033 その錬金術師と薬草~匂菫編~
雑草に埋もれるようにして咲く濃い紫色をした花が目に映る。
「お、匂菫じゃん。」
この花は香水の原料になる他、花びらを砂糖漬けにしたお菓子なんかも作れる。
砂糖が現状貴族しか手に入らないようだが、そこはそれ。俺は錬金術師である。
砂糖の材料となる物だって知ってるし、栽培方法も加工方法もお手の物だ。別段困りはしない。
「これがあれば、部屋の芳香剤代わりにもなる――良いじゃん良いじゃん。お持ち帰りしよう。」
持っていたスコップと布の切れ端で土ごと花を包んで収穫する。
匂いと花の名前に冠するように、匂菫は一輪咲いてるだけでも部屋中が香りに包まれる程強い香りを発するんだ。その作用には鎮静作用があり、就寝時には最高である。
おまけに、日陰でも咲く上に花が咲いている期間が長い。すぐに散ったり枯れたりはしないので、鉢で室内に飾るのに適した良い植物だった。
「根と種、あと茎には毒があるんだよな。そこだけ、注意しとかないと。」
匂菫の種子、根茎には神経毒が含まれている。下手に口にしようものなら、嘔吐や神経麻痺を起こし、最悪心臓麻痺だって発症する事のある毒物だ。
故に、何でも口にしちゃう小さい子供がいる家庭では楽しめないが、俺は独り身なので関係が無い。飾って楽しむ事としよう。
「置くならやっぱ寝室かねぇ?まだ殺風景だしなぁ、家の中。」
工房には炉も窯も設置済みだ。粘土もあるので植木鉢は作れる。
しかし、木製の家具とベッドしかまだ出来上がっていない環境だった。いろいろと、まだまだ足りない物があって殺風景なのは否めない。
そこに加えるこの花。小さいながらも香りは楽しめるだろう。
「切り花はどうも好みじゃないしな。ドライフラワーにしたくなる。」
これは職業病だろうか。出来るだけ長く保管しておきたくなるのだ。
そんな中、採取したこの匂菫だが、こういう薬草っていうのは、同時に毒草でもあるんだよな。
用法用量間違えば薬だって毒になるように、毒だって調整してやりゃ薬だからな。当然である。
表裏一体のそれを扱うからこそ、錬金術師は薬にも毒にも精通している。この辺りは薬師とはちょっと違う点だろう。
「あとは数があるなら砂糖漬けかぁ。専用の硝子瓶でも拵えるかねぇ?」
匂菫は思いやりのシンボルとされている。だから、プレゼント用の箱とかの装飾図柄のモチーフにもよく利用されるんだ。
それを硝子瓶にも入れようかと考えたのだが、
「図案は――ああ、紙がまだ無いんだっけか。」
残念な事にデザイン案を描き出す為の紙が無い。惜しい。それがあれば帰ってからでも取り組んだのに。
まぁ、その内手を付けるし、それまで気長に案を練っておこう。
「今日からは、木の香りだけじゃなくこいつの香りも楽しめるしな。」
その後も匂菫を見つけては同じ様に採取し、俺の家はしばし馥郁たる香りに包まれたのだった。
匂菫はちっちゃな花です。見た目を愛でるよりも香りを楽しむ事の方が多いかと思います。
田舎だと割りとあちこちに咲いているのを見かけますが、普通の菫との違いに関しては作者は「?」状態。
鼻がきかないんですよ、ええ。おかげで香りがどうのと言われてもさっぱり分からないという……。
花より団子派の作者ですが、砂糖漬けにはどうにも食指が伸びません。なんていうか、砂糖を振りかけた物は苦手なんです、甘すぎて。
尚、匂菫の花言葉は「高尚」「秘密の愛」「誠実」「謙虚」の四つです。




