050 その錬金術師は領主と対面する
やっと領主の腹の底が判明します。
しかし、肩透かしでしょう、きっと。
領主と顔を合わせる席が設けられたのは、夕食の後だった。
流石に昼間あれだけ付き合わされてドッと疲れたのもあり、夕食は軽食に変えてもらって部屋で取らせてもらった。
いや、あれだけ飲み食いしてて腹が空くわけ無いだろ。むしろ、それでまだ入るってなったらどんな大食漢だ。無理があるわ。
「食欲が無いと聞いたので、軽いものにさせてもらったよ。」
「お気遣い下さり申し訳ありません。少々食べすぎてしまったようです。」
「はははっ。口にあったのなら何よりだ。」
気さくな雰囲気を醸し出してるが、その目は鋭い。
どうやら本題がきそうだ。
「少し伺いたい事があってね、よいか?」
「私でよろしければ。」
「うむ。」
差し出されたグラスは、おそらくは葡萄酒だろう。
暗い赤色の液体は陽の暮れた今の時間、色濃く深みのある色になっている。
外は夜の帳が訪れており、室内は灯された燭台だけが唯一の光源だった。
「伺いたいのは他でも無くてな――ルーク殿、そなたはかつて起きた大災害を逃れた者であろう。」
「……。」
「いや、それを理由に取り込もうというわけではないのだ。勿論、責めているわけでもない。」
では、どういう意味だろうか。
後ろ盾がないのを確認し、それを良い事に脅迫でもするのかと一瞬身構えたが、そうではないと言うのは。
一体、何が目的だ?
「災害を逃れた者は、過去幾度となく我が国を救ってくれている。それに感謝こそすれ、利用しようなどと思う事は無い。」
「では?」
「うむ、余計な者達が手を出す前に、こうして友好関係を築いて起きたかったのだ。何せ、そなたは随分と目立ってしまっていたからな。」
「……。」
考える。考えるんだ。
何をもってして、友好関係を築きたい等と言うのか、その裏を。
「戦闘で期待されているのであれば、私は大した事は出来ません。ゴブリンやブラッディー・スライムくらいの小型で、知能も速度も余り無い者が相手ならばまだしも、中型や大型では対処もしきれませんから。」
「いやいや、そうじゃない。そうじゃないんだよ。」
「では、何故?」
「うむ、それなんだが――。」
友好関係を築きたいというのは、聞こえは良いが、籠の鳥という可能性も有り得るのだ。それは御免である。
また、都合よく戦闘行為に巻き込まれても困る。仲が良いのだから良いだろう?なんて、そんな都合よく利用されたら堪ったものじゃない。
しかし、そう思って口にしたが、それも違うらしい。
ならば何を望んで、そんな言葉を吐くというんだ?
「魔導王国時代、一部の貴族が勇者召喚の儀に手を貸したのは間違い無いだろう。それによって、国が滅んでしまったのも。」
「でしょうね。聖職者達は弾圧の中にありましたし、早々触媒も手に入らなかったはずです。」
勇者召喚の儀に使われるのは、大量の魔力と、触媒となる高価な品々だ。魔石等がその筆頭だろう。
魔力の抽出には、時には人の命すら使われている。そのせいで、勇者は呪われているとも一説にはあるくらいだ。
そんな召喚の儀を行うのは、余程切羽詰まったか、国に謀反を起こすつもりだったか、あるいは聖職者共と同じく女神なんてものを崇めるようになったか。
――何にしろ、迷惑極まりない話である。
「それで、そのお話がどう繋がるのですか?私と。」
俺と勇者に関しては、直接の接点は無い。せいぜいが災害に巻き込まれた被害者といったところだろう。
故に、話の流れが見えなかった。
「勇者召喚の儀だけは行うな――これが、大災害を逃れて後の世に目を覚ました者達の共通の認識だ。度々提唱もされてきている。」
確かに、あの時代を逃れた者ならば口を揃えて言う事だろう。
それこそ『女神』は『邪神』で、『勇者』は『災害』そのものだと。
「それはそなたも同じかと思ってな。」
だからって、それをわざわざ確認する意図は?何故呼びつけてまで知ろうとするんだ?
