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251 自由都市

 冒険者や傭兵、商業組合等、全ての組合が本部を置く場所――自由都市。

 この地は不可侵条約によって貴族である領主が存在しておらず、組合のトップによる会議によって実質大半の事が決まっている。

 所謂議会制というやつだったが、現状は賄賂が横行していて腐った状態にあるらしい。この為に自浄作用が求められている状況だと言えるだろう。


(だけど、不可侵条約でも意見を押し通す方法は別に全く無いってわけでもないんだよなぁ。)


 国からの武力や権力での圧力がほぼ無意味なだけであって、別方面からのアプローチ自体は効果があるのだ。

 何せトップが複数居る為に、足の引っ張り合いをしているからな。この辺りが貴族や王族が治めているのと違う点だろう。

 それも、現状でアンデッドが発生している中でもやっているらしいのだから、相当な無能が上に着いているとさえ言える。

 それらを引きずり下ろすのに、彼等の無能を突き付けてやるのは最も効果的な事だろう。


(勿論、そうなるように俺が仕向けるんだけどさ。)


 勇者に靡かれるのだけは冗談じゃないからな。これ以上被害を増やされて堪らないし、今の内にこちらに味方につけておく必要性がある。言葉だけの中立なんていらない。

 大体どっちつかずの八方美人なら、潰すか完全に服従させるかの二択しか現状は残らないのだ。俺がやらなければ勇者がやるのだし、先に手出しさせてもらうつもりである。

 この為に自由都市近くの森を訪れたのだが、時刻は深夜をまわったところだろうか。冷たい風に晒されながらも、遠く見える都市の防壁は立派にも見える。それを眺めつつも、内心でちょっと思ってしまうこともあった。


(内通者だらけの状況に陥ってしまっては、身動きすら取れなくなってしまうからなぁ。やりたいとわけじゃないけれど、現状ではやらざるを得ないし――しょうがないか。)


 余り気は進まない。

 それでも勇者に取り込まれるのを防ぐ為にも、俺は夜の森の中でたった一人準備を進めていった。

 準備といっても使うのは魔法と魔術だけだ。

 その中でも最初に使うのは――【空間庫】の開放である。


「さて――。」


 丁度闇に紛れるようにして見えない環境にある。

 それを良い事に自由都市が正面に見える位置に陣取って、開いた【空間庫】の中に収められていた者達へと出てきてもらう。

 中に入っているのは当然、以前隣領地で引き込んだアンデッド達だ。彼等には中に生肉と言う名のご馳走を入れておいたので、きっと起きに召して頂けた事だろう。

 それから当分放置していたものの、時々少数だけを出したりもしていた。

 そんな彼等に向けて【読心術】で感情を寄り添わせ、


「時間だ。」


 合図と共に出番を用意してやる。

 すぐに周囲へは異様な呻き声と腐敗臭が広がっていくが、開いた【空間庫】が自由都市の正面にある為に、彼等は迷い無くそちらへと向かっていく。

 ズルズルボタボタ音がするのは、おそらく腐り落ちた肉片が落ちているのだろう。それに気付いてちょっとだけ顔を顰める。


「落とし物が多いな――。」


 開いた【空間庫】の中の掃除が必要そうだが、それは後回しにしておく。

 そうして、自由都市を囲うように四方でアンデッド達を出しながら、包囲網を完成させていった。

 ただ、


「ウウウウ”。」

「――何か機嫌悪いのが混じってるな。」

「アアアガアアア!」


 一部は閉じ込められていたせいなのか、見るからに怒り狂ってる。

 ただ、それに俺が頓着する事は無い。


 何せ彼等の知能は衰えているのだから。


 この為に、生者が存在する場所へと勝手に突き進んで行くだけで、例え閉じ込めていた俺が居てもその事を恨むでも気付くでもなかった。

 それくらいには知能が衰えすぎていて、理解力も残っていないようである。

 良いのか悪いのか微妙だ。


「まぁ、使い勝手が良いと言えるんだが――。」


 その反面、本能に忠実とも言えるので、難しい命令等は聞く事が出来ないだろう。この点は難点だと言えるろうか?

