052 その錬金術師は馬車と馬を作る
移動はさっくりカット。しかし、その前に問題が浮上しています。
馬書き忘れてた!こっそり追加しました(2018/10/16)!
揺れる馬車。それを快適にするのに一騒動あったのは、出発前の事である。
何せ今の世界の馬車には、乗り心地を向上させる為の機能が備わっていない。精々がクッションを椅子に取り付けるくらいだ。
しかし、その程度ではすぐに身体のあちこちが痛む事になる。それは既に経験済みで――かなり痛かったのだ。
「悪いんだが、少し改造させてもらうぞ。」
なので、出発前夜に馬車へと急遽、改造を施させてもらった。
尚、異論反論は出なかった模様。
馬は最初にこっそりとゴーレム馬に取り替えた。こっちはバレて問題になった様子だ。
「うんともすんとも言わないんですよ!」
そこで命令権を与えてみたら、今度は上機嫌で、
「こりゃいい!楽ちんだ!」
と宣って、決まっていたはずの御者が急遽変わった。解せぬ。
そんなやりとりが夜中にあったのだが、そこはそれだ。俺には関係が無いので見送っておいた。
御者よ、待たな~。
「酷い!見捨てるなんて!貴方が招いた事態なのにっ!」
って言われても、知らんがな。
さっくり御者を無視して、馬車の筐体へ。
まず、座席へダイレクトに伝わる振動をどうにかしないとならない。ここの問題を解決しないと、とてもじゃないが悪路走行時は耐えられるものじゃないからだ。
そこで取り付けるのがサスペンション。所謂、懸架装置の事である。
緩衝装置としての機能を持つこれは、車輪を路面に対して押さえつける機能を持つ。
これだけでも乗り心地だけでなく、操縦安定性を向上させる効果もあるので、あったほうが遥かに良い物なのは間違い無いだろう。
懸架装置にはいろんな方式があるが、以前はアクティブサスペンションと呼ばれる、バネやダンパー等とは違ってエネルギー源を持つものが主流だった。
しかし、それは現状では望んでも実現は叶わない。
何せ、あれを使うのには少なくない魔力を使うし、魔道車と呼ばれた当時の移動用乗り物でないとまず機能させる事も難しいのだ。
その上、きちんと構造を把握した者が作らないと、まともに動かせないという欠点もある。専用の道も無いしな。
なので、そこまでの知識も技術も専門外である俺としては、バネやダンパーを使った手法を選ぶしかなかった。
「バネの材料は金属なんだよなぁ――ちょっと痛いけど、鋼にするか。」
そう言ったら、材料はご領主当人が出して下さった。やったね、懐が傷まない!
その代わりに、彼が乗る事になる馬車にも同様の改造を施して欲しいとの事。話を持ってきたのは使用人だったが、悪くない取引である。
「同じで良ろしいのですね?」
「ええ、そのように願うとの事でした。」
「かしこまりました。外観には余り手を加えず、内装だけ変更させて頂きます。」
「はい、そのように上に報告しておきますね。」
「よろしくお願いします。」
使用人とそういったやり取りを行った後、どっさりと素材を頂いて手を加えていく。
まず、使用するバネはクッション性を生み出すものだ。
しかし、ただ硬さがあればいいってものじゃない。多少の柔軟性も、もたせないとならないだろう。
硬すぎればバネとしての機能は果たさず、ただの捻れた金属の棒になってしまうからな。ある程度の柔らかさは必須だ。合金にしてしまうのがこの際良いだろう。
ダンパーの方はというと、振動を減衰させる装置として生み出されたものである。
難しく言うと、バネ質量系の周期振動を収束する効果があり、これが無いと車体等は慣性が働いたままに元の位置を通り越して反対方向へバネを変形させてしまうのだ。
つまり、バネで車体が跳ねると、繰り返されるバネによる飛び跳ねによる動きで、中にいる人間なんかはシェイク状態になりかねないという事。
