244 閑話 復興へ
サイモン視点。
吸血鬼の始祖による来訪等、最初はどうなる事かと思われたが――。
「こっちはどう?」
「いやーん、可愛いー!」
「こちらはどうかしら?」
「これも可愛くて綺麗だわー!それに味も良いし、バターの香りが堪らないぃ。」
――毒気が抜かれる程に、かの御仁の立ち居振る舞いには誰もが脱力してしまった。
聞けば男子というではないか。それにも関わらず、女性達の中であれ程に和気藹々と出来る等、正直信じられぬ思いである。
「こちらの紅茶も是非お召し上がり下さい。私のオリジナルブレンドなんです!」
「あら、とっても良い香り!やっぱり紅茶は香りが大事よねぇ。」
大判の布が広げられた上で繰り広げられる会話は、どう聞いても女性同士そのものの会話であろう。その前に置かれている菓子やぬいぐるみもまた、女性が好むものばかりである。
これらを用意したのは侍女や村の女達であったが、どういうわけかそこで意気投合してしまった。中身を知らなければ、種族を超えた女性同士の交流だとさえ言えた事だろう。
だがしかし、男。男子である。
それを知るが故に、見た目や雰囲気はともかくとして、異様な光景だった。
そこに、
「――予想はしてたが、予想以上だった。」
そう言って片手で顔を覆う、見た目麗しき我が領の救世主、ルーク殿。
この方もまた、女性のように線が細く美しいが、彼はれっきとした男性で女性扱いされる事を厭う方だ。
それに比べて、訪れた吸血鬼の違いは一体何であろうか?
(――否、分かってはいるのだ。彼とて男。女に扱われて喜ぶはずが無かろう。吸血鬼の方がおかしいのだ。)
少しばかり残念に思ってしまうのは、偏に彼が女顔だからだろうか。類まれな美しさは、それだけで異性であって欲しいと思ってしまうものらしい。
しかしながらも、突然訪れた吸血鬼と彼は知り合いだと聞く。それも、かつてこの地を救い給うたあの賢者殿の弟子同士だというでは無いか。
(似たような環境で育ったであろうに、彼等の性質は真逆だな。)
方や落ち着きのある麗人。その立ち居振る舞いは王侯貴族並に洗練されたものを発揮しておる。型が古くとも伝統ある格式高い作法を身に着けており、それは流行遅れ等ではなく古式ゆかしく古き良きものだ。
それとは違い、訪れた吸血鬼は年若い娘のように明るく、華のある美貌をしていて目立つ。その姿と言動には、男女問わずに人を虜にするような魅力があった。今は恐慌を来たす程の魔力も抑え込んでおり、一見すると人と余り変わらない。
だがしかし、吸血鬼である彼は男でありながらも女として扱わなければ怒り出すという、かなり変わった者である。そのおかげで、吸血鬼を吸血姫と呼ぶように言われた時は、かなり戸惑ったものだった。
「性同一性障害と言いましてね――生まれ持った性別と、育まれた性別が一致しない事があるのです。こういったものは病とは別で、そういう人格だとでも思ってもらえれば良ろしいかと存じ上げます。」
「そ、そうか。」
「はい。彼は昔から男性に恋愛感情を持っていましたし、女性として扱っても大丈夫です、きっと。見た所、女性陣には受け入れられたようですしね。」
「う、うむ。そのようであるな。理由は分からぬが――。」
はしゃいだ声を上げる吸血鬼の声はやや低いものの、女性で通らない事も無いアルトだ。見た目も中性的で、これもまた女で通らない事も無いだろう。