 それでも、彼等をどんどん【空間庫】内から出していき、都市を四方から囲ってしまう。

 その途中、


「この数で、一体どれだけ保つかねぇ?」


 疑問が脳裏を過っていった。

 低位のアンデッド達だが、その数は一つの都市の七割くらいの人口になるだろうか。

 それらが向かっている先は、全部が自由を欲しいままにしている組合の集まる都である。そこには冒険者や傭兵達に、狩人といった戦闘を生業とする者も少なくは無い事だろう。

 だがしかし、それでも都市一つ分に近い数のアンデッドを相手にするのは骨が折れるのは間違いない。

 実際、闇夜の中での戦闘が始まってしまえば、軍配はアンデッド達に上がる。何せ夜間での戦闘に不利なのは、確実に人間の方なだからな。これは当然の結果となるだろう。


(精々が犠牲者が出ない事を祈っとこうか。)


 祈る相手は勿論神なんてものじゃない。

 これから実際相対する事となる者達の腕に、だ。

 そうして、


「――アアアアア”!」

「な、何だ!?」


 ようやくお互いがお互いを認識したらしくて、アンデッドの上げた声に驚愕を含んだ生者の声が夜の静寂へと響いていった。

 直後、都市に殺到していく蠢く影に、風に乗って広がっていく腐った匂いが都市の下まで押し寄せる。


「うっ――この匂いは……。」


 気付いたのか、彼方此方で夜番をしていたらしき者達が、鼻や口元を覆って呻いたのが聞こえた。

 これらの匂いの素であるのは、当然ながらもアンデッド達である。そのほとんどがゾンビだが、中には異様な存在も少なくはないようすだった。

 実際、号令を出すかのようにして大声を発している者もおり、その異様さは際立っていて非常に目立っている。

 その声と共に、月明かりに照らし出される異様さに、息を飲む者が出て、途端に慌ただしくなっていく。


「ァアアアアィイイイイ!」

「ヒィッ!?」

「ア、アンデッドだと!?」

「って、これ全部がそうなのかよ!?」

「て、敵襲!敵襲だー!」



 まるでバンシーのような、引き攣れた悲鳴のような声音を出すのは、おそらくはリッチと呼ばれる種になりかけているアンデッドだろうか。

 それに首を竦める者が出るが、そこにすぐに怒号が飛んでいく。


「おい!ぼさっとするな!」

「は、はい!」

「鐘を鳴らせ!非常事態宣言だ!」

「アアアアアアイェエエエエエエエイィイイアエエエ!」


 ほぼ骨だけの身体から発する声は、普通に声帯を震わせたものではないらしい。

 少なくは無い魔力を保有しているのだろう、それを用いて周囲のアンデッド達に向け、何かを指示する様子を見せていた。

 それに気付いて【読心術】と【念話】を試みてみるものの、どうにも一方通行の会話にしかならなかった。


《何をするつもりだ?》

《ろっく!ロックククライイイインンンググググ!》

《えーっと。》


 流石に困惑する。

 闇属性への適正が高いのは今回が初めてだし、そもそも未だ使いこなせてるとは言い難い状況だ。

 その中でただひたすらに《ロッククライミング!》を繰り返されるのは、戸惑いしかなかった。


(うん、アイツは適度なところで間引いた方が良いな、絶対。)


 このアンデッドに対話は出来ないらしい。ちょっと残念ではあるものの、現状で組織だって動かれると面倒でしかない。様子を見て死に戻しておいてやろう。


(どうせ、最初から全部あの世に送るつもりだしな。)


 そう内心で結論づけときながらも、俺は森の中から都市の上空へと【座標転移】しておく。

 そのまま、空宙に築いた【空間壁】を足場にして観察を続けていった。


(接敵まであと数十秒ってところかね?)


 開放したアンデッドの多くはゾンビだったが、中には腐敗した肉体がただ腐り落ちるのではなく、干からびたようにほぼ骨と皮のような有様になっている者も数多く居る。

 こちらはおそらくマミーと呼ばれる種だろうか。突然変異でもしたのか、リッチ候補のスケルトンの声に触発されたようにして、組体操のようにして塀をよじ登ろうとしている。


(意外に素早いな。)


 ゾンビとは違い、腐っていないからか体が動かしやすいらしく滑らかだ。

 ただ、その分凄く異様な光景ではあったが。


(ええと、こんな光景あったっけ――?)


 巻き戻す前の過去を思い出してみるが、どうにもそれらしいのが思い浮かばない。

 偶々見逃したとかあるのだろうか――?


