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028 その錬金術師は本職で躓く

 森の生態系が変化してしまっているのが、割りと痛い問題だと気付いた昨今。

 季節は夏だ。森の木々が太陽の光を遮るおかげで、森の中は割りと涼しい気候を保っている。

 しかし、それでも毒虫の類は活発に動き回り、寒さに弱い奴でも比較的活動範囲は広がっているようだった。


「ああ、クソ!また火虫か!」


 火虫っていうのは、火傷する体液を吐き出す毒虫の事である。

 素肌に触れたりすると非常に痛い思いをするアレだ。文字通りの火傷なので、防ぐには長袖長ズボンが必須である。だがしかし、顔に関してはどうしようもない。


「あー、面倒臭い。」


 帽子に取り付けた、網状の薄い布。所謂ベールというやつでも、奴らが張り付いた際にはたき落とそうとして、たまにその体液がかかってきて火傷したりするんだ。

 その火傷でヒリ付く頬を軟膏で鎮めて、俺は足元に広がる薬草へと目を向けて溜息を落とした。


「火虫はともかく――現証拠ゲンノショウコとか、夏じゃねぇと旬じゃないのにはどうしたらいいんだ?」


 現証拠は、タンニンを多く含む植物だ。その旬は、本来ならば夏。

 しかし、抽出してみれば、思ったよりもそのタンニンの量が取れなかったのである。場所的な問題か、それとも発育に問題があったのか、あるいは他に要因があるのか。

 何にしろ困った話だ。


「お気に入りだったんだけどなぁ、この薬草。」


 何せ、割りと入手しやすい薬草なのである。葉だけでいいので、根こそぎ取って、枯渇させる心配も無いのだ。

 そんな現証拠はどういうわけかタンニンの抽出量が激減していた。

 割りと使い道が多いタンニンだったのだが、これは痛い誤算である。


「皮を鞣したりするのにも使うし、植物由来の紙が普及していない現状、羊皮紙なんかにも大量にいるんだが――。」


 紙を漉くには、まだまだ課題が多い。そして、優先事項は他にもあるのだ。現状では後回しである。

 しかし、肝心の薬草のほとんどが、現証拠だけではなくまさかの使えない子になってしまっていた。

 春からずっと採取を続けているのだが、そのせいでいろいろと予定が狂ってきてしまっている。


「あーもう、もしかして、こういうのって多いんかね?生態系めちゃくちゃ変化しまくってるんかねぇ?」


 現証拠のみならず、今までもそう思って確認してきたんだが――出るわ出るわ。今と昔の違い。

 流石に数百年も経っていれば、いろいろと変わるもんらしく、違ってたのはゴブリンだけじゃ無いようだった。

 ブラッディー・スライムだって、あれだけ異常繁殖してたんだ。変異種が紛れててもおかしくはないだろう。実際紛れていたようだしな。

 植物だって、いろいろ変わっていてもおかしくはない状況である。見れば、見た事の無い草や花もあった。一体、ありゃなんだ?


「うーん――。」


 これは、今までの常識、知識が通用しないって事だろう、きっと。しかもそれは、錬金術師としては致命的である。正直、この先もこの職を続けられるかすら自信が無くなってくるくらいには不味いんだ。

 それでも採取の手は休められなかった。探せば夏場には採れる薬草がいっぱい見つかるからな。今じゃないと採取できないものもあるし、現証拠くらい、別の季節に採取してみて確認すりゃいい話だ。タンニンはこの際他で代用も検討である。


「そんなもん後にしとかないと――今重要なのは今の時期に取れて活用出来る物だからな。」


 常備薬だって作って置きたいんだ。一部は畑に植え替えて栽培も始めたいし、食い物以外でもコツコツ始めていかないと、いざって時に「アレが無ぇ!」って状況に陥りかねん。

 そんな中、今の時期に採れる弟切草オトギリソウなんかは、問題なく止血にも使えるようでホクホクだ。葉だけじゃなくて茎や根も使うし、割りと重宝する。森の中の探索は、気付いたら怪我してるとかしょっちゅうなんだよな。

 あと、


「お?これって、アカネか?」


 染料として使われる蔓性の植物も見つけた。こいつには根に暖色系の色素があって、それが綺麗な茜色、つまりは赤色に染めれる事が出来る事から、古くから染料としても名高いやつだった。

