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284 現状維持

 エリクサーを作れるようになった双子に王宮錬金術師の座を明け渡し、ようやく肩書が王宮魔法師だけになった。

 それでも少し忙しいが、概ね王都は平和で平穏で、そして停滞した空気が流れている。現状は安泰だと言えるだろう。


(とはいえ、ストレスは感じているみたいだな。)


 チラリと見るのは窓の外。

 風向きによっては腐った匂いが城にまで届く為、それが一部、不平不満へと発展しているようだ。

 そこに加え、閉じ込められた状況への多少のストレスが感じているようで、怒りっぽくなった人が増えている。

 とは言え、それすらもが俺の威圧で十分に対処が可能な範囲だ。吸血鬼だった巻き戻す前の過去を考えてみても、爆発する程溜まるという事も無いと思われる。


「――早期に法案が可決されていて良かったな。」


 そんな中で口を開いたのは、元騎士爵で現近衛騎士団長となっているバーリアント伯爵。

 休憩時間に専ら会話する相手は彼である事が多い。今回は、そこに加えてもう一人隣に連れて来ている。


「そうですね――。」


 口を開きつつも考える。

 いつもなら此処には更に魔法師団長が加わる。だが、彼の方は相変わらずの激務らしくて今回は結石だ。

 忙しくとも確りと任をこなしている辺り、俺よりも余程団長に向いているし優れていると言えるだろう。

 ――そんな彼の激務ぶりには大体アルフォードが原因となって関わっているが。


「病死や事故死、それに孤独死によるアンデッドの発生は、民にとっては死活問題となりますし、それを防ぐ為の防止案の徹底には正直助かりましたね。」


 話題となっている法案は、王都内でアンデッドが発生した場合を想定した民の訓練だ。

 死者は大凡半日でアンデッドとして蘇ってくるのが現状である。これを防ぐには、どうしても住民同士の監視が必要不可欠となっていた。

 しかし、彼らの多くは余所者同士の集まりだったりと、連携は余り取れない状態にある。

 それを打開すると共に連絡網の完備を行う為に、国民同士で死者が出た際の対応を法で整備しておいたのだ。

 これによって現在は目立ったトラブルも起きておらず、概ね犠牲自体は回避出来ていた。


「最初は何の事かと思ったが、まさか冒険者組合の方でアンデッドの対策をしていたとは思いもよらなかったな。しかも、それは貴殿の差金だと言うじゃないか。」

「大した事はしておりません。偶々適任者がいただけですから、やらせてみてはどうかと打診しただけですので。」

「はははっ。王宮魔法師殿は随分と謙虚でおられる。貴殿のその行動こそが、王都を救って見せたのではないか!」


 笑って話す伯爵だが、現状が現状な為に『家に招く』というのも難しいらしく、代わりのようにこうして休憩時間に引きずり込んでくる。

 一体何処で手に入れてくるのかは知らないが、その度に茶をご馳走するのだから相当なストックでもあるようだ。他にも茶請けを出してきたりと、随分と良くしてくれている。

 もっとも、ほぼ毎日こうして行う辺りには、その背後に他の貴族ないし王族の意思でも介入していそうではあるが――。


「まぁ、その適任者が魔法師団に入ってるとは思いもよりませんでしたがね。」

「ん?」


 そう言ってチラリと見たのは、この場に居合わせている件のもう一人の方である。

 会話には加わらず無邪気に甘味にかぶり付いているのだが、これでも一応は貴族だ。

 礼儀作法は何処かへ置き忘れてきたのか、フォークで切り分けるのではなくただ刺したケーキへと大口を開けて齧りついてる辺り、育ちを疑いたくなる所作である。なんでこんなのが貴族なのやら。


(おかしい。絶対におかしい。平民生まれの俺よりも食い方が汚い。それなのに貴族って、絶対におかしいだろ、これ!)


 内心で絶叫しつつも呆れた視線を向けるが、奴がその事へ気付く事は無い。

 それどころか、


「おかわり!」

「あるわけないだろうがっ。少しは慎め!」


 馬鹿な事を言い出したので速攻で突っ込み、嗜めていた。

 コイツのマイペースっぷりは相変わらずだ。唯我独尊、まさしく我が道を行く状態で、空気を読むとかはしない。

 いや、一応空気は読めるのだろうが、それを見事に無視してくれる。おかげで振り回される事が多く、現魔法師団長と共に頭痛の種だった。


「えー。んだよ、ケチ臭いなぁ。」


 そんな俺からの突っ込みに、唇を尖らせて催促しようとする同席者。

 本当に頭が痛くて横から思わず叩きたくなった。


「だったら少しは会話に参加しろ。お前一応それでも貴族だろうが、国の行末に少しは頭を使えっ。」

「えー。」


 えーえーと不満ばっかりだが、決してコイツの頭は悪く無いはずなのだ。向かう方向がおかしいだけで、意外に戦闘ではまともな判断をするのだから、ちゃんと考えは出来るのである。