(――まぁいいか。それよりも、タイミングを見逃さないようにしないとな。)


 あちこちではまるでアンデッド達の合唱が始まっていて、更に首を捻るが気にしてもしょうがないのだろう、きっと。

 ただ、異様と言うか異常な光景だった。

 何せ、それによって起こったのは――塀を乗り越えようとする者を応援する感情だったのだから。伝わってくるそれに、非常に戸惑うしかない。


(えっと、コイツら、低位のアンデッド、だったよな――?)


 それが何をどうしたらこのような感情を抱くに至ったのだろうか。激しく疑問である。

 元々、自然発生したアンデッドの多くは恨み妬みの念で凝り固まっている。極少数が家族や恋人への未練と言えるような感情を持つくらいで、それだって何かの拍子で殺意一色に染まったりしやすいのは既に検証済みだ。

 だが、そんなアンデッド達による突然の応援合唱。そして外壁上りを敢行する一部のアンデッド達。非常に楽しそうにしているような気がするのは気の所為だろうか?

 ――何だか腑に落ちなかった。


(まるでギャグだな、これじゃ――。)


 けれども、それでもその後に起きたのは生者と死者による存続を賭けた闘争だ。

 まさしく戦争そのものである。

 一斉に構えられる弓矢。一部は火矢であるらしく、ところどころで灯火が見える。

 そこに、


「全員、弓矢を放て――!」


 彼方此方で鳴らされる鐘の音色の中に、空気を鋭く切り裂く音と鈍い音が混ざっていく。

 そんな戦闘中の場所とは別に、地上波夜にも関わらず、蜂の巣を突付いたような騒ぎだった。

 喧騒が風に乗って運ばれてきているのを自由都市上空から見下ろしていれば、閉め切られた門の上に人々が詰めかけていくのが見えて呟く。


「へぇ――良い動きだな。」


 過去よりも迅速な行動である。

 何かそうなるに至る事でも起きたのだろうか――?


(逃亡は出来ないようにしてあるし、既に囲い済みだから人質は確保出来たな。後は防戦一方だろう、多分。)


 特に力の強い者が流れてきているとかも無さそうだし、人に擬態している魔物が居る様子も無い。想定外の自体は早々起きないと思われた。

 実際しばらく見ていると、アンデッドを足場にしてよじ登ろうとしてくる他のアンデッドへと、矢が降り注いでいくだけで、特に巻き戻してきた過去と違う事は起こらない。

 そんな中で、


「なんだよこの群れは――!?」

「良いから牽制しろ!今は時間を稼げって!」

「チッ。」


 一方的に攻撃しているはずの生者側が非常に苦戦しているらしく、こっそりと近くに開いた【転移門】で空間越しに声が聞こえてくる。

 焦っているようだが、最初からこれでは先が思いやられる。

 対するアンデッドの死者の群れはといえば、撃ち落とされても気にした様子も無く、ひたすらにマイペースなまでに再度よじ登りを再開しているのだから。


(ちょっと不味いか――?)


 そんな事が脳裏を過った。

 何せ、彼等アンデッドには弱点と言える部分が無い。新鮮な死体から蘇ったばかりのリビング・デッドとは違って、ゾンビやスケルトンになると多少切り刻まれたりしても動けてしまうのだ。