最初は油断させて吸血するつもりかと身構えてもいたのだが、これにもルーク殿の言葉があり、やや警戒を解いてしまった程である。
何せ、彼の吸血鬼クドラク殿は、今まで一度も吸血行為を行った事が無いらしいのだ。
おかしな話であった。吸血鬼であるのに、吸血行為に踏み切らない。否、踏み切れないのだという。
この為に直接流れ出た血液を啜るのではなく、衣類に染み込んだ血液のみを欲する程には徹底されていると聞いた。
それでも十分に危険ではあるのだが――元々吸血鬼になりたくてなったわけではない為に、ギリギリで踏み留まれているのだという。
というのも、
「彼は昔、幼馴染をアンデッドに殺されたらしいんですよ。それで、アンデッド嫌いなところがあるんです――。」
と、ルーク殿が語るように、どうやらアンデッドを増やす事となる吸血行為だけはしたがらないらしい。
吸血鬼の眷属は吸血鬼と聞くが、そこには上位か下位かの違いしかなく、誰もが吸血衝動に耐えられるわけじゃなかろう。となれば、犠牲者を出さない為には吸血自体を控えるしかない。
だがしかし、吸血鬼と言えば眷属による狩りが有名だ。それを行うのが彼等の特徴だとさえ言えるのだから当然であろう。必然的に、一度姿が目撃されれば、爆発的に増えるとさえ言われている。
とは言え訪れたこの吸血鬼は、吸血をした事が無ければその眷属を作る気も無いらしい。
この為に、成る程、彼の御仁には危険が余り無いと納得が出来た。
「幼馴染のように、アンデッドに殺される者が出るのを防ごうとしているわけだな?彼は。」
「ええ。当人は決して口にはしませんが、直接啜らないのはその為でしょうね、きっと。」
「ふむ。」
つまりは、人との敵対を避けていると言える。
故に、吸血行為をしない吸血姫であり、鬼とはまた違うのだろう。
残る危険性は人とは比べ物にならない身体能力だが、こちらもまた上手くコントロール出来ているように見えた。
そんな吸血姫のはしゃいだ声を聞きながらも、ぬいぐるみに埋もれるようにして座りながら菓子を摘む女性達の中に居る彼から、私は視線が外せなかった。
見た目は人と余り変わらぬ吸血鬼。本来ならば人狼に並んで最も怖れられる存在だが、どうにも警戒心を持ち続けられなかったのだ。
「不思議なものだ――アンデッドとなっても、人と変わらないというのは。」
何と平和的であろうか。
むしろ人同士の方がもっとギスギスとしていて疲れる程だ。彼と彼女達の様子を見習うべきだとさえ思ってしまう程に、目の前の光景は絵になっている。
例え血の気が失せていてやや顔が青ざめていても、混ざっている彼は全く人と変わりが無い。
少し前には、ルーク殿が建てた外壁の外側へと更に大きな外壁を築き上げている。
だが、今ではそれすら夢幻のようだった。かようにして彼の吸血鬼はこの地へと溶け込んでおり、違和感が少ない。その事は、感慨深くさえ感じられる。
「かつて居た兄弟子達と師匠との研究成果なのでしょうね、これは――。」
同じくその様子を見守りながらも、ルーク殿が口を開く。
彼は女性というものを余り好まない。弟子である者達は少女だったが、それでも今居る弟子達には少なからず壁を作っているようにさえ見える。その為か、目の前の茶会には決して参加する様子が無かった。
そんな彼が更に口を開いてきて、私は驚きに目を見開く。
「この地の地下に居るアンデッド達も、生前の明るさを残したままのようですし、アンデッドと言っても二通りくらいは種類がありそうです。」
「――何?」
