事なのだから、どれだけいとっているのやら。」

「師が、ですか?」

「ああ。」


 聞こえてきた言葉に、俺は紅茶の入ったカップをソーサーへと戻す。

 あの人は間違っても聖人君子のような、報酬を拒むような人では決してなかった。一体、何があったんだろうか?


「貴族としての位や金銭の授受は一貫して拒んだと記述されておるのだ。どうやらそなたにとっては意外なようだが――何か分からぬか?」

「多分――勇者召喚が、災厄を招くから警鐘を鳴らしたかったのでしょうか?実際に体験してみて、それだけは防ぎたいと思った、とか?」


 別に有り得ない事では無いだろう。

 かつての魔導文明が滅んだのは、勇者が絡んでいるようだし、それを知っている師が怒り狂って警鐘を鳴らし続けたとしてもなんらおかしくはない。


「災厄、か――。しかし、何故に彼の御仁が?仮死の魔術を何度も使わずとも、弟子に全てを任せてしまってもよかろう?」

「さぁ?そこまでは私には何とも。兄弟子の中には魔術師としての腕は師に匹敵する者もおりましたが、あの人の先見の明には誰もが劣りましたから。その辺りに原因があるのかもしれません。」

「先見の明、か……。」


 あの人は魔導の深淵を覗き込んだ魔導師の一人だし、最早神の領域にまで達していたとしても俺は驚かない。予知能力が生えるくらいはやりそうだ。

 ただ、幾つもの時代に目を覚ましては報酬を拒んで、警鐘だけをひたすらに鳴らし続けるのは――流石に違和感が残るな。


(かなり執念深い感じもするし、一体何だ?)


 災害が起きた後にでも、何かあったのだろうか。

 勇者は半アンデッドなのだから、最初は人の為に奔走しているように見えても、アンデッドとしての本性がどこかで露見するだろう、きっと。

 その際には既に暴走状態にあるのが知られていたし、それを止める為に討伐隊が組まれるのはいつだって時間の問題だった。

 勿論、それに加わるのは師ならば十分可能性としては有り得る話である。いや、むしろ高いくらいだろうか。


(仮に勇者と戦闘になったとして、その勇者自身の人格や、背後の女神なる存在と触れる機会もあった、とかか――?うーん、やっぱり良く分からんな。)


 現状では予想の範囲を超えられない。推測を重ねるにしても、あの人の性格を完全に把握出来ていない俺では無理だろう。


「何にしろ、賢者殿には感謝してもしきれないな。あの方が居たから、前身が滅んだ後も、我が国はこうして存続出来ている。」

しかり、然り。」


 何やら師の偉業を褒められているようだ。

 弟子としては喜ぶべきか、何やってんだと呆れるべきか、悩ましいところだが。


「ええと、それで、私は一体、何を望まれているのでしょう?」

「うん?」


 いい加減、本題に入って欲しいんだが、なんで「うん?」なんだっ。

 俺がれしてる側では、王弟が呑気に茶をすすっている。国王はといえば、天井を仰ぎ見ながら、あごをさすったりしていた。

 どうやら何かを思い出そうとしている様子にも見える。口を挟むか悩んだが、結局はしばしの間、会話が途切れて沈黙が降りていた。


「確か――賢者殿は、後を継がせた弟子以外は自身の後を継がせる気はないと公言していたが?」

「そうですな。その上で、もしも残りの弟子が目覚めたならば、その時は保護だけを頼むと言っていたはずです。」

「ふむ。ならば、そのようにすべきなのだろう?きっと。」

「いやいや――勘弁してください。」


 それは籠の鳥直行じゃないか!何やってくれてんだあの人は!?

 と思ってたら、王弟から突っ込みが入ってきた。


「そなたは籠の鳥は望まぬのであったな?故に、姿をくらましていたのであろうし。」

「それは――。」

「よい、別に責めているわけではない。」


 何から何までお見通しってか?