 心臓や頭部を撃ち抜かれてもそれは同様。この為に頭に矢を生やしたままで、何度も何度も塀をよじ登ろうとして外壁に張り付くのが見えた。

 そこへと、


「ちょっとぉ。これ、多過ぎない?近くの都市か何か殺られたの?」


 女狩人らしき者がそう呟き、唇を尖らせては矢を放っていく。

 その横では、


「それにしては、腐敗が酷過ぎる気がするなっ。次の頂戴!もう空だよ!後鼻辛い!」


 年若そうな男がこれまた矢を放ち、空になった矢筒を下に向けて投げつけていた。

 丁度それが後もう少しで塀の上に手が掛かりそうになっていたゾンビを衝撃で落としていく。

 どうやら側に居た他の者の安全へも貢献しているようだ。中々に良い腕をしていると思う。


「あ、ありがと。」


 そんな者に向けて感謝の言葉が跳ぶが、すぐに返事というよりも要望が返され、緊迫した声が響いた。


「礼は良いから、一体でも多く撃ち落として!」

「お、おう!」


 矢筒でゾンビを撃ち落として見せた者は、返事も聞かずに新たな矢筒へと手を伸ばしている。

 そうして、再度背負うと次々に矢を射っていった。


「――ん?」


 それを良く見ていれば、フードの一部から獣の耳が覗いているのが見える。

 ――どうやら獣人だったらしい。

 次々に矢を射っては、彼は新しい矢筒を催促しているし、どうやら速射と精密射撃のどちらも良い腕をしているようだ。

 どんどんと、彼の周りにばかり空の矢筒が積み上げられていく。


「ああもう!全然手が足りない!前衛はまだー!?ねぇ、これ以上は矢が足りなくなるよ!」


 そんな彼を含めて弓使い達が居るのは塀の上。直接的な攻撃ではなく、牽制とあわよくば地面に縫い止めるのが彼等の役目だ。

 そんな矢を放っているのは弓使い達だけでなく、狩人も多い。ほぼ後衛の彼等は、出揃っている感じだった。


「疾くと飛べ、切り裂け、あまねく全てを――【鎌鼬】!」

「燃えろ燃えろ!全部燃えて炭になってしまえ!【火炎球】!」


 そんな弓使い達が放つ矢の合間を縫うようにして、火炎球や鎌鼬等、攻撃魔法による魔力が飛んでいく。

 どうやら魔法使い達も牽制に加わったらしい。殲滅の方が良いと思うのだが、流石に魔法使いの数が激減しているだけあって、その人数は疎らどころかこれだけの都市でも片手に足りる数しかいないようだった。


(完全にジリ貧だな、これ。)


 時間稼ぎが名目だったのかは知らないが、どう考えても下を切り捨てようとした結果起きた状況にしか見えない。

 仮に本当に上が命じてこの状況を作ったのなら、問答無用でその地位からは引きずり下ろせそうだ。


(こっちとしては有り難いな。)


 それでもしばらくなら、持ち堪えられるだけの戦力があるのだろう。

 戦線は綺麗に外壁越しに沿っており、整っているようで未だ崩れないようだった。


「しかし、分かりやすい戦況だな――。」


 それらを眺めつつも、俺は依然として観察を続けていく。

 開放したのは自然発生したアンデッドだけだ。少なくとも地下深くで長い時を過ごしてきた者達ではないし、此処に居るアンデッド達だけでも十分な脅しにはなるはずである。

 実際その読み通りなようで、過去の記憶ともそう違いは見られない状況へと眼下は陥っていった。


 矢が足りなくなったのだ。


 弓使いにとって、矢が無ければ遠距離からの攻撃は出来ない。

 この為に、一部が投石機スリングと呼ばれる携帯型の石を打ち込む武器を使うようになったが、それでも以前のような勢いは無い。

 何せ、弓とは違って速射は出来ないし、遠心力で飛ばす為に大した数を飛ばせないからな。加えて命中率も低いときた。

 それ故にジリジリと包囲網が更に狭まっていく。

 その様子を伺いつつも、俺は内心で呟いていた。


(乱入するのは、タイミングを見計らってからだよな――。)


 何でもそうなのだが、効果的な瞬間というものがある。

 今回ならばアンデッド達を開放し、この状況を生み出した後のピンチに登場するのが良いだろう。

 勿論、そんな状況に陥らせているのは俺なわけだが、何もそれを告げる必要性は無い。むしろ伝えるのは馬鹿かテロリストなくらいなものだろう、きっと。


(言わなきゃバレない。うん、多分、きっとな。)


 この為に狙うはマッチポンプのみである。

 完全に悪者の所業だったが、これが一番上手くいく方法なのだからしょうがないだろう。


(どうせ似たような状況が今後も起きるんだしなぁ。)


 それも、勇者の手によって。

 そうなってしまうともう、手段を選んでいる場合ですらない。この為にさっさと手を組んだ方が良いだろうし、彼等としても破滅しかない未来を歩むよりはマシなはずだ。

 故に、その瞬間を待ちわびて未だか未だかと眺め続ける。


(勇者に制圧されたらどうせ意味ないし――足並みを揃えてもジリ貧になるもんな。此処だって塀の上からの援護射撃は出来ても、それは無限じゃないから時間稼ぎにしかならないんだし。)


 むしろ勇者を暴走させてからでは討伐が更に困難になるのだから、大人しく従ってもらった方が良い。

 この先は徐々に物資だって不足していくのだ。そんな中で、紛争なんてしていられるはずもない。


(普通に対談を望めば八方美人して内通しやがるし、今の内に上は首を挿げ替えておかないと。)