 しかしやらない。絶対にそういった行動を取ろうとはしない。

 周囲に迷惑がかかろうが何だろうが、自分の欲望に忠実に行動する為に、最近では『アホード』のあだ名が広まってきている程である。

 そんなアルフォードとの会話をバーリアント伯爵はただ微笑ましそうに見ていて、決して口を挟む事は無かった。


「魔法使いなら頭を使うものだろう。何時まで愚か者を演じているんだ。」

「別に演じていないぜ?俺は何時も自然体だし。」

「素でやってるなら尚更質が悪いわ!」


 アルフォードの容姿は、ここ最近目立つ赤毛以外にも漢らしさが際立ってきている。それも精悍さが強まっていて、見事に男臭い容姿に、だ。

 ただ口の端にクリームを付けているし、無邪気な様子を見せていて物凄く残念だが。


(なんて勿体無い――!)


 そう思わずにはいられない程、何処か隙きがある残念ぶりだ。

 イケメンで中身がコレだと、正直言って腹が立ってくる。それくらいには男らしくて、此方のコンプレックスが刺激されるのだ。


(なんでコイツは見た目『だけ』はこんなに格好良いんだよっ。中身はアホなのに、アホードなのにっ。)


 非常に納得がいかない。

 俺の線の細さは未だ健在だし、半分死んでいるからか全く見た目が成長しない。しかも太れもしないものだから、未だに女に間違う奴が出るくらいである。

 それが更に劣等感だというのに、コイツは見るからに男らしく成長しているのだから、非常に腹が立つ。


(八つ当たりだとは分かってる。分かってるんだけど――っ!)


 腹立たしいのは、コイツと俺が対比として良くネタにされるから、だろうか。

 特に最近は俺の氷属性とコイツの火属性をネタにした良からぬ本が民の間で出回っているらしい。はっきり言って不本意である。そして紙の無駄だ!


(何で俺がコイツとくっついてるなんて本が出回るんだよ!おかしいだろうが!クソが!)


 しかも一部の貴族の間でも人気っていうのだから、本当に腹立たしい。作者は死ねば良いのに!

 ただ、そういった面を除くと、アルフォードは確かに優秀だ。火魔法はかなり強力だし、人間なら骨すら残さず灰にしてしまえる。

 この為、冒険者組合の方から指名依頼を出させていたのだが、まさかの脱退で頭が痛かった。


「火属性の魔法使いは現状とても貴重なんだよ――!少しはその立場としての発言くらいは出せ、何か一つくらいはあるだろうがっ。」


 そういった事情もあり、休憩にかこつけて会談の場を設けたのだが、どうもこれは無駄だったらしい。

 何せコイツに何か尋ねる方がどうかしていたと、直後に俺は気付いてしまったのだから。


「無いな!」


 元気よく即答するアルフォード。

 それに対し、


「即答で断言すんなボケ!」

「あいてっ!?」


 扇子で頭頂部を叩き、そっと溜息を吐き出した。

 これにバーリアント伯爵が笑いを堪えて肩を震わせる。

 その事にも情けないやら腹立たしいやらで、苛々と扇子を握り締めた。


(漫才じゃないってのに――本当に頭脳面で役に立たないな、コイツは!)


 緋色の民と呼ばれるアルフォードの一族は、元々猪突猛進だ。

 おそらくだが、魔法使いじゃなければ「筋肉こそ全て!」とか言い出していた事だろう、きっと。

 それを思い起こして、頭を抱える。


「はぁ――呼ぶんじゃなかった。」

「苦労されておりますなぁ。」


 魔法使いでない為に、城で働いているとはいえ近衛騎士のバーリアント伯爵はアルフォードとの接点がほぼ無い。

 この為に、顔を合わせれば何か出るか――なんて期待していたのだが、完全に無駄だったらしい。


「水属性の魔法使いも飲料水や生活用水の確保でそれはそれで貴重ですが、いかんせん生死に関わるアンデッド対策よりは優先度が下がりますからね――是非、火魔法使いの立場からの言葉が欲しかったのですが。」


 ジロリと視線を向けるも、


「無いぞ?」


 即答で結局は返される始末で、どうやらアルフォードには何かを尋ねるという事そのものが間違っているらしい。


(本当に戦闘以外では役に立たない、コイツは――!)


