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281 死の誘い

 王国崩壊の足音は南西部から始まった。

 隣国の生き残りである難民が逃れて来た後を辿るようにして、種々多様なアンデッド達が追いかけて来たのだ。

 それに、


《――早速か。》


 開いた【転移門】越しに見ていた俺は息を吐いて【念話】を飛ばしていた。

 とうとう此処までやって来たという感じである。

 それでも最初に見えたのは一体、二体と、非常に数が少なく、一部は撃退しつつも難民達は駆けている。


「助けて!」

「門を開けて!」

「お願い!誰か!誰か気付いて!」


 口々に叫ぶのは若い男ばかりだ。女子供は足の速さと体力で、どうやら此処まで着いて来れなかったらしい。

 他にも年寄りの姿も見られない。多くが非戦闘員ながらも、体力と足の速さだけで生き延びてきたような感じで、見るからにボロボロだった。


《予想通りだったな、これは。》


 彼らの多くは罠には気付き、それを避けて上手く国境を超えて来ている。

 代わりに後を追いかけてきたアンデッド達が引っかかり、仕掛けておいた罠に嵌って多くがその姿を消していた。

 だがしかし――すぐにもその数は膨れ上がり、あっという間に防衛前線として敷かれていた掘りや壁が突破されていく。

 その光景に焦る彼らが、ようやく開かれた門の内側へと駆け込み、息を切らせていた。


「た、助かった――。」


 その中に女王らしき姿は無い。

 流石に国が滅び、また滅ぶ状況の中に逃亡したトップが混ざっているとも考えられないので、これは予想された範疇の事だ。

 それに、


(既に王国へ亡命してるかもしれないしな――。)


 そんな考えが脳裏を過る。

 あの女王ならさっさと国を見限って逃亡くらいはするだろう。民を肉壁に使い、また影武者を立てて利用もしていたのだから、間違いなくこのような状況で混ざっているという事は無いはずである。

