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222 灯り台

 ――目が覚めたら、目の前に髑髏どくろがあった。


「っ、ぎゃあああああ!?」


 一拍遅れて、悲鳴を上げる。これで悲鳴が出なかったり、驚かなかったりしたら、それはもう人間辞めてるだろう、絶対。

 何せ、起き抜けに見えたのが火の灯った蝋燭ろうそくを頭に乗せた、人間の頭蓋骨だったのだから驚かない方がどうかしている話だ。

 しかも、恨めしそうに眼窩には赤い光が灯っている。それで、こいつがよりによってアンデッドだとまで気付いてしまった。


「なん、何、なんだ、一体――。」


 何の嫌がらせだってくらいには、現状はドン引きである。思わず、ズサッと後ずさりつつも声を出す位には、パニック寸前だった。

 みっともなく震える声に、頬は引き攣り、腰が抜けてるのか上手く立ち上がれないまま、床の上へと座り込んだままで思ってしまう。

 アンデッドにも慣れてきたなぁなんて思っていたのだが、どうやらまだまだだったらしい。心臓が止まるかってくらいにはビビったし、今も鼓動が大きく跳ね上がっていた。


(やっぱり怖いものは怖かった!)


 どれ程甘い認識だったのかを思い知らされた気分である。

 それくらいには、伝わってくる感情には恨み、恨み、恨み、恨みの連続で、思わず息を飲んでしまう。


「――っ。」


 まさしくそれは、怨念そのもの。

 その事に、思わず肌がゾワリと粟立つ。逃げ腰になるのも仕方が無いだろう、きっと。


「えっと、あるのは、頭、だけか――?」


 周囲を見渡してみたものの、胴体は何処にも無くて、とりあえずは動く事はない様子だった。

 その事に幾分にホッとするも、何故此処にという疑問だけは消えない。

 良く良く見てみれば、糸のようなもので括られているのも見えてしまい、少しばかり怪訝にも思って呟く。


「はー……、ビックリした。にしても何なんだよ、これ?」


 吐き出した息が届いたのか、頭蓋骨の上の小さな灯火がユラリと揺らめいて幾つもの光が反射した。

 どうやら糸だと思っていた物は違ったらしい。それが煌めき、金属質な光沢を放って光る。


「ん――?」


 それに目を瞬きつつも、少しばかり遠目にして眺めた。

 相変わらずキラキラとした輝きは見えているし、見るからに植物性の物とは違う輝きだ。

 その事へ、俺は首を傾げた。


「木綿じゃないのか、あれ。金属の糸――?ほっそいな。」


 針金よりも更に細いだろう。ほとんど肉眼では視認出来ないくらいだし、異常なまでに細くも頼りない糸だった。

 それでも頑丈なのか、縛り上げられている頭蓋骨は微動だにしていないし、伝わってくる怨念とは違い、何処か滑稽な様子すら見せている。

 その事を笑うでも無く、俺はただ一点に集中してしまう。


 何せ、その金属製の糸は、俺の知識の中には無い物だったからだ。


 そこに用いられただろう技術へは、多大な興味と関心があって惹き付けられる。

 錬金術師としての性が、色々なものに使える事を即座に思いつかせた。


「凄いな、あれ――。」


 ポツリと呟く。

 出来れば近くで見たいくらいだったが、恐怖がそれを上回っていたので何とか思い留まってはいるが、かなり好奇心を刺激される。

 ただ、下手に近付いて、怨念がこっちに向くのも怖いのでやらないが。


(どういう手法を用いれば、あんなに硬く出来るんだ?)


 かなり高等な技術が用いられたのは間違いないだろう。

 金属への深い知識も必要だし、造り手は相当な鍛冶技術と知識を持つ職人だと思われる。

 それに括られて、どうやら動けないらしい頭蓋骨。アンデッドなのでスケルトンの頭部だろうが、何で此処にあるのか悩む。


(誰かの嫌がらせか――?)


 その割には、此処を訪れるアンデッドなんて、早々居ないのだが――。

 クドラクは未だに古代遺跡を見て回っているのか、気配すら掴めない。相当遠くまで移動しているようだ。

 他となると、唯一やれそうなのは居るには居る――だが、何か嫌がらせではやらない気もして、コイツとは違う気がするのだ。

 物理的な手段に訴える事はあっても、こういう地味に堪えるような嫌がらせはしないと思えた。


(性根は良い奴みたいだったしな――そうなると、誰がやるんだ?というか、目的は何なんだ?)


