242 死の都
「――酷い匂いだな。」
そこかしこで留まっている腐った匂い。
その中を漁りながら、使えそうな物を【座標転移】していく。
腐っているのは主に生鮮食料品だ。この為、屋台や露店の類の多くが悪臭を放っていてキツイ状況にある。この匂いに何時か慣れる時は、果たして来るのだろうか――?
(いや、無理だよなこれ。吸血鬼じゃなくても、生身でさえこの臭さには耐えるのが精一杯だ。)
口と鼻を覆うように布で保護していても、余り効果が無い気がする。
そのくらいには匂いが凄かった。
繰り返してきた過去では魔力で縛り付けたアンデッド達に運ばせていたので、今更ながらに気付いたのだが。
(臭い、キツイ、匂いだけで吐きそう――。)
ゾンビの姿はとっくに見慣れた。それでも現状のこの耐え難い匂いには、鼻が曲がるどころか精神的に病みそうである。
多少マシなのは、店主や従業員がゾンビになっている道具屋や武器防具屋、それに古本屋だろうか。これらの場所には腐っているのが人体だけなので、まだマシな状況にある。何せ匂いが混ざらないから。
そういった理由もあり、これ以上酷くならないようにと、ゾンビ達へ【座標転移】させようとして中を覗き込むのだが――何処も店内は返り血で悲惨な現場と化していて、そっとため息を吐き出した。
(崩れてないだけ、幸運だったと思おう。でなきゃ、やってられない――。)
返り血がべったりと貼り付いている品は焼却処分だ。
これらの品は、そう遠くない未来で呪われた品に変化するからな。生者にとっては非常に危険な代物となるだろう。故に、運び出す事もしない。
この為に、今の内に隔離して纏めておく。最終的には処分出来るようにと、都市の片隅へ集めておいた。
(一部の店は崩れていて、瓦礫の撤去に時間が掛かり過ぎるな。時魔法で片端から【座標転移】するのも、魔力の残量を気にしていたら微妙だし。)
この為にそれらの店や家屋は後回しにした。優先するのは無事な店だけで、民家は未だしばらくは放置だ。
商店街だった通りの左右に立ち並ぶ店の中、崩れていない場所を重点的に見て回り回収していく。
出てくるのは大体鈍らな剣や防具類ばかりだが、掘り出し物にはそれなりに使えそうな矢や、それを納める矢筒くらいが出てくる。
ただ、それだけといえばそれだけ。他はくず鉄として再利用するくらいにしか利用できそうに無かった。
(何か、入手品に違いが無いか――?)
巻き戻した過去と、今回とで品揃えに違いがある。
店の種類も変わっていたりと、何故か過去と違う点が多い。
(おかしいな――。)
その事へ疑問に思いつつも回収するが、間違っても刃物の類は期待出来そうにない代物しか見つからなかった。
――まぁ、刀の製法自体が大昔に失われているのだから、元から期待は出来ないだろう。
だが、それでも切れ味は二の次三の次である。頑丈さ優先で重く、叩き切れるだけでも多少マシだと思った方が良いところだろう。
その他には杖の類が豊富にあって、こちらに関しては目移りしてしまった。
どうも此処には魔法使い御用達な店があったらしく、中には俺が使えそうな真っ直ぐな棒――スタッフと呼ばれる品まであった。中々に品揃えが豊富である。
「これは使えそうだな。」
その内の一本を手にして、軽く振り回してみる。
やり直してきた過去では、棒術なんて習える相手もその暇も無かったが、今回は幸いな事に教えてくれる人物が居た。
この為に、護身用として一本のスタッフを手元に残す事に決めて、他は全て【座標転移】しようと片端から集めていく。
そんな中に、
「ヴェー。」
カウンター越しに此方の方を見ながら喋るゾンビが一体、カウンターに引っかかっていた。
そのまま、意味をなしていない声を上げるゾンビに向けて、俺は軽口を交わしながらも作業を続けていく。
「全部貰っていくな。金は無いけど。」
「ヴァー。」
「その代わり、大事に使わせて貰うよ。」
「ヲヴェー。」
話している間も、何やら前進しようとしていた為に、重そうなカウンターを【座標転移】して退けてやる。
その瞬間、店主だったのだろうゾンビは、よろめきながらも外へと出て行った。
それを見送りつつ、
「あれ、女だったのか――。」
見えたロングスカートに、若干微妙な気持ちが浮かんでくる。
上は丈の短いローブで、下にはスカートを履いているのだ。ローブは魔法使いの正装とも言えるのだが、女性の魔法使いは全て『魔女』扱いである。
しかし、彼女は魔女の里の住民ではない。それなのに此処で店主をしていたという事は、里を出た者か、あるいは修行かなにかで此処で働いていたという事なのだろうか?
