054 その錬金術師は王と謁見する
高らかに慣らされるラッパの音色。開かれていく大きな扉。眩いばかりの光景。
「さ、行くぞ。」
「はい。」
一際、綺羅びやかなその中に進み行くのは、王弟であり貿易都市の領主である人物だ。俺をこの場に引き込んだ人物でもある。
彼は堂々とした歩みで、金の髪を靡かせながら歩んでいく。背には国の紋章が刻まれた緋色のマント。貴族服に身を包み、たっぷりとした生地の裾や袖を権力と富の象徴として見せつけている。
それらを着込む彼の横顔には、気負いの一つも見られない。どうやら、こういった状況は何度でもあったと伺えた。
(庶子の出でも、流石に慣れてるんだろうなぁ。)
それに数歩遅れて着いて行く俺はと言えば、ともすれば溜息を零すのを堪えるので精一杯だと言えるだろう。
高級な紅い絨毯に、天井で煌めくシャンデリアの数々。金細工の燭台にも火が灯っており、謁見の間は隅々(すみずみ)までもが明るく見通せた。
そこに立ち並ぶ兵士達は白銀に煌めく甲冑と、腰に剣を佩いていて見るからに物々(ものもの)しい。しかし、腰の剣を抜かない代わりに手に持っているのは槍だ。主に牽制用だろうか。
いずれもが鋼鉄製の、同じデザインでもってして統一しているようで、居並ぶ彼らは兵というよりも騎士にでも見えそうな出で立ちである。素直に格好良いと思えた
ただ、
(ああ、場違い過ぎる――。)
そんな場所を一領主でしかないと思っていた王弟の後ろを着いて歩く、一般人な俺。
場違い感、再びだ。凄い違和感満載だ。何だこの状況……。
幾ら見た目を飾り立てようと、俺は俺のままである。外面を幾ら整えたところで、俺には何の変化も無い。少なくとも、能力面では何も変わりが無いだろう。
(何事もなく無事に終わる事を祈るぞ?)
王弟が跪くのに合わせて、俺も膝を折り、件の御方が姿を現すのをじっと待った。
どうやら、兵の他に今居合わせている者は王弟だけのようだ。非公式の謁見、といったところなのだろう、きっと。
これが公式な謁見だと、有力貴族とか関係する下級貴族までワラワラとしている事になる。そうなると――口さがない者に攻撃の的にされたりして、ちょっとばかし辛い思いをするのだ。
(まさか配慮か?)
いやいや、そんな事は無いだろう、きっと。あるわけがない。
これは、非公式にしたい理由があるという事だ。それを示す材料は今の所無いが、とにかくそれがこちらにとって都合の悪いものでない事を切に願う。
(俺は普通に暮らしたいだけだしなぁ。)
出来る事ならば、このままあの森に帰して欲しい。いや、割りとマジでそう思うんだよ。
お貴族様の生活は庶民には辛い。めっちゃ辛い。プライバシー侵害なんてレベルじゃなく、風呂に入るのすら使用人にアレコレされるくらいである。
そんな生活から早く解放されたい、なんて思っていると、
「国王陛下のお目通りです。」
「そのまま、控えよ。」
――何やら偉そうな声が聞こえてきたが、大臣とかそんなところなのだろう、きっと。
滑るようにして僅かに見えた青と紫のローブ。魔導師なのか、それともただの文官の装いなのかまではこれだけでは分からない。
俺は頭を垂れたままで、そっと目を閉じた。
(どっちでもいいか。)
無用な情報なんて、最初から締め出すに限る。変に覚えておいても良い事はきっと無いだろう。
「――面を上げよ。」
だからか、何時の間にやら入ってきていたらしい王の存在に気付けなかった。
そっと顔を上げ、玉座へと音も無く座るその人物を見やる。
年の頃は、三十を過ぎた辺りだろうか。白い髪は、脱色や歳によるものではなく、生まれながらのものだろう、きっと。
卯の花のような僅かに黄色味がかった白い髪は、一瞬、預言者達の特徴と似通っていて驚く。しかし、よく見れば瞳は赤ではなく俺と同じ赤紫だ。どうやら違うらしい。
「長旅の末の此度の無事、まずは何よりだ――サイモン。」
「はっ。陛下におかれましては、お変わり無いようで下々(しもじも)の者共々、安堵致しております。」
「うむ。よくぞ無事に参った。」
「勿体無きお言葉です。」
どうやら領主の名前はサイモンといったらしい。そういや、名前聞いて無かったなーと、今頃になって思い出した。
聞く機会は幾らでもあったはずだが、名乗られ無かったのだからどうしようもない。
下の者が上の者の名前を聞くのは、それだけでも下手をしたら機嫌を損ねる行為なので、結構危険なのである。
「して――そちらに居るのが、件の錬金術師か。」
「左様にございます。どうぞ、彼の者の発言の許可を。」
「よかろう、許可する。」
「有難き幸せにございます。」
茶番が続いているが、こういった様式美的な事は致し方無い。
すっ飛ばして本題に入れるなら、こんな仰々しい場所での話にはならないだろうしなぁ。
「名を申せ、錬金術師よ。」
「――ルークと申します、国王陛下。」
「姓は?」
「持たぬ身でございます。」
「ふむ。情報通りだな。」
「――?」
何だ?引っかかる言い方だな。
まぁいいや、それよりも本題に早く入ってくれたほうが、この状況から解放されるのが早まる。
余計な口出しはしないでおくに限るだろう、きっと。
「さて、お主を呼び寄せたのは他でもない。賢者レクツィッツ氏の弟子と聞き及んだからだ。」
確かにその確認はされた。
しかし、その前から俺の王都行きは決まってた感じがするんだが、それとは別件なのか?
