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289 扉の外へ

 やる事が無く暇であれば、人にとってはそれそのものがもうストレスになる。

 だからって放置すれば簡単にその不満は爆発してしまうし、どうせ死なないのだから――と、好き勝手暴れようとする奴まで出てしまうのが死鬼の悪い点だろう。

 彼ら民にはもう死への恐怖は無く、痛みも感じない死体となってしまっている。

 反面、心は腐っていく自分の身体に焦燥や不安を抱いており、中には絶望したり気が狂ったりと混乱が広まっているのが現状だ。

 丁度、人である事の問題点が浮き彫りとなっている為に、その内腕が折れようがどうしようがお構い無しに破壊活動へと精を出しかねない危険さえあった。


「――正気ですか?」

「正気も正気だ。私が先陣を切って安全である事を示せば、民も続くであろうよ。」


 そんな中で持ち上がってきたこの問題に、早急に手を打つべく俺は真っ先に行動を開始する。

 死鬼へと転じた民達は、急に俺が城から姿を現した事でざわめいていた。

 そんな中、堂々と向かうのは王都と『外』を繋ぐ門。外界に程近い場所である。


「全員がこのまま閉じ籠もれば気も狂うだろう。だから、それを解放してやる。」

「しかし――。」


 通りを歩いてみれば、既に平民の多くは腐り始めている。

 まともに発声も出来なくなっているらしくて、この為に周囲では「あー」だとか「うー」だとか意味を為さない声が響いていた。

 遠巻きに見つめてくる彼らの濁った瞳を見ながらも、足は常に外へと向かいながらも呟いて返す。


「無論、外に出たいと願っている者なら、というのが付くがな。」

「はぁ。」


 城を出た俺に着いてくるのは、一体のゴーストだ。

 執事長を務める者で、死後も下手の良い執事服を身に付けている。単なるゴーストというよりはレイスと呼んだ方が良い死霊だ。

 そんな彼を引き連れて進む俺には護衛も何もいらない。

 その代わりのようにして、四六時中張り付くようになったのがこの執事や侍女達なのだから、これはこれでどうなのかと思うが。


「上手く行けばよろしいのですが――。」


 そんな俺に着いてくる執事は、何処か不安気な様子だ。

 例え死者となっても、民が暴動を引き起こして暴れまわる姿は見たくは無いのだろう。

 国が荒れる姿は、愛国心が強い者からすれば辛いものでしかないしな。この為、周囲のゾンビへ転じ始めている民を見ては何処か落ち着かない様子だった。


「何、恐れる事は無い。」


 そんな彼に向けて、俺は殊更偉ぶった言葉遣いを心がける。

 国の王になった為に、そういった挙動が求められるようになってしまった為だ。

 理由は分かるので、多少面倒臭い気持ちはあるものの、彼らが求める言動を俺も努めて口を開いていた。


「門の『外』に居る者達も、知能は衰えていようと『同胞』であり同じ存在だ。別に襲いかかられるような事も無いよ。」

「はぁ――それでしたら良いのですが。」


 執事の不安が拭えない様子だが、実際、門の外に居るアンデッド達は大人しいものだ。

 肉も腐り落ちて骨だけとなった身である為に、カタカタと骨を鳴らすくらいしか物音も立てない。

 腐った大地の上にはそんなスケルトンの大群と、半透明なゴースト、それに『物』に宿ったゴーストの一種が好き勝手に動いているだけで、この地は正しく修羅の国となっていた。

 そんな『外』にも届く程の大声を張り上げようと息を吸い上げて、門番を務めている兵士達へと告げる。


「いい加減に閉じ籠もるのも辞めだ!我らは既に自由な身!外に居る者達とは敵対関係にも無く、最早仲魔である!故に――!」


 後を着いてゾロゾロとやって来たゾンビ――王都の民へと両手を広げて、演説を行っていく。


「本日を持って、外への道を開こうぞ!そして、遠き地にて同じ『仲魔』となりし者達との会合を果たそう!我らは自由である!繰り返す、我らは自由だ――!」


 事前に兵達への説明はしてある。

 今日、門を開くというのは会議上でも決定事項で、貴族達からの了承も得られている。

 ただその場合、誰が先陣を切るかという問題が浮上したが――これには俺自らが立候補もしてある状態だ。これで、誰にも文句は言わせないで済むだろう。


「さぁ、今こそ我ら、外に居る者達と共に死後の生活を歩まん!」


 この為に演説を続けて、言葉が終わると同時にタイミング良く音を立てて扉が開かれていくのを背後で聞く。

 それを見つめる濁った瞳は、しかし確かに門の『外』へと釘付けで、それぞれの想いがそこには見て取れた。


「かつての村や町に残してきた家族が居る者もあろう!会いたいと常に願っていた者も居よう!故郷の地に帰りたいと願う者も、取り戻したいものがあった者も居たはずだ!それらを成すのも我らは自由!そして――。」