それは気持ち悪いってもんじゃなくなるので、これを防ぐ役目を持つ物を取り付けるんだが、それがダンパーである。
この二つを馬車へと取り付けて、更に座席にも手を加えていく。
「座席は――コイルバネでいいか。」
ソファー等にもバネというものは使い道があり、一般的にコイルバネと呼ばれる物を使ってクッション性を高める手法がある。
これには座り心地を良くする為だけの効果しかないが、単に綿を詰めるよりも良いだろう。
何日も掛けての長距離移動では、特にクッションを干している暇も無い。なので、座席へ手を加えれば劣化による乗り心地の悪化も少なくなり、格段に快適感が続くはずだ。
「――よし、まともになったな。」
そうして出来上がった馬車は、上々の出来である。少し外観に機械っぽい部分が出てしまうが、これは致し方が無いだろう、きっと。
早朝、そんな馬車を使って、俺は王都までドナドナされていく事になる。
――まぁ、別に、売られるわけじゃない。
俺の王都行きが決まったのはほぼ強制で間違いないのだが、一応師匠絡みなのだ。
あの人が弟子に無茶振りするのは前からだったので、今度もその無茶ぶりなんだろう、きっと。
(問題は何をさせられるか、だよなぁ。)
師からかつての弟子に振られるそれは、一応は依頼の類ばかりだ。
俺なら、港町で店を構えて疫病の治療に当たれってのがそれに当たるだろう。
その依頼の問題としては、勿論、死の危険があった事である。
(まぁ、高額依頼ではあったんだが。)
命と天秤に掛けるとしたら、やはり安く感じるものがあるだろうな。
しかし、その依頼の報酬は割りと無視できない。洒落にならないものを出してくる事が多いのだ。実際そうだったし。
例えば、前金として渡されたものにあった、仮死の魔術陣が刻まれた魔道具。
あれは一応弟子を卒業する上での祝いの品でもあったのだが、依頼を受けないなら無しと言われた品でもある。他の錬金術セットだけ持っていけとは、当時の師の言葉だ。
その上で、こんな余計な一言までもらったのを未だにはっきりと思い出せるんだよ。
「魔物の氾濫で逃げ切れずに死にたいなら、断れ。」
――受けざるを得ないだろう?これ。
魔力量が底上げされた現状ですら、俺は戦闘は苦手だってのに、延々追いかけてくる魔物の群れから逃げ続けるなんてまず不可能だ。
実際、俺が師の元を卒業する頃には魔物の氾濫が観測されていた。既に小さい村や集落なんかは滅んでいたりしたのである。
その危機感から受けるしか無かったのだが、この時、氾濫に巻き込まれるニ年前の事。
――港町だけでなく国自体が滅亡してる現代を見れば、この判断は間違っていなかったのだろうな、きっと。
何せ、あの時断っていたら、津波に飲まれなくても仮死の魔術陣を得られていなかった事で、俺は魔物の氾濫から逃げ切れずに死亡していただろう。
どのみち、断れるはずが無かった。
(あー、本当、あの人どこまで分かってて用意してたんだろうか?)
調整と、最後の確認作業をしつつ、当時を振り返る。
師匠は最初から『何が必要』かを分かっているかのようにして、事前に全てを用意しておく癖があった。
それは、弟子である俺を含めた兄弟子達全員に対してもそうである。そのおかげで、命を救われたのは一度や二度じゃない。
そんな彼に師事したからこそ今こうして俺は現代でも生き残れているんだが、どうにもその辺りが腑に落ちないんだよな。マジで預言とかそんな力でも持ってたんじゃないだろうか、あの人。
(いや、予知能力とかは魔眼持ちじゃないと無理って話だったし、それだって予言残してさっさと姿晦ますって言う話だったか。)
予知能力者は漏れなく魔眼と呼ばれる血色の瞳を持つ。その上、真っ白だから目立つらしい。
師匠は髪は歳で真っ白だったが、目は茶系統の限りなく黒に近い焦げ茶だった。
つまりは魔眼持ちでもなかったので、予知能力は持っていないだろう、多分。
(有り得るのは、知り合いに居たとかかね?)