 グレるぞ?マジでグレるぞ!?


「何、我らもそなたの扱いには少々困っておるのだよ。囲い込みも、本音を言えば望まぬのであろう?」

「ええ、まぁ、そうですね。」


 王弟サイモン殿の言葉に、俺は確りと頷いて返す。

 そこは俺の望むところじゃない。意思表示はこの場合大事だ。不敬かも知れないが、最早何も言うまい。

 とは言え、これによく思わない者がいるのも事実。今回は王様その人だった。


「城で暮せば、好きなだけ贅沢出来るとうのに、何故拒むのだ?」

「それは――。」


 それが当たり前の世界に住む人間ならば、確かに生活レベルを下げるのは耐え難いものがあるだろう。

 豪華な食事に、身の回りを全て世話してくれる使用人達、綺羅びやかな世界は常に庶民の憧れの的だ。

 だがしかし、それに伴う重責や教養等、実は付随するものが多くある。そこを無視して甘い汁だけ吸う事は、己の身の破滅を意味するだけだ。

 王族や貴族の世界はガチガチに固められている。それは、彼らの身を守る為でもあり、行動の自由を奪う為でもあり、同時に富と権力を得る為だ。

 しかし、平民にとってはそれが息の詰まる事なのだ。例えどれだけ暮らしが良かろうとも――トイレにまで護衛がついて回る現状は、最早ストレス以外の何ものでもないっていうね!


「兄上――それは、庶民には辛いものなのですぞ。」

「うん?」


 そんな俺と同じ感性を持つのか、庶子出の王族である王弟サイモン殿から援護が入った。

 これに、王様その人は首を傾げる。どうやら、冗談抜きに理解が及ばないらしい。


「平民と貴族では、何から何まで違いますからな。彼もその差異で苦労した為に、望まないのでしょう。」

「ほう、何故そう思えるのだ?申してみよ。」

「では。」


 立板に水とばかりに、彼は口を開く。

 生まれながらの王族の兄王と、生まれは庶民の王弟では、色々と認識の齟齬そご等もあったのだろう、きっと。

 それをこれ幸いと口に出来る機会に、彼はここぞとばかりに並べだした。


「庶民からすると、ですな。王族や貴族では当たり前の作法も、暗黙の了解も、普段の過ごし方に至るまでもが、何もかもが難しすぎるのです。ましてや、ねたまれて命を狙われる可能性もあれば尚の事。大抵は萎縮いしゅくしてしまうでしょう。」

「それ程までにこの暮らしは辛いものか?」

「ええ、辛いですとも。」


 サイモン殿のこの横やりは、正直言って有り難かった。

 俺では言葉を幾ら重ねたとしても、この苦痛は生まれながらにして王族のこの王様には分かっては貰えないと思うしな。

 その点、彼は庶民から王族に戻った人だ。色々と気苦労等も堪えなかっただろうし、俺が感じている閉塞感もきっと分かっているのだろう。


「そもそもとして、庶民は命を付け狙われるような事が滅多に無いと言える。下町で呑んだくれたとしても、せいぜいが財布を盗まれるだけです。しかし、利用価値があると知られれば話は別です。」

「つまり、誘拐等の危険があるということか。」

「誘拐でなくとも、目障りに思う輩もいるでしょうな。そうなってくると、ますますもって危険でしょう。」

「ううむ、お前がそう言うと、妙に説得力が有り過ぎる。」


 居住まいを正したまま、王を正面に見据え口を開く王弟殿。

 内心で俺は応援だけを一応送っておく。

 いいぞ、やれ。もっとやってしまえ。


「少なくとも、私にはこの暮らしは慣れそうにありませんな。毎日の書類整理に、有事の際の民の誘導、狡猾な貴族共の相手、どれもが面倒ですよ。平民であれば、まず知らぬ事です。それがどれだけ気楽な事か。」

「――それは、すまぬ。」

「構いませんとも。」


 恨み辛みとして並べ立てた王弟は、少しだけスッキリしたらしい。これ以上の発言はしなかった。

 それに苦笑いを浮かべる王に、凄味のある笑みを浮かべている王弟。さっきと立場が若干逆転しているような感じだが、それでも笑ってやり取り出来るだけ仲は良いと言えるのだろう、きっと。

 とりあえず、俺の意思は尊重されるらしい。しかし、このまま解放というのも難しい、といったところだろうか、これは?