 その事に思い悩む俺の耳に、硬質的な音が響いて聞こえてくる。

 すぐに書庫の扉が開かれて、見慣れてきた甲冑姿が現れた為に声を掛けていた。


「ツヴァイか――これ、何か分かるか?」

《これ――?》


 軽く首を傾げた彼の手に持たれていたのは、一つのお盆。その上には湯気の立つ木製の深皿が乗せられている。

 どうやら何時ものスープを持って来てくれたようだが、香りが何時ものとは既に違っていた。

 どうやら、味付けに関してはきちんとやってくれたらしい。広がる美味そうな匂いに、思わず笑みが浮かんでくる。


「良い香りだな――今度のは美味しそうだ。」

《料理長が腕によりをかけていましたからね。それでもお口に合うか分かりませんが、冷めない内にどうぞ。》

「有難う、頂くよ。」


 疑問はともかくとして、やはりツヴァイは良い奴らしい。味付けに関して、頼んだ通りに伝えてくれたようだ。

 そんな彼からお盆の上に乗っていた深皿と匙を受け取り、早速一口、口に含んでみる。

 その途端に広がるのは、旨味と塩気。それにほんのりとした甘さも舌の上へと広がっていき、優しい味わいにそっと息を吐く。


《美味いな、これ。》

《お口に合いましたら何よりです。》


 ツヴァイの言葉を聞きながらも、もう一匙掬い取って口へと運ぶ。冷えていた体が内側から暖められて、じんわりとした熱が何とも言えない嬉しさを感じられた。

 馬鹿みたいに香辛料を使ったりするようなものでもないし、体に染み入るようなそんな旨さだけが広がってくる。

 きちんと下拵えもされたのだろう、材料となっている山菜や野草にはえぐ味が無かった。その反面、それらが持つ旨味や甘みは最大限に引き出されているのか、野菜のように癖も感じられない旨さへと変わっていてとても美味い。

 そんなスープに舌鼓を打っていると、何かに気付いた様子でツヴァイから声が届いてきた。


《ああ、そこの罪人の事でしたか。彼には贖罪として、灯り台になってもらっています。》

《灯り台――?》


 どういう罰かは知らないが、このスケルトンは罪人だったらしい。その為の贖いが今のこの状況らしく、俺は変わった償い方だなと思いながらも早々に考えを放棄しておいた。

 というのも、下手に聞いてみて藪蛇だったら怖いなと思ったからである。俺と彼らでは常識から何から違いがあるだろうし、この為に触らぬ神に祟りなしとばかりに聞くのを辞めた。


《王宮の料理人と言われても納得するくらいに美味いよ、これ。》

《そう言って頂けて、料理長も喜ぶ事でしょう。》


 その代わりというわけではないが、スープを口にしながらもツヴァイとの会話を行う。

 どうせなら、明るい話題の方が良いし、自然と今口にしているスープの感想へと話題は流れていた。

 食べながらも改良した【読心術】で話を続けていく。


《ああ、是非とも感想を伝えてやってくれ。》

《はい、後で彼には伝えておきます。他に何かありますか?》

《今は特に無いかな――感想の方をよろしく。》

《了解です。》


 今までの物も、多分きちんと下拵えはされていたのだろうと思う。特有の苦味はあったが、それでも素材自体の味はちゃんとあったし、それそのものとしては悪くは無かったのである。

 ただ味付けが全くされていない事が悪かった。見た目とは裏腹に美味く感じられなかったせいで、がっかり感が増したのである。


 故に、期待外れ過ぎて思わず不味いなんて言ってしまったのだ。


 それが解消された今のこのスープ、これはもう間違いなく一級品だと言えるだろう。

 使われた素材が自然の恵みで野趣溢れる料理だが、ちょっと風変わりな創作料理でも十分に通用するレベルである。それくらいには美味いし、見た目も香りも良かった。


《――ご馳走様。》


 そうして食べ終えて、匙を置く。

 久しぶりに美味い物を食べた気がする。スープ以外だと保存食を齧るくらいしかなくて、その殆どが塩辛い干し肉とか硬い黒パンの類だった為に、味としては最悪に近かったのだ。

 暖かい食事というだけでも有り難い事だったが、それでもやはり美味いものを食べたくなるのは人間としての性だろう。

 落ち着くに連れて、その欲求が強まってきていたので、正直言って凄く有り難い事だった。


《お粗末様です。》


 そんな俺が食べた食器を下げるべく、お盆の上に食器を戻すツヴァイがそう言って一歩下がる。

 この会話の仕方は【念話】で良いらしい。俺が使っていた【読心術】と似ているが、アンデッドなら普通に使えるものらしく、知能が衰えている地上のアンデッドですら使えるのだとか。

 まぁ、此処の者達とは違って、知能の衰えが酷くてほとんど会話にならないらしいが、それでも使えているのである。それも本能レベルで。

 ――それが出来るってだけでも、人間よりもアンデッドの方が凄くないかと思ったのは、此処だけの話だ。

 使いこなせてるかどうかは別としてだが。


《いや、本当に美味しかったよ。》


 お世辞抜きに褒めると、ツヴァイから伝わってくる気配が緩んだ。

 レパートリーを増やせとか、無茶振りでもされると思ったのだろうか?何処か安堵した様子さえある。

 現状は無銭飲食状態なので、俺としてはこれ以上とやかく言うつもりは無いのだが、クレーマー気質の奴ならそれこそ更に何かを要求しそうではありそうだ。

 ただ味に関してだけは、この先も無理矢理食べさせられるのなら――と頼んでしまっただけ。

 この為、現状でこれ以上の要求なんてあるはずもなく、笑みを浮かべながらも本心からの言葉を【念話】へと乗せた。


《どうせなら、毎日でも食べたいくらいだ。》


 味付けが無理なら無理で我慢するか、こっそりと塩でも入れるかと思っていたところである。

 この為に頼むのも駄目で元々という感じだったので、聞き入れて貰えたのは素直に嬉しかった。

 勿論、作った奴には悪いとは思うが、味がほとんどしないスープはかなりキツイものがあるので、聞いて貰えた事にはとても感謝している。出来るようなら、後で直接お礼を言っておこう。