――何だか良く分からないな。
「確かに、するかしないかという点においてなら、どのような事態に直面しようと行うべきではないと思います。ですが、それがどうしたのですか?」
まさかそれを聞きたかっただけというわけもあるまい。
それだけなら、別に呼び出すまでもなく手紙のやり取りでも良いはずだ。
そう思えば、
「うむ、それを提唱する者やかつての災害を逃れた者は出来る限り保護するよう決まっていてな。故に――現時点を持ってしてそなたの保護をここに名言させて頂く。」
「それはお断りします。」
「何?」
促せば、恐れていた言葉が続いてきて、思わず拒絶反応を示していた。
だからそれはまた籠の鳥じゃないか!それが嫌で、逃げ回っていたというのに!
「私は囲われる事を望んではおりません。しがない一般人として、一生を終えとうございます。」
「まぁ、そう言うな。話は最後まで聞いてくれ。」
聞けば聞くほどドツボに嵌りそうだが、断る手段もまた、無いのか。
頭を回転させる。場所は密室。しかし、護衛の者として兵が数名、壁際に控えている。
お尋ね者になるのを覚悟で攻撃するならば、この場を一時的に逃れる事は可能だろう。しかし、その後は?
都市の地理は覚えてるとは言い難い。何より、この城は砦であるのか、異様に入り組んだ作りだった。生け垣のある庭等、最早迷路である。
俺は空を飛ぶ飛行系の魔法が使えない。魔術には、これに類似するものは防犯の観点から一般には流れていなかった。故に、師の元で習わなかった俺には地を進むしかなく、逃走が困難なのだ。
「――はぁ。」
考えに考えて、けれどもこの場を穏便に切り抜ける方法が見つからない。
思わず、溜息を吐き出して立ち上がりかけていた身体をソファーへと沈めた。
「すまぬな。そなたの意にそぐわぬ事だろうとは、思ってはおったのだが。」
申し訳無さそうな顔をするが、これは地か、それとも演技か。
後者ならかなりの演者だ。俺では到底、見抜けないだろう。
彼は敵か?
――否、それなら、昨夜の間にとっくに俺は死んでいるだろう、きっと。
「それで、残りのお話は何でしょうか?」
「うむ、そなたの師に、賢者と呼ばれたレクツィッツという者は居なかったか?」
レクツィッツ。意味の無き名前。
しかし、その名を名乗る人物なら残念ながら心当たりがある。これが悪い方に転がるんじゃない事を祈るばかりだ。
「――賢者かどうかは知りませんが、レクツィッツ氏は私が師事した人の名ですね。その人物がどうしましたか?」
「彼の弟子であるならば、まずは王都へ向かってほしい。」
「……。」
簡潔と言えば簡潔だ。
ただ、何故?と問いかける気力すらもう億劫で沸いてこない。
レクツィッツなんて名前、そうそうあるわけもない。あの名前は師も本名ではないと言っていた。
もともとの名は捨てたとも。
その理由は不明だが、あの人が関係しているのならば、従わないわけにはいかないだろう、きっと。
何せ、予見者とも呼ばれていた人だ。俺同様に仮死の魔術陣でやり過ごすくらいは造作も無かっただろうし、どこかの時代で目を覚ましていてもおかしくはない。
そして、あの人が生き残っていたなら――なんらかの事を弟子に託すのは、予想出来る事である。
「断る選択肢は?」
それでも、最後の意地で精一杯の抵抗を試みる。
これにますます申し訳無さそうな様子で――領主その人が目を伏せた。
心なしか、身体まで小さくなってしまったように思える。
「すまぬ。王命故に、捕縛してでも連れて行く事になる。」
「そうですか……。」
どうやら、やはり俺は何かに巻き込まれていたらしい。
溜息しか出ない現状に、思わず天を仰いだ。
何に巻き込まれてるか、今後の展開で明らかになっていきます。
あと、主人公の出生にも繋がります。一応、その辺りは王道だとだけ告げておきます。