魔導師として発言力もあったあの人の事だし、どこかに匿われていた予知能力者と接点を持っていたとしても何ら不思議ではないな。
(それにしても、遥か先の未来で蘇って、まさかあの人の名を聞くとは思わなかったぜ。)
別人という可能性は低いだろう。あんな名前、後世に残してはおけないはずだ。何せ意味の無い偽名なのだから、本名ではなくそちらを残す意味がまず無い。
そんな師匠の企みにどうも最初から巻き込まれていた感じが否めないが現状である。
(ああ、俺のスローライフが遠のいていく……。)
微調整も終わって、完成してしまった馬車を見て、俺は内心で嘆いた。
ドナドナが目に見えて実感出来てしまう。嬉しく無いなこれ、マジで。
この後、身柄を拘束されて運ばれるのを選ぶか、それとも多少の不便さで済む範囲で旅行気分で行けるのを選ぶか、なんだが。
――どうせ逃れられないのなら、後者を選ぶしかないだろう。
何よりも、俺には王都行きを拒むという選択肢が残されていない。師匠の遺した『何か』を知る為にも致し方の無い事だ。
依頼でない事を願う。切に願うともっ。
「うーん、本当に、あの人の企てなんかねぇ?」
考えても、答えは出そうにも無い。悶々と悩む俺を差し置いて、時間だけは過ぎていった。
そうして出発となった早朝。
詰め込まれた馬車の中で、俺は窓の外へと目を向けていた。
この王都行きへ同行するのは領主その人だが、幸いかな、馬車は別々である。
多分、同じ馬車というのは体面が悪いのだろう。俺としては非常に喜ばしい事だ。続く兵の群れの中、護送されつつ俺は伸びをして欠伸を噛み殺す。
昨夜頑張ったから節々が痛い。それに疲れた。馬車の改造は割りと重労働である。
「んー、悪くない揺れだ。」
それでも現状は概ね満足、だろうか。
この際、揺れるのはどうしようもないだろう。こればかりは、完全に無くす事はそれこそ魔法で浮かせるとかでもない限り無理な話である。
しかし、その揺れを和らげるくらいは可能だ。その為の改良を出発前に時間を貰って行ったので、現状は心地良い揺れに感じる程には改善されている。
ちなみに、同じく改良された別の馬車に領主その人も乗っている。依頼通りに、もう一つの馬車へも全く同じ物を施しておいたからな。
今頃は、何時もより揺れない環境に満足頂いている事だろう、きっと。
(せいぜい、ポイントを稼いでおかないとなぁ。)
王命には逆らえないのは貴族としては当然だが、だからって生贄よろしく差し出されるような事態は避けたい。それは嫌だ。
王都までの旅の間に彼の事を知り、上手く引き込んでおくのは現状で出来る最善だろうか。上手く行けば、情報を更に引き出す事も出来るかもしれないし。
何せ、王都までは付き添いで行動を共にするのだから、下手な事にはなるまい。
――多分だがな。
(後は、移動に着いてくる兵の実力の把握と、王都に着いてからは逃走経路の確認かね?)
今後の事を考えつつ、最悪の事態にも意識を向ける。
しかし、昨夜寝ていなかったのもあってか、俺の意識は気付けば途切れてしまっていた。
緊張感?どうやら貴族の城にいる間に薄れたらしい……。
馬車は富の象徴であったものの、それも蒸気機関車等が出てくると、貴族の移動手段に徐々に変化がおきていきます。
自動車が出る頃には完全に時代遅れですね。馬車が出すスピードは完全に負けてしまいますし、蒸気機関車にあった服が汚れるという問題点も無くなってますから。
作中の世界では、そんな蒸気機関車が開発される事もなく自動車もどきの魔道車なるものが主流となり、しかし文明崩壊後に再び馬車に逆戻りしてしまっています。
そのおかげで、馬車に取り付けていたサスペンダー等の技術も逸失してしまい、主人公が復活させる事となりました。
過去の甦った者達はどうしてたかというと、彼らはもともと魔力が潤沢だったので、移動手段には困らなかったという……。
尚、主人公は飛行魔法の習得をしていなかった為に、移動には馬車がメインとなります。乗馬?そんなの知らない子っていう。
投稿直後にちょっと加筆修正。読み返したらところどころおかしかった!
2018/10/17 そして更に加筆修正。やっぱりまだおかしいところが……。




