215 閑話 修羅③
クドラク視点。
長い通路の先、ぽっかりと空いた天井から降り注ぐ光で露出してしまっている場所がある。
以前、アルフォードを追いかけてる内にルークが揃って落ちてきた場所だ。
そこで、クドラクは天井の修復作業を行っていた。
だが、
「――あーん、全然素材が足りないわぁ。老朽化が酷いとは言え、ちょっとこれは困るわねぇ。どうしましょう?」
勇者と相対した際にかなりの規模で壁を削ってしまった為に、今じゃどこもかしこも耐久性に不安がある状態だ。
それどころか、それが原因であちこち崩れてもいる。
この為に、修復したくとも一筋縄ではいかない状況にあった。
しばし、考え込むクドラク。
「もー、何でこんな時に限って大穴が空いちゃうのよっ。崩落してる所も多いし、あちこち穴だらけじゃないのよぅ――。」
そう言って愚痴るクドラクだったが、その穴を作った原因は彼である。だが、それを棚上げにしては文句を垂れて、彼は修復を開始した。
文句を言いつつもだが、かつてはホームだった場所の地面を削り取り、それで天井の穴を埋めていく。接着剤は彼の魔力で、崩して形を整えるのも彼の魔力だ。THE・魔力頼りの作業である。
そんな彼は、しかし途中で気付いた匂いに盛大に顔を顰めると、作業を中止して声を上げた。
「くさぁいっ。」
そうして、素早く天井の穴から離れれば、途端に響く衝撃音。
あと一歩遅ければ、丁度クドラクの真上に降ってきていただろう『それ』。
盛大な音を立てて墜落して来たのは――一体のゾンビだった。
「やぁだぁもう!」
それに気付いたクドラクが、盛大に声を上げて愚痴っていく。
「何でゾンビが降ってくるのよぅ。私の上にしかも落ちて来ようとするしぃ。何、厄年なの?厄年だったりするのぉ?私もうそんなの関係無いって思ってたのにちょっとぉ!?」
吸血鬼になってからというものの、推定で三百年は経っているクドラク。厄年以前に人間が生きる年月を軽く超えてしまっているのが実情だ。
だがしかし、落ちてきてグシャリと潰れたゾンビにとっては、そんなクドラクの苦悩等知った事じゃない。
あちこちへと手足が非ぬ方向に向けて曲がっていたが、それでも動こうとしてるのか、地面の上をビタンビタンとのた打ち回って跳ねていた。まるで、生きの良い魚状態である。
「――随分と元気が良いゾンビね?」
それを見つめて、クドラクがぽつりと呟く。
ゾンビにしてはおかしい動きをしているのだが、彼は気にしない。
ある程度の数のアンデッドを見てきた彼からしてみれば、多少変異していようとも腐ったアンデッドなら、結局はゾンビでしかないのである。
この為に、
「ちょっとぉ邪魔よぅ。私今忙しいんだから、遊ぶんなら他所でやってよねぇ。」
落ちてきたゾンビへと向けて、そんな事を告げつつも作業を再開する。クドラクとてアンデッド。ならば、ゾンビはある意味お仲間である。危険は無い。
この為に放置する事にしたのだが、言われた方のゾンビといえば、そんなクドラクを一切無視してから「あうあー」等と意味を為さない声を上げて、ひたすらに床の上で跳ね続けた。
しばし、ビタンビタンと騒々しい音が響き、クドラクの愚痴がそれに混ざって続いていく。
だが、
「――え。」
跳ねているゾンビとは別の方角から、何かが引きずって歩く音を聞き取って、彼は眉を顰めていた。
そうして、暗闇の向こう――通路の先から、ゾロゾロと這いずってくるゾンビの群れを見つけて、彼は盛大に叫ぶ。
「何処から入り込んできたのよぅ!?」
それは死者の群れ。一様に手を前に突き出して行進する、死の行列。
団体さんよろしくやって来たゾンビ達は、しかしやはりクドラクには見向きもしない。