 それでも、俺は手を出さないでただ見守り続ける。

 何せ、何とか出来る領域なんでものはとっくに過ぎているからな。この為に無駄に魔力を使うわけにもいかず、確認とタイミングの見計らいをしていた。

 そこに、


《しかし――本当に多いですね。》


 俺の開いた【転移門】を覗き込むツヴァイが【念話】を飛ばしてくる。

 近くにはようやく灯り台なる刑から解放された古賀音、そしてクドラクが居て、同じく【転移門】の先の光景を見つめていた。

 それを眺めつつ、


《まだこれで一部っていうのがなぁ。これ全部に対して【黄泉戻し】してたら、とてもじゃないが魔力が足りないよ。》


 余りの数の多さに、げんなりとしながらも俺は【念話】を飛ばす。

 それに対し、


《むしろこの状況で逃げ出さない事の方が危険では?》


 と、ある意味真っ当な返事が返ってきて、俺は軽く肩を竦めて返した。


《半分死んでるから、俺は敵にならないらしいぞ、コイツらにとって。》

《なんと――。》


 俺が半死半生な事を今更知ったらしく、驚いた感情が伝わってくるが流しておく。

 今此処に居るアンデッド達の中でクドラク以外だと、生きていた時代は魔導王国が滅んでようやく安定してきた頃だ。

 この為に八百年近く前から長らく封印状態にあり、未だ地上の事には疎い様子を見せている。

 そんなツヴァイ達の質問に全てに答えていると時間が幾らあっても足りなくなる為、さらりと流しておくのが時間の節約にもなった。


《ぎゃひー!?》


 そんな彼らの不満を逸らすべく、今現在は新たな同胞となった者達を生贄よろしく与えてあるのが現状だ。

 生贄は――北の蛮勇の地で生まれ育った、あの生き残りで死鬼に転じた達達である。

 彼らを扱くのに一部が夢中らしく、訓練場からは様々な声が【念話】にて届けられてきた。

 それはもう、騒々しいくらいの声である。


《死ぬ!死ぬー!?》

《もう死んでるんだから気にすんな!》

《腕が落ちても大丈夫だ。縫合すればくっつく。》

《そういう問題ー!?》

《《そういう問題だな。》》


 ――聞こえてくる声は中々にして危ない。

 ただまぁ、穴に落ちても落ちたアンデッドには大したダメージが無いくらいだから、腕が落ちた程度はどうって事無いのだろう、多分。

 何せ【転移門】の先に見える穴の中には、竹槍が鋭く尖っているのだ。

 それに突き刺さっても構わずにアンデッド達は動いていたのだから――多少不便を感じるだけだろう、きっと。

 そんな光景を見つめている内、


《これ、完全に詰んでないっスか?》

《そうだな。もっとも、詰んでるのはもっと前からだが。》


 古賀音からの突っ込みが入ってきて、冷静に返しておく。

 現状、生者側に出来る事はもう残ってはいない。

 罠を張り、少しでも足止めや遅延工作をするのがせいぜいで、それすらも長くは保たないかった。


《兵を出しても犠牲者が増えて敵の数を増やすだけよねぇ。かといって閉じ籠もるには、余りにも物資が不足し過ぎているんじゃない?》

《ご明答。そのせいで生きた状態で助けても無駄になるんだ、此処は。》

《へぇ――。》


 クドラクが指摘しているのは、アンデッドに囲まれて逃げ遅れた人々が閉じ籠もってしまった場所の不味さだ。

 此処は盆地で、隣国であった女王の国との国境にも位置している。治めているのは辺境伯で、特に武芸に秀でているわけでも無い平凡な貴族である。

 それでも緊迫した状況の中、逃げ遅れた人々を屋敷の地下へと誘導し、地上の兵士達に時間稼ぎを命じていた。

 確かに現状で出来るのはそのくらいだが、しかし同時にそれは悪手だろう。


 何せ、襲撃しているアンデッドの中には霊体系も数多く存在しているからな。


 奴等は死体でも生者でも構わずにその肉体を乗っ取り、同士討ち等を狙ってくる事があるのだ。

 この為に彼方此方では混乱が起きていた。


《これは――やりきれませんね。同士討ちですか。》

《こっちで今囲い込みしてるが――それでも間に合ってないな。》


 多数展開された【転移門】。

 その空間越しに霊体系の移動の阻害と操られている者の隔離をしているのだが、流石に手が足りない。

 かと言って他に出来る者がいるわけでもなく、運が悪いと仲間に殺されたり、あるいは殺してしまったりしていた。


《やっぱり駄目か――。》


 一先ず中に入れないように壁ごと町を囲い込んでしまうが、既に入り込んでいる分にはどうしようもない。

 正直、結構な魔力が取られて痛いんだが、幸いといって良いのか未だ俺は半分生者だ。この為に魔力回復薬が一応使える。

 ただ、この魔力回復薬には何の味付けもしていない。以前の教訓を生かすでもなく、味付け出来るだけの余裕が無かったのだ。

 このせいでほぼ水の味しかしない瓶を呷っていたのだが、


《――この様子では仲間に引き込んでやるのが、せめてもの慈悲になるでしょうか?》


 ツヴァイぽつりと、そう【念話】を飛ばしてきた為に少しばかり眉を顰める。

 慈悲も何もどっちみち死ぬ事になる。それを選ばされるのは生者にとっては酷な事だ。一部は耐えきれずに自我を失ったり狂ったりもするのだから。

 そんな事を思う俺が【念話】を飛ばすよりも早く、古賀音からの突っ込みが入っていた。


《いやいや、それは完全に滅亡フラグだよね?せめて延命の方で考えるべきじゃない?出来る限り生きていたいって思うっしょ。》


