241 大安売
暗闇の中で目が覚める。
火魔法で小さな灯火を熾して、カンテラへとそれを移した。
(油も残り少ないな――。)
補充は可能だが、村で未だ不足している物資の一つでもある。補充が必要だろう。
今夜辺りにでも廃墟と化した都市で、商店街を漁るのが良いかもしれない。
(とりあえずは、何を優先して漁るかだよな。)
現状、必要となる物は数多く不満として溜まりやすい状況だ。仮に、その全てを俺一人で回収するなら、確実に時間が足りない。
何事もたった一人で行える事には限度というものがある。
しかし、食料品は幾らあっても足りないし、布や木材、家具等も随時搬入しないとならなくなるのだ。そして、それらを売り払うには、現状では俺が対応しないといけなかった。
(ディアルハーゼンは未だ本調子じゃないし、無理はさせられないしなぁ。)
だからこそ、今日も引き続き午前中は露店で売り子の予定である。
村で最初に不足していたのは主に金属製品だったが、それは昨日の内に売ったので補充が出来ている。当面は大丈夫だろう。
それとは別に家畜や布製品が足りていない。今日はこの辺りを重点的に売って行った方が良いはずだが、家畜だけはどうしようもなかった。
何せ、低級のアンデッドに食い殺されているのだ。村や集落を回っても見つからないし、野生で探すのも余り意味が無いだろう。
(家畜は仕方がないか。布製品だけでも、馬車に送れるだけ送ってしまおう。)
時魔法の【座標転移】で片端から送っていく。
古着が多いが、中には新品と思われる布も幾つかある。シーツやカバー等の大物もあるし、布団やソファー等の家具だって布製品の中には含まれるだろう。
流石に一般家庭で革製品は余り無かった為に、昨夜回収した物の中にはほとんど存在していなかった。精々がブーツくらいな物で、それですら余り数が無い状態である。
それらを掻き集めつつ、俺も馬車へと送った後【座標転移】した。
「ええと、帳簿はどこだっけな?」
売上に関しては勿論ディアルハーゼンの懐へ入るようにしている。
だが、その大半はサイモン殿へ寄付する形で税金代わりに納めていくつもりだ。
そうしないと、この地で彼が動けなくなってしまう。
村から税として徴収するのは現状では悪手になる。
何せ、麦も陸稲も刈り取りの季節じゃないからな。陸稲は十月の事だし、麦に至っては刈り取りが済んでしまった後である。この為、納めるべき物が何も無い。
となれば、後は他の貴族にでも頼るしか無いのだが、それすらもが難しい現状では、彼は資金の調達が難しかった。
これらの問題を解消する為にも、俺が壊滅した都市や街から搬入してきた品を売り捌いて、今此処で彼に寄付してしまった方が良い。
資金繰りを良くするのは上の務めである。金の流れを一度に作り上げるのは貴族や王族に多い仕事だ。好景気を生み出す為にも、彼には一役買って貰う必要があった。
(どうせ俺が持っていても仕方がないし、盗品を売った金をディアルハーゼンに持たせていたら、よからぬ噂を呼ぶしなぁ。)
この為に、売り払った物の多くはサイモン殿へと個人的な寄付という形にしてしまう。
もしも文句を言い出すような奴がいるようなら、それこそ俺が相手してやれば良い。
時魔法で時空の彼方にでも吹っ飛ばせば、人間相手ならばまず心配は無いだろう。勿論、二度と戻って来れなくなるが、そこは俺の知った事じゃなかった。
(まぁ、そこまでの阿呆は過去には出て来なかったし、多分大丈夫だろう。)
巻き戻してきた過去では吸血鬼として怖れられていたし、今だと高い魔力量だけでも十分に脅しが効くので、早々舐められる心配は無いはずだ。
少なくとも無能な奴は既に追い出しておいた後なので、今後現れるとしても俺が矢面に立ってしまえば良い話である。
(一応保険にクドラクも巻き込んでおくとしよう。)
それでも打てる手は打っておく。
クドラクが得意としている属性は土だ。俺が作り上げた壁よりも尚強固な外壁を築けるだろうし、地下が安定したら手を貸して貰おう。
彼だって師匠の弟子である。あの賢者と呼ばれるレクツィッツの弟子なのだ。
この為、サイモン殿もそこまで忌避感は出ないと思われた。
(滅茶苦茶怯えられるだろうけど――多分大丈夫だよな?)