聞き捨てならない言葉だ。
だが、嘘でも無さそうで、私は寸前まで出掛かった言葉を飲み込む。
「少なくとも、この地下に居るアンデッド達には自我があります。しかしながらも、地上で自然発生している者達の方には大した自我が残っておりませんでした。あるのはほぼ本能に近い恨みだけで、この為に人にも害を与えてしまうのだと思われます。」
「――それは、誠か?」
やはり聞き捨てならない言葉だったが、どうやら嘘でも無さそうだ。
ルーク殿の表情は至って真剣で、元より茶化したりするような者ではないと知っているのだが、彼の状態を鑑みれば多少警戒もする。
しかし、その彼自身には全く謀る様子も無かった。
「ええ。魔法を改良してから、彼等からは感情だけではなく心の中で思った言葉さえ読み取る事に成功しています。そういった術として開発をしましたから。おそらくは間違い無いでしょう。」
「ふむ――。」
薄暗いテントの中、彼の瞳は極僅かに光っていて薄っすらと赤味を帯びている。
だが、それよりもその瞳の色が暗く染まっている事の方が、今は気がかりだった。
(何時からだ――そのような瞳になってしまったのは。)
かつては美しい紫色をしていたはずだ。最初に見た時は赤紫色で、それから徐々に紫色へと転じ、更には青紫色へと変わっていったのを覚えている。
王都から戻る時には、まるで蒼玉のようにほぼ青色だったくらいだ。間違いなく、彼の瞳の色は変化していっている。それも、今は黒に近い紺――光の当たり具合によっては、群青色であろうか。
その事を聞けぬままに、私の口は別の言葉を発しようとして動いていた。
――何せ、今は何が彼の逆鱗となるのかも分からない。この為に、どうしても踏み込めないでいたのだ。
「それは、彼等を支配下に置けたという事か?」
故に、聞きたかった事とはまた別の事を尋ねてしまっていた。
出来る事ならば、このまま彼が下についていてくれたらと願ってしまう。
だがしかし――それは永遠にとはいかないであろう。
彼は賢者の弟子。なればこそ、私よりも遥かに知略にも長けている可能性も高い。何時までもは制御しきれぬであろう。
その事を憂う私に、
「少し違いますが、彼等とは話す事が出来るようにはなりましたね。後は、共闘関係も得られています。」
ほんの少し考え込む様子を見せながらも、彼が答えて来た。
そこには、何の苦労も何も伺えはしなかったが――決して簡単な事では無かった事だろう。
何せ、相手は死者の群れだ。その群れに対してたった一人で対話を試みるなど、普通の者ならば精神が持たぬに違い無い。
だが、それを彼は成し得た。それどころか、共闘関係まで得られたというのだ。
これは、素直に称賛に値する事であろう。
「それが本当ならば、この先現れる勇者に対抗は可能か?」
この為、確認を取って言葉返してみるが、それにも確りと頷いて返された。
どうやら本当に良好な関係であるらしい。
「ええ――おそらくは倒す事も可能でしょうね。」
「それ程にか。」
「はい。彼等の中には、過去に沸いた勇者との戦闘を経験した者も多くいますし、中には勝利を勝ち取った者も居ますから。」
「ふむ、それは非常に心強いな。」
聞けば、地下に居るアンデッド達は皆、勇者の被害者だと言うではないか。この為に共闘関係が得られたのだと言うが――そこには、ルーク殿だからという理由もあるのだろう。
何せ、地下に居たアンデッド達は物言わぬ存在だ。否、物言えぬ存在だと言うべきだろうか?
