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004 その錬金術師は森の恵みを手にする

「有り過ぎて困る。」


 食料を探せば幾らでも見つかる。それはもう、歩く度にである。

 見渡せばそこかしこで茸や山菜をよく見かけたし、その群生地さえもが数多く見つかり、最早食べきれない程の量が見つかった。急遽、蔦を編んで籠を拵えたくらいである。


「これは――採り過ぎたか?」


 籠の中にはいつの間にやら山盛りになった食料。毒も薬も扱う職にとって、その原料となる物の見分けは容易に付く。おかげで大量だった。

 勿論、食用となる物だけを選んで摘んで来たのだが――思った以上に手に入ってしまった。しかしながらも、一度に食せないからと捨てるのも勿体無い。


「ここ最近、人が踏み込んだ様子は無いし、しっかり次も収穫出来るだけの配慮くらいはしてあるしなぁ――別にいいか。」


 取り過ぎなのは、自分一人分にしては多過ぎる、という意味でだ。食べきれない分は、適当に乾燥させるなりして、保存食としても確保しておこう。

 そんな森の恵みでいっぱいの環境は、同様に雑草にとっても生育しやすい環境である。故に、下草はボーボーだったし、獣道らしい獣道も見当たらない。もしかすると、埋もれてるのかもしれないが、未だ発見には至っていなかった。

 ただ、昨今、この辺りを散策したのは自分くらいだろうとも思える。少なくとも、人や大型の生物が通ったような、下草が倒れ込んでいる様子も無い。勿論、車輪の跡など全くもって見えないとも。


「ああ、これはちょっと切ない――食料は手に入ったし、水もあったからいいけどさぁ。でもやっぱり切ないぞ。」


 寝る場所も、森の中は見通しが悪いのもあって安全そうだし良さそうだが、人の気配が無いのだけが残念である。

 水は魔法で生み出せるが、同様に探索魔法を使うとあっさりと近くを流れる川を発見出来ている。そのあまりにもあっさりしすぎた事に、逆にびっくりした程だったが幸いだった。

 ただ、前はこんなに近場に川なんて無かったはず――なんて思って歩けば、町だった場所からかなり遠くまで歩いてようやく見つけた。近いと思ったのに遠い。これいかに。幸いとは何だったんだ。

 以前と変わらない場所に川はあった。だが、そこに辿り着くまでの所要時間は、大凡六時間程。20km程歩いたと思えば、やはり遠い方だろう。

 そんな川までの距離は、今までの感知範囲よりも遥かに遠いものだった。そのおかげで、長時間歩いた俺は、早々にクタクタになってしまった程だ。いろいろと予定が狂ってしまっている。


「うーん、悩ましい。一応は今日で、ほぼ優先事項は片付いたから良しとしときたいんだが。」


 困った事に、未だ森を抜けられていない。

 思えば、採取しつつ歩き詰めた一日である。目覚めたのは午前だったが、今は陽が傾き始めていて周囲は薄暗い。一夜過ごす場所としてはここは悪くはないが、だからって良いというわけでもなかった。


「はぁ。」


 そんな中、留まる事にして作った寝床と火種。ようやく出来たそれらは大変有難くて、ホッと息を吐き出す。

 この際、飲むのがただの水だろうと気にしない。お茶を入れたくとも、鍋も無ければ薬缶ヤカンも無いからな、仕方がない。


「人生、何があるか分からんもんだなぁ。」


 思い起こせば、真っ先に浮かぶのは師匠に叩き込まれたサバイバル術――もとい、修行の際に教わった事である。

 こうして着の身着のまま森の中へと入り込んで、ようやく身に染みて実感した気がするんだ。

 ただ、独り立ちした今もこうして活用する事になるとはなぁ……と、若干遠い目になる。


「後は、魔物が居なかっただけ、幸いか。」


 あの津波からどれくらいの時が経ったか分からないが、町を包囲していた魔物の群れは全て居なくなっていた。あの群れの中には俺が相手取れないような凶悪なのも居たので、遭遇しないで済んだ現状はきっと幸運だろう。

 何せ、そんな凶悪な進化を遂げた魔物の発見は、相次いでニュースとして流れていたのだ。それは今も、俺の頭の片隅に残っている。見かけたのが一匹でも、他にもまだ居たと思った方が良い。

 多分だが、進化した魔物のどれもが、おそらくは俺では太刀打ち出来ない相手だろう。間違いなく、群れで襲われればひとたまりも無く――死ねる。

 幸いにもそれらを含めて魔物とは今のところ遭遇していない。ただ、それは運良く遭遇しなかっただけで、全くいないわけではないはずだ。奴らの中には知能が高いのもいるし、隠れ潜んでいる可能性だってある。