 ――なんというか、言ってる事が割とまともだ。

 ただ、それが出来る段階はとっくに失われてしまっている。

 この為に一息吐きながらも【念話】での会話に割り込んでいた。


《無理だな。既に一度アンデッドの群れに襲われていて、何処も疲弊している。物資にも土地にも余裕は無い。》

《えー……。》


 俺の言葉に古賀音が何処か不満げに【念話】を飛ばしてきたが、どうしようもないものはどうしようもないのだ。

 そんな俺への態度に何か思う事でもあったのか、直後にツヴァイがガッシリと古賀音の頭を掴んでいたので、見て見ぬふりをしておいた。


《ヒエッ!?》

《貴様はまた磔になりたいのか?》

《ええええ!?》


 ――俺は何も聞いてないし何も見てない聞こえてない知らないぞ、うん。

 とりあえず、現状何処であろうとも救援を求められても応じられない状態だ。

 何せ、他国も何も残っていないからな。あるのは王国だけで、それだって国土の半分はもう腐敗してしまっている。

 そこに流れ込んできたアンデッドの群れ。あっという間に水源に入り込み、奴等によって川も湖も無く全てが汚染されていく事だろう。

 というか、ゴーストやレイスに操られた人間が井戸へと身投げをしていたので、多分もうこれでアウトだ。


《――もうどうにもならないですね、これは。》

《やっぱり、ツヴァイでもそう思うか。》

《はい。数が多すぎて生きていた頃でも対処しきれなかったでしょう。 》

《今なら?》

《何時でも蹴散らせます。》

《――その言葉だけで十分だよ。有難う。》


 とりあえず、ツヴァイの言葉が本当かどうかは別として、気持ちだけを受け取っておく。

 今現在、足止めされていた肉体のあるアンデッド達が、丁度掘りを超えて壁を迂回し始めたところだ。

 奴等は落ちた同胞を足場にしてやってくる。ゾンビやミイラ、それにグールの群れだ。すぐに塀に張り付いて登って来ようとするだろう。


《相変わらず汚いわねぇ。》

《洗ったら骨になるぞ?》

《まだそっちの方がマシだわぁ。》


 クドラクの言葉に茶々を入れてみたが、彼からするとゾンビ等の腐乱死体は勘弁して欲しいものらしい。

 思い切り顔を顰めていて【空間壁】でガードしているのだが嫌そうにしている。


(――まぁ、分からないでもない。)


 確かにアイツらの腐臭は酷い。

 しかも色々零していくので移動ルート上は最悪だ。


 そんなアンデッドの群れが、次々に妨害の為に築かれていた壁を超えて行く。

 向かう先は人々の暮らす領土。町の方である。

 そこへと向かうアンデッド達は易々と国境を超えて来ており、最早止める手立てもほとんど無い。

 この為に、地下に逃れた人々は誰もが不安そうな様子だった。

 それを見て、


《――それじゃ、交渉に行ってくる。》

《お気を付けて。》


 苦境に立たされている領地へと、俺は古代遺跡よりも更に深い地下から一転、転移して向かった。

 向かう先は勿論、籠城している人々の居る領主の館だ。

 これに最初、救援が来たとばかりに喜色の顔を彼らは浮かべて見せたが、すぐに俺から出された『交渉』に対して懐疑的な様子を見せて、何処か戸惑うような視線を向けてきた。


「――それで、本当に助かるのか?」


 この地を治めているという辺境伯。

 爵位は伯爵と同等か、それより一つ上の人物である。

 そんな彼に向けて、俺はただ淡々と頷いて返していく。


「ええ、ある意味マシでしょう。少なくとも自我は残りますから。」

「むむむっ。」


 唸る領主に、


「お母様っ。」

「カーミラ。」


 領主の妻と娘と思われる母子が、後ろで互いに互いを抱きしめ合って、床の上へと崩れ落ちた。


「そんな――。」


 愕然としているのは使用人や少数の護衛の私兵達。そして、避難してきた町民達だろう。

 一様に顔色が悪く、完全に絶望に染まってしまっている。

 しかし、どう足掻いたところで現状を変える術は無いのだ。


「このまま奴等に殺されて自我を失うよりは、幾分かマシになります。後は自害の道もありますが、その場合焼却する時間がありませんので、結局は同じ運命を辿る事になるかと――。」

「ぐぬぬっ。」


 民を背後に控えつつも、この地の領主である辺境伯が呻く。

 そうして、すぐにでも口を開いて交渉してきた。


「そこを何とかならぬだろうか?せめて、追い払ってくれるだけでも良いのだ。女子供だけでも、何処か安全な場所に逃がせないか?」


 必死な様子に、しかし俺は首を左右へと振って答える。

 無情だろうが何だろうが最早どうしようもない。


「無理でしょうね。あれだけのアンデッドとなると、討伐どころか誘導自体がもう不可能ですから。逃げるにしても、何処にも安全な場所がありません。じきに、王都も呑まれます――。」

「なんと――。」


 このまま放置すれば、確実に低位から中位のアンデッド達へ蹂躙されてしまい、生者達の多くは何処へ逃げたとしても最終的には同じアンデッドの姿として蘇る事となる。

 それを避けるには、現状ではもう手が回らない状況なのだ。何もかもが足りない。ただ、この一点に尽きる。

 それを伝えつつも、今後をどうするかを彼らに決めて貰う為、話し合いを行って貰った。


(仮に此処で助けたとしても、その後の水や食料が足りなくなってしまうという問題があるしな。結局は切り捨てるのだから――此処で切り捨てておいた方がマシだろう。)