 火魔法使いの存在は現状必要不可欠となっているのに、その人数は決して多くは無い。

 魔法使いの人口自体が少ない為、全体で見るとどうしても少数派なのだ。

 そんな火魔法使いは、現状において様々な面で活躍している。


 何せ薪の材料となる木々の伐採を行おうにも、地上を徘徊するアンデッド達が邪魔で向かえないからな。


 この為に遺体を燃やす木材は常に足りないし、冬の寒さを和らげる為に使われる薪の確保すら出来ていない

 火魔法に頼り切った状態にある現状は、綱渡りなだとさえ言えるだろう。


「法案と言えば――子供の出産に、なんでも上限が課せられたとか?」


 話を変えようと、つい最近可決されたらしい法案について尋ねてみる。

 主に法案を出すのは貴族達だが、それらは文官達によって精査されており、更に王によって最終的に施工するかどうかが決まる状況である。

 偶に馬鹿な法案を通そうとする貴族が出る事もあるが、それに関しては俺が直接『お話』に向かうので、大体は鳴りを潜めている状況だと言えるだろう。

 そんな俺の話題に対して返って来たのは、溜息。

 どうやら可決されたとはいえ、思うところがあるようだ。


「まぁ、水も食料も限りがあるからな――致し方無いだろう。」

「そうですか。」


 確かに水と食料には限りがある。

 しかも、その大半が国庫からの放出品となっているのが現状だ。気にもなるだろう。

 とは言え、その辺りを担当している大臣とは、俺と王とで結託してある状況。この為、在庫の数を不問にさせている。


 何せ、中身の補充は俺がしているからな。


 主に地下のアンデッド達が製造してくれた物や、度々やって来る勇者達の持ち込んだ物資、それに各地の残量物を利用しているのだ。下手な事は言えない。

 この為例え聞かれても「大量にある」で返させているのが現状だ。それでもしつこければ「当面は問題無い」と答えさせている。

 これに、


「だが、大臣が残量を開示しないのには参ったぞ。」


 なんて、大臣の行動に気を病んでバーリアント伯爵が息を吐く。

 まぁ、気持ちは分からないでもない。

 先行きの不透明さに加え、周囲がアンデッドの群れに囲まれている状況だ。そこでもし食料が足りない――なんて状態になったらと思えば、誰だって不安に駆られる。


「混乱を怖れての事でしょうし、大量にあるのならば、今しばらくは大丈夫ではないでしょうか?」


 しかしながらも、俺の口から言えるのは宥めになるかも分からない言葉だった。

 彼の不安を取り除くにも完全にとはいかないだろう、きっと。生者であるが故に、常についてまわる問題なのだから当然だ。

 これに、


「しかし、それで足りなくなってしまっては遅いであろう?その辺り、陛下はどうお考えなのだろうか――。」


 なんて、やや苛立った様子を見せる。

 あまり良くない兆候だろう。何せ彼は騎士だ。それも王の側を警備する近衛騎士の隊長である。

 その近辺警護の彼が不満を持つのは、爆発した時にクーデター等を引き起こしかねない。

 この為、多少逸らすくらいなら可能だろうち思って、口を開いた。


「もしかすると、足りなくなってきたら、私に物資の回収をお命じになるおつもりなのかもしれませんね。」


 一応は有り得る可能性だ。

 それを示唆しながらも、茶目っ気たっぷりに片目を瞑って見せる。


「ほう――。」


 これに目を細め、多少気を緩めた様子を見せるバーリアント伯爵に、大丈夫そう、なんて思う。

 実際には既に行っている事だ。国内だけでなく国外もアンデッドに飲まれたのだから、水はともかく様々な物が入手可能な状況である。

 しかし、それらを回収するにも方法が方法な為に伏せている。

 何せ、


(時魔法使えるのは俺だけだしなぁ――無茶ぶりは勘弁して欲しい。)


 それに、どのみち杞憂に終わるんだし、構わないだろうという考えもあった。

 そんな俺の言動に、バーリアント伯爵は多少落ち着きを取り戻したのか、


「――そういえば、そなたは瞬間移動も出来るのであったな。」

「ええ。幾らでも可能ですよ。」


 なんて確認をしてきた為に、にこやかに笑みを浮かべて返しておく。

 帝国を滅ぼす時に使った【転移門】や、神出鬼没にやって来た事を知るバーリアント伯爵だ。多少匂わせるだけでも、情報は十分だったのだろう。


「王都を頼む――。」


 そう口にしただけで、後は概ね穏やかな雑談へと転じていったので、クーデターは未然に防がれたようだ。

 内心で、胸を撫で下ろす。


(まぁ、巻き戻す前の過去でも無かったし、多分大丈夫だよな――。)


 なんて思いつつも、休憩を兼ねたお茶会は予定通りの時刻でお開きとなった為に仕事へと戻る。


「――それではまた。」

「うむ、残りの時間も頑張るとしよう。」

「ご馳走さん!」


 三者三様の方向へと散らばっていく俺達。

 尚、目論見が外れて早々に邪魔になってしまったアルフォードには、俺の分の茶請けを与えておく事で途中から黙らせておいたのは言うまでも無い。

 ただ、それにより二切れのケーキを口に出来てご満悦だった奴は、他の魔法師団員だけでなく他の者からも相当に妬まれたらしく、嫌味を言われ続けた末にしばらくしてげっそりとしていた。


 2019/04/28 加筆修正を加えました。誤字を修正しました。


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