(おそらくは、力量差があって隠れているのに気付けていないか、あるいは単に遭遇出来ていないだけのどっちかなんだろうが。)


 後者である事を祈る。ひたすらに祈る。じゃないと俺はここで終わりかねん。

 何せ、前者なら、森の中で休んでいる今が一番の好機だからだ。これから完全に日も暮れるし、そうなれば、夜目の効かない人間の俺では不利になる。

 その上で魔物と戦闘する?冗談じゃない。そんなの完全に自殺行為だ。遭遇するようなら逃走を試みた方が生存確率は上がるだろう。


(やだなぁ、そんな事態は。)


 そんな魔物との遭遇に内心でビクビクしつつも、周囲を見渡す。

 こんな広大に見える森を囲うだけの塀が、あるわけはないだろう、きっと。そんな余裕があるくらいならば、まだ人間の生活が出来る場を増やす方が効率的であり建設的である。間違っても、魔物の侵入を拒む為だけに築く事も無いはずだ。

 それはつまり、何時かは森から出られる、というのを意味するはずだ。


「うん、間違いなく、お財布にも優しくないからな――多分しないだろう。」


 復興の途中であれば、財政的にも非常に厳しいはずだった。

 何よりも、色々と現状にはおかしな点があるのだ。


「今って、春なのか?それとも秋なのか?」


 気候的にはそのどちらかだろうと思われる。ただ、そのどちらなのかが、錬金術師である俺からしても依然としてはっきりしない。

 錬金術師というのは季節に敏感な職業だ。手に入る材料が季節に左右される事が多々ある為に、それらの旬にも詳しく、故に植物を見れば今がどの季節かくらいは判断が出来る。

 ――そう、出来るはずだったのだが。


「なんで春先に食用の茸があるんだよ、これは秋だろう?なのに、春に採れて秋には採れないはずの山菜が山ほどあるっておかしいだろ?」


 これには、どうにも腑に落ちない事である。

 なぜ、秋の味覚と春先の味覚が揃って生えているのか。

 未曾有の大災害は、植物にまで影響を与えたとでも言うのだろうか――?


「いや、まぁ、それは無いだろ?無いって思っていいだろ?にしても、今後の対策を考えると、なぁ?」


 誰にともなく向けてぼやく。

 冬に向かうなら食料の備蓄が最優先だ。薪も必要になるだろう。

 夏に向かうなら熱中症とか毒虫の対策が優先か。塩は特に重要になってくる。

 しかし――そのどちらをやるにしても、現状では両立が難しい。ていうか、かなりの問題があったのだ。


「前者は備蓄場所の選定と建設、保存食の加工に入手が必要だな。後者は水分はともかく塩の精製と頭部を守る帽子が欲しいし、衣類もなんとかしないとならん。後、虫除けの薬を入れる容器も必須だなぁ。」


 何せ、夏になれば蚊が増える。蚊は病原菌を持っている事もあるので対策が必要なのだ。襤褸の衣類のままでは、それらの侵入を容易く許すだろう。人との遭遇を考える上でも、何とかせねば。


「はぁ。」


 だが、なんにしろこの現状では余裕が余りにも無い。

 同時進行で何かを成そうとしたら、おそらくは中途半端なまま夏か冬に突入するだろう。かといって、どれかに絞るにしても、判断する為の材料が無いに等しいのである。

 だからって、このままでは危険だ。凍えたり熱中症にかかるのは、一人では最悪死に繋がる。

 ましてやここは森の中。間違っても、街中だった頃とは比べるべくもない危険地帯である。マジでどうにかしないとならなかった。


「安全確保が明日の課題になるのか……。」


 それが、一番難しいわけなんだが。

 うーん、悩ましい。

 森から出られればいいのだが、一日歩き通しても見つかっていない森の切れ間。川沿いに上流と下流を眺めても、それらしいものは無く、探索魔法で感知範囲を広げてみてもそれは同様だったのだ。どうしたらいいんだか。