 アンデッドの群れは生き残りを追いかけて、他の地に雪崩込んで行く。この為、順にこの地は滅亡していくだろう。

 生かしておくなら王都のみで、それすらもが厳重な管理が必要となってくるのだ。

 俺は彼の地を最後にして粘るつもりではいるが、それでも残った生存者達には緩やかな死へ向かって貰う他無いのが実情だし、むしろ生き残った方が辛いかもしれない。


 何せ、孤立無援の状態に陥る。


 壁一枚隔てて生者と死者の境界線が出来上がるのだから、精神的にかなりキツイものがあるだろう。

 とは言え、


(此処で切り捨てたとしても、最初のアンデッド発生の時点でもう長くは保たないんだよな。)


 そんな未来があるのも事実。

 巻き戻す前の過去から知れる情報だから、ほぼ決定事項だと言える。

 それを俺にはどう足掻いても変えられないし、逃れられないものである事を悟るしかないのだ。

 一応は延命措置は続けてきたのだ、これでも。

 だが、それでももう目に見えて終わりが近付いて来ているのが現状だし、もう長くは無いと諦めるしかないのだから、一体どんな呪いだろうか。


(記憶が無かったのが、それはそれで痛かったな、今回は――。)


 最初の旧王都襲撃からこっち、王国はアンデッドの発生に頭を悩ませてきた。

 そんな裏では、確実に勇者の召喚が何度も行われていて、それらによる滅亡が虎視眈々と狙われてきていたのである。


(幸いながらも、クドラクのおかげで記憶を取り戻す切っ掛けは得られたけど、それでももう完全に手遅れな状態だったし――仮にそれより速く取り戻せたとしても、奴を倒せたかどうかってところなんだよなぁ。)


 旧王都を襲った勇者は、初めから普通じゃない。

 人の命を軽く見ているなんてものじゃなく、完全な遊び感覚で殺人を犯す狂人なのだ。

 その上、邪神の言いなりな為に人の言葉には耳を全く傾けないし、言葉で惑わす事も不可能である。


 何せ、目に付いた相手は殺すか、犯すの二択しかしないのだ。


 それ以外に思考が働く様子は無くて、人の家だろうがなんだろうが勝手に漁り、盗みや放火さえも行う。

 これ程までの害獣は居ないというくらいには、奴は悪意の塊だった。


(俺だとアレは倒すのは難しい。沸いた瞬間に殺すにしても、その後の勇者討伐で苦労の連続だ。)


 それに、その時にはまだ存在している師匠の動きもネックだ。

 俺が勇者に対応しようとすれば、師匠は必ず止めに入ってくる。

 共闘を願い出ても駄目で、結局は師匠が死に戻る事となるのだ。

 それも相打ちで――。


(かといって最初からぶつかって貰っても、相打ちで死に戻るのだからどうしようもないんだよな。)


 手助けしても、しなくても、存在を続けさせられない。

 師匠の場合は何時もそうで、自ら死を選ぶように頑なに討伐への参加をさせてくれなかった。


(理由は多分、死神との会合にあるんだろうけど。)


 もっとも、その死神と俺は全く会えていないのだが。


(――とりあえず、元凶である帝国を滅亡まで導いてみても、結局は勇者召喚で大量の魔素が発生してしまっている後だから、正直何をするにしても遅すぎるんだよな。)


 魔物の氾濫スタンピードに、急激な進化、腐敗の蔓延とアンデッド発生の確定。

 これら全てが勇者の召喚から引き起こる大災害である。

 それらから逃れようとしてか、藁にも縋る思いで勇者を召喚する領主が続出するのも痛い点だろう。

 その結果で、悪循環が延々と続いてそこかしこで滅びが広がっていくのだから。


(仮に魔物をなんとかしても――その死骸がアンデッド化して更に手が付けられなくなるし。そうすれば更に犠牲が増えてより陰陽のバランスが崩れるから、アンデッドの発生がしやすい環境が更に出来上がってしまうんだよな――。)


 そうして、何処までいっても生者には不利な状況が続くのだ。

 アンデッドが増えれば水も大地も腐るというのに、被害ばかりが拡大するのだから当然だろう。

 最悪、生きたままに人間ですら腐っていくのがこの先の『地獄』の正体だ。そんな未来まで生き残るのは、ある意味残酷な事だと思う。


(十年――残り、十年だったな。それ以上は人が生きたまま腐り落ちて、低位のアンデッドへ転じていた。それまでに、全員を死鬼へと転じさせないと。)