 今回の状況だって、その上が原因で悪化しているのだろう。

 風の噂では、あのアルフォードの親族がトップに居ると聞いている。どう考えても人選間違いをしているだろう、これは。


(一族揃ってトラブルメーカーって聞いてるし、何で上に据えたのか理解出来ん。)


 そう思う俺の前で、ようやく開いた門から前衛職が飛び出していく。

 だが、あまりにも多いアンデッドの数に、体力が先に底を尽きそうになったらしく、ジワジワと後退せざるを得なくなっていっていた。


(飛び出した意味が無いような――。)


 ゾンビ達からすれば、多少切り刻まれたところで動けるのなら何の問題も無いのだろう。一部は生前抱いた恨み辛みを向けていて、暴走したように感情を殺意一色で染め上げている。

 それとは別にマミー達が壁登りを敢行しており、酷い温度差を感じた。なんだろう、コイツらの統一感の無さは。


(マミーは高いところが好きなのか?それとも最初の命令を未だに忠実に守ってるのか?)


 既にそれをやらせたリッチ候補は死に戻ってるが、それすら関係ないらしい。

 そんな中で生者の方は敗北の色が濃厚となり、疎らに飛んでいた矢も魔法も見るからに数が減っていく。

 これは巻き戻してきた過去でも同様の状況だが、それがどんどんと広がっていくのは見ていて嬉しくも何とも無い。


(心まで堕ちるつもりはさらさらないしな。)


 ――それでも。


「クソッ!本当に数が多過ぎる!」


 上がる声に焦燥が混ざり、意気揚々と出たはずの前衛すら次々と門の中に逆戻りしていく。

 そんな中、


「おい!聖水はもう無いのか!?これ以上はもう抑えも効かないぞ!?」

「盾もそろそろ限界だ!装備の変えに行かせて貰う!ここは誰か頼んだ!」

「ちょ――!?」


 突然身を翻し、門の中へと戻っていく面々。

 おそらくは冒険者と傭兵だろう。前衛の多い彼等からしてみれば、最早悲鳴に近い声を上げたくなるくらいには状況が悪い。

 それに気付いて一人、また一人と門に戻り、気付けば取り残される者、戸惑い遅れる者、退路を塞がれる者と出て来てしまう。

 更には疎らに降り注いでいた矢も魔法も完全に途切れてしまった。

 そうして、


「頼む!上からの射撃を止めないでくれ!このままじゃ押し切られちまう!」

「誰でも良いから手を貸してくれ!抑えるのももう無理だ――あああ!」


 上がる声に無情にも閉まって退路を断つ門。

 だがそれは更に悪手だろう。

 何せ、都市を囲うようにして溢れているアンデッドは依然として数を減らしていないのだから。

 この為に、


「オオオオ。」

「ヴォエエエ。」


 そんなアンデッドの群れが次々にまた壁へと殺到していく。

 今度は以前のように矢や魔法、石が降ってくる事は無い。


 何せ、それらはもう底を尽いているのだ。


 この為に、後衛である者達は既に前衛である者達を助けるだけの余裕も無かった。

 何せ未だ塀の上へとアンデッド達がよじ登ろうとしているのだから、それの対処に追われることになる。

 この為に矢が切れたところで槍や棒に持ち替えて、それを片端から叩き落とそうと奮闘していた。見るからに精一杯な状況である。


「クソッ!クソッ!クソオオオ!」


 上がる罵声に、彼方此方で切羽詰まった声が響く現場。上は見ていないからこそ、彼等の状況も何も正確に知りもしないのだろう。

 もし、この場に指揮に優れた者が居れば、また状況は違ったかもしれない。


(少なくとも、魔法使い達を温存くらいはしてただろうしな。)