「――失礼を承知で、お尋ねします。レクツィッツは我が師と同じ名ではございますが、賢者という肩書を私は存じ上げておりません。それは、魔導師とは異なるものでしょうか?」
「ふむ。」
俺の師匠は魔導師であって、賢者なんて名では呼ばれて居なかった。
あの人は、魔導の深淵を覗いた数少ない魔術師の一人だ。賢者とは異なる。
賢者というのは、国の窮地を救ったり後世に名が残るような知恵を見せつけた者に贈られる称号だと言えるだろう。
師匠ならやりかねないが、果たしてそれが現代でも語り継がれているかと言われると、少し首を傾げるところではある。
「彼の者について、そなたは余り知らなんだな?」
「畏れながら、弟子として師事していた数年と、その後の三年程の間で、そのように呼ばれるようになったかについては聞き及んでおりません。」
「ならば、どこから話したものか――。」
何か雲行きが怪しい。保護されるとか言われていたし、どこかに押し込められるとかって話しじゃないのか?これ。
今のところ、そういった話しの流れは無いが――一体、何がどうなってんだ、これ。
「まず、賢者レクツィッツは、度々蘇っては我が国の窮地を救ってきておる。」
「――はい?」
「記録も残っておるから、そこは間違い無いだろう。後で、書庫での閲覧許可を出しておこう。」
「は、はぁ。」
度々蘇るって、何だよそれ。
まさか、仮死の魔術を何度も使ったのか?もしそうなら、あの爺さん、なんて無茶してるんだよ!?もし失敗してたら塩だぞ!?塩になるんだぞ!?
「とは言え、それは二百年前までの話だ。流石に彼の御仁も、老いには叶わぬ。今は安らかな眠りに就いておろう。」
「ソ、ソウデスカ。」
いや、俺は何と答えればいいっていうんだ?
もうとっくにくたばっていたと思っていた師匠が、実は何度も蘇ってきては無双(多分、だが)してたとか、一体何の冗談だよ!?驚愕通り越して固まるわ!
「その後は、彼の弟子が後を継いでいたが、それもここ数十年は存在が確認出来ていない。分かるか?」
「ええと――。」
(分からんわっ。分かるわけがないわっ。あの人が何を考えてたとか、知るわけもない!)
そう思ったんだが、
「何、賢者の後を継げと言ってるわけではない。」
「――へ?」
思わず間の抜けた声が漏れて出ていった。
いきなり何だ、この展開。
「何よりそなたはそういった事は苦手だと、賢者当人によって後世に伝えられておるからな。」
「は、はぁ。」
俺の様子がおかしかったのか、王は肩肘付きながら笑みを浮かべている。
何か、思ったよりも、最悪な展開には転がらないっぽい――?
「もし蘇ったならば、争いには直接巻き込むなとも言われている。」
「そ、それは有り難い限りです。戦闘は苦手ですので。」
「で、あろうな。」
何故か話が通じているが、これに関しては素直に有り難かった。
俺に師の後を継ぐとか、特に無茶だからだ。
あの人はバリッバリの戦闘系である。魔術師としてかなりの腕前を持つし、魔導師となってからは特に軍事方面へも口出しする程だったから、頭の良さとしても相当だろう。
そんなノウハウは俺にも叩き込まれたが、いかんせん使いこなせるかと言われると無理だ。あの人のは神がかってるし、俺はそもそも、そっち方面へ向いていない。
大体、使いこなせるだけの経験も無ければ、味方を切り捨てられるだけの非情さも俺は持ち合わせちゃいない。良くも悪くも一般人なのだ。
「そういったわけで、そなたへ国から何かを課すつもりは無い。現状、我が国は英雄の存在を欲してはいないしな。ゆっくりと暮らすが良い。」
「――あ、有難うございます。」
だったら、貿易都市でのあの救世主扱いは何だったのだろうか……。
解せない思いを抱く俺を他所に、
「以上で謁見を終えるとする。」
王との話はそれで終わりだとばかりに、一方的なまでに締め括られたのだった。
THE・肩透かし。
2018/10/16 加筆修正。
2018/10/17 ルビに誤りがあったので修正。ついでにちょっと加筆。