 男で赤は――なんて言う奴も居るが、火属性の魔法が得意な奴とかだと性別関係なく好んで身に付ける色である。今は知らんが、俺も仕事柄目立つので仕事着にしてたくらいだ。

 尚、元々俺が好きな色は緑と青系統である。好みからはちょっと外れるが、まぁ他の用途も兼ねて、今は売り物として採取しておく分には悪くも無いだろう。


「それに、糸を染めておいて魔術を刻むのにも使えるしな。」


 タンニンが今はアレなので、魔術ではこいつが一応の第一候補になるだろうか。

 魔術用の陣を作るのに、一々紙に書いていたら何かの拍子に崩れかねないわけで。屋内ならいいが、屋外用は別途用意しないとならないのだ。

 そんな屋外用は雨に濡れたり破れたりするのを防ぐ為に、刺繍したり布へ織り込んだりするのが一番良い。それには、染色済みの糸なんかが凄く使い勝手が良いのだ。

 流石に魔術陣を布に直接染め込むのは無理があるんだよ。判子みたいに陣を刻むのは、一時的な使用目的とかなら効果がある。ただし、あくまで一時的だ。

 もっとも、そちらとしても今後活用する機会があるかもしれないが。

 まぁどのみち、今は出来るだけ多く採取しておく必要があるって事だな。


「おーおー。いっぱいあんなぁ。これなら、当分持ちそうだ。」


 そのまま森の中を彷徨いつつ、茜だけでなく他の薬草も採取し、探索していく。

 見つかる薬草の種類は豊富だった。ただ、検証も必要な為に種類ばかり増やしていってる物が多いのが泣ける。

 使えると分かったら多めに採取してるのだが、後でも群生地から採取出来るように、場所は覚えておこう。この辺はほぼ暗記だが、地理的に目印も多いので、忘れる事は早々無いだろう。


「あ、こいつも採取だな。」


 そうして次に見つけたのは茴香ウイキョウ――フェンネルとも呼ばれるやつだった。

 栽培にも向いてて、魚肉の香辛料スパイスとして良く使われる。つまりは、料理にも幅広く使える薬草で、周囲の土ごとまとめて収穫していくのが吉だ。


「良い感じだな。食料も備蓄が出来てきてるし、これから秋になるから更に増える。今年は少なくとも冬は越せそうだ。」


 目を覚ましたのは春であっていたらしい。

 その春か事前の冬でブラッディー・スライムが大量繁殖し、それから逃れるようにしてゴブリンが草原で集落を築いた――ってのが、俺が目を覚ました前後の事のようだった。

 目を覚ましてから貿易都市で数日、更に魔物を根こそぎ狩るのに約一ヶ月、家を建ててなんだかんだと開墾するのに一月半がかかっており、季節は春先から夏へと変化しているのが現状である。

 尚、探索は保存食をかじりつつ行ってきた。最早その日暮らしに近い状態だったのだが、今は脱する事にも成功している。何せ、食料も保存食へと加工出来る程には余裕があるのだ。つまりは、生活していくだけならば不安もない。

 この先、冬になれば暖を取る必要も出てくるが、それだってその為の薪となる木材が既に伐採済みである。しかも乾燥待ちで、余裕綽々といった感じである。

 おまけに、俺なら魔法なり魔術なりを使えばすぐに薪は乾かせるのだ。今は自然乾燥にまかせているが、急に必要になった際も、安心して対処しきれるのである。

 悠々自適な暮らしと森の恵みは、港町に居た頃よりも遥かに俺の生活環境を向上させていると言えるだろう。


「木材で燃えやすいのは松とか杉だもんな。薪にするにしても、松明を作るにしても、柔らかい材木が一番良いし、この辺は一杯生えてる。これなら、火事さえ気をつけておけば何とかなるなる。」


 仮に火事になったとしても、今の俺の魔力量ならば、自身の周囲くらいは水魔法で守りきれる事だろう。

 後、桐は見つけたそばから確保してある。こちらは高級木材としても名高い上、衣類等の保管以外にも色々と使えるのだ。香りも良いし使い勝手は最高だと言える。


「順調順調。今のところ、これといった問題も生じてないな。」


 少し人恋しくて寂しいが、それでも過労死しそうになるくらい、薬作りに追われていた港町での暮らしに比べたらよっぽどマシだ。

 思えば仮死の魔術を使う前は働き過ぎだったと思う。しかも、低賃金でこき使われてるようなもんだった。致し方無いとはいえ、毎日が時間との戦いみたいなところがあって、正直気が休まる暇も無かった。

 そんな日々から比べれば、今の方がよっぽど食生活も暮らしぶりも充実してるし、満足いく内容だろう、きっと。比べるべくもないとまで思えてくるのだから、今の状況を楽しむべきだ。


「うん、あの日々に戻るよりはマシ。マシだ――。」


 ただ、それでも寂しいという気持ちだけはどうしようもない。

 それを誤魔化しながらも、俺は日々に追われる事へ目を向けて、ただ過ぎていく季節を見送った。


 主人公の精神はウサギ。寂しいとそのうち死んじゃいます。


 2018/10/16 一部閑話の内容から、目が覚めてから貿易都市で活動していた間の日数を数日へと合わせました。


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