 だが実際には魔力が尽きてそこかしこで邪魔にならないようにと、続々と街中へと戻って行っていた。

 彼等には援護をしたくとも、魔力が切れてしまっていては最早足手纏いでしかないのだ。

 この為に、ただ不安そうに上を見上げながらも塀の上から降りて行った。

 ――そうして。


「駄目だ――もう保たない……。」


 そう言ってフラリ、フラリと、一人、また一人と何処かへ向けて歩いて行く。

 敵の多くがゾンビである為に、戦士系は元より弓使い達でも討伐がまともに出来ない。そんな中の魔法使いのリアイアはかなり痛いだろう。

 何せ倒すには魔法使い達の火力に頼りきりなところがある。だが、それさえもが牽制で使われていた為に、完全に配分ミスしてしまっていて誰ももう魔法が使えないのだ。

 その結果、押されていき門の前と外壁の上で必死の攻防が繰り広げられていった。


「ひっ、ひいいい!?」

「頼むよ!誰か、門を開けてくれ!俺達はまだ外に居るんだから!」

「ちっきしょう!生贄にでもするつもりかよ!?こんなの有りか!?」

「見捨てないでくれ!誰か、誰か助けてえええ!」


 上がる叫び声に対して返っていくのは、しかしどこまでも非常な拒絶だけだ。依然として門は開かれず、上からの援護も何も来ない。

 既に限界に達してしまっているようで、門の前では徐々に狭まる輪に悪態を吐くしかないようだ。

 彼等の顔に浮かぶのは――おそらく絶望だろう。それを見て、俺は重い腰を上げる。


「ああクソ!こんな事なら最初から一点突破してれば良かった!」


 取り残されたのは戦士系の者達の中で、破れかぶれなのか一人が特攻を仕掛けていくのを見て動き出す。

 そこへと、


「お、おい寄せ!」

「戻れ!死ぬぞ!?」


 口々に声を掛ける者達と、伸ばされる腕。

 それを振り払いながらも、


「どうせこのままじゃジリ貧だ!俺が突破口を作ってやる!」


 そう言って駆け出した、剣士風の男の下に向けて一気に駆け出す。

 その間にも彼は、立ちはだかるようにして立つゾンビの群れに向けて、無謀にも手にした剣を振りかぶろうとしていた。

 そこに向けて、


「【空間壁】。」


 俺が放った時魔法により、剣が何か硬いものにでもぶつかったかのようにして、ガンッと重く鈍い音を奏でる。


「な!?」


 今の彼は、剣を振りかぶった姿勢のまま。このままだと四方から噛みつかれ、引きちぎられ、息絶えるだけだろう。

 それを防ぐ為にも、彼を新たに生み出す【空間壁】で囲いこんでしまう。


「【密閉空間】。」


 これで上空からの攻撃も受けない。

 その彼を置いておき、次いで外に取り残されていた他の者達にも、同様の魔法を掛けて安全地帯へと囲い込んでおく。

 それに驚いた表情が浮かんでいたが、構わずに更に魔法と魔術を放っていった。


「【凍結】【空間壁】――。」


 次々に展開する魔術陣。

 それとは別に発動させる魔法。

 どちらも似ていて異なる手法で、アンデッド達を無力化し、危険に陥っていた者を助け、どんどん保護していく。

 これへと、


「な、何だ!?」

「一体、どうなってるんだ?」

「――何か分からないが、助かった?」


 アンデッド達の攻撃が届かないのに気付いたのだろう。徐々にだが保護された者達が落ち着きを取り戻していき、安堵の吐息を漏らし始めた。

 それを空間同士を繋げる【転移門】で見ながらも、俺は宙を駆けて近寄っていく。

 そうして、足下のの弓使い達を尻目にして、次々に魔法と魔術を繰り出した。


「【凍結】【密閉空間】【空間壁】【座標転移】――。」


 時魔法は余り魔法の数が少ない。氷魔術には攻撃系統がそもそも少ない。

 この為に使うのはほぼ同じ魔法と魔術ばかりになるが、手札を余り見せないのは重要。この為、同じものばかりを使って片端からアンデッド達の行動を阻害していく。

 数が多いだけに中々面倒だ。しかも、切られたりしていて別々に動くようにさえなっているし、それを無力化するのは非常に面倒臭い。

 それでもある程度の安全な空間が出来たので、一気に【空間壁】を足場にして宙を駆け降りていく。

 そうして、門の前で取り残されていた者達の下へと降り立った。


「だ、誰だ!?」


 聞こえてきた声を無視して、


「【転移門】。」


 彼等が背後にしていた門に向け、空間と空間を繋げた道を作っておく。

 その瞬間、門に穴が空いたかのようにしてその先の光景が覗く。それは脱出用でも救出用でもない、正しく人質になって貰う為の道だ。

 それでもそこを示しながらも、俺は声を掛けていた。


「さぁ、早く。今の内に潜って下さい!長くは保ちません!」


 急かすのは更に彼等から思考するだけの時間を奪う為。

 何処までも汚いが、実際このまま外に居れば彼等はアンデッド達に殺されてしまう。

 この為に、僅かな間に呆けた様子を見せられたが、


「お、おう!」

「た、助かった!」

「ひいいい!俺はもう前線には出ないからなあああ!」


 思い思いの言葉を口にしつつも、彼等が駆け出していく。

 戦士系でも死への恐怖は誰だって持っているだろう。それがないのは狂戦士と呼ばれる部類の人間であり、正しく狂っている為にむしろこのような状況なら進んで突っ込んでいっている。そして、死んでるだろう。