そのまま彼の横をすり抜けようとして――だがしかし、地面から突き出した土壁へとめり込んだ。
それを出したのはクドラク。土魔法の使い手である彼にとって、穴を埋めるのも進路を妨害する壁を作るのもお手の物だ。
「ふざけないで頂戴な!?そこから先は侵入禁止よ、禁止!――って。」
そうして叫び、怒鳴り散らす彼だったが、めり込んだと思ったゾンビの群れを見て、彼は一瞬固まってしまう。
何せそれらは、生み出された土壁をすり抜けて、更に先へと進んでいった為だ。
「は?え?え?」
困惑するクドラクを無視して、行進していく彼らは良く良く見れば薄っすらと透けている。
そうして、何かを求めるようにしてクドラクの前を通り過ぎ、通路の途中で一体、また一体と消えていった。
まるで、闇に溶け込むかのようにして。
「ええ?――ゾンビのゴーストォ?」
余りにもおかしな状況を見て、そう呟いて呆然とするクドラク。
だが、
「――きゃああああああああ!?」
「今度は何ぃ?」
叫び声が聞こえると同時に、突然周囲が明るくなり、彼は目を瞬く。
目を向けた先では、やけにスカート丈の短い――下着姿とほぼ変わらぬ格好の少女がヘタリ込んでいた。
その背後は壁だ。ただ、普通の壁ではなくて、鉄製のクローゼットのようなものに、一部ガラスが嵌っていて、円柱形の物が幾つも収められていた。
そんな壁――自動販売機を背にする少女へとクドラクが近付いて見れば、彼女もまた透き通って見えて、クドラクはそれが物質的に存在してはいないと判断する。
「何これぇ?」
「あ、あ、あ――。」
どうやら、悲鳴を上げた少女にクドラクの姿は見えていないらしい。
目の前に立って居るにも関わらず、その焦点は合わず、ある一点を見つめたままに固まってしまっていた。
「一体これ、どうなってるのぉ?ホログラム?それとも何かの魔術かしら?」
その割には魔力を感知しないわね――と、クドラクは首を傾げる。
そんなクドラクを突き抜けて、血塗れの男がフラリ、と少女へと近付いて行った。
それを眺めて、
「あら、あらあらあら。大ピンチ。」
他人事のように呟きながらも、血に塗れた男がヘタリ込んだままの少女に覆いかぶさって行く様子をただ眺める。
響く悲鳴と苦痛の声。そして、咀嚼音――。
それを助けたたくとも、クドラクには助けられないでいた。
何せこれは唯の映像である。
そして、おそらくは大昔に此処で起きただろう出来事の再現だった。
触れられない人々は、何がきっかけで再現される事となったのかは不明だが、おそらくは――何らかの意味があるのだろうと、クドラクはぼんやりと思って眺めた。
薄灰色の地下に、幻の血溜まりが広がっていく。
「地上、もう人が住めない環境かもしれないわね――。」
それを眺めつつも、そう思ってしまったクドラクにとってはそれは幸いか、それとも不幸なのだろうか。
吸血鬼となり、死鬼となって長い彼には、幾ら考えても分からなかった。
ただ、この時には既に地上はパニック状態だったのは間違い無い。
それを薄々と感じてか、地上に帰してしまった生者の安否を気がかりに思い、クドラクが息を吐き出す。
呟かれる声は、何処か安否を気遣う様子が混ざっていた。
「ルーちゃんが落ち込まないと良いのだけど――。」
もしも。
もしも仮に、地上へと帰った彼らの内、誰かが欠けたり、それこそ全滅するような事があれば――ルークの精神は保たないかもしれない。
その事をクドラクは案じつつ、古代遺跡で起こった過去の惨劇を横目に、今度は黙々と補修とゴーレムの再配置を続けていった。
2019/02/16 加筆修正を加えました。