どのみち、会話そのものが本来ならば成り立たないと思うであろう。例えそれは、敵対関係に無く中立の存在であっても、だ。
しかしながらも、ルーク殿はそれらを乗り越えて、こうして良好な関係を築けている様子を口にする。
ただ対話を試みるというだけでも、勇気のある行為だと讃えられるべき事であるにも関わらず、その上で共闘が出来るのであればこれ以上に心強い事は無いであろう。
(ならば――ならば私は、地上を抑えねばならぬな。彼の努力を無駄にしない為にも。)
それが、私に課せられた役目なのだろう、きっと。
兄上が殺され、玉座が空となっている今、私が人々を纏め上げなくて何とするのか。
此処で踏ん張らねば、次代の王であったはずの王子に王位を継がせる事も叶わない。それでは、私が生き残った意味が無かった。
(どうか、御力をお貸し下さい、兄上――。)
祈りを捧げる相手は神等では無い。私が心より尊敬し、一生お仕えしていたかった御方だ。
幸いながらも、私には手を貸してくれる者達が居る。ルーク殿も私に仕えるかのような行動を示してくれており、今は他の牽制もして下さった。最近では、昼夜を問わずに奔走してくれているようですらある。
だからこそ、此処でくじけたり等はしていられない。していられるものか!私は、私にしか出来ぬ事があるのだから――。
「では、政務に戻るとしよう。」
短いながらも来訪した吸血姫の対応を確認し終えて、本来の仕事へと取り掛かろうとする。
そこに、
「微力ながら、お手伝い致します、陛下。」
たった一人、貿易都市で生き残った兵士が口を挟んできた。
元々は文官として取り立てていたのだが、その後才能があるからと武官へも配属された者だ。頭の回転も早く、行動にも問題が無い為、何れは騎士に推薦しようとしていた者でもある。
「うむ、頼りにしているぞ。」
「勿体無きお言葉!誠心誠意、尽力させて頂きます。」
そんな彼を伴って、新たな書類へと目を通していく。
各地から寄せられる嘆願状、被害状況の報告、どれも酷いものばかりだ。
その中にたった一枚、ルーク殿より寄贈された品に関する記述を見つけて、目を瞠ってしまった。
「――どうされましたか?」
「いや、何でもない。」
気付いた兵士に声をかけられて、その書類へと捺印する。
詳しくは記されていなかったものの、どの領地のどの街から回収された物かだけ、報告として上がっていた書類だ。
そこに記された地名は、現状私と敵対し、王子の身柄を要求する厚かましい連中が治めている土地だけであった。
(一体、何時、知ったのだ?これ程大量であれば、偶然というわけでもあるまい。)
兵士達の誰かがが口を割ったのか、それとも個人的な情報収集の手段を持ち得ているのか。少なくとも忠誠を誓っている騎士は無いだろう。
何にしろ、流石は賢者殿の弟子であると思う。
(彼が味方であって良かった――。)
そう心の底から思う私だったが、それを痛感するのは、それからまたしばらく後の事である。
◇
各地より、安住の地を求めて続々と人々が移って来たのが、秋も深まった頃。
その頃には大工達を受け入れて、復興の兆しが見え始めていた。
首都計画の為に塀の中を区分けし、住民達の移動も行う。幸いながらも土地問題は、ルーク殿とクドラク殿のおかげで問題が無かった。
そんな中に、
「――良く、生きていてくれた。」
訪れた者達を前にして、私は心からの言葉を口にしていた。
もう無理だと諦めていた彼等は、ネメアの両親。私にとっては義理の親であり、兄上に次いで尊敬している方々である。
その彼等と再会出来たメネアは涙し、今は実の母の胸の中へといる。硬く抱擁を交わす彼女達を横目にして、私は義理の父親との再会に目尻が潤むのを止められなかった。
それに対して、
「その事であるのだがな――こちらで救世主と呼ばれている者の名を教えて欲しいのだ。」
突然そう切り出されてしまって、私は内心の戸惑いを抑えつつも尋ね返す。
「一体何故だ?」
救世主の名を誰かに伝えるのはご法度。それは、この地では最早暗黙の了解にすらなっている事だ。