過去に俺に助けを求めてきた彼なら、きっと良好な関係が築けるだろう。
何せ、俺が吸血鬼であるのを知りながらも助けを求めて来たくらいだ。一応は生者である今の俺からの紹介ならば、敵対するような事も無いと思えた。
(間違えたようなら、また巻き戻せば良いんだしな――。)
それをするにはやや面倒になるが、保険にはなるのだからと自分に言い聞かせて、必要な事として無理矢理納得しておく。
とりあえずは品物の確認と目録を作成だ。その後、柵に繋いでいた馬の世話をしてからディアルハーゼンの借り受けている小屋へと入った。
「おや、起きてましたか。」
「ん――?」
小屋に入ると、丁度食事中だったらしい。
昨夜の内に朝食用にと渡しておいた果物をカットして食べている彼に、俺は「おはようございます」と返す。
「おお、おはようさん。今日も良い天気だな。」
「ええ、良い露店日和になりそうです。」
天気の話をする彼の表情は大分明るい。疲労の色も薄れていて、大分確りとしてきたようだ。
今回はやけに回復が早いなと思う。
(俺が吸血鬼じゃないからか――?)
そんな事を思ったが、もしかすると過去は怖れられていて、精神が休まらなかったのかもしれない。
大した力を持ってはいなかったが、それでも高位のアンデッドであるのが吸血鬼だ。クドラク程ではないにしても、非戦闘員であるディアルハーゼンには怖かった事だろう。
――まぁ、その恐怖が逆に現世に縛り付ける要素になった可能性もあるのだが。
(その辺りの理由はどうでも良いか。今こうしてある現実が大事なのだし。)
人の心を考えても大して意味は無い。簡単に裏切り裏切られるのが人間だし、どれだけ仲が良くなったとしても、良かれと思って嘘を吐かれる事だってある。
この為、結果だけを大事にしつつ脳裏に刻んでおいた。巻き戻してきた過去との違いを此処では明確に表にしておくだけで良い。
この辺りの管理については魔術で記憶に刻み込んで来ているので、無詠唱で発動さえするくらいには過去の俺が得意になっている。今回も同様に行ってみれば、問題なく脳裏に刻み込まれたらしく簡単に思い出せた。
(これで良し、と――。)
朝食を摂っている彼に、一応大事を取って今日も休んで貰う。
そんな彼に見送られて、俺は小屋を出ると馬車を動かした。
ディアルハーゼンが使っている馬車は幌付きの荷馬車なのだが、それなりに大きい。
だが、流石にソファー等は嵩張って余り数は運び込めなかった。それでも何とか二セットを詰め込んで、染色されている布や古着と共に村の中央へと運び込んで行く。
(丁度朝食の時間か――?いや、終わった後かね?)
ガラガラと鳴る音に、棚引く煙。そこかしこでは朝食であろう香りが漂って来ている。
何とも長閑な中、辿り着いた先で荷台の品を下ろせば、ちらほらと人がやって来る。
どうやら待っていたようで、早速買い物客達で賑わっていった。
「こっちの服良いわね。」
「これも良いわ。娘に丁度良さそう。」
「うちの旦那にはこれかねぇ。どうせ汚れるし、汚れが目立たないのが良いでしょ――。」
昨日とは違って、今日は女性陣の姿が多いようだ。
流石に昨日で畑の作物は売り切ったのだろう。農夫達の姿は無かった。
そんな彼女達を相手に、俺は商売用の笑みを浮かべて対応する。
「古着は子供用が銅貨一枚。大人用が銅貨二枚な。」
「布だといくらだい?」
これに、大半が顔を赤らめて視線を固定してくる。
その隙きに売りつけたいところだが、簡単には絆されない者も居た。
実際、交渉上手そうな女性が口を開いた為に、俺は捨て値に近い値段を口にして煽り文句を入れておく。
「布は大判が銅貨二枚で、端切れは四枚で同じ値段だ!さぁ、買った買った!」
この声にすぐに反応するのは、若い女性である。
だがしかし、やはりというかそれなりに歳がいった女性達は誤魔化されない。即座に突っ込みが入って来た。
「あら?端切れなのに高いわね?」
訝しそうというよりは、不審に思っている様子だ。
