030 閑話 その錬金術師は交易に訪れる
メルシーちゃん再び。
色とりどりな鮮やかな布達。真紅に、水色に、若草色に、墨色。
それらはどれ一つとっても、視線を釘付けにするものです。
「こ、これ、どれを選んでもいいの?」
「うん。気に入った色があるといいんだが――。」
鮮やかな色の他にも、薄い色合いの布だってある。まるで、それは布の見本市みたいだった。
広げられた布はどれもこれもが彼のお手製だって言う。持ち込んだのは、ずっと姿を見せてなかった、ルークさんその人。
彼は、私を助けてくれただけじゃなくて、あっという間に避難民達が安全に過ごせる高い塀と、深い濠を作ってくれた美人さんです。
そんな人がある日、染色したという布を持って来て、家にいる雌鶏と雄鶏を一羽ずつ、これの代わりに貰えないかと交渉しにきました。
「メルシーや、お前さんが選んでおくれ。」
話を持ちかけられたお爺ちゃんは、そう言って私にどの布にするか決めさせました。
これは確実に、私に選ばせてくれる配慮です。売り物じゃなくて、これを使ってワンピースを仕立ててくれると約束してくれましたからね!新品のワンピースだなんて、初めてですよ!?
「うわぁ、綺麗――この黄色いの、凄く明るくて向日葵みたいです。」
そんな中、私が選んだのは、夏に大輪の花を咲かせるお花と同じ色をした一枚の布です。
種を炒って食べたり、油を取ったりする事が出来る、見た目だけじゃなくて食用にもなるあのお花と同じ色の布でした。夏の代名詞ですよ。とっても綺麗で大きいんです!
「お、卵色に目を付けたか。それは、加密列っていってな、カモミールとも言われるハーブを使って染めてるんだぜ?」
「カモミール?お茶にするあの白いお花ですか?」
「そうそう。一応、薬草でもあるんだ。お茶にも出来るが、メルシーちゃんは若いのに良く知ってるなぁ。」
「えへへ。」
ルークさんに褒められちゃいました。美人さんから褒められて、嬉しくないはずがありませんよね。
その後も、色々とお話しをして、今は森の中にお家を作って住んでる事とか、今の所魔物の姿は無いとか、森は当面安全だとか、たくさん教えてもらいました。
「じゃぁ、この二羽はいただいていきます。」
「うむ。またよければ、うちに寄ってくれ。大した事は出来ないが、歓迎するのでのう。」
「有難うございます。今後共、ご贔屓によろしくお願いしますね。」
「ホッホッ――。」
綺麗な色で染まった布と、薬草を使って作ったという常備薬の数々。薬師みたいだけども、ルークさんは錬金術師なんだと言います。
私の知る錬金術師は、黄金を作れるなんて嘯いて、王様に処刑された人達しか知りません。でも、ルークさんが言う錬金術師は、元々は薬師みたいなものなんだそうです。
「一応、鍛冶技術だって齧るんだ。外科手術だって場合によっては手がけるし、そもそも魔法が使えないと出来ない職業だからね。適正が無い奴はなりたくてもなれないんだよ。」
「へぇ、凄いんですねぇ。」
「そうそう――。」
偽者は、魔法を使わせてみれば一発でバレるそうです。
錬金術師というお仕事は、魔法のお薬を一杯作るのがお仕事だから、水を生み出せないならその時点で錬金術師じゃないんだとか。
次、偽者が現れたら試してみましょう!
「後は、何かを黄金に変える技術なんて無いんだよ。あの金属だけは、他とは大きく異なるからね。」
「異なる?」
「難しい話になるけど、分子レベルで結合具合が全く違うんだ。常に回り続けているのがあって、それが黄金が腐食しない理由になってるんだよ。」
「ぶんし?けつごう?」
「やっぱりちょっと難しいか――ようは、黄金は腐ったり錆びたりしない、他とは違う金属って覚えたらいいよ。」
「う、うん!?」
「あははははっ。」
黄銅と黄金は違ってて、でもよく間違われる事もあって、やっぱり難しかったお話をされてから、ルークさんは帰って行きました。
今後は、この村と交流して下さるそうです。魔法薬があれば、怪我や病気になっても、たちどころに治ってしまうんだとか。それが、普通のお薬とはまた違うとか、色々と教えてもらいました。
「本物の錬金術師の人は凄いんですねぇ。」
しみじみと、そう思います。
私の前には、腰が痛かったはずのおじいちゃんが、曲がっていた腰も真っ直ぐに椅子に座っています。ルークさんから貰ったお薬のおかげで、もう全然痛く無いそうですよ?
「――そうじゃのう。大昔には、錬金術師という職に就いた人はいっぱいいたそうじゃ。たまに遺跡で見つかる魔法の薬は、彼のような人物が作った物じゃろうなぁ。」
「そう。そうかもしれないですね!」
ここ最近、腰痛が酷くて立つのも座るのも辛かったお爺ちゃん。避難する時に腰を痛めて、ギックリ腰になっちゃったんです。
そこにやってきたルークさん。突然お爺ちゃんにお薬を勧めて「お試しですから」とグイグイ飲ませていました。今じゃその魔法のお薬のおかげで、立ったり座ったりどころか背筋ピンッと伸ばして歩けるようになってます。
おかげで、元気に家の中をウロウロ歩き回ってますよ。鶏だって、楽々捕まえて見せて、凄く誇らしげでしたしっ。
「なんなら、今なら駆け足だって出来るぞい!」
「じゃぁ、私とどっちが早いか競争ですね!」
「よし、鶏のところまで駆けっこじゃ!いくぞメルシー!」
「はぁい!」
そうして、元気いっぱいになったお爺ちゃんは、柵の中の鶏達と追いかけっこまで始めました。
それを見た村の人達皆が驚いて、まだまだこの村は安泰だと笑っていて、実に平和的でした。
メルシーのお爺ちゃんは若い頃は働き者で知られた元気な方でした。
しかし、歳には勝てず、孫娘に鶏の面倒を頼むようになってからは、めっきり動かなくなっていったのです。
そこに、ギックリ腰をやらかしてしまう。
――一度癖つくと、何度でもやってしまうそうですね。
それを根本的に治す魔法薬、現代であったら飛ぶように売れそうです。