 水も食料も限りがある上に、タイムリミットまで存在する未来。

 生かす人間の選別もしないとならないが、切り捨てられる中には俺も入っている。

 ただ、殺されて自我も曖昧なままに、低位のアンデッドとして彷徨うよりはきっとマシなはずだ。

 ――聖魔水も焼却もしてもらえないとなれば、自害したとしても不確かな状態で蘇ってしまうのだから、そうなる前にアンデッド化するのは多分マシだろう。


「騎士ルーク殿――。」

「決まりましたか?」


 呼ばれて視線を上げる。

 ただ、その先で向けられていたのは――武器。

 幾つもの剣の切っ先が突き付けられていて、俺は目を細めた。


「一体、何のつもりです?」


 即座に魔力を練り上げるが、反応する者は居なかった。

 どうやら魔力への感知能力は余り無いらしい。

 かなり無謀な賭けを敢行しているようで、そこまで危険じゃないと判断する。


「――申し訳ないが、貴殿をこの状況を生み出した元凶として、身柄の拘束をさせて貰う。」

「ほう――。」


 何処か目を揺らしながらも告げてきた領主に対して、ああ、そういやそうだったな、なんて思う。

 ただ、表情は変えずに言葉だけを淡々と返していった。


「王宮魔法師に、一介の私兵如きが勝てるとでも?身の程を弁えよ。」


 この挑発に、


「どのみち死ぬならば、元凶と思われる者を道連れにした方がまだ、陛下への顔向けも出来よう!」


 鼻息荒く返す私兵が居た為に、俺は低く呟く。


「愚かな――。」


 その返事こそが致命的なミスだというのが、どうやら彼らには永久に分からなかったらしい。

 その為、


「!?」


 俺の言葉と同時に凍り付いて、真っ白に染まり上がっていた。

 驚愕の表情を浮かべるも、凍りついたのはほぼ一瞬。動く事もままならなかった事だろう。

 私兵とはいっても、単に雇われただけの存在等所詮こんなものである。魔法使いに対する確りとした対応なんてほぼ出来るはずもなかった。


「な――。」


 驚愕の声は、生かしておいた辺境伯からか。

 訓練された兵士なら、口を開くのをそもそも止めるものだ。後は弓で常に狙ってるものだし、近接を仕掛けようという時点で間違っている。

 つまりは、対応が素人同然過ぎて脅しにすらなっていなかった。


(まともな連中は、今も上で対応してるみたいだしなぁ。)


