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049 その錬金術師は茶会に招かれる

 昼食の席に設けられた屋外での食事会から大凡二時間後。


「こちらでございます。」

「有難う。」


 通された一室は、比較的こじんまりとした様子の部屋だった。

 花瓶に飾られたクリーム色の薔薇が薫り高い。居並ぶ面々は昼食の席で一緒だった女性達で、いずれも淡い色彩のドレス姿で凛としている。

 その立ち居姿は、こういった席に夢がある者ならそれこそ鼻の下でも伸ばした事だろう。

 しかし、彼女達は綺麗な花であると同時に、棘も持つ。丁度、飾られている薔薇のような存在だ。


(――どうしろっていうんだ。)


 まさか不用意に声など掛けられるはずもない。こちらが身分は遥かに下だ。下の者が上の者へ声をかけるなど、マナー違反どころじゃない。

 そもそもとして、昼食の席も同様だが、俺は場違いなのだ。そんな場違いな俺が放り込まれて、彼女達の機嫌が下がらないかとヒヤヒヤする。


(俺、何かしたか?)


 女性陣の中に男が一人――これだけでも結構堪えるものがある。

 彼女達はこちらをちらりと一瞥しただけで、それまで話していたらしい話題へと戻っていった。

 そこに混ざる?


――冗談だろう?


 それは完全に無礼な振る舞いだから、出来るわけも無い。

 大体にして、そんな度胸も無いのだ。前に用意された紅茶に手を付け、当たり障りのない話を振る事すら、高難易度である。

 その上、この場を取り仕切り、招待した側である領主婦人は未だ姿を見せていないときている。なんなんだ一体。


(針のむしろだ――。)


 酒の席も勘弁願いたいが、女性陣のこういった場に放り込まれるのも勘弁願いたい話である。

 何が悲しくて、平民で貴族のご令嬢方の機嫌を伺わねばならないというのか。どう考えても死亡フラグだろ、これ。


「――お待たせいたしました。」


 軽食の混ざるアフタヌーンティーに時折手をつけながら、紅茶を流し込んでいると、ようやくこの場の取り仕切り人がやって来た。

 思わず遅いよ、と内心で呟くのは致し方無いだろう。普通、支配人は先に席に着いているものだ。何故居なかったし。


「少々お化粧直しに時間がかかりすぎてしまいましたわ。」

「まぁ、今度のドレスも素敵ですのね。」

「綺麗な梔子色くちなしいろです事。どちらで手に入れましたの?是非、教えて頂きたいですわ。」

「実は――。」


 キャイキャイとはしゃいだ声で一気に賑やかになる。

 それまでは落ち着いた雰囲気でさざめくような感じだったのが、ここに来て爆発するかのようだった。

 ただ、その後に続いた言葉には、思わず固まってしまったが。


「この布、そちらにいらっしゃる救世主様が手がけた品ですのよ。」

「「まぁああああ!」


 ――おい、何でここに流れてるんだよ。

 しかもそれでドレス仕立てるとか、あれは木綿だろ!?


「下手の横好きでお恥ずかしい限りです。」

「いいえ、とても素晴らしい品ですわ。触り心地もふんわりとしていて柔らかいですし。」

「絹の手触りには劣りますが、それでも綿だとは思えませんわね。」

「色も素敵です。とても春らしい色合いですもの。」

「まるで、妖精のようですわ。」


 何か概ね高評価なんだが、多分お世辞だろう。上辺だけにとっておくのが吉だ。こういうのは、本気にしたら馬鹿を見る。


「お褒めに預かり、光栄です。」


 そういや、彼女達はお嬢様と言える年齢なのだろうか?それとも、もう結婚済みか?

 ――分からん。女性の年齢は、化粧の有無もあって見分けが付き難い。

 下手を打って場が冷めるのを招くよりは、無難に留めておくのがいいだろう。


「是非、今度は絹の染色を!」

「機会があれば。」


 真に受けずに流して、俺はにっこりと笑みを貼り付けたのだった。


 異性だらけの中に放り込まれると割りと辛いのは男女共に共通でしょう。

 ましてや、話題が着いて行き辛い異性特有のものなら尚の事。

 作者は主人公とは逆の立場で、ネットゲームで少し褒めたら舞い上がられて「いやそれお世辞だから」ってなる事がちょくちょくありました。

 リアルだとまず無い事なのですが、やはり顔が見えない分本気にされやすいのでしょうか。

 文字だけのやり取りは、そういった機微が伝えられなくて、結構難しいですね。


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