 今回は既にそういう状況が他で起きている為か、自由都市には残っていなかったらしい。


(まぁ、居たら居たで捕らえておくんだけどな。)


 体の良い使い捨ての駒に自ら進んでなりたがるような変人なのだ。戦場さえ用意してやれば嬉々として自ら突っ込んでくれる為に、手札として欲しいくらいである。

 そんな者が居ないのは繰り返した過去でも分かっていたので、対して期待もしていなかったし気にしない。

 取り残されていた戦士達が潜り終えるのを見てから、俺もまた自由都市の中へと足を踏み入れた。


「ギリギリだったみたいですね。」


 白々しくもそう口にしつつ、門の前に設置していた【転移門】を解除して、他の【空間壁】や【密閉空間】も解いておく。

 これにより、門に開いていたはずの穴は消えて、元通りになる。

 塀の上の者達も安全が確認出来たのか、全員ではないものの降りて来るのが見えた。


「あんた、何者だ?」

「助けてくれたのは感謝するけどよぅ。」

「ちょっと――いや、今の状況は何時まで持つんだ?」


 矢継ぎ早に掛けられる言葉。

 それに対して、


「ふう――。」


 これ見よがしに息を吐いて見せる。

 一先ず、彼等の相手は後だ。

 それよりも先に、


「――【凍結】!」


 一気に練り上げた魔力で、外壁の向こう側へと氷魔術を発動させていく。

 放った場所は地面の上と外壁の上。これで、アンデッド達の動きは完全に止められたはずだ。

 何せ、瞬間的に凍りついたからな。凍って地面や壁に張り付いてしまえば、いくらなんでも動けないだろう。

 それに、アンデッド達には【凍結】による実質的なダメージが無い。ただしばらくの間、地面や壁に触れているところが凍ってしまい動けない状態になるだけなので、この後の事にも十分に使える。


(少なくとも移動は阻害出来てるはずだ。)


 勿論、しばしの時間稼ぎでしかない。

 だが、これでも十分だろう。他の者達からしてみても、アンデッドが動けないなら多少休む暇も取れると考えるはずである。

 大体、次にやる事が本来の目的だ。俺は交渉に来たのだから、余計な邪魔や手間は入らないほうが好ましい。


(無駄に時間取らされても面倒臭いからな。)


 例えアンデッドをけしかけていても、交渉の途中で戦闘はいらないのである。彼等は脅迫材料なのであって、殲滅する為の捨て駒でも殺戮道具でも無いのだから当然だろう。

 この為に盛大な演技を引っ提げつつ、俺は助けたばかりの者達へと振り向いて、多少声音を硬くしたままに声を掛けていた。


「何方か此処のトップが集まっている場所へと案内して頂けませんか?余り時間稼ぎが出来ていないので、早急にお願いします。」


 これの意味するところは、アンデッドの足止めは長くは保たないよ、だ。

 それを正しく理解したのか、


「こっちだ――!」


 すぐに口を開いて駆け出した者が居た為に、俺はその後を追いかけて駆け出す。

 自由都市は未だに蜂の巣を突付いた騒ぎになっていたが、混乱すればする程に不安も高まり、こちらとしては非常にやりやすくなる。

 それを眺めつつ、


(上々の結果だな。)


 片目を覆う眼帯で視界の半分を塞いだまま、俺は内心で次の算段へと切り替えていた。


 備考:眼帯は半分アンデッド状態な為に片目から発せられる赤い光を隠す為用意された物。


 2019/03/24 加筆修正を加えました。何か流れがおかしかったので整え直し。誤字があったので修正。加えて魔法使い達の詠唱光景を追記しつつ、次の話で出す予定だったキャラの情報を入れておきました。結果、安定の文字数増加なう!


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