 声を張り上げながらも、門に向けて下がっていく。

 彼らの感情が期待に傾けば、自然と外へ足を踏み出す勇気は持てるはずだ。

 何もこんな閉鎖的な空気が流れている王都に留まる必要は無く、勇者に気を付けてさえいれば良いのである。

 この為に、


「今此処に――王である我がそれら全てを許すと宣言する!」


 踵を返して、開いた門の外へと足を踏み出していく。

 外を見れば、そこには荒涼とした大地がただ広がっていた。

 植物も何もかもが枯れ果て、あるいは腐り落ち、それらを雨が全て拭いさって土へと還してしまった後だというのが分かる。それくらい、開かれた扉の先にはもう何も残ってはいなかった。

 そんな中に踏み入って、王都へと振り返る。

 もう此処は結界石の効果の及ばない場所だ。そこで振り返り、視線の先で一歩も動かず、微動だにしていない民へと声を掛けていく。


「我が王の名において、汝らの向かう道を我が指し示す!何も恐れる事は無い――このように、外は我らにとってもう危険な場所では無いのだ!」


 演説するも動かない人々。

 勿論、十年も閉め切られていた『外』といきなり繋がったからって、飛び出して行く者はそう居ないだろうと予想はしていた。

 何せこの十年に誕生した者ですら、親から繰り返しアンデッドへの恐怖を伝えられていたからな。今更開いたからって、出て大丈夫かと不安が残るのは当然の事である。

 それは、例え死んでいても染み付いて離れない恐怖。

 その恐怖に死しても縛られている彼らだが、しかし、


「見るが良い――!外のアンデッド達が、我らに見向きもしない様子を!一向に襲ってくる様子が無いのを!」


 広げた両手の先、彼らでも見えている事だろう。

 荒涼とした大地を彷徨っている、白い骨の姿が。

 かつては人だった者で、しかし死してアンデッドとして蘇ったスケルトン達の姿が。

 それが、全く此方に興味を示さない。生者であれば問答無用で襲いかかり、殺そうとしていたアンデッド達が、である。


「これぞ正しく自由である!汝らは生を失った代わりに、外を歩ける自由を手に入れたのだ!もう閉じ籠もる必要は何処にも無い!繰り返す、汝らは自由である――!」


 これに、一人、また一人と、フラフラとしながら移動を始めていく者が出始める。

 まるで何かに誘われるようにして、彼らは門の外へと出て来た。

 次第にその数は増えていき、彼方此方で感情を爆発させたのか雄叫びのような声も上がりだし、徐々に騒々しくなっていった。


「もう大丈夫だな。」


 それを見て、道案内役のゴースト達へと指示を出していく。

 手に持たせるのは一枚の看板だ。木製の物は腐り落ちて失われてしまっている為に、鉄の板に文字を刻んだ物である。

 それに何処への案内かを記載し、ゴースト達へと持たせておいた為に、行きたい場所へと民達は移動を開始出来る事だろう。


(こっちはこれで良し。後は――。)


 外に出てきた民を誘導して、グルリと視線を王都へと向ける。

 何処にも行くつもりが無く、かと言って不満は残り続けてしまう者達への対処が必要だ。

 一応、不満を逸らす為の案は多く出してあるし実行もしている。

 いずれもが石製か金属製ではあるものの、トランプにチェス、オセロや五目並べ、更には将棋や人生ゲームと多種多様なテーブルゲームを作らせて配布しておいた。

 他にも、門を貴族街に関しても同様に開かせて、その先にある城を自由に見て回れるよう通達を出してある。

 

(今頃は城内ツアーが始まっている頃だな――まぁ、しばらくはこれで大丈夫だろう。)


 閉じ籠もる民のストレスを根本的に解消する術は余り多くは無い。

 この門の解放でも動かなければ、後は精々が逸らす程度の効果しか期待は出来ず、多かれ早かれ暴動を引き起こそうとするようになるだろう。

 しかし、次に起こる頃には多くが現状と上手く付き合えているだろうと予想していた。

 何せ、


(その辺りの対処は、間違えてなければ多分変わらない結果になるだろうしな。)


 という予測が立てられているからだ。

 王都の民は派手な事が好きだ。祭りもそうだし、この前の戴冠式だって同様である。

 そういったイベント事は今後も色々と企画してあるので、不満は逸らしていける事だろう。

 例え今は混乱していても、その内落ち着いて好きに暮らし始めるはずだった。


(それまでの時間稼ぎが重要だな。)


 王になるにあたって、変な演目を組まれたりと宰相からの地味な嫌がらせがあったが、それでも結果は何も変わっていない。

 ゾロゾロと移動していくゾンビの群れは、巻き戻してきた過去でも変わらぬ光景だ。

 そして、王都に留まり続けようとする者達の臆病さも変わらずにある光景。


(そして、そこに『外』のアンデッドが混ざるのも、変わらない、か――。)


 王都の民である彼らが散らばって行く中に、白骨したスケルトンが混ざっているのがちらほらと見受けられる。

 それを見て、何一つとして巻き戻す前と変わらない光景に、俺はそっと安堵の吐息を漏らしていた。


 2019/005/03 加筆修正を加えました。脱字の修正をしました。


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