「せめて、目立たぬままだったならば、好きに暮らせるように取り計らえたのだがな。」

「ですな。しかし、それはもう望めぬでしょう。」

「はぁ。」


 俺は気のない返事を返してそっと息を吐く。

 目立たないようにしたつもりだったが、現状は目立っているのだという事だろう。手を打ったつもりでも、どうにも抜け穴が多かったようだ。

 結局は、上には上が居るという事だろうな。


「そなたは――やはり目立ち過ぎたのだよ。我が領では、少なくとも隠したくとももう隠し通せぬ。民は元より、兵も妻もそなたには多大な恩を抱いておるからな。口止めしたところで、あの有様だ。」

「その節は、大変申し訳ありませんでした。」


 平に容赦願いますとも。

 しかし、それに王弟は笑って許した。割りと懐の深い御仁のようだ。


「何、構わぬ。我が領を救ってくれたのだ。それに感謝こそすれ、悪く思う事等無いよ。」

「何より、他の領にまでその話は流れてしまっているからな。魔術で何とかしようとしたようだが、流石に成した事までは隠せぬ。断片的に得られた情報からでも、そなたには辿り着けるだろう――勿論、サイモンのようにな。」

「ああ、成る程。」


 だからか、領主からの手紙が届いたのは。

 うん、納得だ。

 となると、あの妖精種は余り気にしなくてもいいのかもしれない。誰でも調べれば辿り着けたって事なのだろうしな。


(貿易都市での行動がここにきて響いているのか――。)


 あのくらいで、とは思うが、現代では十分に偉業に分類されるものらしい。これには流石に参ったぞ。

 その後も話は続いたのだが、結局結論は出ずに、俺は言われるままに城への滞在を課せられる事となるのだった。

 スローライフへはまだまだ戻れそうも無い。


 ルークが退出した後の王と王弟の会話。


「しかし、魔力は少ないという賢者殿の話だったが、不思議なものだな?炎の壁を生み出せる程だと言うではないか。それのどこが少ないのだ?道中では盗賊の群れを一気に凍りつかせたりもしたのだろう?」

「ええ、氷魔法の腕前はおそらく大陸一でしょうな。しかし、魔力量に関しては私には何とも――現代と魔導文明時代では、認識に差異があるのかもしれません。実際、ルーク殿からすると、ゴブリンもスライムも対処可能な相手らしいですし。」

「ふむ。それは何とも心強い事だな。ある程度の戦闘能力を持つならば、いざという時に自力で活路を切り開く事も可能か――これは、護衛が無くとも、何とかなりそうか?」

「少なくとも、兵達よりは強いでしょうな。しかし、気の緩みからか、どうにも危なっかしいところがあるようです。いざという時の備えは必要かと。」

「成る程。搦め手等の対策も入り用か――戦闘は苦手とあったし、元々そういったものとは無縁だったのやもしれぬな。」

「それでも、閉じ込めねばならぬ程ではありますまい。」

「うむ。」


 こんなのが話されてたなんて、当の本人は知らないという。


 調子に乗ってまた長文です。つか、王族の話長ぇよ。お前らどんだけ喋るんだよ。書いてて作者本人が「いい加減本題入れや!」ってなったわ。


 ちょっと加筆修正しました(2018/10/16)

 2018/10/17 更に修正しました。どうにもこいつらの会話は長くていかん。


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