《では、料理長に伝えて今後も常備させておきましょう――彼らのモチベーションアップにも繋がりますし、現状やる事が無くて一番暇にしている部隊ですからね。》

《部隊――?》


 突然出てきた聞き慣れない言葉に、思わず尋ねて返した。

 どうも此処には幾つもの部隊が存在するらしい。その総責任者が、現状ではツヴァイに該当するのだとか。

 そんな奴が俺に付いてて良いのかと思ったが、当人曰く彼もまた『暇』らしい。訓練を行うにも、場所が限られる為に出来る事が少ないのだそうだ。


《戦闘職である俺達『騎士』は、訓練と警備以外に現状での仕事はありませんから。勿論、ご命令頂けるのなら、話は別ですが――。》


 つまりは、命令する奴が他に居る、という事だろう。


(クドラクか――?)


 可能性として有り得るとしたらアイツくらいだろうと思う。

 師匠はもう死に戻ってしまっているのを彼らも知っているし、総責任者であるツヴァイを含めて命令を出せるとしたら、吸血鬼であるクドラク以外には居そうにも思えなかった。

 とは言え、彼らの話を聞いて手を貸すにも、俺には大した事は出来そうにないのだが。


 ――地下を広げるにも、耐久性の問題があるのだ。


 この上には古代遺跡が存在しているし、メインの防衛はそこになるという。

 となれば、下手に弄って耐久性を下げるのは危険だろう。

 この為に、基本的には彼らの居る中層は暇を持て余す事が多いらしくて、つい最近までは精神の摩耗を防ぐ為に自我を封じてもらっていたのだと言われてしまい、何とも言えない気分に陥った。


《――嫌じゃなかったか?自分の意志とは関係なく、体を動かされたりしてさ。》


 師匠が非人道的な事を行っていたのは知っているし、あの人の事だからこれ幸いとアレコレ試していた事だろう。

 ただ、それが此処に居るアンデッド達へもとなると――俺も恨まれていてもおかしくはないと思えるので、若干引け腰だ。内心でビクビクしてしまう。


(そう思えば、頭だけで灯り台となっているスケルトンの奴なんか、その怨念が俺に何時向いてもおかしくないしな――。)


 そんな風に思い、チラリと灯り台となっているスケルトンの方を見る。

 相変わらず恨みの念が伝わってくるが、さっきよりも増している気がする。それこそ呪詛でも吐き出しそうだ。

 それに対して、ツヴァイはと言えばむしろあっけらかんとした様子で【念話】を飛ばしてきた。

 ――どうやら彼には恨みなんてものは無いらしい。アンデッドにも個人差のようなものがあるのだろうか。


《嫌かどうかですか?感謝こそすれ、嫌になんて誰も思いませんよ。此処に居る者達は、皆生前も死後も了承の上で集った者達ですからね。今更文句を言うのなら、物理的に静かになってもらうだけです。》

《そ、そう。納得の上なら良いんだけどさ。》


 思った以上に物騒な答えが返ってきてしまい、若干引き攣る。

 そんな俺を残して、訓練の時間だからと下がっていくツヴァイ。

 他に残されたのは、金属の糸で雁字搦めにされたスケルトンの頭部だけで、思わず息を吐く。

 そんな俺の脳内に、


《――隊長のいけずううううう!》


 突如として響き渡った大声。

 声の主は、どうやら灯り台にされているスケルトンらしい。

 尚も騒々しい声が脳内で響いてきて、俺は更に魔力の出力を絞った。勝手に放出されているこれを減らせば、自然と響いてくる声の大きさも小さくなるのは検証済みだ。

 案の定、脳内で響いていた声は小さくなっていったが、しかしそれでもうるさいのは変わらず、顔を顰める。


《首だけ放置プレイしていくとか、サディストすぎるううううう!せめて胴体も置いて行ってくれよおおおお!》


 ――何だか切々と訴えているんだが、罪人の手助けなんて俺はしないし出来るはずもない。此処でツヴァイの怒りを買う理由も無いしな。

 この為に視線を逸して、読みかけの書物に手を伸ばす。

 無視する事に決めたのだ。

 尚、最初の恐怖が薄れてきて、大分俺も大胆になってきてる気はする。

 そんな中、コイツに新たに抱いた俺の感想はたった一つだった。


(あ、喋れたんだ、コイツ――。)


 という何とも薄いものだけである。

 その後も響く声をギリギリまで出力を絞って読書に耽った俺は、かつてのあだ名である『本の虫』同様、預かり知らぬ所で『黒姫様』なんて広がってるとも知らずに、地下での日々を過ごしていった。


 2019/02/23 加筆修正を加えました。


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