だが、それを予想していた俺はそれに対してもニッコリと笑みを浮かべて見せておく。
これからの季節は秋。つまりは涼しくなってくる時期だ。
そこに必要なものとくれば、厚手の布やキルト生地等の保温効果の高い物である。だがしかし、これらは普通に買うと高くつくし、寒村ではまず滅多に手に入らない物なのは把握済みだ。
この為に、敢えてそれらを次作出来るよう、その素材だけは確保してあった。
故に、
「但し、端切れにはこっちにある綿入りの袋が付くよ!」
「「それは安い!」」
「綿の袋単品なら銅貨一枚になる。さぁ、見ていってくれ!今日限りの大安売だ!この先には無いからな!」
「「きゃー!」」
そこから先はもう争奪戦だ。
広げた敷布まで買い込む勢いで、あちこちで奪い合いが発生している。
その為、
「先に商品へ手を付けた方が購入の権利持ちだ!同時に手を付けてしまい、外野から見てもどっちが早かったか分からなかった場合は、ジャンケンで勝った方が購入者だからな!」
喧嘩に発展する前にと、注意を促しておく。
この辺りのやり取りは既に過去で経験済み。それに、ディアルハーゼンからの教えも受けているので、スムーズに場を取り締まれる。
そのまま売り続けて、昼前に客が途切れた所で店仕舞いにする。馬車を動かし小屋へと戻ってみれば、
「――おや、寝てる。」
ディアルハーゼンはベッドで寝ていた。
どうやら昼食を摂った後に眠くなったらしい。
昨日の握り飯はいまいちだったので、乾パンにナッツ系のクリーム、それに氷で冷やした状態の手製のヨーグルトへジャムとコーンフレークを添えておいたのだが、見事に完食していた。
本当は二人分を用意していたつもりだったのだが、食欲が戻ったようで綺麗に食べきっている。その事へ思わず笑みが浮かんでしまった。
(これなら、夕飯には肉料理も出せるな。)
寝ている彼をそっとしておいて、小屋の外で竈を即席で作りあげて調理に入る。
材料は乾物がほとんどだ。干し肉と臭み消し用の香草を少量に、干した豆や乾燥茸を投入して柔らかくなるまで煮込む。味付けは醤油と砂糖、それに臭みを飛ばす為の酒を加えて味と風味を整えた。
味が決まったら、とろみ付けへ水溶き片栗粉を加えておく。この方がタレが絡みやすくて美味い。
感覚としては豚の角煮みたいな感じだが、元が干し肉なので若干触感等に違いが出るがそこはまぁ良いだろう。
(現状では生肉はまず手に入らないしな――。)
重要なのは風邪を引かない身体を作ってもらう事である。
その為にはビタミンとタンパク質が必要不可欠で、どうしても肉料理は外せなかった。
そんな中、昼食を一人で二人前平らげれたところを見るに、十分に肉だって食べられる状態にあるだろうと予想出来たのは幸いである。
この為に他にも一品、蒸した薩摩芋へとバターを加えてマッシュして整形した物を添える事にした。
(甘い物は好きみたいだし、これで良いだろ。)
出来上がりには蓋をしておき、小屋の中へと予め運んでおく。勿論、食べて貰う為にメモも一緒だ。
俺の昼食の方は、作っている間に簡単に済ませた。ただ、硬いし不味いしと人気の無い保存用の黒パンだったので、正直意の中へと詰め込んだようなものだったが。
(村人から買い取った夏野菜とチーズであるだけ、大分マシか。)
味気ない食事ではあるものの、これでも野菜に塩を振るだけでも多少はマシになる。
どうせならマヨネーズなりドレッシングになる物を作りたいところだったが、油は現状では貴重だし新鮮な卵も手に入り難いのだからしょうがないと諦めるしかない。
(もう少し、食生活を改善出来る状況を作らないとな――。)
自宅を焼き払う前に確認した食料庫は荒らされていて、とてもではないが手を付けたいと思える状況には無かった。この為、全部燃やしてしまった後である。
何せ、勇者が食い散らかした様子があったからな。食いかけの品がそのまま他の棚や箱の中に放り込まれたりもしていたので、衛生面で運びだすわけにもいかなかったのだ。
