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025 その錬金術師は救世主として名を残す

「何匹いるんだよこいつら!」


 早朝から探索魔法にて感知範囲を広げ、広げた先で引っかかる動物――ブラッディー・スライム達を遠隔で凍結させながら、俺は愚痴っていた。

 現時刻はお昼少し前。木々の合間から見える太陽はほぼ真上に来ており、腹も減ってきている。

 だがしかし、だ。

 ――広げた先に居るブラッディー・スライムの数が半端ないっ。もう半端ないったら半端ない!

 片端から凍らせているんだが、それでも終わりが見えなくて悪態を吐く程である。凄まじすぎる繁殖力だった。


「クソっ、クソっ、クソっ、クソ――っ!」


 ああ、もう、まとめて全部水で押し流してしまいたい。そうでなくても、森ごと全部凍結させてしまいたい。

 そう思ってしまうくらいには、数が多くてやってられなかった。


「だあああああ!終わんねえええええ!あああああああ!」


 感知出来る範囲内だけでも、優に千を超える数が引っかかっている。これでも減らした方なのだが、感知範囲が広がったせいもあってか、一向に終わりが見えてこなかった。

 場所は森に入ってすぐの場所だ。とりあえずはと、浅いところから順次減らして行こうと思ったのだが――思っていた以上に繁殖していて数が減らなかった。

 遠隔で凍結させるのに、まずは探索魔法を起動。それに引っかかった形状からブラッディー・スライムを割り出し、遠隔で凍結の魔法を叩き込む。

 それは、最初は数十秒に一体を倒すくらいの速度だった。それが、今じゃ慣れて数秒に一体くらいに変わり、完全に魔力残量を気にする必要性も無いままに、まとめて凍らせる事もしばしばになってる。

 それでも終わらない。終わらないんだ。終わらないんだよ!


「ああ、飯にしたいのに!美味そうな茸見つけたのに!あと卵もあったのに!オムレツ食いてぇのにぃっ!」


 昼が過ぎて、三時のおやつの時間が過ぎ去る。尚、卵は草原の中にあった巣に転がってた。どうやら野生化した鶏でもいたらしい。親鶏は見当たらなかったが、手に入れた卵は割りと新鮮なようだったので頂いてきている。

 しかし。

 しかし、だ。

 幾ら時間かけても終わらないんだぜ?この駆除作業……。

 それから、時間は更に過ぎて、夜の帳が降りてくる。もうすぐ夕飯だろうって時刻だ。そこまできて、ようやくその場から感知出来る範囲の魔物の討伐が終わった。


「ぜぇ、ぜぇ――。」


 息を荒げるのは、肉体的な疲労感からじゃない。精神的な疲労からだ。めちゃくちゃに頭使ったよ、マジで。

 今日から森の中に居を築いて行こうと目論んでいたのに、まさかの事態発生だ。

 いや、やけに多いなとは前にも思ったよ?思ったさ!しかし、ここまで増えてるとか普通は思わねぇよ!なんで万単位で居るんだよ!?


「スライムだったから良かったな――これが魔法の効きにくい魔物だったら、手が出せなくて詰んでたぞ。」


 倒したブラッディー・スライム&その変異種の数、今日だけで大凡数万である。数えるのも馬鹿らしくてもうやめたとも。逆算に使ったのは、討伐に平均何秒かかって、何時間費やしたか、だ。

 ――ここまでしてまだ森の一部なんだから、笑えない。


「ああ、俺のスローライフの夢が。」


 ゴブリンはあれだ。前哨戦だったんだ、きっと。チュートリアルとか言われるやつなんだよ。

 それなのにこのまま森に拠点を築こうものなら――寝てる間に溶かされて終わる未来しか視えんわ。間違いなく明日には死んでる。

 割りとこれは問題だろう。死と隣り合わせというよりも、最早自殺行為である。初日、良く生き残れたな俺。


「どっかに結界石でも転がってねぇかなぁ?」


 結界石というのは、魔物の侵入を阻む性質を持つ魔術が刻まれた石の事だ。

 作ろうと思えば、俺もレシピくらいは知っている。知ってるのだが、いかんせん、作ろうにもあれには特殊な材料が必要となるので断念している。

 その特殊な材料とは、主に魔石と呼ばれる。極一部の強い魔物(俺には到底手に負えない)が体内に持ってたり、こちらもまた極稀に産出する鉱石系にあるが、どちらも馬鹿みたいに高い。

 何せ、当時の価値にして一個数千枚の金貨が必要だったのだ。それは、かつての俺の年収全部突っ込んだとしても、到底手が出せるものじゃないし、今じゃその金を稼ぐ手段自体が乏しい。つまりは、入手は確実に無理だった。


「うーん。流石に、町中にあった石はもう機能してないし、持ってくるだけの意味も無いか。」


 廃墟と化した今は無きかつての故郷。港町だったそこを守っていた結界石は、大半が流されたか、その役目を終えたかのようにして砕け散ってしまっていた。

 おかげで、あの港町はもう留まれる環境に無い。何時、かつての住民がアンデッドとして蘇ってくるかも分からないのだ。

 加えて、あそこから持ち出せる物も何もなかった。仮死の魔術を起動する前に使っていたカンテラだって、原型は留めていても触れた途端に壊れたしな。


「全部瓦礫と化してるか、流されてて見当たらない状態だったし――あーあ、今日も開拓村で一泊かぁ。」


 寂れた寒村という有様の開拓村は、どこも寝泊まりしようとすれば藁にシーツを被せただけの上で寝るしか無い状況だ。

 何せ、今まで建てていた建物は皆燃やしてしまっているのだ。酷いところだと、建物事態がまだ無いのである。

 そんな中で寝泊まりするには――正直、寝袋がなかったらブチ切れてたに違いない。それくらい、どこもかしこも文明レベルが低過ぎてやってられないのだ。ベッド?んなもん無ぇよ!状態である。


「獣避けの柵があるだけマシか……‥ぐぬぬっ。」


 だがしかし、どんなに快適な環境を望んでも手に入れられるわけもない。俺はこの日もまた開拓村で一泊する事になる。

 尚、ゴブリン共の巣を殲滅した俺の事が、噂で救世主と呼ばれているのを知ったのは、それからかなり後になってからの事だった。


 ゴブリンにすら喘ぐ現代でほぼ無双状態な主人公。強いかどうかと言われると現状では微妙でしょう。

 戦闘に関するセンスはあまりありません。しょせんは生産職なので、オールマイティにこなせる程の器用さも無いんです。どちらかというと頭を使って手持ちのカードでなんとかしていくタイプ。

 なので、遠隔でプチプチとスライムをやってるくらいが丁度良いんです。ゴブリンもほぼ遠隔ですね。矢面に立つなんてとてもじゃないですが彼の精神が持たないでしょう。

 余程の事(攫われてる子供が居るとか)じゃない限りは、現状前線に立つこと事態がありえません。それが可能となるには、まだちょっと心の準備が足りないようです。


 2019/01/16 ご指摘いただいた誤字を修正しました。教えて下さった方有難うございます。


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