(――もしかしたら、今まで気付かなかっただけで、点在している魔女達がいるのかもしれないな。)
人口的には少ないだろうが、大きな都市なら紛れ込める可能性もある。
一人二人くらいなら、居てもおかしくはないだろう。
(とは言え、見つけたからって何が出来るってわけでもないけども。)
魔法薬の製造には、今回は双子の魔女達がいる。あの子達だけでも現状は十分事足りるだろうと思えた。
――ちなみにだが繰り返してきた過去では、あの二人を恐喝していた炎の魔女が弟子入りしていた。それを思うと、非常に微妙な気持ちになってくる。
(いや、考えても仕方ないんだけど。仕方ないんだけどさぁ!)
過去の俺には解せない。
どう考えても、あの炎の魔女は地雷だっただろうに、何故よりにもよってアレを弟子に選んだのだろう?
(いや、他に選択肢が無かったって言えば、その通りなんだけども。)
今回はその炎の魔女が生き残って居なかった。
彼女の生存には双子の魔女が必要不可欠とかだったりしたのだろうか?
そう思って見るものの、これもまた良く分からなくて首を傾げる。
ただ、炎の魔女よりは双子の魔女の方が幾分マシである。少し調子に乗る傾向はあるが、それでも未だマシだった。それくらいには、あの炎の魔女は地雷過ぎる。
(何よりも、それより酷いのがいるしな――。)
誰とは言わない。
赤くて火属性を得意とするアイツには毎回手を焼かされているし、思い出すだけでも苛立つのだから。
しかしながらも、持っている火属性は非常に有効だ。そして、彼は勇者に対して誰よりも果敢だった。この為に切り捨てるには余りにも惜しく、切り捨てられないでいる。
何よりもしつこい性格は既に今回でも身をもって知ってしまった後だ。後悔するなんて、今更過ぎる話だろう。
(どうせ、アイツに関しては何を言っても無駄だしな。考えるだけ時間が勿体無い。)
早々にそれらの思考を放棄して、回収作業を続けていく。
途中、乾物や漬物等を扱う食料品店が無事だった為に、食料を多少確保出来た。
どうも行商人や冒険者に向けた店だったようで、確りとした保存管理がされている。地下を覗き込めば、そちらにもかなりの備蓄があったので根こそぎ頂いていく事にした。
「ラッキーだったな、これは――。」
地下で特に多く積み上がっていたのは、乾飯と呼ばれる物。米を蒸してから干したもので、古くから保存食とされてきたものだ。
此処では単に干しただけの物を使っているわけじゃないらしくて、若干焦げていたりもした。
おそらくだが、一度フライパン等で炒ってから干したのだろう。香ばしい香りが漂っていて、味も悪く無さそうに見える。
「これなら水に戻すだけで良いから、簡単に食事が出来るな。」
米は小麦よりも調理法が多い。ご飯にするだけでなく、雑炊でもお粥でも良いし、それこそ菓子に使う事も可能だ。
もち米じゃなくとも、普通の米でも菓子に転用出来るレシピは少なくないので、非常に使い勝手が良かった。
「腹持ちも良いし、サイモン殿へ横流ししてしまおう。」
自分で使っても良いが、それよりは彼の方へ備蓄として回す方が良い。
何せ今年は不作なのだ。
大量のアンデッドが沸いた上に、勇者による被害が余りにも大きすぎる。このせいで、何処も食料が足りなくなるだろう。それらへの有効なカードとして、これらの保存食は使える品だった。
後は、
「領主の溜め込んだ備蓄の回収もしなきゃな。」
一番の貯蔵場所が、領主の住まう館や城である。
これらの場所へは、いざという時に民衆へ配られる食料を貯め込んでいる事が多い。
実際、此処の領主も同様だったはずだ。今は代理が好き勝手にやっているようだが、本来の領主が住んでいた所には大量の食料と武器防具、それに調度品や貴金属の類がある。
それらの回収を明日にすべく、先に館内のゾンビ達を都市の外へと【座標転移】しておく。
場所に強い思い入れがあると、また戻って来てしまう事があるが、多くは他に思考が固定されているケースが多いので、一度でも追い出せば戻って来ない死者が多いのは過去で経験済みだ。
「後は、明日だな――。」
大分ゾンビの数が減って、気配が薄まった都市を後にする。
それから身を清め、朝食の用意をしてディアルハーゼンの下へと向かって行った。
2019/03/15 加筆修正を加えました。