 それに比べて地下に居た連中のお粗末さは酷い。本当にこれで兵士だったのか疑問なくらいだ。

 そんな彼らを氷像へと変えた為に、冷ややかな空気が満ちていたが、辺境伯がみじろいだ事で僅かに掻き乱れた。


「な、な、なんと、一瞬か。素晴らしい腕前だ。」


 これに、


「ええ。この程度、数を揃えても無駄ですね。焼け石に水です。」


 さらりと返しておきながら、更に探索魔法を展開した。

 周囲の確認は必須だ。何せ、この辺境伯は脅されて先程の言葉を口にしている。決して、彼の本意じゃないのだ。


「はっ、ええと――。」


 その事へとようやく意識が向いたらしいが、


「ご安心を。」


 少しだけ笑みを浮かべつつも返しておく。


「卿が決して望んでやったことではない事、理解しておりますとも。このような状況下での彼らの乱心でございますから、その責を追求するような事も致しません。」


 現状をどうするかで目まぐるしく頭を働かせだしたのが見て取れたし、此処で辺境伯と敵対しても意味はない。

 この為に返したこの言葉に、


「そうか――すまぬな、手数をかけた。」

「いえ。」


 貴族としては珍しくも、頭を下げて謝罪されたので笑って流しておいた。


「この程度構いません――ただ危険ですので、どうかお下がり下さいませ。此方で残党を処理します。人質を取られているのでしょう?」

「ああ、何度もすまぬ――民を、娘と妻の身柄の確保をどうか頼む。」

「承りました。」


 他の魔法を展開していく為に、更に魔力を練り上げる。


「【千里眼】、【立体地図】、【座標固定】、【映像化】――。」


 途端に脳裏に浮かぶのは、この地下室の詳細な全容だ。

 通路に兵士、避難民達の場所にも兵士、更には地上でも兵士がいて走り回っている。

 そんな見えた景色の中からで、予想していた展開が起きている場所を確認してすぐに、練り込んだ魔法を放っておいた。


「【死鬼生成】。」


 その瞬間、


「が!?」

「ぐっ!?」

「ぎゃあっ!?」


 壁一枚を隔てて悲鳴と絶叫が響いてきて、息を殺して此方の様子を伺っていただろう連中が、一斉に床の上を転がりだした。


「がああああああああああ!?」


 そこから上がる声、声、声の山。

 どれもが苦しみのたうち回るもので、変質に伴う激痛は相当なものと見えた。


「な、な、な――。」


 その声に驚き、言葉も発せなくなっている辺境伯へ落ち着くように申し出る。


「大丈夫です――領主に歯向かう愚か者達へ、一足先に体験をしていただいているだけですので。」

「――は?」


 この説明にポカンとした辺境伯を残して、聞こえてくる方の壁に向けて【転移門】を開いて覗き込む。

 一応ピンポイントで魔術は放ったが、確認は必要だろう。避難民達に怪我ない事を直接確かめて、領主の無事を伝えておいた。

 そこに、


「――お父様!」


 駆け込んでくる一人の令嬢。

 それを両手で受け止めて、辺境伯がホッとした表情を浮かべた。


「カーミラ!無事であったか!」

「はい!お母様も――。」


 なんて言葉の直後に、


「貴方!」


 先程令嬢と抱擁して崩れ落ちていた貴婦人が、声を張り上げながら転移門を通って辺境伯の所へと駆け込んでいく。

 それに、


「ディアンヌ!良かった、皆無事か――。」


 辺境伯が安心しきった顔で、二人をその腕に抱きしめた。

 ――何やら感動の再会を果たして会話をしているようだ。

 しかし此方には関係ないので、それを無視して脅していた連中の場所へと足を踏み込んだ。


「――打ち漏らしも誤射も無し、と。」


 転がっている連中を確認しつつ、呟く。

 これに、


「――はい?」


 何か気になったのか、貴婦人が此方へ振り向いてきたので、軽く頭を下げて返しておいた。


「ああ、どうか此方はお気になさらず。そのままご一緒になられていて下さい。」

「は、はぁ。」


 視線を外し、開いた【転移門】の先を確認し直すが、どうやら此処は貯蔵室らしい。

 そこかしこにハムやらウィンナーやらぶら下がっていて、此処ならしばらくは食料にも困らないだろうと思われた。


(もっとも、持って一月ってところかね?)


 それも、霊的存在がいなければの話だ。

 ゴーストやレイス、それにファントム等は余裕で通り抜けてくるだろう。


「――あああああああ!?」


 そんな床の上で転がっているのは、魔術を受けた『体験者』達。

 流石は俺である。自画自賛だが、魔力の操作は師匠の弟子一だっただけの事はあった。

 全く他には影響させていないし、見事な選別作業で効果を及ぼせていた。


「本当に愚かですね――私に勝てると思うなんて。」


 そんな彼ら『体験者』達を見下ろしつつ、武器の類を取り上げておく。

 おそらく俺の身柄を拘束して、現状を何とかさせようと画策でもしたのだろうが――見事に返り討ちに遭い、こうして叫び、のたうち回っているのが現状だ。まさしく身の程知らずだろう。


「王宮魔法師の肩書は伊達ではないのですよ?少し前までは魔法師団長でもありましたしね。」


 魔術を受けたのは、いずれも兵士姿の男である。

 実際ここの私兵のようだったが、辺境伯の決定に不服だったのか、それとも俺を御せる存在と見做しでもしたのか、刃を向けて脅してくる等愚かでしかない。

 きっと、今は身にしみて分かっている事だろう。


「た、助け――。」


 そんな中で助けを求める奴に向けて、俺は冷ややかな視線をただ向ける。


「分を弁えるべきでしょうに――貴方方は貴族に刃を向けたのだから、此処で殺されても文句は言えませんよ。ああ、この後蘇っても国外追放ですから、そこのところはどうかご安心を。」

「――っ。」


 一応は俺だって貴族になってるのだ。

 騎士爵とはいえ、剣を向ければその時点で極刑ものである。決して許される事じゃない。


(――まぁ、そんな事も分からなくなるくらい、現状に焦ってたんだろうが。)