それを尋ねて来た彼に、私はやや怪訝になって尋ね返していく。
「我が領の救世主殿は、世に知られるのを厭うのは知っておろう?その事は以前にもお話したはずであるが――。」
王都に連れ出した際ですら、彼の御仁たっての願いで世間には公表しないとしたのは、前王である兄上である。
それを私が破る等とんでもない事だった。この為に、それとなく聞き出そうとしてきた義父には何時も申し訳ないとは思いつつも、私とてずっと口を噤んで来たのだ。
それを今更尋ねる等、何があったのだろうか?それも、このような時代に――・
そう思って尋ねた私に、
「それでも、なのだ。礼の一つくらいは言わせてもらっても良いであろう?私の娘だけでなく、息子の命まで救ってくれたのだからな。」
「う、ううむ。」
そう言われると弱い。
唸ってしまった私に、
「――どうしても出来ぬのか?」
やはりしつこく義父が問う。
何がそこまで執着するようになったのかは不明だが、私の答えは決まっている。
否、だった。
「当人が望まぬからな――難しかろう。」
「むう。」
これに対してだが、良い歳して頬を膨らまされてしまった私は苦笑いを浮かべるしか無い。
そんな顔をされても困るというもの。それで絆されるのは義母――彼の妻だけであろう。
それでも私に食い下がってくる義父だったが、程なくして本当の理由を口にしてきた。
「我が領地がアンデッドの群れに襲われていたのは、知っていよう?」
それに対して、私は思わず目を伏せる。
危機的状況にあるとは分かっていても、私は動けなかったのだ。
兵を失い、各地に散っている者達が集うにも未だ時間がかかってしまっている。唯一駆けつけられたのはほんの数十名だけで、アンデッドの群れに対抗するには余りにも無謀過ぎた。
――隣接している領地が敵対してきたのが、これ程憎く感じた事は無い。
「人伝ではありましたがな。だがしかし、助けにも行けず、申し訳ない。」
「いや、そこは気にしなくて良い。むしろ来なくて正解だったぞ。あれは只人の身ではどうしようもなかろうて。彼の緋色の民ですら、二の足を踏むであろうてな。」
謝罪を述べれば、そう言ってすぐに止められてしまった。
確かに、無謀にも助けに向かえるような状況では無かったのは確かであろう。
何せ、ネメアの両親が治めているのは、我が領と王都の途中にある領土だ。つまりは、勇者による被害が最も酷かった土地である。
そこに向かうとなれば、当然アンデッドの群れとの戦闘は避けられない事であった。しかも、自領すら立て直せていない状況で、果たして成果等あげられるであろうか?
答えは否。否である。むしろ中途半端な期待を抱かせ、僅かに残っていたであろう希望すらも打ち砕く、真逆の結果を齎した可能性の方が高かった。それくらいならば、いっそ最初から行かないほうがよっぽどマシである。
そう思う私の耳に、
「気付けば都市は包囲され、しまいには中にまで侵入を許してしまったからな。あの時はもう、絶望しかなかった。」
そう言葉にする義父の声が届いてくる。
顔を上げると、そこには何処か遠くを見つめる瞳。失われた者達にでも、思いを馳せているのだろうか。
「だがな――あれは何というか……。」
そう言って口を閉ざした彼に、
「そこまで危機的状況だったとは知らず、本当に申し訳ない――。」
言い終わる前にと、思わず口を挟んでしまった。
(都市の中に侵入を許すだと?――それはもう危機的状況ではなく危機そのものであろうに。)
にも関わらず、責める事無くこうして言葉さえ交わしてくれる。その懐の大きさには頭が下がる思いだ。
そもそもそこまでの事態に陥っていたのであれば、きっと脱出するまでにも大変な事であろう。よくぞ此処まで生きて来られたものだとさえ思える。
だがしかし、
「いや、だから気にしなくて良いのだ。それらは解決出来たのだからな。」
「――はい?」
何故だか、そう返されてしまって、私はポカンと口を開けたままで固まってしまった。
今、何と言ったか?――解決出来たと?
いやいや、都市にアンデッドの侵入を許してしまった状況では、ありえない事であろう!?