「あー、一応、あそこ、それなりに開拓済みの港町だったはずなんだがなぁ?」


 気付けば森に囲まれた廃墟と化していました、まる。

 そんな中で、植生までもが変わっているのだから、魔物の形態にも変化があると思った方がいいだろう。それは、完全に厳しい状況である。


「ただでさえ、突然変異と思われる変異種のニュースが相次いでいたのになぁ。」


 それらと遭遇しただけでも、下手したらアウトだろう、きっと。

 もっとも、あれからどれくらい経ったのかも定かではない。更にはどれくらいの魔物が進化や変化を遂げて、その後どういった生態系を築くようになったのかは不明だった。

 退化する方面でいってくれてればラッキー。より凶悪さが増していたなら――絶望的だな、うん。

 しかし、予想するにしても、どれだけ考えても想像しきれない話で頭が痛い。


「ああ、くそっ、情報が足りない……マジで辛い。」


 今のままでは、魔物と遭遇しても対処法が見つからずに殺される可能性さえあるんだ。考えに考えて、最悪の状況へ対処出来るようしておかないと。

 そうでもなければ、かつて師匠とやった鍛錬さえ無駄になるだけだろう。


「あの地獄の特訓が無駄とか――おう、困る。それは嫌だぞ。」


 そんなこんなで今の現状を振り返ってみても、やはり足りないのは安全と衣類、そして今後に向けて活用する為の情報だろう。

 マジで、これだけは時間をかけて自分で得るしかないと思う。どうするにしても、集落を見つけるのが手っ取り早いんだが、あるんだろうか?あるといいんだが。


「うーん。」


 更には何かを作る為には道具が、買うには金が無い。集落が見つかってもやはり問題だらけだ。

 まぁ、今現在見つからないので、まさしくお手上げな状況なんだが。


「せめて、獣でもいれば良かったんだがなぁ。」


 残念な事に、それすら見つからないという最悪のパターンである。おかげ様で、獣道も何も無い下草ボーボーの道を進むしか無く、初日にして既にげんなりとしている。明日も歩くのか。そうしないといけないのか。

 ――他に方法なんて無いしなぁ。

 あと、手に入れた食料、売れないかね?


「都会っ子にこれはきついだろう?流石に酷いわ。絶対、師匠との鍛錬が無かったら、多分これ、初日でお陀仏だったぜ?」


 それどころか、仮死の魔術すら知らずに、あのまま津波に呑まれるだけだったかもしれない。


「――やっぱり、いざという時の為に教わっていて助かったな。」


 師匠には先見の明でもあったのか、これでもかってくらいにサバイバル技術を叩き込まれた。その上で、仮死の魔術が刻まれた布をいただいていたのだ。

 おかげで今日も生きていけている。周囲が大木に囲まれた状況だろうと、こうして生存出来ているのはあの人のおかげだろう、きっと。

 ――もっとも、昨日迄は仮死状態で眠りこけていたんだが。


「しっかし、不思議だな。」


 これだけ植生が豊かな森だというのに、何故か獣はおろか鳥すら見ていない。異常だ。

 木々の枝には、たまに放置された鳥の巣があったので、一応いる事はいるのだと思われる。ただ、数がかなり少ないのか、全くもってその姿は見かけなかったが。


「鳥のさえずりも聞こえなかったが、肉食獣が居ないっぽいのだけは助かる――もっとも、虫の鳴き声だけが響く森は、これはこれで不気味で嫌だが。」


 なんというか、薄気味悪い。廃墟と化した元町と同じ雰囲気がある。気持ち悪いったらない。

 それでも未だアンデッドが出ないだけマシだろう。うん、マシではあるのだが――やはりこの状況は異常だと断言出来る。なので、出来ればその異常とやらの原因と遭遇する前に、さっさと森を抜けてしまいたいところだった。


「なんつーか、嫌な予感しかしないしぃ。」


 これが、近隣の村や町から狩り尽くす勢いで狩られているのならば良い。それならば、単に鳥獣がただの食料と化しただけになる。その後、どこかの狩人の仕事が無くなるだろうが、それは俺の知った事ではない。

 しかしながらも、この状況から鑑みて、それは有り得無さそうだと思えた。何せ、植物は豊富に残っているというのに、動物だけがいないのだからおかしい話である。小さすぎて得物にもならないような者までいない。所謂森の運び屋であるリスとかネズミとかさえもが見当たらないのだ。

 それらが居ない、という事は、この森で狩りを行っているのは人間以外の可能性が高い、という事である。それはもう、凄く厄介ごとの匂いがする話だった。


「はぁ。」


 その事を思えば、今後の展開も余りよろしくないものだろう、きっと。

 災害から逃れる為、眠りに就いてから少なくない時が経ち、植生すら変わっているこの状態。

 はてさて、こんな状況下で、どんな進化を遂げたかも分からない魔物との遭遇は、果たして俺に生き残れるだけの余地があるのか?

 ――危険性は非常に高いという現状にしか思えないそれは、俺を憂鬱にするくらいには、とてもよろしくない状況だった。


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