 だからってそれを考慮してやる必要性は全くもって無い。

 この先は水も食料もほとんど得られないし、何とか生きながらえてもそれもたかが十年くらいしかないのだ。

 その貴重な時間と物資を与えるつもりもない為に、彼らには一足先に実体験をして貰った。

 その後はどうなろうが知った事じゃなく、魔術が失敗してさえどうでも良いと言えるだろう。


「まぁ、一見は百聞にしかずと言いますからね――丁度良く体験させれる者が出ましたから、良かったでしょう。」

「は?一体、何を――。」


 未だ理解が及ばないのか、あるいは考えたく無いのか、辺境伯は未だ叫ぶ兵士達を見て何処か呆然としている。

 大の大人が、それも成人男性が転げ回る異常な状況だからな。相当ショックな事だろう、きっと。

 ただし、これを此処に居る者達には味わって貰う事になる。そうでないなら、押し寄せている低位のアンデッド達の仲間入りだ。

 どっちが良いかは――まぁ彼らに決めてもらおう。


「さて、終わったようですね。」


 俺の伸ばしていた魔力の糸が動きを止めて、まるで溶け込むようにして彼らの身体に浸透していった。

 それと同時に、あれ程騒がしかった声も消えていき、転がっていた連中がややふらつきながらも起き上がってくる。

 そんな彼らに向けて、俺は周囲を【空間壁】で覆って声を掛けてやった。


「おはようございます。死んで蘇った気分は如何ですか?」

「――は?」


 武器は既に転がっている間に取り零していたり、取り上げられたりしている為に、脅しをしかけてきたコイツらにはもう大した驚異が無い。

 更には周囲を囲っておいてある為、動くに動けない状態だ。完全に安全は確保してあると言えるだろう。

 そんな状況下で、俺は彼ら『体験者』達に向けて淡々と言葉を重ねていく。

 

「分かりませんか?既に死んでいるんですよ、叫んで転がっていた貴方達は――けれども動けるんです。」

「――え。」


 愕然とした顔。

 それらを前にして、俺は軽く笑みを口に刻む。


「嘘だと思うのでしたら、どうぞご自分の脈を確かめて下さい。嫌だと仰るのでしたら、喉笛でも切り裂いて見せますが?」

「ひ、ひぃっ!?」


 適当な一人の腕を【転移門】越しに短剣で切りつけてやり、流れる血をそのままに放置しておく。

 これだけでも悲鳴を上げて、みっともなく尻もちをついた為、俺はそっと溜息を吐き出した。

 練度が低い。過去最低レベルの低さで、これでは何の役にも立ちそうに無かった。


(まぁ、いらないしどうでも良いか。)


 アンデッドになった後も役立たずな奴は駒としてもいらない。 

 そんな連中なら、別にこの場で切り刻んで動けなくなっても構わないかと考えを改める程だ。

 そういった理由もあり、言葉遣いも丁寧なものを捨て去って言葉を重ねていく。


「さぁ、やるか、やらないか、さっさと決めろ。俺は暇じゃないんだよ。やらないのなら――今此処で俺がるぞ?」

「――っ!?」


 脅し文句と共に、ゆっくりと足下から氷を広げていく。

 そうして、地下で氷の破片を舞わせてやった。

 切っ先は勿論、奴等にだけ向けている。他の者達は巻き込まれないように奥に下がるが、その手前には【空間壁】を置いてあるので何ら問題は無いだろう。


「ほら、速くしろ。」

「ひ!?ひっ!?」

「氷に切り刻まれたいっていうなら、そのままでも良いがな。」

「――っ!?」


 これにも怯えたのか、揃って後退って【空間壁】にぶつかり、恐慌状態に陥っていく『体験者』達。

 死んでも恐怖は残る辺り、確りと人格は残ってあるようだ。

 それを多少確認しつつも、俺は殊更ゆっくりと近付いて行く。


じゅうきゅうはちなな――。」


 これに、


「――やる!やるから!」

「頼む!魔法を止めてくれ!」


 上がってくる声が、必死さを湛え始める。

 それでも無視して数を数えつつ、近付いて行った。


ろーくごーおよーん――。」

「ひ!?ひいいいい!?」


 ようやく、脈を測りだす連中が出始めて、それに倣うように動き出す。

 ただ、一部は鎧の上から心臓を確かめようとしたりと、完全に恐慌状態に陥ってしまっていたが。


(まぁ、他の者が理解出来れば十分だし良いか。)