おかげで残っているのは【保管庫】へ入れていたチーズや黒パン、それに乾燥した干し肉や干し魚だけである。どれも美味しいとはとても呼べない品ばかりで、調理するには一手間どころかニ手間三手間かかって面倒臭い。
――だがしかし、これらだって永久には保存出来ない。
時魔法の【空間庫】の上位版には時間の流れを止めるものがあるものの、現状その枠となる【空間庫】自体がアンデッドの収容所である。この為に、腐る前に消費してしまった方が良かった。
(食品の管理に布製品や家具の修繕と、日用品の確保を急がないとなぁ。それが終わったら、次は医薬品と保存食を備蓄していこう――。)
そう思いつつ【座標転移】で地下に戻ると、ツヴァイがすっ飛んできて出来る事は無いかと尋ねて来て目を瞬いた。
「え?」
《皆、時間を持て余していまして。地上で何かお困りな事がありましたら、是非手伝わせてもらいたいと――。》
申し出は嬉しいが、現状では彼等には武具の管理も任せている。
この為、悩むところだったのだが、暇を持て余している者が本当に多いらしい。
結局、出来る事があるなら是非にと言われてしまって、半ば押し切られる形で家具の修繕や古着の繕い物を頼んでしまった。
これに、
《では、そのように皆へ話してきます!》
何故か上機嫌にツヴァイが【念話】を飛ばして来て、若干戸惑う俺。
面倒事を押し付けているだけだというのに、何故か彼は嬉しそうにしていた。
一応、注意はしておく。
《む、無理はしなくて良いからな?空いている時間に気が向いたらで良いから。》
頑張りすぎて精神的に疲れきったりなんてのは御免だ。彼等は対勇者としての切り札でもある。万全な状態を備えていて欲しい。
そう思って伝えたのだが、
《はい!それではまた後程!》
《あ、ああ。いってらっしゃい?》
生き生きとした様子で返事を返すツヴァイに、俺はそれ以上何も言えなかった。
踵を返す彼だが、何故ここまで協力的にしくれるのかさっぱり分からないでいる。半分アンデッドであるのが良かったのだろうか?完全に謎だ。
(どうも繋がっている状態を喜んでいるっぽいんだよなぁ。)
ツヴァイだけでなく、これは他のアンデッド達も同様だ。
生者であるのは、ある意味面倒だししんどいと思うのだが――。
(まぁ、良いか。彼等が望んでいるんだし。)
ただ、地上の開拓村には全く興味を示さないのは何故だろう?
買い物とか今ある文明に触れようとか、そういう意思が全くもって見受けられないのは不思議だ。
その事へも理解が出来ないでいる俺を置いて、ツヴァイはそのまま書庫から立ち去ろうと扉に向かう。
そこへ、
《――ズルい。ズルいズルいズルいズルいぃぃぃぃっ。》
相変わらず罰を受けたままでいるらしい古賀音が、恨めしげに【念話】を飛ばして来てツヴァイに頭蓋骨を掴まれていた。
そのまま振り回されて、哀れな声を上げる古賀音。若干、悲鳴に近いのは高速で振り回されるせいだろう。
《ひええええ!え?え?何で振り回されてるの俺?何かしたぁ!?》
そんな古賀音対して、ツヴァイが静かに怒りを含んだ【念話】を飛ばす。
《き・さ・ま・は、少しは静かに出来ないのか!》
《あーれー!?》
そのまましばらく振り回してから、古賀音を解放する。
そうして出て行くツヴァイを見送ったのだが、間違いなく彼は浮かれていた。
どうかすると足がスキップしだしそうな雰囲気だったのだ。それくらいには機嫌が良くて、彼からの感情は明確なまでに伝わって来ている。
それに、
(ご機嫌だな。)
変わった奴だと思いつつも、そもそもとして此処のアンデッド達は誰もが個性豊かだったのを思い出す。
顎鳴らししている者はともかく、スケルトンやリビング・アーマー達は何時も明るくて騒々しい。静かなのはゴースト達くらいなものである。
そんな者達の元へと向かうツヴァイを見送った後、少しだけ時間が空いたので、俺は今の内に仮眠を取って夜に備えておこうと束の間の休息へと入っていった。
2019/03/14 加筆修正を加えました。