「突然だったのだのだがな――。」
そう思い、疑問に思い固まってしまった私へ、淡々と彼は告げていく。
それはもう――私にも出来ると思える人物は、たった一人しか思いつかない方法でだった。
「アンデッド達が凍りついたのだよ。それも、何の前触れもなく、一瞬にしてだぞ?そして、後続が途切れていて不信に思い調べてみれば、開かれていた門が再び閉ざされていたのだ。確かに開いていたはずなのに、だ。一体何が起きたのかと逆にパニックになったくらいだ。」
あの時が一番大変だったと彼は言う。
何せ、門の先は更に不可思議な光景だったというだから当然だろう。
アンデッド達は軒並み足元を凍りつかされていて、動けないようにされていたというのだから、それを見て気付いた者達は戦慄したに違いない。
都市を囲える程のアンデッドの群れが、どれだけの数になるだろうか。想像しただけでもゾッとする。
「見渡す限り一面にゾンビが居たのだ。そのゾンビ共が、しかし全部凍りついていて動けないのだよ。足元だけ、凍りついていてな。」
その不気味さに、漂う冷気と魔力に、怖気が走ったのだという。
それを誰がやったか等、私はほぼ確信した。
おそらく彼しか居ないだろう。
王城では氷を生み出す様子を義母が見ていたというし、最早言い逃れも出来そうに無い。
思わず溜息を吐き出していた。
「敵対だけは、しないと約束して頂けるか?」
そう告げてみれば、
「――良かろう。先程から随分と大きく出ているようだが、それだけの状況を作れていると見て良いのだな?」
「うむ。彼は今私の配下として働いてもくれているからな。」
「成る程、男か。何とか振り向けた者の話では、この世のものとは思えない程の美人だという話だったが。」
返されてきた言葉へ、私は確りと男である旨を返しておいた。
義父は私が例え王弟だったとしても、貴族である限りは私の発言をそのまま聞き入れはしないであろう。前王たる兄上亡き後を継ぐのだとしても、それに相応しい器と状況が求められるのは当然の事だ。むしろそうでなければならない。
現状のこの国では無能は上にはいらぬ。傀儡にするにしても、愚か者では国そのものが滅びかねない状況なのだ。それ故に、そのような事を望むような輩は完全に敵――下手をすれば、他国に我が国を売っている可能性すらあった。
その為の切り札としては、確かにこの地の救世主は切れるカードであろう。事前に分かっていて動いていたのだとしたら、やはり彼は相当な切れ者だと思われる。
(敵対だけは、避けねばならぬ。何としてでも。)
だがしかし、一方的な利用では確実に関係に罅を入れる事になるであろう。
この為に、事前に釘を刺す事だけは私は忘れないでいた。
「彼との関係が切れぬ限りはこの国は無事であろうな。」
「ほう――お前から見てもそうなのか。」
「うむ。だからこそ、彼の機嫌を損ねるような真似だけはして欲しくないのだ。もしもそれを成した場合は、おそらくだが私だけでなく、この地がアンデッドに埋め尽くされて滅ぼされるであろうからな。」
それくらいの力は現状持っていると見ても良かろう。
彼自身が持つ力然り、地下のアンデッド然り、そして以前に訪れた吸血姫との関係性然り、だ。
賢者の弟子である彼の下には、何かと力ある者達が集まっている。生者ならば魔女の双子や、彼に執着している緋色の一族の倅があげられるであろうか。
それらを多少隠しつつも告げてやれば、
「それは――ゾッとする話だな。」
そう口にして、やや顔を青ざめた義父が何か考え込む様子を見せていた。
そこに、再度釘を刺す為に私は追い打ちで口を開いておく。
「絶対に敵対だけはされぬよう、もう一度だけ言っておくぞ。この国の生命線とさえ言える存在だからな。そこを違えば、この国だけではなくこの地が滅びかねぬ。」
「う、うむ。それ程の者であれば納得も行く話だ。して、その者の名は?」
「彼の名は――。」
此処まで来て尋ねられてしまえば、流石に答えぬわけにもいくまい。
そう思って口にしようとした所で、
「――ルークと申します。公爵様におかれましては、お初にお目にかかります。」
横合いから突然声を掛けられて、私は義父と共に咄嗟に驚いた表情を向けていた。
2019/03/17 加筆修正を加えました。