 そんな事を思いつつ数字を数えていくと、ぜろと口にする前に慌てた様子で彼らは一様に声を上げてきた。


「な!?なんでだ!?脈が返ってこない!」

「嘘だろ――嘘だって言ってくれ!?」

「嫌だ、嫌だ――っ。腐りたくない。ゾンビになんてなりたくない――っ。」

「俺、死んでる、のか――。」

「まて、お前は鎧の上から触ってるだろ!?」


 更に恐慌状態に陥った奴とか、ボケ突っ込みをしている奴らがいるようだが関係無い。

 どうせコイツらはこの先どうでも良くなる連中だしな。これで気が狂おうが知った事じゃないのだ。

 この為に、


「では、確認といきましょうか。」

「は?」


 死ぬ事が目的でも、ましてやアンデッドとして蘇る事が目的でも無い為、彼らを更に実験へと投入していく。

 今ここで必要なのは確認。

 それも、襲撃して来ているアンデッド達から攻撃を受けないという『事実』が重要なのだ。

 それを確認する為に、


「行ってらっしゃい。」


 そんな言葉と共に【座標転移】で最前線へと送り込み、外壁の外側に群れているアンデッド達の中へと放り込んでやる。

 同時に上空から見えるよう開いた【転移門】を【空間壁】付きで展開して、地下の避難民達と領主達へ見せつけるように開いてやった。

 瞬間、


「ひいいいいい!?」

「きゃああああ!?」


 上がってくる幾つもの悲鳴。

 それに対し、俺は振り返って口を開く。


「如何でしょうか?」

「は、は――?」

「死霊術の効果ですよ。これで彼らは襲われません。そして、食事も必要無くなりますから餓死する事も無くなりました。」


 そんな俺の言葉にも腰を抜かして、顔を青ざめる人々。

 蠢くアンデッドの群れは確かに見たくもない絵面だろう。しかも今まさに自分達が襲われそうになっていたのだから、尚更の事だ。その恐怖は著しく高いと思われる。


(でも――。)


 そんな中でも、未だ必死にアンデッドに乗っ取られた仲間を救おうとしている者達が居る。

 町を、そこに住まう人々を助けようと懸命に抑え込んでいる人達が居る。

 そんな彼らの存在を告げてから、俺は振り返ったままに淡々と言葉を告げていった。


「先程の連中を放り込んでおいた場所ですが、彼らが襲われていないのは見えませんか?」

「――嘘。」

「無事、だった?」

「え、でも、確かに呑まれて――。」

「汚れてはいるけど、動いてる。」


 食い入るようにして見つめる、視線の先。

 その先に居たのは、塀の外のアンデッド達の群れの中に、つい先程確かに放り込まれていた連中だ。

 それを呆然として眺める人々に、俺は更なる言葉を掛けていく。


「生者から死者へ変わる際、かなりの痛みを伴いますが、それを過ぎれば奴等に殺される事も、死んで低位のアンデッドとして蘇り、この地を彷徨って他の誰かを襲う事も無くなります。」


 実際にこうしてアンデッドの群れに放り込んだのに、今はそこから少し離れた場所でへたり込んでいる連中が居るのだ。

 それを見つめる逃げ遅れた人々はの顔は真剣だ。

 何せ、今後が掛かっているのだから当然だろう。誰だって殺されたくはない。


「強制はしません。しかし、自害を選ぼうと、奴等に一矢報いて突撃を敢行しようと、その後に起こるのは奴等の仲間入りという現実だけです。私が施した術以外で、それを回避する術は現状どう足掻いてもありません。そこは覚えておいて下さい。」


 取れる選択肢はたったの二択だけ。

 王都に連れて行くという事も出来ないし、連れていっても無意味である。

 何せ、それをするだけの意味ももう無いのだ。もうすぐ滅ぶのだから。

 

(それに、どうせほとんど全員がアンデッドになるのは決定事項だしな――。)


 それを泣いて喚いても、もうどうにもならないのが現実というもの。

 だからこそ、俺は言葉を続けていった。


「さぁ、好きな方を選んで下さい。知能が衰えたアンデッドとなり生者を襲う獣となるのか――。」


 見える【転移門】越しの景色の中、それまでへたり込んでいた私兵達が動きを見せた。

 雄叫びを上げて、あるいは悲鳴を上げて、アンデッド達へ素手で殴り掛かりに向かい、あるいは逃げ出す連中が狂ったように叫びながらも遠ざかっていくという、真逆の行動を見せて。

 そんな彼らが見える下で、俺は最後の言葉を生者達へと掛ける。


「あるいは――自我を残して知能のあるアンデッドとなり、この先を自由に存在していくのかを。」


 この言葉に、光の消えていた避難民達の瞳へ僅かな意思が揺らいでいった。


 2019/04/24 加筆修正を加えました。


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